60話 闇市
闇市が開かれる廃工場だった湾曲した建物は、全体的に白色で塗られてはいるものの、あまり手入れされていないことを示す汚れが全体についていた。
タクシーで近づいていくと、建物の周囲は雑草が生い茂っているが、開けっ広げになっている正門から建物までの道だけは舗装された状態が保たれている。
その正門でドーソンとオイネは下りると、建物の方へと向かって歩いていく。
道の途中、草むらの一部が倒れた場所があった。その先を見やると、元は工場資材の搬入場所だったと思わしき、大型のトレーラーが何台も止まっている駐車場があった。トレーラーだけでなく、普通の乗用車も十数台ある。
ドーソンは車の数を見て、口元を緩める。
「今日の闇市は盛況のようだな」
「車の数から、ですか?」
「ああ。トレーラーは実物を、乗用車は電子データで、品物を持ってきているんだ。大っぴらに出来ない市場と考えたら、今日は多い日なんだ」
「実物は分かりますが、データでなのはなぜですか?」
「車に乗らない大物を扱っているからだ。好事家によっては、廃艦になった艦艇を買い取ったって人もいるんからな」
「星海軍の艦艇をですか……」
オイネは艦艇の値段を考えて、呆れ顔になる。掃宙艇や駆逐艦ならまだしも、巡宙艦以上の艦艇を買うとなったら、個人で賄える金額を越えているように感じたからだ。
「艦艇を改造して商会の船にする、というわけじゃないんですよね?」
「その場合は、廃艦の民間への売却は普通に行われているから、そっちで買うはずだ。闇市で買う方は鑑賞用だと聞いた。軍が取り払った武装の代わりに、イミテーションの砲塔や銃座を載せて、見た目だけは往年の姿にするんだと」
「それじゃ実用性皆無の艦艇になりますけど?」
「言っただろ、鑑賞用だって。見て楽しむためのもんだから、実用性はなくて良いんだ」
「艦艇を泊める場所の使用料もかかるのにですか?」
「その程度の金がはした金に思っている人が買うんだよ。鑑賞用の艦艇ってのは」
会話をしながら歩いてきて、とうとう建物の出入口の前に。
出入口横に、電子タバコを吸う男が3人。チラリとドーソンたちを見て、興味を失った様子でタバコを味わい直している。
ドーソンは男たちを気にする様子もなく、むしろ慣れている様子で、建物の中へと足を踏み入れる。
オイネも続いて建物の中に入り、一瞬だけ動きを止めた。その後で、ドーソンの服を軽く引っ張った。
「ドーソン。外との通信が途絶しました」
「闇市の秘密性を上げるためと、潜入捜査官対策で、外と電子的に繋がらないよう通信妨害してあるんだ。あと値段をネットで調べることが出来ないようにするためって理由もあるな」
闇市の商品は好事家相手のもの。そして好事家ならば、品物の大まかな金額は知っていて当たり前。ネットで金額を調べる必要があるニワカは、入場お断り。入ってくるのなら、ぼったくりに会う覚悟をしろ。
ネットが繋がらないのは、そういう意思表示でもあると、ドーソンは語った。
オイネは理由に納得しつつも、首を傾げる。
「ドーソンもニワカでは?」
「そうだな、ニワカだ。だが事前にこういう場所だと知っているから、大体の品と値段を事前に調べておくぐらいのことは出来る――」
ドーソンは喋りつつ顔を巡らせる。廃工場に作られた闇市を見回し、ある場所で顔の位置が止まった。
「――そして売り主の事を知っていれば、ぼったくられる心配も減る」
ドーソンはオイネを伴って、目を付けた闇市の売人へと歩いて近寄った。
その売人は、70歳を優に超えてそうな老人だった。広げたパイプ椅子に座り、老眼鏡をつけ、手元の電子タブレットで何かを読んでいる。
ドーソンはその老人の前に立つと、気軽に声をかけた。
「よお、ジジイ。まだ生きていたんだな」
