58話 土産購入
オイネが試着室で買った服に着替えている間、着ていたワンピースと店舗で勝ったもう一着とを紙袋に入れて貰った。
ドーソンは紙袋を持ち、試着室から出てきたオイネに『大変良く似合っている』と感想を告げた後で、店員に見送られながら店から出た。
「次は、エイダたちの頼まれ物の確保だな」
「そうくると思いまして、ベーラへのお土産の1つとして、先ほどの店でカタログをデータスティックで貰っておきました。この生地の服は、オリオン星腕で収集した情報にはなかったので、喜ぶと思いますよ」
「失念していた。助かった、オイネ」
ドーソンは無意識に、オイネの黒髪の頭頂部を撫でた。その後で、自分の行動に驚いたように手を引っ込める。
「悪い。つい子供の頃の癖が出た」
「謝ることはないですけど、子供の頃ってことは、ドーソンが孤児院に居たときの癖ってことですか?」
「ああ。年長者は年少者の世話をするのが当たり前でな。それで、褒めるときに良く頭を撫でていたものだから」
ドーソンの説明に、オイネは自分の体を改めて確認して納得した。
「癖になるほど、この体の見た目に近い少女の頭を、ドーソンは撫で続けてきたわけですね」
「なにか言い方に棘があるぞ。撫で続けたといっても、俺が孤児院から離れて軍の幼年学校に入る前までの、俺も子供だった頃の話だからな」
「それほど詳しく説明しなくても、わかっていますとも。ええ」
オイネの勝ち誇った顔に、ドーソンはやり場のない気持ちを自分の拳を握りしめることで誤魔化した。
「俺の子供の頃の話よりもだ、エイダたちへの土産探しが先決だ」
「ドーソンの子供の頃の話は気になりますが、それは追々でもできるでしょうしね」
オイネの面白い話題を逃す気はないとの答えに、ドーソンは自分の失態に肩を落とす。
ドーソンのその態度を見て、オイネの顔に企みを含んだ笑顔が浮かぶ。
「また頭を撫でてくれるのでしたら、その嬉しさからドーソンの子供の頃の件を忘れてしまうかもしれませんよ?」
「……頭を撫でられたいんだったら、素直にそう言え」
ドーソンは周囲の視線を気にしつつも、過去をほじくり返されるよりはマシだと考えて、オイネの頭を優しく撫でることにした。
商業施設での買い物は順調に推移した。
ベーラ用の服飾カタログは、大体の店のものは無料だったので大量に集め、高級ブランド店の有料なものは数点購入した。
コリィ用の映像作品は、完結済みのコンプリートボックスに限定して探し、その中から評価の高い作品を幅広い年代から選んで買った。規格が合わなくて映像投影できないと問題なので、専用の映像再生機も購入する。
そしてエイダ用の戦闘用アンドロイドの武器を購入しようとしたのだが、少し問題が起こった。
「民生品のスペックだと、エイダは不満を持ちそうだな」
「軍からの払い下げ品もありますけど、全てデチューンされて民生品と同等のスペックになってますね」
「一般人が使う戦闘用アンドロイド――いや、護衛用アンドロイドなら、この程度でも十二分なんだがな」
ドーソンは、どうしたものかと頭を掻く。
店員に聞けば、どの店でも同程度のスペックでしか販売していないとの返答もあり、店舗での購入は諦めざるを得ない。
店舗で土産を買えないとなれば、軍用スペックの武器を買える方法は2種類。
ドーソンはアマト皇和国の星海軍の軍人なので、要望書を提出して購入する。
もしくは、闇市の怪しい店で軍からの流出品を購入するか。
安全で品質も確かなのは要望書の方だが、要望書が適切かのチェックに時間がかかるし、軍務に関係のない品だと思われたら要望が通らないこともある。
逆に闇市の方は、品質はお察しだが、実物を見て判断できるし、金さえ払えば即購入できる。
どちらも一長一短があるが、ドーソンは決めた。
「まずは要望書だな。ダメだったら、闇市まで足を運べばいい」
「闇市ですか。軍用のモノを違法に扱っているのなら、取り締まられたりしないんですか?」
「取り締まられるが、次から次へと場所を変えて出てくるんだよ。軍用品が欲しいマニアは絶えないし、軍用品は単純所持なら違法じゃないから、客側からすると購入リスクが低いから取り引きしたがる」
「店側としては、需要を満たせば売上が出るので、法に背いても販売したいわけですね」
「違法販売が見つかったら、どこから手に入れたかを調べられて芋づる式に逮捕者が出るから、あまり褒められた商売ではないけどな」
そんなリスクを負っても販売したくなるほど、マニアという存在は金払いがいい。それこそ、一般市場に流通が全くない種類となると、購入予算が青天井になる者だっている。
多少のリスクで大金を手にできる機会があるのだから、魔が刺して違法販売する商人が出ることも頷ける。
「闇市のある場所は遠いと聞くから、要望書が通れば万々歳なんだがな」
「アマト皇和国の本星に闇市はないんですか?」
「軍の士官学校があるほど、本星と軍の関係は近い。その関係に罅を入れるわけにはいかないから、軍事物資の流出なんて不祥事を見逃したりはしないんだよ」
「流出した軍用品による事件が本星で起きたら、軍の面目が丸つぶれになってしまうわけですね」
「本星の次に取り締まりがキツイのは、開拓中の外縁宙域だと聞く。開拓星の治安維持活動で、軍艦や兵士が多く派遣されているし、易々と補給物資が届く場所でもないからな。艦隊指揮官やら艦長やらが軍用品の扱いに目を光らせているという噂だ」
「じゃあ、闇市はどこで開かれているんです?」
「本星からも外縁宙域からも離れている、程よく開発が終わった宙域にある。俺が育った孤児院がある宙域にも、いくつか闇市があった。そのうちの一つは、孤児院の近くにあった廃工場で不定期に開かれていた」
「育った環境に闇市が近かったから、ドーソンは良く知っていたわけですね。実は闇市を利用していたんですか?」
「男子の目から見ると、闇市にある一般流通のない商品ってのは、とても魅力的に映る。予定が空いた日に闇市に行き、品物を眺めるだけ眺めて購入せずに帰ることばっかりやっていたから、良い客じゃなかったけどな」
ドーソンは懐かしい思い出を語ったが、良く知るからこそ闇市の利用は消極的だった。
「闇市を利用するのは、本当に最終手段だ。俺から出した要望書が通らなかったら、後方作戦室の名前で出してもらう」
「名前を変えただけで通りますか?」
「後方作戦室は新造戦艦――チビ戦艦を試作しているんだ。艦内装備に必要だと理由をつければ、都合をつけてくれる可能性が高い」
そう予防線を張るものの、ドーソンはなぜか闇市に行くことになる気がしてならなかったのだった。