72話 SU宇宙軍、≪チキンボール≫へ
ジェネラル・カーネルが『人工知能搭載型の艦艇』の話を持ちかけたものの、それに対する企業の反応は冷ややかだった。
示したデータに偽りがないかを入念に調べられた上に、『実戦証明をつけろ』とまで言ってきたのだ。
件の企業にしてみれば、SUからの独立は大博打も大博打。
その大博打を行うにたる戦力であるとの証明は、いくらあっても足りないことだろう。
ではドーソンが主導して人工知能艦隊に経験を積ませようかと考えるより先に、企業側が一方的に告げてきた。
『SU宇宙軍に≪チキンボール≫に屯する海賊を艦隊で攻め滅ぼすよう要請した。その艦隊を撃破してみせ、実戦証明としろ』
なんとも乱暴な話に、ジェネラル・カーネルが抗議しようとしたが、すでにSU宇宙軍に要請は送った後だという。
そしてSU宇宙軍は、昨今煮え湯を飲まされてきた海賊の拠点が判明し、意気揚々と攻め滅ぼす気が満々だという。
この段に至ってしまえば、もう≪チキンボール≫を拠点にSU宇宙軍と戦うしか、道は残されていなかった。
SU宇宙軍が≪チキンボール≫に襲来する。
この話は、企業から伝えられて直ぐに、≪チキンボール≫に滞在する全ての宇宙海賊へと周知された。
そしてジェネラル・カーネルの名の下で、海賊たちは別拠点へ逃げるか≪チキンボール≫に残って戦うかを選択させた。そして残って戦ってくれる海賊には、SU宇宙軍の艦艇を撃破した際、報酬を通常よりも割増しで払うことを約束した。
得られるクレジットとSU宇宙軍と戦う危険とを比べ、宇宙軍の艦艇と戦えるだけの装備がない船の海賊たちが≪チキンボール≫から去っていった。
そのため残った海賊たちは、自身の海賊船に強力な武器があることになる。
しかしその海賊船の多くは、掃宙艇を打ち倒すことができる程度で、駆逐艦を相手にするとギリギリ戦えるぐらいな装備しかなかった。
『まともに戦えるよう、装備の放出をしてもよいかな?』
ジェネラル・カーネルに問われて、ドーソンは「余裕があるなら」と許可した。
許可が出たことでジェネラル・カーネルは、ドーソンが撃破し拿捕したSU宇宙軍の艦艇――ニコイチ修理をした後で残った砲塔や銃座を残留した海賊たちに分け与えた。
海賊船の多くは一般船の改造品なため、ジェネレーターの出力不足で強力な砲塔は積めない。それでも、装備できる上限の武器を海賊船へと搭載していく。
海賊たちの装備を充実させる一方で、≪チキンボール≫の中では人工知能の教育が急ピッチで行われていた。
その教育係を任せられ、ゴウドは張り切った。
「さあ、分からないことがあるのなら、この私に聞くと良い。ああ、質問するのなら、ちゃんと1人ずつだぞ」
「仮想上の模擬戦の相手はお任せを。さあ、生まれ育ったばかりの雛たちに、現実を教えて差し上げます」
ゴウドは腹心のアイフォと共に、人工知能たちを立派な宇宙艦乗りへと育てていく。
ジーエイはというと、少しでも艦船が欲しいからと、拿捕した艦艇のニコイチ修理や海賊船の改造で陣頭指揮を取っている。休む暇どころか、他者に通信を繋げて愚痴を言う暇すらない。
各方面が慌ただしい中、ドーソンたち≪雀鷹≫の乗員とエイダは、SU宇宙軍が≪チキンボール≫をどう攻めるかの予想を立てていた。
「≪チキンボール≫は、惑星上を周回している、ほぼゼロ重力の小型の天然衛星だ。その衛星を改造して、要塞拠点化している」
「そんな衛星を叩く場合、方法は主に2通り。周回移動を追いかけながらか、周回移動を遮る形で布陣するか」