呼びかけられて、老人はタブレットから顔を上げて、老眼鏡越しにドーソンの顔を見る。そして訝しげな顔になる。
「お前さんの顔には見覚えがないが?」
「おいおい、耄碌してんなよ。お前みたいな迷惑なガキは一生忘れられそうにない、って言ってくれたじゃないか」
その返答に、老人は目を丸くして、改めてドーソンをまじまじと見た。
「お前、いっつも兵器のカタログを見せろとせがんできた、あの孤児院のクソガキか! はー、大きくなったもんだ!」
老人の表情は、久しぶりに出会った孫を見たようであり、手を焼かされた生徒を見ているようでもあった。
「ようやく思い出したかよ。近くに来たんでな、久しぶりに顔を出しにきた」
「なんだ。客じゃないのなら帰れ。もうクソガキも大人だから、冷やかしを世話してやる気はないぞ」
「子供の頃の事は悪かったよ。悪いと思うからこそ、こうして客として来たんじゃないか」
ドーソンの言葉に、老人は半目を返してきた。
「おい、クソガキ。お前、軍属になったのだろ。闇市に何を買いにきた。潜入捜査官なら告発しなきゃならんぞ?」
「純粋に客だ。知人に土産を頼まれたんだが、軍で配給を却下されてな。闇市まで買いに来たってわけだ」
「却下? 何を求めた?」
「戦闘用アンドロイド用の武器だ。最新式の」
「却下された理由は?」
「あー、なんといったらいいか……。民間に流出する危険を避けるため、だったかな」
オリオン星腕での活動を言うわけにもいかないので、ドーソンは間違いでない理由を告げた。
老人は訝しんだが、たかが戦闘用アンドロイドの武器をそんな理由で拒否されてしまうほど、ドーソンが軍で見込まれていないのだと受け取った。
「言っておくが、高いぞ?」
「お、あるのか。値段は応相談だが、それなりの資金は用意してある」
「本当か? 2世代前の武器でも、こんなにするぞ」
老人がタブレットを操作し、とある武器を画面に表示させて、ドーソンに見せる。
「それ、士官学校で戦闘用アンドロイドの指揮を学ぶ際に見た、連射突撃銃型の光線銃だな。安定的で良い武器だった」
「武器の評価は良い。最新式は、これより高いぞ。払えるか?」
ドーソンは画面にある武器の値段を見て、事前に調べた情報から適正価格であると認識した上で、頷く。
「十二分に払える」
「ほう。じゃあ、とっておきのものを見せてやろう」
老人が次にタブレットに表示させたのは、先ほどの光線銃とほぼ同じものだった。
「これが最新型だ。連射性能が10%増し。エネルギー消費量は5%減。重量が10%増えたのは減点材料だが、アンドロイドが使うための武器だから問題ない」
「ふーん。スペックは良い数値だな」
ドーソンはタブレットの画面を確認しながら、やおら腰に下げていた光線銃を抜いた。
射出口先を突然の奇行に目を丸くする老人へ――ではなく、背後に迫っていた巨漢の男性の顔へと向けた。巨漢男性の手は、ドーソンの傍らにいるオイネに伸ばされている途中だった。
「おい。俺の相棒に、何をしようとしている?」
巨漢男性は光線銃で狙われていると知って、顔色を青くする。
「ひっ。い、いえ、な、な、なにも」
「じゃあ、その手にあるもんはなんだ? ゆっくり開いて見せてくれ」
巨漢男性は周囲に助けを求めるような視線を向けるが、助けに入る者はいない。ただし、ドーソンが銃を発砲しても対処できるように、それぞれが自前の武器に手をかけている。
剣呑な空気が充満する中で、巨漢男性は諦めたようにまん丸に太った掌を開く。
「それは、アンドロイドの躯体を強制停止させるコードを発信する装置だな。何やら改造してあるのを見ると、強制停止と同時に所有者の書き換えまで行えるんじゃないか?」
「そ、それは……」
「ん? ハッキリ言って欲しいんだが?」
