66話 話し合い
≪チキンボール≫の港に≪雀鷹≫を止め終えた。
ドーソンは≪雀鷹≫の主機関を停止状態へと移行させつつ、ブリッジに留まったままのゴウドたちに目を向ける。
「それでゴウド准将は、これからどうする?」
「どうするとは?」
「このまま≪雀鷹≫に乗り続けて海賊仕事を手伝うのか、≪チキンボール≫に留まって自身の影響力を構築するのか、はたまた別案があるのか。という話をしたい」
ドーソンの問いかけに、ゴウドは思案顔になる。
「アマト星海軍の准将でありムジコ伯爵家の男が、宇宙海賊に身をやつすことはできん。ここは≪チキンボール≫の中で役割を見つけることとしよう」
「≪チキンボール≫は海賊の拠点で、そこで活動することは良いのか?」
「全てが全て海賊ではなく、商人なども居るのだろう。であるなら、問題ない」
ゴウドは、あくまで海賊という存在に自身がなることが受け入れられないだけで、海賊に関わることは気にしないようだ。
ドーソンが顔をアイフォとジーエイに向ける。
「そちらの、お二方は?」
「ゴウド様に付き従うだけです」
「あー、どうしようかね。運転の腕を生かせる仕事がしたいけれど――ま、この戦艦には乗り続けられんよな」
ジーエイは、自身がゴウド陣営だという意識があるようで、ゴウドと離れてドーソンの下に付くことはしたくないようだ。
「お三方の考えは分かった。まあ、ここまで連れてきたついでに、≪チキンボール≫の支配人と直接面会できるように取り計らいはしよう。支配人と繋ぎがついていれば、色々と動きやすいだろうからな」
「それは有り難い。権力者に近づくのは、何処の界隈でも一番の手段だからな」
ドーソンは、いま≪雀鷹≫がいる港から、どう支配人室まで行けばいいかのルートを空間投影型のモニターを用いて教えた。
ゴウドは理解しきれていなかったようだが、アイフォとジーエイは道順をちゃんと覚えられたようで、すぐさま3人は≪雀鷹≫から出て行った。
出向組が離れたことを確認してから、ドーソンはヒトカネとキワカに声をかける。
「2人はどうする。希望するなら、≪チキンボール≫の中を案内してもいいが?」
「えっと。久しぶりの乗艦で気疲れしたので、休ませてほしいかなと」
「こっちは艦の人工知能どもとコミュニケーションを取るとするぞ。いざというとき、手足となって艦を修復してくれる者たちだ、気心は知っておくにこしたことない」
≪雀鷹≫に留まる選択を聞いて、ドーソンは艦長席から立ち上がる。
その瞬間、オイネが不満声を放ってきた。
「ドーソン。どうして、このオイネには話を聞かないのです?」
「どうせオイネは俺についてくる気なんだろ。そう知っているんだから、聞くも聞かないもないだろ」
「むぅ~! そう知っていても、あえて聞いてくれないとダメですよ! 話してくれないんじゃ、仲間外れみたいじゃないですか!」
「そういうもんか?」
ドーソンは腑に落ちなかったが、そう言うのならと問いかける言葉をかけようとして、直前で思い止まった。言われた通りにするのは面白くないと考えたのだ。
「オイネ。外に行くから、俺に着いてこい」
「――も、もう、予想してない言葉でドキっとさせるの、止めてくださいよぉ~」
オイネは渋々という態度ながらも、嬉しそうな気持ちが透けて見えそうな仕草で、席から立ち上がる。席の肘置きに接続されていたコードが自然と外れ、オイネの腕の中へと収納される。コードが収まった後の腕には、コードがあったという痕跡のない、綺麗な肌になっている。
無駄に技術が凝っていることに、ドーソンは感心しつつ、≪雀鷹≫の格納庫へと向かう。この後にエイダたちと会う予定なので、アマト皇和国から買ってきた土産を取りに行くために。
