64話 ≪茅乃輪≫
ドーソンたちは戦艦≪雀鷹≫に乗り込み、宇宙ステーション『ワゴヤマ』の4番ドックから出発した。
現在、ブリッジにいるクルーは、ドーソン、オイネ、ヒトカネ、キワカの後方作戦室所属の人員のみ。
これはドーソンの意向なのだが、やはり他部署からの出向組から物言いがついた。
「この人員の中で、この私が一番の上位者だぞ。それなのにブリッジから追い出すというのかね!」
とのゴウドの意見に、ドーソンは冷たく言い返す。
「俺が艦長だ。艦の中における意思決定の最上位者だ。貴方が准将で俺が特務中尉と階級差があろうと、艦長の意に反することは軍規違反では?」
「そうは言ってもだな!」
「それにだ。処女航海では、艦に不具合が起こる可能性もある。艦の運用者の部署を統一しておけば、責任の所在がハッキリできる。もしもゴウド准将がブリッジにいて問題が起きた場合、指揮系統が混乱して修復作業が滞る可能性がある。その危険性を排除する意味でも、貴方たちには自室ないしは食堂で大人しくしていてもらいたい」
ドーソンの軍規と論理で武装した言葉に、ゴウドは反論できなくなった。
アイフォは言い任されたゴウドを慰めつつ、ドーソンに敵意の籠った冷たい目を向けた。
ここでジーエイも、挙手してから意見を語り出した。
「≪雀鷹≫の操縦をしてみたいんだけど、ダメか?」
「ダメだ。十全に操縦系が働いていることを確認できない内は、舵輪を預けることはできない」
「舵輪って、このブリッジには無いだろ――って、艦のコントロール権についての慣用句だってのは分かっているから、そう睨まないでくれ。操縦がダメなら、艦内を歩き回ることは?」
「それは構わないが、多数の人工知能たちが≪雀鷹≫の中を活動中だ。変な真似をすると、問答無用で拘束されるから注意してくれ」
「了解。じゃ、気ままに過ごさせてもらいますよっと」
ジーエイがブリッジから離れると、ドーソンとアイフォも続けて出て行った。
こうしてブリッジからゴウドたちの影響を取り除いてから、ドーソンは≪雀鷹≫を宇宙空間へと進ませたわけだった。
まずはの目的地である、空間歪曲型巨大跳躍装置こと空間跳躍環『茅乃輪』へ向かいながら、ドーソンはオイネに声をかける。
「ゴウド准将たちの様子は?」
オイネはブリッジの席に座っているが、その両手から黒いコードが伸びていて、椅子の取手へと接続されている。目の前に浮かぶ空間投影型のモニターの画面が、何もしていないように見えるのに変化していることから、コードで艦内システムと繋がっていると察しがつく。
「ゴウド准将は、食堂にて嗜好品を摂取した後、自動調理機の調整を行っていますね。味が気に入らなかったのかもしれません」
「下手に弄られて、味がより悪くなると困るんだが」
「その点は心配いらないかと。ゴウド准将が後方の物資貯蔵拠点の責任者だった頃、出てくる料理が拙いからと自動調理機の調整を行い、見事に味の改善に寄与したとの報告があります。彼に任せておけば、美味しい料理が出てくることは間違いないですね」
「意外な特技があったもんだな。階級が准将じゃなきゃ、料理番に任じられただろうに」
「アイフォ中佐は、ゴウド准将の後ろで待機してますね。立ち振る舞いからして、完璧に准将の護衛です」
「その点に意外性はないな。ジーエイ中尉は?」
「本当に艦内をブラブラしてますよ。艦内保守用のロボットに声をかけてますが、嫌われているのか相手にされてませんね」
「そのロボットって、人工知能搭載型だよな。普通、人工知能たちは初対面の人間を嫌ったりしないと教わったが?」
「理由をちょっと聞いてみます――ああ、なんでも、邪な感情を感じたらしいです。こう、一人の生命体に対する感情ではなく、愛玩動物や性愛対象に向ける気持ちを持っているようだったらしいです」
「建造中の≪雀鷹≫にも熱を上げていたよな。もしかして、機械性愛者か?」
「うーん、どうでしょう。軍の健康診断では、閾値は超えていないと判断されていますね」
まともかと思えたジーエイが、一番癖が強い人間だったことに、ドーソンはゲンナリする。
しかし、ヒトカネとキワカはジーエイに好意的のよう。
「修理や改造で手間暇を欠けた艦は、愛おしく感じる。機械に愛着を気持ちは分からんでもない」
「機械好きなら、僕に興味はないでしょうから安全ですね」