ドーソンが光線銃を突き出すと、巨漢男性は悲鳴を上げるように弁明する。
「ごごご、ごめんなさい! その子が、あんまり綺麗だったから、欲しくなって! だから、だからコレを使おうとして!」
巨漢男性の声に、闇市の人達は自前の武器から手を離した。大金持ちの好事家を相手に商売する人たちが多いからこそ、強盗という不当に利益を得る行動をする奴にかける温情は持ち合わせていない。
唯一、巨漢男性の身内らしき人物が、オロオロとしながら武器を持ったままだが、助けに入ろうとはしない。下手にかばえば、自分も殺される危険があると知っているからだ。
ドーソンは巨漢男性の身内の方を見やり、そこの販売物が美少女系の躯体だと知る。次にオイネに視線を向け、巨漢男性の販売物よりも美少女であることを再確認した。
再確認したからどうというわけではないが、美少女躯体のマニアが暴走しても仕方がないとは理解することができた。
「まあいい。さて、落とし前はどうつけてもらおうか」
ドーソンが凄むと、巨漢男性の顔色が青を越して真っ白になる。
そんな巨漢男性の手から、オイネが怪しげな装置を取り上げた。
ドーソンが何をする気だと問いかける前に、オイネは装置を自分に向けてスイッチをポチポチと押した。
「おい! 何してんだ!」
「焦らないでください、ドーソン。こんなオモチャ、このオイネの躯体には効きませんよ?」
オイネは首を傾げながら、装置のボタンを連打している。確かに効いてなさそうだ。
その光景を見る巨漢男性の顔は驚愕で見開かれているので、装置が不良品というわけではないらしい。
つまり通常なら問答無用で停止できる装置を、オイネの躯体は無効化しているわけだ。
オイネの躯体はヒメナ技術伍長が丹精込めて作ったと知っていたものの、どれほどの機能を詰め込んだんだと、ドーソンは呆れ果ててしまった。
そんなこんなしていると、オイネが連打していた装置の合わせ目の隙間から白い煙が上がった。
「おや、不正改造品だからか脆いですね。こうして壊れてしまったからには、これはゴミですね」
オイネはわざとらしく言いながら、巨漢男性の目の前で白煙をくゆらす装置を握り潰して床に捨てたた。
巨漢男性は、この装置に思入れがあったのか、バラバラに砕けたものをかき集めて慟哭する。
「おおおろろろろおおおおおおおん!」
変な鳴き声を上げる巨漢男性を、ドーソンはどうするべきか迷いつつも銃口だけは向け続ける。
ドーソンと取り引きちゅうだった老人は、この一連の騒動を間近で見て、やがて肩をすくめた。
「おい、クソガキ。そのバカの後始末、闇市の運営に任せてくれないか?」
「……責任を持ってやってくれるのなら」
「ありがとよ。おい!」
老人が声を張り上げると、黒スーツにサングラスという、いかにもな人たちが走ってやってきて、巨漢男性を担ぎ上げた。
その人外の膂力を見るに、人工知能か電脳はわからないが、アンドロイドのようだった。
そして巨漢男性の悪行を止めに入れなかった理由を、ドーソンは理解した。
「あの装置があったからか」
「何体か奪われるのを覚悟すれば、制圧は可能だったんだ。理由がないだけだった」
「誰かの所有物が奪われるかもしれないのにか?」
「自分の身の安全と品物の保全が出来ない人物は、闇市に来るべきではない。クソガキも分かってんだろ?」
「むしろ何も持ってない孤児院のクソガキの方が安全ってことは、十二分にな」
変な横槍が入ったことを面倒くさがりながら、ドーソンは老人との取り引きに戻る。
そしてエイダがもう持っている武装を考慮に入れて、最新式の携行式熱線投射砲と光刃鎖鋸を購入した。
その際に老人は、ドーソンが顔馴染みであることと、闇市の売人が迷惑をかけた謝罪として、多少の割引をしてくれたのだった。