68話 任務
戦力と配置が整ったところで、ドーソンは≪雀鷹≫の乗員を全員ブリッジに集め、今後の話をすることにした。別艦のエイダとディカはモニター越しでの参加だ。
ドーソンは先ず、アマト皇和国のことを人工知能たちに確りと教え、自身がその国の軍人であることも伝えた。
「――それで、アマト皇和国はオリオン星腕の人々がアマト星腕に侵略してきて困っている。その侵略を止めること、もしくはそうなる切っ掛けを作ることが、アマト皇和国星海軍から派遣された俺たちの任務というわけだ」
ドーソンが説明を終えると、人工知能たちの反応は2つに分かれた。
エイダとディカは、ドーソンが別星腕の人間だと知って、納得した様子で頷いている。
ベーラとコリィは、興味深そうな目をドーソンへと向けている。
「俺たちの任務についての説明は以上だ。質問は?」
ドーソンの問いかけに、真っ先に手を上げたのはベーラだった。
「ドーソン様に確認したいのだけど~。アマト星腕に行った人たちって、だーれも生きていないの~?」
「公式発表では、オリオン星腕から侵入した者は1人たりとも生き残っていない。下手に生かしていても、騒動の種にしかならないからという理由でな」
「本当に誰も~?」
「さてな。極秘裏に極少人数だけを捕虜にしている可能性はあるが、それが有り得ても脱走されたり生きてアマト星腕の外に出す気はないはずだ。つまり生殺与奪の権利を握られているだろうから、生きていないも同然のはずだ」
ドーソンが、どうしてその人たちの事を気にするかと問いかけると、ベーラは少し困ったような表情になる。
「実はね~。ファッション関係の情報収集していたら、SU支配宙域の広告で、こんなのを見つけたの~」
ベーラが空間投影型のモニターに表示させたのは、派手な色合いの広告。デカデカと『可能性溢れる新たな星腕へ!』と『入植者歓迎!』との文字が打たれている。そして広告主はSU宇宙軍だ。
この広告に書かれている『星腕』が何を指すのか、ドーソンは説明されなくても分かった。
「アマト星腕への移住希望者を募る広告だな。50年以上前の第1次移民を募った当時のもの――じゃなさそうだな」
「れっきと、TRとの戦争が再開される前に発行されたものなんだ~。現時点でも、広告は撤廃されてないんだよ~」
「TRとの戦争がひと段落ついたら、移民をアマト星腕へ送る気でいるってことか?」
「その可能性が高いけれど、問題はそこじゃないってば~。広告を見たらわかるだろうけど、別星腕へ移民した人が全滅したとか、全く書かれてないの~。むしろ、移民は順調って風潮なんだよ~」
ベーラの意見を聞いて、ドーソンは愕然とした。
「この広告は、別星腕への移民じゃなく、別星腕へ『棄民する』ためのものってことか?」
「そう考えるのが自然かなーって~。TRとの戦争や海賊の被害を度外視気味なのも、人減らしをしたいためかも~?」
予想外の考察に、ドーソンは額を抑える。
「いや、待て。オリオン星腕では人工知能が禁忌になっているんだ。働き手の確保に人手は必要なはずだろ」
「そこは、ほらー、貧富の差があるからでしょ~」
「人手を失うことよりも、貧しい人を放り出すほうを優先していると?」
「社会システムの負担になっているような低所得者や保護費を受け取っている人たちを切り離せば、その分だけ負担が軽くなるーとかでしょ~」
ベーラが言いながら新たにモニターに表示したのは、ファッションモデルが莫大な資産を貧民救済基金に募金したという記事。そして記事に付随する、数多の人々からのコメントだった。
コメントには、ファッションモデルの行動を賞賛するものが多いが、貧しい者へお金を施すことは社会と貧民当人にも為にならないという意見が多い。働き口の門戸は大きく開いているのだから、貧民に甘んじているのは個人の努力不足だとする意見もある。
「随分と厳しい意見が並んでいるな」
「コメントにある門戸の開き先のリンクが、これね」