ドーソンは、二人はそれで良いのかと疑問に思いつつも、ゴウドたちに気を配ってばかりもいられないと気持ちを入れ替える。
戦艦≪雀鷹≫は初めて宇宙を航行中だ。チェックしなければいけない項目は山ほどある。
オイネが気を利かせて項目を消化してはくれているものの、艦長だけしか確認終了できない項目というものもある。
ドーソンはそういった項目を見ながら、ヒトカネには艦内の不具合がないかを人工知能たちを指揮して探させ、キワカにはレーダーで周辺の艦船影に気を配るよう命じた。
≪雀鷹≫の砲塔や銃座の動作、艦速の増減を繰り返してみての足回りや慣性制御のレスポンス、ダメージコントロール用の隔壁の開閉具合、区画ごとに生命維持装置の停止と再起動、跳躍装置の起動と跳躍空間からの途中脱出、などなど。
一歩間違えれば人命に関わる項目を艦長の権限で試してみつつ、ドーソンは項目を一つずつ消化していく。
そんなチェック作業を熟していくと、とうとうつい最近建造が終わったばかりの、空間跳躍環≪茅乃輪≫に着いた。
≪茅乃輪≫の全長は、宇宙要塞を丸ごと囲えるほどの大きさだという。
「SUに≪茅乃輪≫と同じものがあるのなら、侵略してきたSU艦隊が要塞拠点を持っていた理由が腑に落ちるな」
「SU支配宙域内で要塞を作った後で、要塞と艦隊を跳躍環で送れば、拠点と護衛艦隊の出来上がりですからね。上手いことを考えたものです」
「その拠点も艦隊も、アマト皇和国の大戦艦が誇る巨大砲で、来る度にバラバラにされているがな」
ドーソンとオイネが会話を重ねていると、キワカが声を上げる。
「≪茅乃輪≫から通信です。五分後に跳躍できるよう、指示された位置まで進むこと、だそうです」
「了解――って、通信管理はオイネの役割だったはずだが?」
「チェック項目の消化中でしたので、キワカに代理を頼みました。ちょっとした荒療治も込めてですけどね」
キワカにあるセクハラのトラウマの治療ということだろうと、ドーソンは声に出さずに納得した。
対人関係の恐怖を薄めるために、モニター越しに人や人工知能に接しさせるのは良い手段である。少なくとも、アマト皇和国の軍務では、そう考えられている。
当のキワカがオイネの要請を拒否しなかった事から、自身に必要だと感じて役目を引き受けたのだとも分かるため、ドーソンは問題ないと判断した。
≪茅乃輪≫から伝えられた位置へと≪雀鷹≫を移動させ、待つこと少々。
跳躍時間となった直後に、≪茅乃輪≫の輪の中心点に放電現象が始まった。それはやがて、艦艇が潜れるほどの光の輪と成った。
「空間と空間を繋ぐエネルギーが膨大なため一刻も早く通過してほしいと、≪茅乃輪≫からの通信です」
キワカの報告に、ドーソンは≪雀鷹≫を急発進させつつ艦内放送を入れる。
「≪茅乃輪≫が作った跳躍場所を通る。念のため、耐ショック体勢をとれ」
放送直後には、もう光の輪は≪雀鷹≫の艦首のすぐ先に迫っていた。
そして≪雀鷹≫は速度を維持したまま輪を通過した。
これが通常の空間跳躍なら、跳躍装置作動後は跳躍空間へ艦が入って航行することになる。
しかし≪茅乃輪≫での跳躍は、通常空間から通常空間への跳躍だ。跳躍する前とした後で、人間では変化が感じられなかった。
ドーソンは艦尾にあった光の輪が閉じた光景をモニターで確認しつつ、拍子抜けしていた。そして消化不良の気持ちを抱えたまま、再び艦内放送を行う。
「跳躍終了。耐ショック体勢は解除――オイネ、現状位置を把握してくれ」
放送を切ってからの要求に、オイネは周辺の星の配置から居場所を特定する。
「ここは、間違いなくオリオン星腕です。星図から詳しい位置を割り出してっと――≪チキンボール≫から、通常の跳躍で1回分。以前にドーソンが、人工知能を搭載した工兵ロボットを詰め込んだ輸送艦を寄越すように告げた場所です」
「ああ、そこか。じゃあ航路は問題ないな。いや、先に≪チキンボール≫にいるエイダたちに連絡を送っておくべきだな」
「そうですね。間違えられて攻撃されたら困りますしね」
オイネはキワカに通信役を任せることにしたようだ。しきりに「相手は人工知能だから」とキワカの気持ちを落ち着かせることばをかけている。
一方でドーソンは、久しぶりに戻る≪チキンボール≫に変化はあるだろうかと、少し気になっていた。