オイネは空間投影型のモニターを用いて、二種類の図を展開する。
片方は、横へ移動する毬栗のような模型を、三角形の模型が追いかける図。
もう片方は、毬栗の移動先に三角形の模型が立ち塞がる図。
毬栗が≪チキンボール≫、三角形がSU宇宙軍の艦艇の簡略模型だ。
それらの図を見ながら、ドーソンは説明を重ねる。
「この2つの方法には、それぞれ利点と欠点がある。追いかける方は、≪チキンボール≫に攻撃を長く当て続けることができるが、≪チキンボール≫との距離を縮めることが困難だ。立ち塞がる方は、待てば≪チキンボール≫が勝手に近づいてくるが、攻撃する機会が短くなる」
「追いかけての長期対決か、それとも待ち伏せでの短期決戦か、というわけです」
ドーソンとオイネの説明に区切りがついたところで、キワカが手を上げる。
「質問します。ドーソン艦長は、SU宇宙軍がどちらの戦法を取ってくると思っているんのでしょう」
キワカの、少女のような見た目の顔に緊張を漲らせながらの、質問。
ドーソンは腕組みして考察する。
「今回の戦いの発端は、企業が要請しSU宇宙軍が動いたためだ。その背景を考えるのなら、短期決戦が望ましいと、俺が宇宙軍の総指揮官なら考える」
「どうしてでしょう?」
「相手は海賊だからな。下手に戦闘を長引かせてしまうと、SU宇宙軍は恐れるに足りないというイメージがついてしまう。軍の戦力が侮られると、武力で抑えられていた勢力が起きて動き出す可能性が高まる。そうならないためにも、手早く蹴散らしてみせ、宇宙軍の精強さは健在であると示したい」
「では、短期決戦が行われて、SU宇宙軍はその短い時間で≪チキンボール≫の撃破ないしは占拠を狙い、海賊側は短い時間を守り抜けばいいわけですね」
「それもまた違う。SU宇宙軍は海賊相手に負けるわけにはいかないんだ。短期決戦が失敗したら、恥も外聞もなく、長期対決へと移行するはずだ」
「つまり、SU宇宙軍は最初待ち伏せを行い、成功できれば良しで、失敗したら追撃戦になると?」
「どうだかな。≪チキンボール≫は周回しているんだ。待ち伏せを続け、≪チキンボール≫が周回してくるたびに攻撃することもあり得る。周回移動の≪チキンボール≫に艦艇突撃を仕掛け、衛星中で白兵戦という線もある。どの作戦をとるかは、SU宇宙軍の指揮官の性格次第だな」
「性格、ですか?」
「手堅い性格なら、≪チキンボール≫を追いかける方を選ぶ。時間はかかるが、確実に戦果を上げられる目算が立つからな。自信家なら、待ち伏せの連続を選ぶ。自分が立てた作戦が上手くハマれば、戦闘時間の短さで味方の被害を少なくできるからな。短気だったり功名心が高いのなら、仲間の被害と引き換えに手早く戦果があげられる、艦隊突撃をするだろう」
「ちなみにドーソン艦長は、どの作戦を?」
「俺なら最初の待ち伏せで≪チキンボール≫を落としてみせるが?」
「……なるほど。とても自信家なんですね」
キワカは、その自信が羨ましいと言いたげに、目を伏せた影のある微笑みを浮かべる。
その反応に、ドーソンは勘違いだと手を振る。
「孤児院育ちの幼年学校から士官学校への進学組だからと、周りがあれこれと難癖付けてくるからな。俺が俺自身のことを信じてやる必要があっただけだ」
「自分自身を信じる?」
「よく言うだろ。味方が1人でも居れば、人はやっていけると。なら俺が自分自身の味方で居続ける限り、なにも怖いものはないだろ」
かなりの暴論だが、その強引な理論にドーソンらしさがあった。
