63話 ≪雀鷹≫
チビ戦艦が完成した。
「ドーソン特務中尉。艦名をどうぞ!」
ヒメナに言われ、ドーソンはじっと出来上がった戦艦を見る。
「小さい身体でも狩る者だからな。雀鷹にしよう」
「雀鷹ですか?」
ヒメナはその鳥の名前を知らなかったようで、空間投影型のモニターで検索した。
「小さくて愛らしい見た目ですけど、タカの一種なんですね。なるほど、小さいけど猛禽な鳥の名前だからこそ、このポケット戦艦に相応しいというわけですね」
しきりに頷くヒメナに、ドーソンは疑問顔を向ける。
「チビ戦艦とかポケット戦艦とか言ってきたが、これは仮称だろ。正式な艦種名はないのか?」
「うーん。多分ですけど、この艦が艦種の最初の艦なので、これから先はツミ級戦艦って名前になるんじゃないかと」
気軽につけた名前が大事になったと、ドーソンは苦笑いする。
ともあれ戦艦≪雀鷹≫が建造し終わったので、これで宇宙ステーション『ワゴヤマ』に滞在し続ける理由もなくなった。
「じゃあ早速受領して、オリオン星腕へと出発するとしようか」
ドーソンがホテルで休んでいる搭乗員たちに連絡を入れようとすると、ヒメナから待ったがかかった。
「他の皆さんを呼ぶ前に、特務中尉にお伝えしておく極秘事項があります」
ヒメナがモニターに映し出したのは、巨大な輪っかの映像。
輪の周りには、作業船らしきものがあるが、その対比が変だった。
映像上では、船の大きさがミニチュア玩具のように小さい――否、輪が惑星規模で大きいのだ。
「なんだ、これ」
ドーソンの率直な疑問に、ヒメナがこそりと耳打ちする。
「撃破したSU艦艇から得た情報で作っている、星腕間をひとっ飛びできる巨大な空間跳躍装置です」
「跳躍装置だって? これがか?」
現状存在する跳躍機関は、艦船に入れられる程度に小さいもので、十二分に作動している。
惑星ほどの大きさの輪を作る意味を、ドーソンは思い至らない。
しかしヒメナにしてみれば、意見は違うようだった。
「この大型の輪は空間歪曲型の跳躍装置です。従来の次元壁を航行する跳躍装置との違いは、一瞬で長距離を移動することができる点なんです」
「星腕間を一瞬で?!」
これはとても画期的な技術である。
今までの跳躍は『航行』する必要があり、通常空間を航行するよりも早いとはいえ、少なくない時間を跳躍空間で過ごす必要があった。
しかし跳躍の輪を通れば、瞬く間に超長距離を移動ができるのなら、時間の大幅な節約に繋がる。
「こんな輪がSUにあったと、オイネは知っていたか?」
ドーソンが話を向けると、傍らで立っていたオイネは首を傾げた。
「≪ハマノオンナ≫でも≪チキンボール≫でも、この輪の情報はなかったですね。恐らくですが、人類発祥の地である地球のあたりに作られているんじゃないかと」
「どうしてそう予測したんだ?」
「惑星規模で大きな輪を作っているのなら、情報統制は難しいはずです。しかし聞いたことがありません。≪ハマノオンナ≫や≪チキンボール≫の活動宙域は、オリオン星腕の中でも銀河中心寄りです。その場所に情報が届いてないとなると、より銀河の端側――つまり地球がある太陽系付近が怪しいと思ったわけです」
ちゃんとした考察に、ドーソンは感心した。
オイネの予想を、ヒメナも賛成する。
「使用法を考えた場合、地球付近に建築することが最も効果的でしょう。この輪は一方通行なので、地球に住む人の影響をオリオン星腕の各地に届けることができるうえに、逆に他のオリオン星腕の影響の地球への到達を遅らせる働きが期待できます」
その予想を聞きつつも、ドーソンの興味は別のところにあった。
「この輪を見せてくれたってことは、これを使ってオリオン星腕へ戻れってことか?」
「その通りです。戦艦≪雀鷹≫の建造に時間がかかりましたから、超過した時間分を帳消しにするために、使用許可が出てます」
「体の良い跳躍実験に使われている気がしてならないんだが?」
「そういう面もありますが大丈夫ですよ、安全性は確立してます!」
ドーソンは話の胡散臭さを感じつつも、それが任務の一環なのだからと納得した。
「輪の件は分かった。あと気になっているのは、俺たちの任務は『SUのアマト星腕への進出阻止』のままでいいのか?」
「それについて、もう少し踏み込んだ内容に任務が変化しました」
「踏み込んだって、どの方向へだ?」
「SUがアマト星腕へ永久的に進出してこないような条約を交わせるよう、下準備をしておくようにとのことです」
あんまりな要求に、ドーソンは呆れ声になる。
「ひとつの星腕を大半を占める巨大国家を相手に、単艦で条約を締結まで持って行けって。要求の無茶が過ぎるだろ」
「あくまで下準備です、下準備。SUがアマト皇和国の話を聞いてくれるあたりの段階まで持って行けたら、それで良いはずです」
「その段階に至るのだって、だいぶ無茶だぞ」
そう苦情は言うものの、ドーソンは任務の意味も理解していた。
現状、SUとアマト皇和国とは国交がない。国交がない相手に交渉の席に着かせようとするのなら、方法は2種類しかない。1つは、徐々に国交を深めて、交渉できる間柄へ至ること。もう1つは、力づくで首根っこを抑えつけて席につかせる。
アマト皇和国の首脳部は、SUが侵略して来た事実があるため、国交を深める選択は取らず、力によって従わせるべきだと考えたのだろう。
その大前提があった上で、ドーソンが≪大顎≫号という小さな船で拠点を1つ接収してみせた事実に、どこまでやってみせてくれるのかを静観する気でいるのだろう。ドーソンがあわよくば下準備を終わらせることが出来たなら、アマト皇和国は供出する費用を抑えたままに大きな利益を上げられるのだから。
「ま、戦艦もくれたことだしな。やるだけやってみるとする」
「頑張ってくださいね。ドーソン特務中尉の評価が上がれば、後方作戦室の評判もあがりますので!」
ドーソンは分かっていると身振りしてから、ようやく搭乗員たちに連絡を繋げることが出来たのだった。