62話 搭乗員、登場
チビ戦艦の建造が9割に達した頃、4番ドックの制御室に新たな2人が現れた。
「ヒトカネ・イーワ軍曹。着任いたしましたぞ」
「キワカ・チョスガブ一等兵です。よろしくお願いいたします!」
挨拶されて、ドーソンが最初に思ったことは、事前資料とは印象が違うというものだった。
ヒトカネは、顔つきには老齢らしさが出ていたが、首から下の肉体は鍛え込まれていて、ボディービルダーのよう。
キワカは、男性なのに顔つきが美少女的な可愛らしいさがあるのは知っていたが、体つきが華奢で背も小さいとは思ってなかった。オイネの躯体と変わらない体格だが、骨格自体は男性的なので性別を詐称している心配はない。
ドーソンはそんな観察を行いながらも、儀礼に則った敬礼を返す。
「ドーソン・イーダ特務中尉だ。建造中の戦艦は、少人数で動かすように作られている。2人には活躍してもらう気でいる。期待している」
敬礼の後、態度を崩して握手を求める。
ヒトカネはすぐに応じ、艦体修復官らしい力強さで握り返してきた。
キワカは、女性艦長にセクハラを受けたことが未だにトラウマなのか、握手に躊躇う素振りをする。しかし意を決した様子で、ドーソンの手を両手で握った。
そのあまりの必死さを、ドーソンは哀れに感じた。
「そんなに怖がらなくていい。俺の恋愛対象は女性だ。男性に手を出す気はない」
ドーソンがキッパリと告げると、キワカは少しの間驚いて、気恥ずかしそうに目を伏せる。
その姿は気弱そうな少女のようで、とても可愛らしく映る。
男性も女性も庇護欲をくすぐられる姿だが、ドーソンは努めて気にしないようにした。庇護されることを、キワカ自身が望んでいないと察して。
ドーソンとキワカが握手を解くと、ドーソンの後ろからヒョッコリとオイネが姿を現わした。
「ドーソンには、このオイネがいますからね。可愛らしいとはいえ、同性の色香に参ったりしないのです」
オイネの発言に、キワカが驚きと困惑の目になる。
ドーソンは謂れのない誹謗中傷を受けている気になり、オイネに釘を刺すことにした。
「変な言い方をするな。オイネとは何ともないんだからな」
「ええー。相棒って言ってくれたこと、嘘だったんですか?」
「仕事上での相棒ってだけで、人生の相棒だと言った気はないが?」
「酷いです。頭を撫でて優しくすることを要求します!」
「はいはい。これでいいか?」
「手つきがぞんざいです! やり直しを要求します!」
ドーソンとオイネの慣れた会話の応酬に、ヒトカネは孫を見ているような目になり、キワカは思わず笑い出していた。
そうして場が和んだところで、ドーソンはヒトカネとキワカに向き直る。
「2人は知っているか。俺たち以外に、同乗者がいることをだ」
「知ってますぞ。我らよりも上位の階級者ばかりが乗ってくるとな」
「資料を見せてもらいましたけど、ちょっと不安です」
「不安って、なにがだ?」
「階級が高い人を送り込んでくるってことは、乗っ取りを狙っているんじゃないかって」
キワカの危惧を聞いて、ドーソンはオイネと顔を見合わせ、笑った。
「乗っ取り、ねえ。やらせてみてもいいが。ま、止めておくか」
「そうですね。変に混乱を起こしても、損になるだけでしょうしね」
2人の面白そうな様子に、キワカは理解できない顔をしている。
ドーソンは身振りで申し訳なさを伝えた後で、理由を説明する。
「建造中の戦艦の艦長は、俺だ。そして艦長は、たとえ自分以上の階級者がいたとしても、艦内では一番の上位者として扱われる。命令されても拒否できるってわけだ」
「捕捉を入させてもらいますと、階級を振りかざして無茶な要求をしてくる場合、艦内の安全のためという理由で拘束する権利も持っていますね」
「つまるところ、口うるさいことを言う以外の行動は、准将閣下や中佐であろうと艦内では出来ないってわけだ。心配いらない」
「口だけじゃなく手を出そうとするのなら、艦内の警備ロボットが制圧しますので、危ないことはないかと」
