69話 方針調査中
≪雀鷹≫を始めとする全ての味方艦を連れて、≪チキンボール≫から少し遠出をしての海賊仕事。
狙いはもちろん、SU宇宙軍の艦艇だ。
「SUとTRの戦争は、未だに継続中か。睨み合いと小競り合いばかりで、戦況に変化がないからか?」
ドーソンは呟きながら≪雀鷹≫の艦長席で、空間投影型のモニターを周囲に展開し、様々な情報に接続している。
オイネは情報収集を補助し、ドーソンが必要だと思いそうなものを先回りで調べていっている。
その他の乗員――ベーラ、コリィ、ヒトカネ、キワカはブリッジの席に座り、≪雀鷹≫の運用を手分けして行っている。ベーラは操艦、コリィは火器管制、ヒトカネは出力機関の調整、キワカはレーダー観測の役割だ。
普段なら、艦の操作を集約させている艦長席に座るドーソンが役割をいくつか兼任する。
だが今回は、ドーソンが任務遂行のために情報を必要としていることと、これから襲いにいくSU宇宙軍の艦艇小隊は大した相手じゃないこともあり、新体制で≪雀鷹≫の運用に慣れるための訓練で、ベーラたちに艦の扱いを任せてみることにしたのだ。
ドーソンは艦を任せきりにしたまま、情報の収取を続けていく。
「SUとTRの戦争を長引かせても、星系を占領しても、SUの要人を脅かしても、アマト星腕への進出を一時的に止められるだけしかできない。恒久的に止めさせるには、もっと別のアプローチが必要か」
国家の方針を曲げさせることは、とても大変な事だ。
それが1つの星腕の殆どを支配する国家の方針となれば、個人の力で太刀打ちできるものではない。
そのためドーソンは、他の勢力を巻き込んで騒動を起こすことで方針を曲げられるのではと企んだのだが、上手い考えに至れない。
「オイネ。SUの空間歪曲型の跳躍装置とその場所は?」
「人類の祖たる太陽系の最外縁に作られてます。名前は≪ヘヴン・ハイロゥ≫。楽園へ続く光の輪、天国への門といった意味合いですね」
「太陽系まで侵入するのは、流石に骨が折れる。それにしても、星腕中から移民希望者を集めるにしては、跳躍装置の位置が悪いんじゃないか?」
「装置は重要ですから、SUの本丸である太陽系に置くのは理に適ってます。それに多くの移民希望者は、このときに初めて人類発祥の地を見ます。その見た感動を胸に抱き、地球に居た祖先のように開拓精神を発揮してくれと激励を受け、新たな星腕へと旅立つ。これが良いセレモニーになっているようですよ」
オイネが新たに表示したのは、数年前に行われたという、別星腕へ移民する人たちの壮行会の記録映像。
集まった者たちの多くが嬉しそうな顔で下級兵の制服を身に纏い、壇上で演説する偉そうな風体の軍人の演説を受けている。士官級の軍服の者の多くも同じ顔。事実を知っているらしき悲壮な表情になっている人物は、片手で数えられるほどしかいない。
ドーソンは、その映像を見ながら、不満げに鼻息を吹く。
「ふんっ。送り出された先は、必ず死ぬことになる地獄だと知らない顔ばかりだ――連中を殺しているアマト星海軍の一員の俺が言える感想じゃないか」
「アマト皇和国としては、SUからの移民者は武器を手に侵入してくる侵略者です。撃退することは当然の結論ですよ」
仏心を出して甘い対応をすれば、アマト星腕の星系の幾つかがSUの支配宙域にされてしまうことだろう。
アマト皇和国としては、アマト星腕は祖先が事故で転移跳躍してきてから、独力で開発し続けてきた場所だ。未開発宙域であろうと、他の勢力に欠片も渡したくないのが当然の感情だった。
「アマト星腕に行けば確実に殺されることを世間に暴露すれば、移民は集まらなくなる――どうして確実に死ぬと知っているかの説明ができないか」
「ドーソンが身分を明かせば理解はされるでしょうけれど、アマト星腕に国家があると知られると本格的な侵略の始まりになりかねませんね」