ドーソンとオイネが≪雀鷹≫から港に降り立つと、工兵ロボットの1機が、その小さめのドラム缶のような体で転がりながら近寄ってきた。そしてドーソンたちの前で止まると、空間投影型のモニターを起動して見せてきた。
『ドーソンさん、おかえりなさい。良い艦艇に乗ってきて、ビックリです』
モニターに映っているのは12個の六角形が集合体となったマーク。そして声はディカのものだった。
「よお、ディカ。護衛戦艦から工兵ロボットに乗り換えたのか?」
『違うんです。本体は護衛戦艦に載せたままで、工兵ロボットは遠隔で動かしてるんです』
「なんでそんな真似を――ああ、そういえば、他の人工知能たちの世話役まがいのことをしてるんだったな」
『してるんじゃなく、させれてるんですってば。なんでこう皆、私に相談を持ち掛けてくるのやらです』
「頼りにされてるってことだろ。良い事じゃないか」
『……気の休まる時間が欲しいです』
気苦労が絶えなさそうな声色に、ドーソンは思わず苦笑いしてしまう。
「それで、俺を呼び止めたのは、挨拶してくれるためか?」
『それはもちろんそうですけど、他にも要件はあるんです。こちらの地点に、エイダさんたちが居ます。ドーソンさんには、この場所に行って欲しいんです』
「エイダたちが? 掃宙艇がありそうな場所じゃないが?」
ドーソンがモニターにある地図を見ると、掃宙艇が停められる港ではなく、海賊船員用の宿泊場所だった。
どうしてこの場所なのかと疑問はあったが、それはディカにではなく、場所を指定したエイダたちに問うべき事。
だからドーソンは、ディカと別れ、その場所まで行ってみることにした。
土産を持ちながら移動すること、十数分。
指定された場所に着いてみると、そこは3ベッドの宿泊部屋だった。
扉をノックして「ドーソンだ」と告げると、間もなく扉が開く。笑顔のベーラが、アンドロイドの躯体で立っていた。
「お帰りなさい、ドーソン様。さあ、部屋の中にどうぞ~」
ベーラに言われて中に入ると、コリィは3つあるベッドの1つに寝そべって映画を空間投影型のモニターで見ていて、エイダは床に座って武器の手入れを行っていた。
その2人の姿を見て、ドーソンは思わず仮面越しに額を押さえてしまう。
コリィは『映像作品は全身で感じるもの』という信念からか、全裸で映像を見ている。皮膚感覚があるフルオーダーの女子型なので見た目は全く普通の人間。それが全裸なので色々と見えてしまっている。
エイダは戦闘用アンドロイドの躯体なので見目形に問題はない。しかし武器を分解整備するのに、ベッドシーツを床に広げて、その上に武器の部品を並べていた。シーツには機械油の汚れやシミがついていて、洗うのが大変そうだ。
ドーソンが何を言うべきか悩んでいると、コリィとエイダが部屋に入ってきたのがドーソンだと気づいた。
「ご、ご主人! あの、その、お土産は?」
コリィは、喜びと戸惑いを混ぜたような表情で、ドーソンに問いかけている。体を隠す素振りをしていないので、裸なのが恥ずかしいとは思っていないようだ。
「ドーソン船長。そのお背中にあるものは、彼の地の最新武器でありましょうか!」
エイダは、土産の武器を目にした興奮から立ち上がり、整備していた武器の部品を蹴り飛ばした。その後で慌てて飛んだ部品を回収し、いそいそとパーツクリーナーで磨き直す。
「はーい、ドーソン様。お土産、はやくはやく~」
ベーラは、他の2人の様子を見て悪ふざけしても良いと思ったのか、形態変化が出来る躯体を生かして胸元を最大巨乳化させると、ドーソンの腕に組み付いて体を寄せてくる。
三者三様の行動にドーソンは、こいつらってこんな奴らだったよなと、少し離れて忘れかけていたことを思い出していた。
「ああもう、土産は渡す。まずは映像作品群。要望があった通りにアニメ中心だ。次に武器。手に入る中で一番最新式の携行式熱線投射砲と光刃鎖鋸だ。それと故郷の服飾カタログ。一般向けから富裕層向けまで一通りある」
