6話 TR(トゥルー・ライツ)支配星域へ
アマト星腕からオリオン星腕への超長距離跳躍中、暇な時間を利用して、ドーソンはオイネにTRについて講義を受けていた。
『TRを語る前に、SUの歴史から始めますね』
SUは、人類発祥星である地球が宗主となり、移民した先の星々を配下してきた。
植民星全ての富は地球と地球圏へと送られ、植民星は搾取され過ぎて技術発展する余力も持てず宇宙時代以前のような暮らしぶり。その構図は、大昔でいうところの、荘園の奴隷のようだった。
しかしその状況は、植民する先の星が太陽系近くに限られていた頃までだった。
跳躍技術を用いても長い移動時間が必要なほどの遠くまで植民が進むと、その距離に比して太陽系権力からの影響力が低下した。
植民星を取り締まる役目の代官も、地球から見て最遠方地に送られるような無能なのでやる気がなく、植民星の住民が納める税を誤魔化してもバレず、最新技術を学んでも邪魔されず、不平不満を口にしても咎められないという有り様。
そうして仮初ながら自由を手にした植民星の住民は、密かに力をつけた。この仮初の自由を、本当の自由にするため、地球から権利を勝ち取るのだと一致団結して。
その彼ら彼女らが雌伏の長い時を経て、密かに集めた戦力を使ってオリオン星腕の銀河中心方面で独立を果たす。
『そうして出来上がったのが、真正人権国家を標榜するトゥルー・ライツです』
「太陽系から見ての反逆者たちが作った国か。よく設立当初に潰されなかったもんだな」
『簡単に語っておいてなんですけど、雌伏していた時間は百年以上です。その百年の間に、SUは内部で権力闘争が起こって、政治機構が腐っていました。それこそ、星腕の遠くにある反乱者など放置して、権力や権益の確保に血眼になるぐらいですからー』
そうしたSUでの混乱もあり、TRは独立初期を乗り越えて成長軌道へと突入。
SUの技術を盗んで模倣して技術発展を行い、得た技術を用いて軍備を拡張し、増えた軍備を背景に支配領域を拡大していく。
しかしそれでも、人数と物量的な差は埋め違いものがあった。
『そこで、戦力の物量差を埋めるために編み出された政策が、対象がSU艦船限定の私掠免状の発行です』
「正規の軍船の代わりに、民間の船に頑張ってもらおうってことか。今でも制度が続いているってことは、有用だったんだろうな」
『そりゃもう。あまりの威力に、寝返りが発生するぐらいです』
「寝返りって、どういう風にだ?」
『私掠船が暴れ回ると、商船の運行が止まって植民星が困ります。その植民星に対し、海賊行為を止めさせてやるから、TRに所属を変えないかと持ちかけるんです。最初はSUを恐れて跳ね除けても、長く経済封鎖された後は植民星は必要に迫られて所属変更を受け入れるって寸法なわけです』
「SUの対応が遅れれば遅れるほど、寝返る率も高くなるって仕組みにもなっているな」
『ともあれ、そういう段取りで、TRはオリオン星腕の四分の一を支配領域にしたわけです』
しかし四分の一も取られたことで、SUも本腰を入れた。これ以上、植民星から得られる金品を減らされてはたまらないと。
『SUは軍隊を動かして、支配領域を堅持しようとしています。一方でTRも領域を守りつつ地力を蓄えることへ政策移行。SUへの嫌がらせは、私掠船に任せているのです』
「TRの私掠免状を持って、SUの支配領域で暴れているってわけだな。そして俺の任務は、その真似をするわけだ」
『後方作戦室としては、ドーソンが海賊を束ねてSUへ大きな打撃を与えることを期待しているようですよー?』
「海賊なんて荒くれ者の代名詞のような存在が、俺みたいな若造においそれと従うもんかよ。まずは実績を積まなきゃ、話を聞いてくれもしないだろう」
ドーソンは感じていた。海賊として動くだけなら容易いが、海賊と組んでSUの経済破壊を成し遂げるのは難しいと。
「考えるより産むは易しというし、とりあえず免状を貰って海賊をやってみてから、詳しいことを考えるとするか」
『ドーソンって、意外と楽観的だったりします?』