「1からの開拓かと思っていた場所に、既に開発済みの星系がごまんとあるんだ。SUにしてみれば、奪い取らない選択をしない理由がないもんな」
そんな未来を引き寄せないためにも、ドーソンたちがアマト皇和国の人間だと知られないままに、SUにアマト星腕への侵出を諦めさせないといけない。
その制約を、ドーソンは逆用できないかと考える。
「オリオン星腕から見て、アマト星腕とは逆側にある星腕。その星腕の惑星をある程度開発してから、SUの調査隊やらなんやらに見つけさせる。そうやって、そっちの星腕に人類が既に入植しているかもと思わせられたら、SUの移民先が変わるんじゃないか?」
「その星腕の開発し掛けの惑星には、入植技術を持つ技術者や企業、そして権力者が向かう。なにも開発されていないとSUに思われているアマト星腕には、今までと同じように貧民を捨てる。こんな風に、移民の種類が変わるだけだと思いますよ」
「この方針もダメか」
ドーソンは情報を調べ続けながら、任務達成できそうな方法を探し続ける。
それこそ、ベーラたちが主導して海賊仕事を行っている間も、仕事を終えた後も調べ続けた。
そうやって時間をかけて情報収集した結果、ドーソンは良い手がなかったと項垂れることになった。
「任務達成できそうな手段は、SUの支配宙域にTRのような反体制勢力を多数作り、SUに反体制派との戦争を続けさせることだな」
「戦争で貧民を使い潰させることで、アマト星腕への棄民を不必要にさせる。反乱集団の数を多く作れば作るほどに戦争は長引き、その分だけアマト星腕の安全は保たれる。中々にいい手だと思いますよ?」
「唯一の懸念は『恒久的』とは言い切れない点だ。反体制派が潰されれば、またアマト星腕の侵出が始まってしまう」
「そうならないように、反体制派への支援が必要というわけですね。でも、アマト皇和国が支援するのは難しいですよね」
「人の口には戸が立てられない。別星腕から援助があると知られたら、それこそアマト星腕への侵出が本格化してしまう」
どうしたものかと、ドーソンとオイネは頭を捻る。
そんな2人の様子を見かねたのか、それとも海賊仕事が終わって火器管制する必要がなくなって暇だったのか、コリィがおずおずと話しかけてきた。
「えっと、その、いいですか?」
「ん? なにか良い考えがあるのか?」
「良い、とまでは、言えません。でも、面白くは、あるかと」
「面白い考えか。聞かせてくれ」
「えっと。ご主人たちが、宇宙人になれば、良いんじゃないかなって」
突拍子もない話に、ドーソンとオイネは面食らう。
その反応をどう受け取ったのか、コリィは慌てて説明を付け足していく。
「その、あの、映像作品にはよくある題材で、別の銀河から宇宙人が侵略してきて、銀河間大戦争が起こって、侵略されたり追い出したりで――」
コリィのわたわたと行う説明を聞き続け、ドーソンは何となく意図を察した。
「その映像作品のように、アマト皇和国の星海軍が別の銀河の宇宙人に扮し、SUと戦争を起こせってことか?」
「別銀河でも星海軍じゃなくても良くてアマト星腕とは別の星腕の出身にして人じゃなくて人工知能の躯体だけだったり知能のある培養生物だけの軍隊にしたほうが別の星の生物という感じがして説得力が――」
コリィは説明はしつつも混乱しているのか、思いつく端から言葉を並べている様子だ。
まるで人に説明をする話し方ではないが、聞くべき点がないかというと、そうでもなかった。
「SUに反体制派の組織を作る中に、別星腕の機械生命体侵略してきたって設定の組織を作るのも有りだな。ぶっ飛んだ設定の方が、裏を気取られないかもしれないしな」
「は、はい。その、聞いてくれて、ありがとう……」
コリィは説明疲れか混乱が残っているのか、それだけ言い終わると、ブリッジの席に深々と腰を下ろして沈黙してしまった。
ドーソンはその様子を苦笑で見てから、とりあえずの方針として、SUに反体制派組織を乱立させることを目標としたのだった。