ドーソンの説明に、キワカは安堵したようだった。
ここまでの会話で、ドーソンたちは打ち解けていた。初顔合わせを祝して、どこかで会食でもしようかという意見が自然と出てくるほどに。
その空気を壊すかのように、4番ドックの制御室の扉が開いた。
現れたのは、先ほど話題にしていた、後方作戦室以外から来る搭乗員3人だった。
「おーおー、既に集まっているとは感心ではないか」
顎髭をしごきつつ、ふっくらとした腹を揺らしながら入ってきたのは、ゴウド・ムジコ准将。
その後ろには、護衛のように周囲に鋭利な視線を向けた後でドーソンたちに向き直ったのは、アイフォ・ニイミ中佐。
「准将の登場ですよ。直ぐに敬礼して出迎えなさい。出会って最初の印象というのは、一番大切なものなのですから」
アイフォに言われて、ドーソン、ヒトカネ、キワカは敬礼する。ドーソンは訓練通りの正しさで、ヒトカネは長い軍歴で慣れた感じで、キワカは可愛い見た目に合わない肩ひじ張った姿で。
そんなドーソンたちの敬礼に、アイフォは満足そうに頷き、ゴウドも偉そうな敬礼で返礼した。
その直後、制御室の中で大声が響いた。
「ひいやあああ! あれが新型の戦艦かよ! 建造中って聞いてたけど、うっわー、もう殆ど出来てんじゃん!」
嬉しそうな声をあげていたのは、ジーエイ。制御室の窓から見える戦艦の姿に、30代の小太り中年が子供のようにはしゃいでいる。
そのはしゃぎように、ゴウドが溜息を吐く。
「ジーエイ君は運転の腕は確かだから、この艦が好きすぎる悪癖さえなければ、主流から干されることもなかったのだがなあ」
「悪癖ではなく、あれはもはや性癖でしょう。ゴウド様、関わってはなりません」
「いや、そうは言ってもだな。彼は部下でもあるわけだし」
「では、必要以上には関わらないように」
ゴウドとアイフォに散々に言われているが、当のジーエイは気にした様子もない。
ドーソンたちは、ゴウド達の関係性に疑問を持ち、何とも言えない表情へ。
ゴウドはアイフォと喋りながら窓へと近づき、戦艦の建造風景を見る。
「ほう。あれが、この私の戦艦というわけだな」
ゴウドの言葉に、ドーソンが素早く訂正を入れる。
「失礼するが、あの艦の艦長は俺だと決定している」
ドーソンの言葉に、ゴウドは驚いた顔を返してきた。
「なに、そうなのかね?」
「あの艦は後方作戦室の予算から作られている。であれば、後方作戦室の者が責任者となるのは当然の道理では?」
「しかしだな。戦艦の艦長と成れる階級は、将官以上と決まっているはずだぞ」
「あの艦は『戦艦』と名前がついているものの、試作品かつ大きさは巡宙艦級しかない。正式には戦艦ではないと考えれば、そして与えられた任務の特殊性を考えたら、尉官が艦長なことは不思議ではないのでは?」
「弁が立つな、君は。だがな、この私は任務の責任者となれと命じられているのだよ。責任者であるのなら、戦艦の艦長となるのではないのかね?」
「それは勘違いでしょう。彼の地には拠点がある。責任者と命じられたとするなら、それは戦艦の艦長ではなく、拠点の司令としてでは?」
ドーソンの答弁に、ゴウドは言葉に窮してアイフォに顔を向けた。
しかしアイフォは、ドーソンの弁が正しいと思ったようで、会話の先はゴウドに。
「確かに、ゴウド様は補給拠点の責任者でした。その来歴を考えるのなら、出先の拠点の司令となる方が適しているかと」
「そうかね? まあ仕方がない、艦長はドーソン君に任せるとしようか」
ゴウドは気分が良くなった様子で前言を撤回し、戦艦の建造風景を純粋に楽しみ出した。
アイフォはその姿を嬉しそうに見つめた後で、ドーソンに冷たい視線を投げかける。それは『良い気になるな』と言っているようだった。
そしてジーエイは、建造風景だけでは満足できなかったのか、ドックの責任者であるヒメナを質問攻めし始める。
こんな3人と一緒の艦に居なければいけないのかと、ドーソンは人知れずに溜息を吐いたのだった。