ベーラが次に表示したのは、またもやSU宇宙軍の広告――兵士を大体的に募集中というもの。
年齢、性別、学歴、病歴、その他諸々も不問。例え体に不備があっても兵士に成る際に機械的に補う手術を行うと約束している。
広告の内容を見る分には、中々に好待遇だ。
「宇宙軍が貧民の救済先になっているのだから、基金は必要ない。金持ちが貧民に金をばらまくのは節税と人気取りのためで、弱者を救済しているように見せかけた、自分本位の偽善的高位でしかない。っていう意見も、リンクを張った人物は書いているな」
「同じような意見は、移民の広告を宣伝している人もやっているよ~」
「……それは、あからさまに宇宙軍が関係しているな」
「宇宙軍に広告の予算を与えることから、SU政府も同じ考えだろうね~」
つまりは、国家ぐるみで棄民政策を推し進めているというわけだ。
「人口削減なんて馬鹿な真似だ――とは、オリオン星腕では言えないのか」
オリオン星腕のほぼ全てに、人々が入植を済ませてしまっていて、新規開発できる星系は限られている。
そして何事においても物資は有限だ。宇宙空間に置かれた、居住用の人工衛星だと特にだ。
人工衛星では、水も食料も空気も余裕は少ししかない。そんな環境で消費するしか脳のない人間に居座られたら、その人の数だけ他の居住者に物資消費のしわ寄せがくる。真っ当に働いている人の権利を守るためにも、その邪魔な人間には退場してもらわなければいけない。
しかし新規開発できる場所がないため、オリオン星腕内には、その人たちの退場先を捻出できない。
そういった背景があるからこそ、SU政府と宇宙軍は共同で、使えない人間をアマト星腕へ捨てる決定をしたのだろう。
アマト星腕で入植成功すれば万々歳。例え死んだとしても、元々捨てる人間なのだから、SUの経済における人的価値の消耗は小さい。ローリスクハイリターンの良い政策といえる。
そして集めた貧民を兵士に仕立てて艦隊に載せて送り出しているのは、旧型の艦艇を破棄して新型を購入するための、入れ替え作業の一環に組み込んでい要る節がある。
そう考えると、政府と宇宙軍だけでなく、一部の企業も棄民政策を歓迎していると予想がつく。
そういった裏事情に思い至り、ドーソンは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「俺が受けた任務――アマト星腕への入植を止めさせるためには、棄民政策をぶっ潰さないといけないわけか。もしくは、アマト星腕とは別の星腕への棄民を促すかだな」
「どっちも大変そう~」
ベーラの言う通り、政策の転換させることも、更なる別星腕へ棄民先を変更させるのも、大仕事だ。
「どっかの星系を武力制圧した後で、その星系を返還する代わりに入植を止めさせる気でいたが、これが棄民政策なら交渉にもならないな」
もし仮にドーソンが星系を武力で確保できた場合、SU政府は喜ぶだろう。なにせ星系奪還という大義名分を掲げて、不必要な人間を使い潰せる戦争を始められるのだから。
事前に思い描いていた計算が外れたことに、ドーソンは肩をすくめるしかなかった。
「まあ、入植が棄民政策だと分かっただけ良しとしよう。SU政府が考える数の人員削減が行われれば、アマト星腕への棄民の放り出しはなくなるんだからな」
「ですが、ドーソン。任務は、恒久的にオリオン星腕の人間がアマト星腕へ来なくすることですよ。単に人員削減するだけでは、一時しのぎにしかなりません」
オイネのツッコミに、ドーソンは分かっていると身振りを返す。
「今の俺たちが考えつく内容じゃ、任務の完遂は難しいんだ。状況の変化が起こるまで、時を待つしかないだろ」
「その変化が来るまで、今までのように海賊仕事に精を出すわけですね?」
「そうするしかない――いや、今まで通りとは少し違うか。戦艦2、巡宙艦1の編成なんだ。少し大胆な作戦行動が出来るからな」
ドーソンの言葉は、どこか自らの行動を変化させれば状況も動くはずだと、そう願っているような響きがあった。