閑話 ゴウド・ムジコは儘ならない
ゴウドは≪チキンボール≫という、SU支配宙域にある海賊拠点に降り立った。その傍らには、幼少期から共に育ったアイフォがいる。オマケに、以前に赴任していた軍事拠点で軍用船の運転手に任じていたジーエイもいる。
「さて、では支配人とやらに会いに行くとしようではないか」
ゴウドはムジコ伯爵家の長男という自負を抱きながら、胸を張って歩き出す。
初めて他星腕にある拠点は、アマト皇和国のものと内装が違っていて、ゴウドの目にはとても興味深く映っている。
しかし、お上りさんよろしく、周囲をキョロキョロと見回すなどという、アマト皇和国の高位貴族の一員に似つかわしくない真似はしない。
胸を張り、偉そうな態度と歩調で、ゴウドは通路を歩いていく。
道々に出くわす海賊たちは、態度のデカい見知らぬ中年男を目にして、困惑した表情になる。
しかし≪チキンボール≫に所属する海賊は、海賊の中でも『まとも』な者が多いため、ゴウドたちに絡みに行くことはしない。
この態度のデカい中年が実力ある海賊と繋がっていた場合、変なちょっかいは身を滅ぼすことに繋がる。そして大したことのない海賊なら、遅かれ早かれ海賊仕事中に死ぬ。つまりは、関わり合いになるだけ損であると判断してだ。
ゴウドは、周囲の海賊たちの態度の理由に気づかないまま、ときどきアイフォに道案内を頼みつつ、≪チキンボール≫の内部を走る電車へと乗り込んだ。
「拠点の中を電車で繋いでいるとはな。海賊拠点といっても侮れないな」
快適な電車での移動に、ゴウドは席に座りながら上機嫌。アイフォは性質ながら周囲に警戒の目を向け、ジーエイは運転席が無人で動いていることを残念がっている。
電車での移動に少し時間がかかるため、ゴウドは暇つぶしに、自分の経歴を回想し始める。
ゴウド・ムジコは、伯爵家の本家の長男である。しかし爵位の継承権は低い。
低い理由は、ゴウドの上に歳の離れた姉が3人いるのだが、長姉は結婚していて、その相手は侯爵家から。しかも、この2人の子供が伯爵家の跡取りになるとの約束での婿入りだった。更に現在、2人の間には子供が出産済みである。
つまりゴウドは、現伯爵家の長男でありながら、爵位を継げないことになっているのだ。
どうしてこんな事態になったかというと、ゴウドの両親がゴウドを妊娠したのは、長姉と侯爵家の男子との婚約が決定した後だったから。
そのときにはゴウドの両親は妊娠するには高齢で、子供はもう出来ないだろうと予想された。だからこその侯爵家からの婿取りだったのだが、それが完全に裏目に出た形になったのだ。
貴族間での婚約は、家と家との約束だ。
伯爵家の跡取りを妊娠できたから婚約は無しで、なんて勝手な理由で約束破りをしようものなら、他の貴族家からも総スカンを食らう羽目になり、それは家の破滅に繋がることになる。
だからゴウドの継承順位は、常に長姉の子供たちの次になるしかない。
両親は常にゴウドに、自分たちの考えなしな行動がゴウドの不利になっていると、謝罪を告げていた。
あまりにも申し訳なさそうに言うので、ゴウドは幼い頃から反発心を抱くことなく伯爵家を継げないのだと理解してしまった。
だがゴウドは、ムジコ伯爵家を継げなくても、軍人として立身出世する道はあると信じた。
継承順位が低かろうと、ゴウドはムジコ伯爵家の長男だ。その立場を生かせば、軍内で貴族の派閥に入れる。そして貴族の派閥は、軍内でも出世コースに入りやすい場所だ。
これはもう出世が約束されたようなものだったが、悲しいことにゴウドには軍人としての才能が貧弱だった。
ゴウドは、決して無能ではない。
士官学校時代は平均以上の成績だったし、軍務に就いてからもそつなく業務を済ます実力はあった。
しかし、ただそれ以上がなかった。
アマト皇和国の星海軍での出世コースは、艦長職に成るか、参謀職へと向かうかだ。
しかしゴウドは、艦長にも参謀にも必須な、戦場で刻々と変化する状況への対応力が弱かった。欠けていたのではなく、難があったわけでもなく、ただ弱かった。
凡百な相手なら善戦できても、名将知将と名高い人との模擬戦だと途端に脆さが出てしまうのだ。
このゴウドの戦闘能力の傾向を、調理に置き換えて例えた将官がいた。
『ゴウドは既存レシピの味付けを完璧に行う能力には長けているが、新作料理を創作したり予想する能力が極端に弱い』
そんな弱点があったために、前線で戦う艦や艦隊に配属するには怖いが、後方支援には十二分だろうと、上層部に判断されてしまった。
結果、ゴウドは出世の主要コースである戦闘艦への配属から外れつつ、裏街道のような補給艦の艦長職に任じられた。