若い軍人2人の語らいを、老境に至るまでの長い軍歴を持つヒトカネが懐かしさを含む目で見る。
オイネ、ベーラ、コリィも、これが人間の青春の1種なのだと感慨深そうに観察している。
そしてエイダは別の事を気にしていた。
「ドーソン艦長。敵は白兵戦を仕掛けてくるのでありますよね! であるなら、小職の出番でありますね!」
行き成りの立候補に、ドーソンは面食らった。
「敵が≪チキンボール≫に突撃して乗り込んでくるってのは、あくまで可能性の1つだ。本当にやってくるか分からないぞ」
「備えあれば患いなしというでありましょう。≪チキンボール≫の各部に、防御拠点の構築はしておいて損はないと思うでありますよ!」
「そういう事は、ジェネラル・カーネルが差配していると思うぞ?」
「ダメでありますよ。ジェネラル・カーネルは≪チキンボール≫の運営に長けてはいても、戦闘は素人であります。見当違いなところに防御拠点を作っていたら、目も当てられないでありますよ!」
エイダの意見は最もだったが、ドーソンはその発言の意図を見抜いていた。
「敵が攻めてきたのを幸いにして、遠慮なく武器をぶっ放そうって心算だろ」
「うっ――だ、ダメでありますか?」
「いや。もしも敵が白兵戦を仕掛けて来たとき、ちゃんと防衛してくれるのなら構わない。エイダが≪チキンボール≫の内部の防御を担当したいっていうのなら、ジェネラル・カーネルと共同で防御拠点の構築をしてくれ」
「了解であります! これは腕が鳴るでありますよ!」
盛り上がるエイダを他所に、コリィがおずおずと手を上げる。
「あ、あの、≪雀鷹≫は、どうするんでしょう?」
「護衛戦艦と共に≪チキンボール≫の外に出て、SU宇宙軍の艦艇と撃ち合いだな。現状、≪チキンボール≫が保有する戦力の中で、一番打撃力が高い艦だ。有効活用しないわけにはいかない」
「じゃ、じゃあ、≪チキンボール≫の防衛指示は、誰が?」
「それはジェネラル・カーネルが……って、今さっき、エイダが『戦闘の素人』と評したばかりだったな」
「確りと、出来るかに、不安があるかなと……」
「そうなると、選択肢は1つだ。オイネ。ゴウド准将の軍歴や戦功は調べてあるか?」
「もちろんですとも。なんなら士官学校の成績まで発掘済みです!」
オイネがドーソンに、ゴウドの軍人としての能力を開示した。
ドーソンは一通り目を通し、決断する。
「SU宇宙軍と戦闘状態に入ったら、ゴウド准将に≪チキンボール≫の防衛指揮官になってもらう。それぐらいできる能力は十二分にありそうだしな」
「事前に話を通しておかないんですか?」
「ゴウド准将はいま、人工知能の教育に大忙しだ。余計なことを伝えて、教育指導が疎かになってはいけないからな」
そういう理由で、ドーソンはゴウドへの連絡を封じた。
表示されたゴウドの評価に『煩雑な状況やアドリブに弱い』との記述があるのを見て、下手に任せるタスクを増やすと人工知能の教育と≪チキンボール≫の防衛指示のどちらも不満足な出来になりそうな予感があったからだ。
なら今は、一番大事な戦力増強に繋がる人工知能の教育に注力させ、それが終わった後で≪チキンボール≫の防衛に回ってもらう。それが一番の方策だと、ドーソンは感じていた。
「それに、決められた手順での行動には長けている、らしいからな。その手の人材は、やることが限られている拠点防衛において力を発揮しやすい。連絡を後回しにしたところで、マニュアルを渡せば直ぐに対応するだろうさ」
ドーソンはゴウドへの評価を改めつつ、≪チキンボール≫の防衛に必要な措置を講じ続けることにした。