57話 ショッピングデート
ドーソンとオイネは、宇宙ステーション『ワゴヤマ』から軌道エレベーターで下り、アマト皇和国の本星に着いた。
二人が人工知能付きのタクシーに乗り込んだところで、ドーソンはオイネの姿を改めて確認した。
艶やかな漆黒の髪を持つ、芸術品のように美しい造詣の少女。胸元が微かにしか膨らんでいない点すら、少女性を増すエッセンスになっている。
そんな製作者であるヒメナの少女像に対する熱意が伺える姿だが、衣服が薄手のワンピースで履物がサンダルな点が、ドーソンは腑に落ちない。
「その衣装は、オイネが望んで着ているものか?」
「いいえ。ヒメナに、これが一番似合う服装だからと着せられただけです」
「確かに似合ってはいるが――」
オイネの芸術的な造形からすると、見るからに安物な衣装は迫力負けしている。
「――そうだな。まずはオイネの服を買うことから始めるか」
「服を買っていただけるんですか!」
「そりゃな。その服一着だけってわけにもいかんだろうし、もっと似合いそうな服もありそうだしな」
ドーソンはそう言いながら、タクシーに備え付けの空間投影型のモニターを呼び出し、自分の銀行口座の残高を確認する。
いまのいままでSU支配宙域に滞在していたことと、表向きに貰っている給料の半分以上を孤児院に寄附しているため、どれだけの資金があるのかをドーソンは知らない。
買い物の予算を決めるための口座確認だったが、一般国民向けの店に限定するなら、大盤振る舞いしても問題ないぐらいの資金があるとわかった。
「じゃあまずは、総合商業施設に行くとしよう」
ドーソンはタクシーの人工知能に、軌道エレベーター付近にある大型の総合商業施設へ向かうように指示した。
軌道エレベーターは観光資源の一つになっていることもあり、さほど離れていない位置に観光客を集客することを狙った商業施設があった。
そんな短い距離のタクシー移動だったが、オイネは軽く足をパタパタさせて嬉しそうにしていた。
ドーソンは嬉しがっているのなら良いかと気にせずにタクシーから下り、オイネが横に来るのを待ってから並んで商業施設へと入った。
ドーソンは手荷物をロッカーに預けると案内板の前まで行き、案内板の空間投影型のモニターを呼び出した。商業施設にある服飾関係の店舗情報を表示させた後で、周囲を興味深そうに眺めていたオイネを呼び寄せる。
「オイネ。どんな種類の服屋が良い?」
「えっとですねー。まず子供服は除外したいですね。オイネは子供ではないので」
ドーソンはオイネの姿を見て、子供でも通じそうだけどなと思ったものの、子供でないのも確かだと思い直した。店舗情報から子供服の店を除外しつつ、男性向けの店も除外しておいた。
「まだまだ候補は沢山あるな」
「それでは、実用性と耐久性が高い服が良いですね。あまり薄いと破ってしまいそうですし」
「そういえば、その体は戦闘用アンドロイドに負けない出力があるんだったな」
「はい。それに行っている仕事を考えると、丈夫な方が望ましいですよね」
「それはそうだが、実用一辺倒なのも問題だろ。折角、綺麗に作ってくれた体があるのなら、着飾ってみるのも悪くないはずだ」
「では、実用性がありつつも、見た目の良い服ということになりますね」
そんな条件の服装の店があるのかと、ドーソンは検索をかけてみた。
すると3つの店舗情報が結果に出てきた。
「意外にあるもんだな」
ドーソンはそんな感想を呟きつつ、店舗の位置を把握する。そのまま案内板での操作を行って、ドーソンの口座と紐づけた当日使用限定のデビットカードを新規作成した。これでレジで提示するだけで、自動引き落としで買い物ができるようになる。
「じゃあ行くぞ、オイネ」
「はい、ドーソン。どんな服があるのか、今から楽しみです」
二人が向かった3つの店舗。
1つ目は、男女兼用の作業着が職種ごとに多く売られている店だった。確かに実用的な服の店だし、特定の職種の服によっては見た目が良い服もあったが、着飾る目的にそぐわないので、一目見て離脱した。
2つ目は、普通の日用服を売っている大型店。かなりの人気店のようで、家族連れから個人客まで、性別や年齢問わずに多くの客が品定めをしている。中々良さそうな服もあったが、込んでいることもあり、3つ目の店舗を先に見てみることにした。
そして3つ目の店舗を見て、明らかにオイネがレンズの目を輝かせた。
「これは、なんとも面白いコンセプトの服の店です!」
オイネがそう評価するのも無理はない。
この服屋で扱われている品物は、要人警護用の人たちが着るための制服――そのアウトレット品だ。
アマト皇和国の身分の高い人は、ゴテゴテと武装を施した護衛を侍らすことを嫌がる。物々しい護衛がいるからには人から狙われて然るべき後ろ暗い部分があるのだと、そう誤解されかねないと考えるからだ。
かといって、全く要人を守れないのでは、護衛を雇う意味がない。
そのため、要人警護の護衛に求められる服装とは、一見すると普通の整った衣服に見えながらも、暴漢が現れた際に要人の盾になれるものとなる。
この要件を満たすため、要人警護用の衣服の生地には対刃耐弾と耐衝撃に耐光線銃の能力を施され、仕立ても丁寧にされている。
しかし求められる基準が高いことで、どうしても生地に規格外品が出来てしまう。だが高コストな生地なため、単純に破棄してしまっては丸損になる。
そういう背景から、このアウトレット店では規格外品の生地で衣服を作り、販売している。
そんな説明が、店の看板を起点とする空間投影型のモニターに書かれているのを、ドーソンは読んでいた。
