5話 船体制御用 兼 コミュニケーション用人工知能≪オイネ≫
本日二回目の更新です。
前話を見ていない方は、ご注意ください。
ドーソンは乾ドックへと入り、無重力空間を遊泳して、自分の船の外壁に着床した。
本来、小型宇宙船の出入口は真ん中にあるものだが、≪大顎≫号は船体の後ろ半分が推進装置とジェネレーターで埋まっている。そのため出入口は船首近く――こぶ鯛で表すところの目の後ろの鰓の辺りに作られていた。
電子認証用の物理鍵を用いて出入口を開き、船内へ。船内廊下には、場所がなくて人工重力発生装置を備えて付けていないため、船内でも無重力だ。
廊下は、船主へは一本道で、船尾へは複雑な通路が伸びている。
乗組員が立ち入れる場所は、船主方向へはブリッジと船長室のみ。逆に船尾方向へは推進機関とジェネレーターに、それらに関連する伝送系が詰め込まれている箇所と、補修などで行くべき方向が多い。
廊下には、等間隔に四隅のどこかにハードカバー本一冊分程度の空間が空いている。あれは船体補修用のロボットの通り道と廊下が交差している場所で、必要とあればロボットが出てきて補修作業を行う。
ドーソンは廊下の壁を蹴り、船首方向へ。艦長室の横を通り過ぎてブリッジへ。
ブリッジの壁を開くと、背もたれのある大きな金属製の椅子と、それを囲む物理モニターの群れが目に飛び込んでくる。人工重力が効いている室内を歩き、椅子を横から回り込んでから座面に座る。ドーソンが指定していたものより良いクッションに入れ替えられているようで、長時間座っても体が痛くならなさそうな柔らかさで体が受け止められる。
その座り心地を試していると、やおら音域の高い声がブリッジ内に木霊した。
『ようこそ! 私掠船≪大顎≫号に! 歓迎します、ドーソン・イーダ特務少尉! いえ、ドーソン船長!』
鼓膜を通して頭を殴りつけてくるような響きがある女性声に、ドーソンは思わず片耳を塞いで抗議の声を上げる。
「誰だ、五月蠅いぞ!」
『誰だって、ひどーい! この船の制御用かつドーソン船長専用のコミュニケーション用人工知能、デフォルトネーム『オモイカネ』です!』
「お前が例の人工知能か。制御用は聞いていたが、コミュニケーション用とはどういう意味だ?」
『この船は単身用の設計ですから、船長の精神健康維持のために、会話ができる人工知能を同乗させることが法律で義務付けられているんです。それで船体制御用人工知能のこのオモイカネに、会話用のプログラムがインストールされました。どうです、船長に最適な性格と声に設定されているんですよ。嬉しいでしょー』
「この耳に痛いアニメ声と、やたらとウザったい口調が、俺に最適だって? 御診断じゃないのか?」
『船長の士官学校時のデータから作成されたんです。間違いなんかありませんって!』
ドーソンは辟易とした気分に陥りながら、なんとなくではあったが、診断結果の理由に思い至っていた。
ドーソンは孤独を苦にしない性格だ。それこそ孤児院時代に、建物の隙間に秘密基地を作って、一人で過ごすことを喜びとしていたほど。
そしてドーソンは孤独を苦にしないからこそ、他者との会話を必要以上にしようとは考えない。
そんな人物とコミュニケーションを強制的に取るとなると、聞き逃すことの出来ない高い音域の声と、対応しないと無制限に五月蠅くなっていく性格の二つが必要ということになる。
つまるところ、この人工知能の声と性格は、的確に診断が行われた結果であった。
そういう事情を、ドーソンは大まかに予想して、溜息をついた。
「分かった。分かったから、少し声量を落としてくれ。これほど狭いブリッジで、そんな大声は必要ない。それと船長じゃなくて、ドーソンで良い。この船には俺とお前だけだ。お互いに気楽にやるべきだろ」
『そうですか? そういうことでしたら、お言葉に甘えますね、ドーソン。いやぁ、話が分かる人が主になって、オモイカネは嬉しいです』
「折角だからオモイカネって名前も変えてやろう。前後と真ん中の文字をとって『オイネ』でどうだ?」
ドーソンにしてみれば本命を付けるまでの繋ぎ、いわば冗談で告げた名前だったが、人工知能が事の他に喜んだ。
『オイネ、ですか。いいですね。気に入りました! 私はこれから、オイネです!』
「……自分で言っておいてなんだが、本当に良いのか? 違う名前にしてもいいぞ」
『いいえ、これがいいです。古風でありながら、親しみの持てる名前です。これ以外の名前にするなんて、とてもとても!』
「いや、喜んでくれているのなら、その名前でいいんだが」
