55話 静かな帰郷
ドーソンは≪チキンボール≫から離れ、≪大顎≫号1隻のみでアマト皇和国への旅路についた。
一度銀河中心方面へと向かい、オリオン星腕とアマト星腕の間が超長距離跳躍で渡れる場所へ。
そこから跳躍してアマト星腕に入り、そしてアマト皇和国へと向かう。
「≪チキンボール≫っていう拠点もSUに作れたんだから、一息にあそこまで跳躍できると楽なんだが」
『SU宇宙軍は星腕の間を跳び越えてくるんですから、アマト星腕にまでやってきたSUの艦艇を調べれば、渡れる技術はあるんじゃないでしょうか』
「どうかな。そんな便利な技術があるのなら、取り入れないはずがないと思うぞ」
ドーソンは久しぶりの長距離移動を、オイネ相手に会話をして暇を潰しつつ、順調に旅程を消化していった。
そうしてようやくアマト皇和国の本星へ到着したところで、後方作戦室名義の通信が送られてきた。
『宇宙ステーション『ワゴヤマ』の4番ドックに入港するように、だそうですよ』
「≪大顎≫号を作ったときに使ったドックだな。この船も里帰りってわけだ」
ドーソンは指示通りに、4番ドックに≪大顎≫号を入れた。
ドックのアームが≪大顎≫号を固定すると、宇宙空間と通じる隔壁が閉鎖され、続けて空気がドックの中に注入されていく。
空気の充填を待ち、ドーソンは≪大顎≫号のハッチから外へと身を出した。ドックの中は無重力状態なので、そのままドックの制御室の扉へと空中浮遊していった。
制御室に入ると、≪大顎≫号を作ったときと同じ下士官――ヒメナ・オーゲツ技術伍長が待っていた。
「おおよそ1年ぶりですね、ドーソン特務『中尉』」
敬礼しながらのヒメナの言葉に、ドーソンは意外感から片眉を上げる。
「1年経過までは、まだ数か月あるぞ。それと、中尉だって?」
「細かい事はいいじゃないですか。あとこれ、昇進辞令です」
ドーソンが紙を受け取ると、そこには本当に昇進を命じる文言が書かれていた。発行者は、後方作戦室のゴウマ・エジマ室長になっている。
昇進理由は、SU支配宙域での単独任務と、今年SU宇宙軍がアマト星腕に侵攻することを阻止したことが評価されてのことと、そう書かれていた。
「≪チキンボール≫を占拠した点は、評価に入っていないんだな」
ドーソンが思わず零した呟きに、ヒメナが苦笑いを浮かべる。
「いやいや、ドーソン特務中尉は働きすぎなんですよ。その紙に書かれている2点の評価だけで、中尉に昇進する条件は十二分に果たしているんです。海賊拠点の占拠に関する評価は、次の昇進の際に昇進理由として記載される運びの予定なんですよ」
「2つの評価だけで、中尉に昇進だなんて、甘い評定じゃないか?」
「あのですね。単独任務は危険度が高いので、評価も自然と高くなるんです。ましてや、アマト星腕からも離れて、本国からの支援を満足に期待できない状況下での任務です。更に好評かになるのはごく自然な事ですよ」
「そういうものか?」
ドーソンは、あまり昇進欲がないため、事情を説明されてもピンと来なかった。
しかし貰えるものは貰っておこうとは考えられるため、有り難く特務中尉の辞令を受領した。
「今回俺が呼び戻されたのは、この辞令を受け取るためか?」
ドーソンが尋ねると、ヒメナが呆れ顔を返してきた。
「そんな分けないじゃないですか。特務中尉に、新しい艦を作ってあげるよう、エジマ室長からのお達しがあったんです」
「新造艦だって? 海賊拠点を制圧するため、工兵ロボットを1万機融通して貰っただけでも有り難かったんだが」
ドーソンは婉曲的に『予算は大丈夫なのか』と言うと、ヒメナが自慢げに胸を張る。
「SU支配宙域に拠点を入手できたことは、アマト星海軍でも特大の成果ですから。上役の上役から、特務にあたっている者に特別の便宜を図るように、とのお達しが出たんです。なので特務中尉に関することに限るなら、予算は青天井ですよ」
「……それだと、俺の存在を利用したいって言っているように聞こえるぞ?」
「い、いやですね、そんなわけないじゃないですか。まあ、でも、ちょこーっと、意欲的な艦を作ろうかなーとは思っていたりしますけどー」
ドーソンが半目を向けると、ヒメナは誤魔化すように説明を始めた。
「ドーソン特務中尉に渡す予定なのは、この新規戦艦です」
ヒメナが空間投影型のモニターに表示したのは、設計図と3Dイメージで形成された、戦艦らしい見た目の艦艇だった。
巨大な砲塔が前部に2門、後部に1門。十数の銃座を持ち、なんと艦首部分からは宇宙魚雷を発射できるようになってもいる。
これはすごいとドーソンは思いかけて、何かが変だと気づく。
よくよく見ると、砲塔がやけに大きい。それこそ、艦との対比を考えると、要塞級の砲を載せているかのような大きさだ。