「意外とはなんだ。人間ってのは、自分から幸せになろうと動けば幸せになるもんだぞ。なら、悲観的に物事を見るより、楽観的に構えた方が良い結果が来るにきまってるだろ」
『そういうものですかー?』
「そういうもんだ」
一通りの講義が終わった後は、ドーソンとオイネは他愛もない話を交えて暇つぶしをした。
TRの支配領域へ跳躍後、この場から一番近くにある人工居住衛星へ向けて再跳躍する。
「TRの領域内の人が住んでいる場所なら、どこでも私掠免状が発行してもらえるなんてな。免状を乱発できる仕組みで良いのかって気になるが」
『私掠の対象はSU限定だから、乱発してもTRの治安は悪くならないって考えなのかも?』
「海賊が素直にSUの商船だけ狙うのか、かなり疑問だけどな」
短距離跳躍なので、直ぐに通常空間へと戻ってきた。
ドーソンが見る物理モニターの画面には、ドーナッツを五個重ねてくっ付けたような、人工居住衛星が宇宙空間にポツンとあった。
「なにもない場所に衛星を置いているのか?」
アマト皇和国の常識からすると、ああした人工衛星は隕石の鉱物ないしは惑星気体収集を目的として建てられるものだ。
そのため、周囲に何もない宇宙空間に置かれている姿に、異様な違和感を覚えてしまう。
しかしオイネは、オリオン星腕の情報をSU艦船からサルベージしたデータから得ているため、事情を知っていた。
『オリオン星腕では、超長距離跳躍ができる船ばかりじゃないので、ああした休憩地点が必要なんですよ』
「高速道路のサービスエリアってことか」
そう考えるとしっくりくると、ドーソンは納得した。サービスエリアなら、周囲に森しかない場所に置かれている場合もあるからだ。
ともあれ、ドーソンは船を人工衛星へと近づける。そして短距離通信が可能な領域まで侵入したところで、通信を入れる。
「こちら≪大顎≫号。入港許可をくれ」
ドーソンが通信を送ると、返事が返ってきた。
『ヘイヨー、田舎者! ちゃんと訛りを消した丁寧な言葉で話せ。聞き取れねえからな、オーケー?』
ドーソンがどっちが鈍ってるんだと言いたげな顔になるが、オイネから事前に『皇和国の言葉は、オリオン星腕で通じなくはないが、訛りが強く聞こえるだろう』と忠告を受けていたことを思い出した。
そして言葉の対策に、あの白黒の仮面があることも。
ドーソンは顔に仮面をつけて、翻訳機能を点けてから、もう一度通信を行った。
「こちら≪大顎≫号。入港許可をくれ」
『なんだ、ちゃんと喋れるじゃないか。それで、入港目的は?』
どうやらちゃんと通じているようだと安心し、ドーソンは言葉を続ける。
「独り立ちを機に、私掠免状を貰いに来た。誰もいないような衛星なら手続きが手早く済むと聞いて、ここに来た」
口から出まかせの理由だったが、同じ目的でくる輩がいるのか、通信相手が笑い始めた。
『はっはっはー、お前さんもか。まあ、待ち時間がないから、その分は早く作業が終わるのは確かだぜ。でも、いいのかい?』
「なにが、いいのか、なんだ?」
『話に聞く限りじゃ、海賊の中じゃ私掠免状を貰った場所で最初の扱いが決まるんだろ。何日も順番待ちになるような居住惑星が最上位で、ここのような過疎衛星は最下位だとかな』
初めて聞く話だった。
だが話を鵜呑みにして、移動と順番待ちで時間を浪費する方が、ドーソンにとって意味がないと感じていた。
「免状の発行場所で、獲物が獲れたり獲れなかったりするわけじゃない。問題は腕があるかどうかだ。」
『はっはっはー、違いない。それだけの大口を聞かせてくれたからには、このしみったれた衛星まで名前が聞こえるような、ビッグな海賊になってくれよ』
「活躍する気ではいる。≪大顎≫号の名前を覚えておけ」
『大顎だな、オーケー、覚えておく。よし、7番に入港許可がでたぞ。入ってくれ』
衛星から伸びた発光ビーコンに従い、ドーソンは操船を行い、確りと既定の位置に止めた。
これで、アマト星からアマト星腕を超長距離移動し、オリオン星腕のTR支配領域へはいるという、長い長い≪大顎≫号の処女航海は終了となった。