ドーソンは釈然としない気持ちを抱いたが、任務に意識を向けることにした。
「それで、この船でアマト星腕を脱出し、オリオン星腕のTRの星域に向かうことになる。航路は把握しているか?」
『もちろんです。TRが掌握している星域は、オリオン星腕の銀河中心方面から四分の一です。ですので当船は、アマト星腕の中を銀河中心方向へ進み、開拓限界点から長距離跳躍を行い、オリオン星腕へと入ります。そうすればSUの領域に入ることなく、安全にTRに接触できます』
「航路は分かった。あと気になるのは、オリオン星腕の言語だ。俺は生憎とどんな言語か知らないのだが、問題ないのか?」
『SUもTRも皇和国も、もとは地球からの移民ですので、使用している共通言語は大まかに同じです。話が通じないということはないですが、皇和国の言葉をそのまま喋ると、訛りが強すぎて通じないことが有り得ますね』
「おいおい、話が通じなきゃ、TRで私掠免状を貰う事ができないんじゃないのか?」
『そこはご安心を。言葉の訛りを悟られないよう、翻訳機能付きの仮面を装着すればいいのです。変声機能もつければ、ドーソンの顔と声の識別を誤魔化すことができるので、おすすめです!』
「仮面ねぇ。例えばどんな感じのだ?」
『この船の名前が≪大顎≫号ですからね。その名前に相応しい見た目で――こんなんでどうでしょう?』
物理モニターに映し出されたのは、上半分が真っ白で下半分が真っ黒な仮面。白い部分は目元に穴があるだけの簡素な造りで、黒い部分は芋虫の顎を思わせる意匠になっていた。
『どうです、この仮面。一目見て『顎』って感じじゃないですか? この仮面の見た目で、船名を≪大顎≫と告げれば、聞いた者へのインパクト大です!』
「なるほどな。いいぞ、このデザインで作ってくれ」
『えっ、いいんですか? ちょっとした冗談だったんですけど?』
「いや、気に入った。確かにこの仮面を一目でも見たら、顎が強く印象付くからな。海賊として名前を売るのなら、これぐらいの印象は必要だろ」
『ドーソンが良いのなら、良いんですけど。なんか釈然としません』
オイネが船体修復用のロボットを操り、修復材から軽くて丈夫な材料を削り色を付け、変声と翻訳機能のある機械を組み込んで、仮面が出来上がった。所要時間十分ほどの早業だった。
「これで出発する準備は出来た。よしっ、船の炉を入れろ」
『了解です、ドーソン。核融合ジェネレーター作動。融合熱から機械駆動エネルギーへの直接変換、順調。推進装置、跳躍装置、主砲に予備充填機関、その他諸々へのエネルギー供給、本格開始。船体各部チェック、異常なし。オールグリーンですー!』
「ドックの管制に連絡。当船の出港準備が出来ていると伝えろ。あと4番ドックの監視室にも連絡。良い船をありがとうと、ヒメナ技術伍長へ」
『要求、了解! 管制から、何時でも発進どーぞと許可がきたよ! あとヒメナ技術伍長から、良い旅路とご武運をと返信が来ました!』
「では、今からすぐに発進だ。処女航海と洒落込むぞ!」
『ドックの扉、開放確認。≪大顎≫号、発進します! ドーソン、操縦桿をどうぞ!』
「よし、微速前進!」
≪大顎≫号の推進機が火を噴く。小型船にかかっていた固定具が外れ、船体が空間に浮き上がる。そして、ゆっくりとドックの解放された扉へと、船体が移動していく。
「各部、再度チェック。炉と推進装置に火を入れてみて、不具合はでてないか?」
『再チェック、オールグリーン。不具合はなしなし! そのまま進んで、だいじょーぶ!』
「はいよ。じゃあ、ちょっと増速するぞ」
微速から半速――亀の歩みから、魚が悠然と泳ぐ速さへ。
小型船はゆうゆうとドックの真ん中を通り、扉を潜り抜け、正真正銘の宇宙へと進出した。
「原速まで増速へ。航路設定、アマト星腕の天の川銀河中心方面にある、最も遠い開発済みの惑星へ。処女航海だからな。短距離、長距離、超長距離と、空間跳躍に段階を踏みながら進むぞ」
『航路設定とタスク了解です! 目的地まで、短距離、長距離、超長距離が出来る航路に設定完了』
「跳躍で問題があったとき救助してもらうように、ちゃんと跳躍後の場所に開発惑星ないしは人工居住衛星があるよう設定してあるか?」
『ご安心を。その程度の気遣いができないでは、コミュニケーション用人工知能として生きていけませんから!』
「頼もしいことだが、そこはせめて船体制御用の方を自称してほしかったぞ」
ドーソンは、どうもオイネを相手だと締まり切らないという思いを抱きつつ、≪大顎≫号を目的地へ向けて増速させ、そして空間跳躍装置を機動して、通常空間から跳躍空間へと船体を移行させた。