設計ミスではないかと、ドーソンは疑いながら設計図を見直すと、今度は艦艇の全長に違和感を持った。
「なあ。戦艦にしては、やけに小さくないか?」
そうドーソンが感じたのも、無理はない事だった。
なにせ設計図にかかれている艦の全長は、どう見ても巡宙艦級しかない。そんな小さい艦だからこそ、戦艦級の砲塔を載せると、超巨大砲塔かのように見間違うわけだった。
ドーソンが疑問を募らせる一方で、ヒメナは自信ありげにプレゼンを始めた。
「この新造戦艦のコンセプトは、高速戦艦をよりコンパクトに、より少人数で運用できるようにです。仮称で『チビ戦艦』とか『ポケット戦艦』としています」
「……コンセプト自体は、まあ分かる。艦体を小さくすれば建造コストを削減できるし、少人数で動かせるのなら配備もし易いからな」
ドーソンは一定の評価はしつつ、本質的な部分への疑問を持った。
「こんな戦艦、まともに使えるのか?」
「もちろんです。特務中尉が作った≪大顎≫号のヒントを得て、乗組員の住環境を必要最低限とすることで、装甲厚、艦の速度、砲の威力、ジェネレーター出力、全てが通常の戦艦と遜色のない出来栄えになってますので!」
設計図にある小さい住環境を示しながらの言葉に、ドーソンは頭痛がする思いだ。
「住環境が必要最低限って、本気か? ≪大顎≫号は俺1人での運用だったから、俺が不満に感じない設計なら十分だったんだ。だが、この『チビ戦艦』は俺以外にも乗員が必要なんだろ。生活空間の狭さからパーソナルスペースが損じられると、乗員のストレスになるんだぞ」
「そうですね。甘い環境で育った貴族だと、生活空間が狭いとストレスで禿そうですよね」
「……笑いごとじゃないんだが?」
「安心してください。乗員数は少ないですから、狭いながらも全員に個室を配置できるようになってますから」
設計図には、艦長室の他に、乗員用の個室が5つ置かれていた。それ以外に乗員が寝泊まりする場所はない。
「食堂も小さいのが1つだけか。いや、そもそも艦長を含めて6人で戦艦を動かす設計なのか?」
「何を言っているんです。運用可能な最低人数は3名です。個室が5つあるのは、交代人員用も含めてのことですよ」
「3人でか。それじゃあ少なすぎるだろ」
「それが平気なんです。人工知能をたっぷりと用いる設計なので!」
そうなるだろうと思っていたことを言われて、ドーソンは頭を抱えた。
「人工知能をガッツリと艦の運用に使うのか。これで、更に乗れる乗員が限られたぞ」
「人工知能の指図を受けるのは嫌だという人間は、アマト皇和国でも少なくないですしね。でも容認してくれる人の方が多いですよ」
「あのな。パーソナルスペースが狭くても大丈夫で、人工知能と一緒に暮らすことが出来る人間に限られるってのは、『チビ戦艦』は汎用性に乏しいって言っているのと同じだぞ」
軍用の物品に強く求められるのは、全ての軍人が扱える汎用性だ。
一部の人間が使えても、大半の人間には不都合が出る軍用品など、欠陥品でしかない。
そう主張するドーソンに対し、ヒメナの意見は違っていた。
「戦艦自体は、共通規格の共用部品を多く採用していることもあって、汎用性は抜群です。人工知能を多数使用することで、新米であっても即プリッジ要員になれるという、人材配置での優位性もあります。あとは乗員が『制服に体を馴染ませれば』済むんです」
住環境が狭いのなら狭いことに人が慣れるべきとの言葉に、ドーソンは呆れから頭を掻く。
「あのな。制服の大きさに細かくバリエーションをつけられないってのは、褒められた話じゃないんだが」
「でも軍人なら、教練で真っ先に言われることでもありますよね?」
「設計上の不手際を下の者に押し付けて良しとするのは、どうかと思うぞ」
「不手際ではなく、仕様です」
引く気がないヒメナの態度に、ドーソンは折れることにした。
ヒメナに意見していたのは、あくまで他の乗員のためを思ってのこと。
ドーソン自身は、孤児院で多くの孤児たちと大部屋で暮らしてきた経験があるため、パーソナルスペースが狭い。そして≪大顎≫号の狭い居住空間で暮らしたという実績もある。そのためドーソン自身は、『チビ戦艦』の設計図の狭い生活空間でも問題なく住むことが出来ると自負していた。
「住環境を広げられないのなら、せめて制服が大きく感じる者を配置してくれ」
「もちろんです。狭い場所を苦にせず、精神耐性が高く、任務に忠実な者を選んで配置する予定です」
「……本当に頼むぞ。生活空間の狭さに発狂でもされたら、本国に後送することすら難しいんだからな」
ドーソンの心配を、本当に分かっているのかいないのか、ヒメナは「任せて欲しい」と自分の胸を打ってみせた。