73話 戦法予想
ドーソンたちは準備を整えつつ、SU宇宙軍の襲来を待つ。
そんな中で、エイダは巡宙艦に乗り、巡宙艦以下の艦種に載せた新生SU製人工知能たちに戦闘訓練をつける。
≪雀鷹≫の乗員はSU宇宙軍の襲来地点の予想と、仮に自身がSU宇宙軍の指揮官だったら≪チキンボール≫の何処を狙うかを確認する。
そういう役割分担が出来ていた。
ドーソンは艦長席に展開した空間投影型のモニターで、エイダから送られてくる訓練中の人工知能たちの映像を横目で見つつ、≪チキンボール≫の概略図を別モニターに表示する。
「≪チキンボール≫の武装は、隕石が多く降ってくる赤道上を中心に厚くしてある」
モニターにある≪チキンボール≫の簡略図である毬栗が、赤道部分が赤く、北極ないし南極に向かって行くにしたがって赤色が薄くなるようグラデーションがかけられていく。
この赤みの違いが、武装の量の多い少ないの指標となる。
「軌道を周回する≪チキンボール≫を、待ち受けるにせよ追いかけるにせよ、赤道に相対する場所に部隊を展開すると大きな被害が出ることは間違いない」
モニター上で、毬栗が針を体全体から発射して複数の三角形の模型に当てるアニメーションが流れる。針が当たる度に、三角形が茶に入れた角砂糖のように端から溶けていく。
「SU宇宙軍が少しでも被害を減らすためには、北半球か南半球に布陣することが必要だ」
三角形の位置が変わり、毬栗の斜め上か斜め下かに配置される。
毬栗は針を発射するが、上半分から発射されたものは斜め上の三角形に、下半分から発射されたものは斜め下へと向かう。
三角形が端から溶け始めるが、真正面から相対したときより溶け方が遅くなっている。
「見ての通り、衛星の球面が災いして、上半分からは下が狙えず、下半分では上が狙えない。この傾向は≪チキンボール≫の近くになればなるほど強まる」
ドーソンの説明が一区切りついたところで、キワカとコリィがそれぞれ挙手した。
二人はお互いに顔を見合わせると、発言の譲り合いを始め、最終的にキワカが発言権を押し付けられた。
「では、ドーソン艦長はSU宇宙軍が北南どちらかの半球に寄って布陣すると考えているわけですか?」
「少し違う。俺だってSU宇宙軍がどこに布陣するかは分からない。だが、赤道に相対する位置に布陣してくれるのなら、≪チキンボール≫の迎撃装備での撃破が期待できる。北か南に寄って布陣するようなら、こちらも艦艇による防御を行う必要がある。そういう説明をしたかったわけだ」
「あ、すみません。勘違いしてました……」
キワカの質問が終わり、ドーソンはコリィに顔を向ける。
「聞きたいことがあるのか?」
「は、はい。ドーソン様なら、どうやる?」
ドーソンはモニターの毬栗を見つめ直す。
「真っ当に攻略するのなら、南半球の武器に狙われない位置の北半球の側に布陣。≪チキンボール≫を追いかけながら攻撃。時間をかけて、ゆっくりと≪チキンボール≫の戦力を溶かしていくだろうな」
「せ、戦闘が長いと、被害が、多くなる、んじゃ?」
「SU宇宙軍は人員と艦艇が有り余っているようだからな。減った分は送ってもらえば良い」
「じゃ、じゃあ、真っ当じゃない方法は?」
コリィの続いての質問に、ドーソンは悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せた。
「北半球と南半球に部隊を分け、≪チキンボール≫の周回軌道に立ち塞がる形で布陣する。その後、周回してきた≪チキンボール≫の北極点と南極点に艦隊を降下。衛星表面を這いまわりながら、目につく防衛武装を片っ端から破壊していくな」
モニター上で、三角形が毬栗の棘の内側に入り、根本から棘を刈り上げて丸坊主にするアニメーションが流された。
「SU宇宙軍も、こうするかも、しれない?」