それぞれに土産を渡すと、3人とも大喜びだった。
その姿を見て、ドーソンは満足感を感じつつも、この3人に聞かなければいけないことがあることを思い出す。
「それで。どうして3人は、掃宙艇ではなくホテルの部屋にいるんだ。それもアンドロイドの躯体に入った状態でだ」
ドーソンが問いかけると、3人は誰が喋るかと目線を交換し合う。そして最終的に、コリィが説明することになったようだ。
「え、っと、その、ちょっと前の海賊仕事で、掃宙艇を、撃沈させたので」
「撃沈? お前たちが、ここに無事にいるってことは、ワザとってことだよな?」
「は、はい。企業に、データを取られる際、偽りのデータ作るの、面倒で……」
「データ偽装するよりも、掃宙艇を撃沈を装って破棄した方が良いと判断したってことか。あちら側に怪しまれているということはないか?」
「そ、そこは、大丈夫。ご主人が離れていたから、人工知能の判断ミスに、見せかけた。判断ミスの偽造データを送って、撃沈にしたから、怪しまれない、はず」
「データ取りを止めさえるついでに、人間の使用者が居ないと人工知能は重大なミスをすると企業に見せかけたわけか。なるほど良い手だ」
ドーソンは褒めるため、コリィの頭を撫でる。金色の人工毛髪を掻き分けるように指を立てながら撫でると、コリィがぶるりと震えた。
「ん? くすぐったかったか?」
「へ、平気。は、初めての感覚で、戸惑った、だけ。もっと」
「はいはい。じゃあ、感覚に慣れるためにも、ゆっくりめにしよう」
3度ほど追加で撫でた後で手を離すと、コリィは物欲しそうな顔になる。それを見て、ベーラが茶化しに入ってきた。
「コリィちゃんって、ドーソン様に虜ね~。ご主人様に可愛がって欲しい子犬みたいで、可愛いぃ~」
「……不本意」
コリィは一転してムスッとした表情になると、ベーラの太腿へ蹴りを放つ。ぺしぺしと軽い音なので、本気で怒っての行動ではなく、単なるじゃれ合いだった。
ドーソンは苦笑いをしつつ、掃宙艇が失われていることを考える。
「3人の乗艦がないのなら、新しい艦艇を捕まえるか? それとも、俺の戦艦に乗るか?」
ドーソンの提案に、3人の人工知能はそれぞれ悩み始める。
その悩みからいち早く脱却できたのは、コリィだった。
「ご主人の艦、乗っていいのなら、ぜひ。でも、個室欲しい。映像作品見たい」
「部屋の外では服を着る約束をするのなら、乗艦を許可しよう」
許しを得て、コリィは嬉しそうな笑顔へ。
ベーラもコリィに続いた。
「それじゃあベーラも、戦艦希望しようかな~。掃宙艇もよかったけど、戦艦2隻に合わせるとなると、貧弱だし~」
「駆逐艦や巡宙艦を拿捕して使ってもいいぞ?」
「う~ん。駆逐艦以上の艦種だと~、1人で運用できないから却下~。誰かの上にいるより、下に着いていたい感じだから~」
これで残るは、エイダの意見だ。
「小職は戦艦に乗らずに、今までと同じく掃宙艇に――ではなく巡宙艦の艦長になることを希望するであります。その際には、配下をつけていただきたく」
「配下は人でか? それとも工兵ロボットに入っている人工知能でか?」
「悩みどころでありますが、人工知能の方が問題が少ないでありましょう。人工知能でお願いするであります」
「分かった。まずは巡宙艦を拿捕して、それから配下の人工知能を集めるって順序だな」
話がまとまったので、ドーソンが話し合いの終了を宣言する。
その途端、エイダは新武器に着いていた説明書を読み始め、ベーラは服飾カタログをモニターに展開し、コリィは新規の映像作品の再生を始めた。
現金な3人の姿に、ドーソンは肩をすくめつつ「土産を堪能してくれ」と言い残し、会話の中で発現機会がなかったオイネと共に部屋を後にしたのだった。