54話 新たな命令
ドーソンが≪チキンボール≫を手に入れても、他の海賊たちの生活が変わることはなかった。
表向きジェネラル・カーネルは生きていることになっていることもあるが、≪チキンボール≫にある施設の全てが以前と同じように使えること。
崎の抗争で、ドーソンの工兵ロボットに怪我を負わせられたり、護衛戦艦に船を傷つけられた海賊もいた。だが、その海賊たちは治療や修繕と賠償が行われ、円満とはいかないまでも関係修復が行われ、不満を爆発させて周囲を煽るような存在がいなくなったこと。
それらが、海賊たちの生活に変化が起きなかった大きな理由となっていた。
しかし裏向きの話では、ジェネラル・カーネルの電脳ユニットは焼失してしまったので生きているように偽装しているし、≪チキンボール≫の施設運営は電脳からSU製に偽装したアマト皇和国からの人工知能に移っているし、被害を受けた海賊たちは口止め料を支払って黙らせた。
そして裏向きの最たる話は、海賊を支援するTRや≪チキンボール≫を後援する企業との折衝だ。
ジェネラル・カーネルを構成していた電脳の山のうち、焼け残ったデータからある程度の情報は引き出せた。
そのため、どのようにコンタクトを取ればいいのかは、なんとか把握することができた。
しかし問題は、実際にTRや企業と交渉する者をどうするかだった。
「ジェネラル・カーネルと喧嘩をやらかした、俺が前に出るわけにはいかないからな」
ドーソンはどうしたものかと考えて、人工知能の一つにジェネラル・カーネルを学ばせることにした。その人工知能に、ジェネラル・カーネルを演じさせるためだ。
≪チキンボール≫制圧時に交わした会話、電脳からサルベージした破損気味の記録、データベースに入っていた演説映像。
それらを学習させて、ジェネラル・カーネルのモノマネができるようにした。
そんな小手先の対応をしても、長年の取引相手であるTRと企業に違和感を抱かれることは避けられないだろう。
しかしその違和感が問題になるとは、ドーソンは考えない。
TRにしても企業にしても、『ジェネラル・カーネル』という存在に少し変化があろうとなかろうと、以前と変わらない付き合いが出来ればそれでいいはずだからだ。
過激なことを言うのなら、TRは海賊を統括してSUに被害を与えることが、企業は表に出せない試作製品や人工知能を使わせることが出来るのならば、≪チキンボール≫の支配人がジェネラル・カーネルでなくたっていいのだ。
「まあ実際は、信用問題があるから、ぽっと出の人間との取り引きを継続するはずがない。だからこそ、ジェネラル・カーネルには生きていてもらわないといけない」
少なくとも、後任を決定し、その後任が取引相手に新たな信用を築くまでは、ジェネラル・カーネルの存在は必要だった。
そして気にするべき事は、ジェネラル・カーネル関係だけではない。
占拠したからには、≪チキンボール≫の運用をより良くなるよう手を施す必要があった。
1万機の工兵ロボットに搭載されている、人工知能たち。
その人工知能を的確に≪チキンボール≫各地に派遣した上で、人工知能同志の独自のネットワークを構築しておかなければ、≪チキンボール≫の運営に支障が出かねない。
「電脳機械に見えるよう、外装偽装もしないとだな」
人工知能の配置を振り分け、振り分けた先に相応しい外装を与え、任じた業務のマニュアルを渡す。
これをやってしまえば、アマト皇和国で作られた人工知能たちは働き者なので、勝手に十二分の働きをしてくれる。
そんな≪チキンボール≫を運営するために必要な事を、ドーソンは黙々と消化していたた。
占拠した日から都合5日かけて、ドーソンは≪チキンボール≫の統治にやらなければならない仕事をやり切った。
「うへー。士官学校での拠点運営シミュレーションと、実際にやるのとでは、労力の度合いが違ったな」
『お疲れ様です、ドーソン。そしてお疲れのところ申し訳ないですけど、アマト皇和国から辞令が届いています』
