65話 戻ってきて
ドーソンたちはポケット戦艦≪雀鷹≫に乗り≪チキンボール≫の近くまでやってきた。
そこでドーソンは驚くことになる。
「なにやら大繁盛しているようだな」
ドーソンが思わず呟いてしまうほど、≪チキンボール≫の周りには海賊船の姿がウヨウヨしていた。
その独り言を耳にしてか、キワカがドーソンに振り返る。
「ドーソン特務中尉が離れる前は、こんなに船はいなかったのでしょうか?」
「むしろ、もう1つの海賊拠点に送り出していた場所だったから、海賊の数は限定的になっていた。海賊の数が少なくなったからこそ、俺の作戦で≪チキンボール≫が占拠できたと言っても良いぐらいにな」
「では、海賊が集まるようなことがあったってことでしょうか」
「その辺りの事は、≪チキンボール≫に残してきた人工知能たちに聞けばいい」
ドーソンは、上半分が白色で下半分が黒色の仮面を取り出して、被る。
上半分が簡素な作りで、下半分が芋虫の口元を再現したかのような仮面に、キワカがギョッとした目を向けてきた。
ドーソンは仮面の内側で苦笑いしてから、仮面を被る理由を告げる。
「オリオン星腕の公用語は、アマト皇和国の言語と似ていて会話が通じはするんだ。だが、こっちの人たちにとって俺らの言葉は『なまりが強い』と感じるらしくて、会話が通じにくいんだ。だから仮面に翻訳機を入れて、会話をスムーズに行えるようにしたんだ」
「そ、そうだったんですね。じゃあ、僕たちも同じような仮面を?」
「付けろと強制はしない。必要だと思ったのなら、オイネに言って用意してもらってくれ」
「はい。ご用命がありましたら、直ぐに作りますよ」
オイネの笑顔の言葉に、キワカとヒトカネが顔を見合わせる。
「やっぱり付けた方が良いですよね」
「そうだの。まあ、ドーソン艦長に合わせる意味でも必要だろう」
「じゃあ僕は、特徴のない黒一色がいいですかね」
「翁の能面にしようかの。自分の年齢に合わせもできる」
キワカとヒトカネの会話が決着したので、オイネが会話を引き継いだ。
「黒色と翁面ですね。半時間ほどで出来上がりますので、お待ちくださいね」
オイネの前に空間投影型のモニターが展開し、≪雀鷹≫の艦体修復用のロボットに命令が発信された。処女航海の中で≪雀鷹≫に問題が出なくて暇だったのか、ロボットは早速仮面作りを始めた。
3人が会話をしている間に、ドーソンは≪チキンボール≫との連絡を繋げていた。
「こちら、ドーソン。応答してくれ」
呼びかけに、直ぐに応答が来た。
ドーソンの前にあるモニターに表示されたのは、≪チキンボール≫の支配人であるジェネラル・カーネル――その姿を乗っ取った人工知能だった。
『やあ、ドーソン船長。戻ってきたのかね。おや、乗船が変わっているね。艦艇級だから、これからはドーソン艦長と呼ぶとしようか』
気楽な調子で語るジェネラル・カーネルに、ドーソンは肩をすくませる。
「正体を知っているんだから、俺相手にその演技を通さなくたっていいんだぞ」
『はっはっは。もう随分とこのままでいたのでね、これがパーソナリティとなってしまっているのだよ。だから演技ではないのさ』
「……無理していないっていうのなら、それでいい。それで、俺が離れてからの状勢の変化を教えてくれ」
『もちろんだとも。ああでもその前に、エイダ先輩たちからドーソン艦長が帰って来てら伝えてくれとのメッセージがあるのだ。『ちゃんとお土産は持ってきてくれたんだろうね』とね』
「土産については心配いらない。ちゃんと要望されたものは持ってきている」
『それは重畳。彼女たちはドーソン艦長が居なくて、寂しがっていたからね。これで土産を忘れていたら、どうなっていたか想像もつかないよ』
意外な言葉に、ドーソンは首を傾げる。
「あいつらが、寂しがっていただって?」
『そう変なことでもあるまい。彼女らにとってドーソン艦長は、生まれい出てから教え導いてくれた、いわば親のような相手だ。親と長い時間離れていたら寂しく思うのは、当然の感情ではないかな』