とのコリィの質問に、ドーソンはどうだろうかと首を捻る。
「俺は性分的に、戦争は手早く事を済ませたいんだ。その方が、結果的に被害や物資の損耗が少なくなると知っているからな。だから多少危険でも、効果が高い方法を取りがちだ」
「衛星降下は、危険ですか?」
「危険だし、難度が高い。対地砲火を放ちながら、一部艦艇を先行降下。降下成功した艦で周囲の防御兵器を一層してから、残りの艦も降下する。そんな行動を手早くできる連携と、先行降下を成功させる度胸と腕前が必要だからな」
「SU宇宙軍には、それはない?」
「SU宇宙軍が、本気で≪チキンボール≫を攻略する気なら、それができる手合いを出してくるだろう。海賊拠点を落とすついでに、余剰人員と艦艇を減らすつもりなら、それができる艦隊を出してこないだろうな」
ドーソンが予想を語っていると、オイネから突発的な報告が来た。
「企業から≪チキンボール≫に情報が来ました。≪チキンボール≫に向かっている、SU宇宙軍の艦艇の情報です」
オイネから回してくれた情報を、ドーソンは確認する。
艦艇は全て型落ち品。乗員の情報もあるが、訓練校で促成栽培された新兵と問題を起こした経歴のある軍人ばかり。
あからさまに在庫処分のシールを張りつけられた、艦艇と人員だった。
「この情報で、SU宇宙軍は≪チキンボール≫を攻略しつつ艦艇と人員整理をする気だと分かったな」
ドーソンは北極と南極から艦艇が降下してくる案を、モニター上から消していく。この手段は使ってこないと判断したからだ。
その作業をしていると、オイネが疑問を投げかけてきた。
「どうして企業は、この情報を渡してきたんでしょう。SU宇宙軍に≪チキンボール≫の位置情報を流したのに」
「その答えは簡単だ。企業は、≪チキンボール≫とSU宇宙軍を戦争という天秤にかけ、どっちが優秀かを計りたいと思っているからだ」
「つまり?」
「≪チキンボール≫が勝てば、企業はSUから独立する。SU宇宙軍が勝てば、SU政府に肩入れする。そう考えているんだろうさ」
その見極めを確実にするには、≪チキンボール≫とSU宇宙軍の双方に十全の力量を発揮してもらう必要がある。
だから企業は、双方の情報不足という不利を失くすため、あえて情報を流したわけだ。
そんなドーソンの見解に、オイネはしかめ面になる。
「狡すっからいと言えばいいのか、良いとこ取りを狙いすぎと言えばいいのか」
「もしかしたらだが、企業は≪チキンボール≫かSU宇宙軍からの援助要請を待っているかもしれない。戦争中の援助要請は、大きな借りになるからな」
「その大きな借りによって、企業は戦争後に≪チキンボール≫ないしはSU宇宙軍から優位性を確保できる、というわけですね」
「なににせよ、企業にとってみたら、≪チキンボール≫が勝とうがSU宇宙軍が勝とうが、どちらでも利益を確保できる目算があるってことだろうな」
ドーソンは苦笑いしつつ、企業からもたらされた、SU宇宙軍の艦艇情報を読み取る。
「艦艇200隻。全て重巡艦以下で構成。」
「砦を攻め落とすには3倍の兵力が必要――なんていう格言に従ったんでしょうね」
「≪チキンボール≫にある巡宙艦以下の艦艇が50隻。残ってくれた海賊船も勘定に入れると、お互いの戦力差は1対3になりそうだな」
「艦艇だけでは、ですね。≪チキンボール≫自体の防衛力が勘定にはいってないですよ」
「艦艇の数上で有利を取り、それをどのぐらいまで覆すかで≪チキンボール≫の力を見定める。いま近づいてきているSU宇宙軍の艦艇は、その計測のための生贄って線もなくはないか」
ドーソンは得られた情報から、≪チキンボール≫とSU宇宙軍との戦いで、どんな作戦を取れば良いかを考えていく。
それも、SU宇宙軍との戦いが1回では終わらないという予想も込みで、どんな行動を取れば自陣の利益が最大になるかを考える必要があった。