既存レシピ――決められたことは完璧にできると評されただけあり、ゴウドの補給艦の運用は上手だった。
配達の遅刻はなく、物資の積み込み忘れもなく、ギンバエと呼ばれる悪たれ軍属が行う物資の横領も皆無だった。
それはゴウドが各方面に気を配ったことで、変な恨みを買う事はなかったことが理由だった。
その働きぶりが評価されて、年月と共に階級は上昇。補給艦単艦の艦長から、補給小隊の隊長を経て、補給艦隊の司令へ。
補給艦隊司令を数年続けたところで貴族派閥からのテコ入れがきて、補給艦隊司令の座を高位貴族の子息に譲る代わりに、大佐の位と安全な後方の補給拠点の司令長官の打診がきた。
この申し出を、ゴウドは了承した。大佐と長官職以上に出世はできないと、ゴウドが感じていたからだ。
裏街道では、これ以上の役職には手が届かない。かといって前線で戦う能力がないことは、ゴウド自身が良く分かっていた。
補給艦や補給艦隊でもトラブルというものは起こる。
そんな後方勤務のトラブル程度でも、ゴウドは四苦八苦することになったし、いくつかの件では腹心のアイフォが居なければ解決できなかった。
だからゴウドは、もう十二分に立身出世できたのだと、自分に言い聞かせた。
伯爵家の長男に生まれても継承順位を低くされ、立身出世に挑んだ軍人の道でも貴族派の後押しがあったのに補給拠点長官の准将止まり。
ゴウドの人生は、儘ならないことばかりだ。
そして儘ならないのは、昔だけでなく、今もだった。
平和に後方拠点の長官として働いていたのに、後方作戦室という閑職の者が稀代の戦果を挙げたことで、貴族派がその手柄に一枚噛もうと動いた結果、白羽の矢がゴウドに突き刺さった。
『オリオン星腕の中にアマト皇和国の拠点が出来た。そこにゴウドは赴任しろ。准将に昇格させるし、腹心も中佐にしてやるから』
長々とした建前や麗句を外すと、そういう命令だった。
赴任してどうしろという命令ではないあたり、貴族派の目的が透けて見える。
戦果の部分は後方作戦室の者に期待しつつ、上げた戦果の一部を『派閥の者を派遣していた』という事実で少しだけ掠め取ろうとしているのだ。
そして掠め取るだけの役目なら、能力の高い者を派遣する必要はない。それならゴウドという人材が最適。爵位の継承順位が低く、補給にしか用途がないお荷物。補給拠点の長官の席が空けば、もっと有能な別の者に座らせる事だってできる。むしろゴウド以外に適した人材が貴族派には他にいないほどだった。
ゴウドもゴウドで、終わりだと思っていた道の先が出来たことを喜んで、思わず了承してしまった。
貴族派の思惑は理解していたが、赴任先で戦果を得られれば准将以上の位に出世できると、そう夢が見れたからだ。
しかし赴任先――戦艦≪雀鷹≫でも海賊拠点≪チキンボール≫でも、ゴウドは儘ならない思いを抱くことになる。
≪雀鷹≫を任された特務中尉の艦長は、高位階級のゴウドに従わなかった。艦内では階級の高低差よりも艦長職が一番の上役であるのが慣例ではあるが、それでも中尉が准将に気を払わない態度なのは異常だった。
しかしゴウドは、艦長のドーソンに強く出れなかった。
ドーソンの纏う雰囲気が模擬戦でコテンパンにしてきた名将や知将に似通っていて、苦手意識が噴出したからだ。
そこでゴウドは『戦艦を任されても、自分の能力では生かせないし』と言い訳して、ドーソンから指揮権を奪う考えを放棄した。
その代わりに、ドーソンが確保したという海賊拠点≪チキンボール≫の支配者になろうと考えたのだ。
電車を乗り継ぎ、通路を歩いて、≪チキンボール≫の支配人室へ。
事前に連絡を入れていたこともあり、支配人であるジェネラル・カーネル――を真似している人工知能との面会ができた。
早速、アマト皇和国の軍部を持ち出して、ゴウドは拠点の支配人を譲るようにと要請した。
しかし返事は芳しいものではなかった。
「お譲りすることは構いませんけれども、果たしてゴウド准将にできますかな?」
ジェネラル・カーネルの言葉に、ゴウドは嫌な予感がした。目の前の人工知能に、ゴウドの弱点を知られているという予感だ。
そう予感したが、ゴウドはなるべく動揺を表情に出さないままに質問を返す。
「それは、どういう意味かね」
「≪チキンボール≫の支配人は、補給拠点の長官のように、補給艦の運行スケジュールの管理以外では席を温めて置けばいいという気楽な役目ではないのですよ」
この言葉で、ジェネラル・カーネルがゴウドの背景を知っていることが確定した。
お互いに面識がないことから推察するに、ドーソン艦長ないしはその手下が情報を与えたことは間違いなかった。