「本国からの辞令だって?」
ドーソンが疑問顔を浮かべたまま、オイネに辞令をモニターに表示するよう求めた。
そして≪大顎≫号のモニターが、アマト皇和国の後方作戦室が発行した辞令を大写しにする。
ドーソンは辞令の内容を読み、眉を寄せる。
「一時帰国しろだと? 呼び出される心当たりはないんだが」
『辞令には書いてませんけど、もしかしたら昇進じゃないですか?』
「そうなら嬉しいが、別の話かもしれないな……」
ドーソンは疑問を抱いたままだが、軍の命令に従うのが軍属の勤めだ。すぐにアマト皇和国へ戻る手筈を整えることにした。
ドーソンはエイダたちに、自身が別の星腕から来た存在だとは伝えていたので、一時的に戻る必要が出来たと言えば出立することは可能だった。
しかしアマト皇和国の位置は秘匿する必要があるため、SU製人工知能たちは連れて行けない。≪チキンボール≫でお留守番だ。
そんな事情を話すと、エイダたちはアッサリと受け入れた。
『構わないでありますよ。人工知能だけで≪チキンボール≫を運営できるか、検証する良い時間になるでありますし』
『別の星腕に行くのなら~、そのファッション情報を持ってきて欲しいな~』
『映像作品。アニメの。多めで!』
『ズルいであります! 小職には、戦闘アンドロイド用の武器をであります!』
はいはいと受け入れて、通信を終える。
そのままディカへと通信を繋げ変えた。
『ドーソンさん、なんですか!? ちょっと忙しいんですけど!』
余裕のないディッカの声に、ドーソンは苦笑いする。どうしてディッカだけ、エイダたちと別に通信しているのかを思い出して。
「もしかして、人工知能たちの相談相手がまだ続いているのか?」
『そうですよ! なんで新たに来た皆も、私に相談を持ってくるんです! 私、護衛戦艦の艦長を押し付けられましたけど、≪チキンボール≫にいる人工知能たちの相談役になったつもりは一切ないんですよ!』
そんな愚痴に、ドーソンは苦笑いを強める。
「ディカは、相談すると真摯に向き合ってくれるから、相談が集まるんだ。慕われているんだ、良い事じゃないか」
『だって、相談してくる相手を無碍になんて出来ないじゃないですか……』
こういう断れない性格だから、護衛戦艦の艦長職を押し付けられたんだろうなと、ドーソンは察した。
「あまり相談が来て大変なら、相談の窓口を人工知能数人と作るといい。なにもディカだけで処理する必要はないんだからな」
『ううんー。もうちょっと落ち着いてから考えてみます。今は相談を捌くことで精一杯で』
「そんな忙しいなか通信して悪いが、こっちにも用事があってな」
『その用事って?』
「俺、故郷に一時帰国しなければならなくなった。少しの間、≪チキンボール≫を頼めるか?」
『ああ、はい。いってらっしゃい』
あっさりとした返事に、ドーソンは肩透かしを食らった気分になった。
「……エイダたちは土産を要求してきたが、ディカにはないのか?」
『私、ですか? うーん。じゃあ、護衛戦艦に同乗する皆の分も要求してもいいですか?』
「構わないぞ。あまり金がかからないと有り難いが」
『じゃあ、ドーソンさんが使っていた、工兵ロボット。あれを私たちの端末として、いくつかいただけませんか?』
「そんなことでいいのか?」
『はい。SU軍の修復ロボットよりも高性能で、護衛戦艦の修理修復で活躍が期待できますし、工兵ロボットを通じて≪チキンボール≫の中を観光することもできるので』
「動ける体が欲しいなら、アンドロイドの躯体でもいいぞ?」
『必要ありません。私たちの誰もが、別に人型じゃなくたって良いと言ってますし、二足歩行に浪漫を感じてませんので』
「二足歩行は浪漫なのか?」
『はい。二足歩行は大してスピードが出せないのに、関節への負担は激しいですから。効率を考えたらタイヤ駆動が良いです』
ドーソンは身も蓋もないなと思いつつも、ディカの要求を飲んでロボット用の修復資材から工兵ロボットの新品を20機組み上げて護衛戦艦へと送ったのだった。