「理屈は理解できるが、あいつらが俺のことを親だと思っているとは信じられないな。せいぜい、上官や鬼教官ぐらいにしか思ってないだろ」
『はっはっは。良い上官や良い教師だと感じていた場合でも、離れがたいという感情はあるものではないかね』
ドーソンにとって良い上官や良い教師という手合いに心当たりがないので、あまり素直に頷けない。孤児院の先生たちを想像して、ようやく理解することができる感じだった。
「まあ、帰還を歓迎してくれているならいいか。それで≪チキンボール≫に入港したいんだが、どこに行けばいい?」
『その艦は大きめの巡宙艦クラスだから――ふむ。ドーソン艦長の一味の護衛戦艦。そこに空きがあるから同じ港にしようか』
「それは助かる。エイダたちの掃宙艇は別の場所か?」
『その件に関しては、彼女たちの口から聞くと良い。怒らないでやってくれと、要望はしておくよ』
意味深な言葉と共に、ジェネラル・カーネルとの通信は終わった。
どういうことかとドーソンは疑問を抱きながら、指示された港へ向かって≪雀鷹≫を進ませることにした。
入港まであと少しというところで、ブリッジにゴウドが入ってきた。
「ほほう。この改造衛星が≪チキンボール≫かね。美味しそうな名前に似合わず、ウニや毬栗のように衛星表面に砲塔が乱立しておるな!」
楽しそうなゴウドの後ろに、アイフォがやってきた。
「ゴウド様。いい歳をして、はしゃがないでください」
「何を言う! この私が、あの改造衛星の頂点の座に座るのだぞ。男子たるもの、一城の主とならんとする前で興奮せずになんとする!」
意見を戦わせる2人に追いつく形で、ジーエイもブリッジに顔を見せる。
「准将がはしゃぐ気持ちはわかるなー。やっぱり、船や車は操縦桿を握ってこそだもんな。拠点の舵取りができると考えたら、気張りたくもなるさ」
楽しそうな3人の会話を聞き流しつつ、ドーソンはオイネに視線を投げる。オイネが首を横に振り、ジーエイに艦内探索で不審な行動はなかったと示した。
それならと、ドーソンはゴウドへと顔を向け直す。
「ゴウド准将。言っておくが、あの拠点の頂点に座れるかは、貴方の交渉次第だ。いまのところ、ジェネラル・カーネルが≪チキンボール≫の支配人だからな」
「ん? そのジェネラル・カーネルは、人工知能がなり替わっているのだから、アマト皇和国の側に立つ者だろう。なのに交渉が必要なのか?」
「経歴も分からない中年男性が、今日に行き成り『私が新たな支配人でござい』とやったところで、誰が納得する。支配人を語る痴れ者だと、海賊に袋叩きされるのが落ちだろ」
「ふ、袋叩き!? こ、怖いことを言わないでくれたまえよ。それに経歴もわからないとはなんだ。この私は、列記としたアマト星海軍の准将であり――」
「アマト星海軍の役職は、オリオン星腕の中じゃ役に立たない経歴だ。海賊を納得させるには、SU支配宙域での手柄がなければいけない」
「うぐっ! 指摘されてみれば、なるほど確かにその通り。これでは、この私が拠点の責任者に成れないではないか!」
困惑するゴウドに、ドーソンは呆れ混じりの声になる。
「まあ、表向きの支配人をジェネラル・カーネルのままにしておき、ゴウド准将は裏側の支配人になるという事はできなくはない」
「おお! それだ、そうしよう!」
「この場合でも、問題はある。何にもしていない中年男性が≪チキンボール≫に居たら、とても目立つ。≪チキンボール≫は、海賊拠点の中でも規律が保たれている場所だ。≪チキンボール≫内の店舗で働いている者と海賊活動をしている者以外は存在していない」
「なに? 海賊といえば自堕落なものだ。そういった手合いがいないのか?」
「≪チキンボール≫にはな。≪ハマノオンナ≫には、ごまんといる」
「うぐぐ。裏の支配人になったとしても、表向きの仕事もしなければならないとは。これでは体の良い二重労働ではないか」
ゴウドは困っている様子だが、もう港がすぐ目の前の場所まで来ている。
ドーソンは≪雀鷹≫を着港させるための操縦に意識を向けなければならず、ゴウドの会話を切り上げることにした。