「この私の、長官として働いてきた実績に疑義があるというのかね?」
「拠点を運用する能力はあるのでしょう。しかし≪チキンボール≫の支配人の主な役目は、海賊たちの世話と、こちらを支援してくれる企業との交渉もあるのです。貴方にそれが可能ですかな?」
指摘された内容に、ゴウドは返答し辛かった。
ドーソン艦長を例に考えると、別星腕の海賊を世話できる自信がなかった。そして対応力に問題があるとの自覚から、企業人との交渉にも消極的になる。
ここでゴウドは、支配人にならなくたっていいんじゃないかなと思い始めた。
しかし内心の怯みを悟らせないよう、あえて偉そうな態度でジェネラル・カーネルに言い返す。
「しかしだね。この私も命令を受けてきたのだ。無役のまま置かれていては、立場がないのは理解してくれたまえ」
「なるほど。ではドーソン艦長のように、海賊をしてみては? 海賊船ないしは海賊艦を用立てることぐらいはしよう」
「この私は准将だぞ。准将が中尉のように海賊になって前線で戦えと言うのかね。あり得んだろう」
「ふむ。では≪チキンボール≫で、なにかしらの役職となるわけで――」
ジェネラル・カーネルは言葉の途中で数秒間止まった後、動き出した。
「――失礼。他の人工知能たちと相談していた。では≪チキンボール≫内の各方面でアルバイトをして、ご自身に適した役目を見つけるのではどうか?」
「准将かつ伯爵家に連なるこの私に、日雇い仕事をしろと!?」
「社長が身分を隠して掃除夫になる事は、アマト皇和国でもSUやTRでも事例はある。変ではあるまい。それに誰かに命じられたのではなく、自らが選び取った職の方が、貴方も身が入るであろう?」
ジェネラル・カーネルの言い分は、ゴウドに拒否し辛い内容だった。
思えば、ゴウドは今まで何かの意図の下で動き続けてきた。
姉に婚約者がいるから伯爵家は継げない。貴族の立場で有利だから軍学校に進む。戦う能力が低いと判断されて補給艦勤務へ。貴族派の思惑で、補給艦隊司令の座を追われて大佐の位と補給拠点の司令長官へ、補給拠点の司令長官の座を追われて准将の位と共に別星腕へ。
誰かの思惑の下で就いた場所は、いつも儘ならない事ばかりだった。
しかし自分で努めたことは、とても良い成果を出してきた。
子供の頃に世話役としてつけられたアイフォとは、時折口喧嘩はしつつも交流を続け、今では右腕とも呼べる腹心だ。
補給艦勤務での働きを評価されて、補給小隊の隊長を経て艦隊司令に。その時に付けられた部下には慕われ、補給部隊に付き物だった横領は、ゴウドが隊長だから司令だからと手控えてくれるようになった。後方の物資拠点への異動にも、ゴウドの下で働きたいからと着いてきてくれた。ゴウドが別星腕へ向かう際にも、その部下たちの代表としてジーエイが送り出された。
儘ならないことと、良い結果を考え比べて、ゴウドは自分で動いてみる場面だと判断した。
「分かった。お前の口車に乗ってやるとしよう。≪チキンボール≫で一般人が働けるアルバイトの一覧をくれ」
「了解した。これがリストだ。働く際に貴方の身分が問題になるが――≪チキンボール≫の後援者に所縁のある者が送られてきたとしよう。大筋で間違ってはいないのだから」
ジェネラル・カーネルは少し手元で作業した後、ゴウド、アイフォ、ジーエイに一枚ずつ物理カードを手渡した。
カードにはそれぞれの顔写真と、SU支配宙域の一般住民であるとの偽造情報が書き込まれていた。名前は、名は本物と同じだが、姓はSU風に変えられていて、ちょっとだけ偽装されている。
「そのカードをアルバイト先に提示すれば、直ぐに働ける。裏書はジェネラル・カーネルの名で行っているため、貴方たちの働きっぷりは、こちらに通達されることとなる。問題行動は起こさないでくれ」
「心配せんでも、働くからには真面目にやる。アイフォとジーエイにしても、それは約束しよう」
ゴウドは用は済んだと、支配人室から出て行った。
通路を戻りつつ、ゴウドは与えられたアルバイト情報を空間投影型のモニターで呼び出してみた。
すると後ろから、アイフォとジーエイも情報を覗き見し始める。
「おい君たち。興味があるのは分かるが、後ろから覗き込むのはどうかと思うのだがね」
「良いではありませんか。さあ、そのページの情報は見終わったので、次に」
「おっ。作業機械の運転なんてもんがあるな。電脳式じゃないから人間の手で動かす必要があるのか。工兵ロボットの作業腕じゃ、機械のレバーは動かし難いからな」
「ええい、離れたまえよ!」
ゴウドたちは一塊になりながら、電車がある場所へと向かって歩いていくのだった。