説明の中には規格外品の生地の性能も触れられていて、大部分の生地は耐性の何かしらが一つだけ厳しく設定された基準を若干下回った判定がでているだけのだという。
ドーソンの士官学校で学んだ知識からすると、アウトレット品の生地の耐性スコアの実値は、特に問題のない数値だった。これが軍用品なら、問題なく納入されていたことだろう。
しかし、この生地の服は護衛者と護衛対象の命を守るためのもの。
基準値がかなり厳しく設定されているとはいえ、基準を下回る性能では、護衛も護衛対象も安心して命を任せることはできない。
「一般人が出会うであろうシチュエーションだと、過剰装甲も良いところの性能だがな」
仮に暴漢に襲われても、刃物どころか実弾であろうと光線銃であろうと、怪我なく逃げ切れる程度には堅牢な服だ。
この店のスーツを見につけていれば、日常で命の危険を感じる場面はぐっと減ることだろう。
子供の安全を願う裕福な親も客層としてるようで、子供向けの服もある。
しかしアウトレット品の生地で作っているはずなのに、どの服もオーダーメイドの礼服を作れるぐらいの値段がつけられていて、とても高額だった。
あまりの値段に孤児院育ちのドーソンは尻込みしかけるが、オイネの求めていた実用的ながらも見た目の良い服に、この店の服は合致していた。
それになにより、シックな作りの服装は、芸術的な美少女の容姿のオイネに似合っているように、ドーソンには感じられた。
「……1着か2着、見繕ってもらうか?」
ドーソンが話を向けると、オイネは目に見えて喜びの表情になった。
「はい、この店の服が良いです。ここで買いましょう!」
オイネはドーソンの手を取ると、店の中へと突撃していった。
良き世意欲入ってきた二人に、店員が一瞬だけ驚きの表情を見せるが、すぐに接客の態度が改まった。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はどのようなものをお探しで?」
店員は、ドーソンとオイネの服装を、余人に察知されない程度の目動きで確認している。
そんな様子を知ってか知らずか、オイネは意気込んで注文を告げた。
「この体に似合う服装が欲しいんです。できれば、布地は複層になっていることが望ましいです」
「複層生地の服ですか。背が控えめな女性用となりますと、こちらなどはどうでしょう?」
店員が勧めて示してきたのは、重なったフリルのあるコルセットドレスを来たマネキン。
黒を基調に白が入った生地で作られていて、ゆったりとした袖口に、重なった生地でふんわりと広がる短めのスカートがある。厚手のタイツとエナメル質の黒靴。そしてベールのような頭飾りがついている。
「この年若い女性向けのゴシック調の服は、生地の性能の低さを布地を重ねることでカバーすることを念頭に置き、常用使いのドレス仕立てにしたものです。タイツも頭飾りにも、もちろん耐性があります」
店員は自信をもって宣伝してくるが、ドーソンは問題点に気づく。
「見るからに暑そうだな。この手の服には、攻撃された際に弱点となるから空調装置がついていないと聞いたことがあったが?」
ドーソンの指摘に、店員は少しだけ困り顔になる。
「お客様が仰られたように、排熱に若干の問題を抱えてます。着て汗がダラダラ垂れては見目が悪くなると、展示会でも問題を指摘されまして」
「指摘されたのに、直してないのか?」
「空調の整った場所でなら、問題なく着用可能なものです。それにこの店は、アウトレット品を販売しておりますので。多少の問題点はあるものなのです」
「空調のある室内や宇宙船内で使うってことか? この値段の服を買える人間が室内や船で襲われるなんてこと、滅多にないだろ。室内であろうと船内であろうと、安全に気を付けているはずだからな」
「それはそうですが、何事にも万が一は存在しますので」
店員は説明を続けながらも、その口調はどうにか売れてはくれないかと願う響きがあった。
買い手がつきにくい商品であることは、当の店員も分かっているようだった。
これ以上質問攻めするのもはばかられたので、ドーソンはオイネに話を向けることにした。
「色々と問題がありそうだが、この手の服が欲しいままか?」
ドーソンの問いかけに、オイネはニッコリと笑顔を返してきた。
「はい。望んだ通りの性能ですので、購入したく思います。排熱の件は、問題ないと思いますしね」
「オイネがいいと言うのなら、買うことにしようか」
ドーソンの返答に、売ろうとしていた店員の方が驚いていた。
「ご購入していただけますので?」
「ああ、買う。同じような服は、もう一着あるか? あるなら買いたいんだが」
「はい、ございますとも! 色調が同じで、デザインが少し違っているものが!」
店員は店の奥へと急いで引っ込むと、さほど間を置かずに戻ってきた。その手には、確かにマネキンが着ている服とほぼ同じ服があった。
ドーソンがオイネに視線を向けると、問題ないとの頷きが返ってきた。
「分かった。そちらも買う。だが、売れる気配のない服を2着も買うんだ。なにかしらのオマケが欲しいんだが?」
「そういうことでしたら、値引きは難しいですが、ドレスの下に着るインナーを5着お付けします。インナーには吸汗性がありますので、こちらを洗濯していただければ、ドレスの方は連日使っても汗汚れは出ません」
「そのインナーも、耐性のあるものなのか?」
「吸汗性の代わりに、全体的に性能が低くはなっておりますが、ドレスを貫通するほどの攻撃から身を守る最後の砦という点では十二分の性能かと」
「ドレスで減衰した威力なら耐えられるってわけだな」
ドーソンは店員の申し出を受け入れ、オイネの体型にピッタリと合うゴシック調のコルセットドレスを2着購入した。