53話 占領統治
ドーソンは≪チキンボール≫を支配下に置いた。
拠点の制圧という大役を果たし終えて一息つきたいところだが、ここから先の≪チキンボール≫の掌握の方が大変だ。
ドーソンは事前に思い描いていた占拠後の方針から、今の状況を鑑みて、一番穏当な方法を行うことにした。
それは、ジェネラル・カーネルがドーソンに対して不正を働き、ドーソンが怒って抗議したという筋書きだった。
「本来は、ジェネラル・カーネルを生け捕りにして、無理矢理にでも言わせる気でいたんだが……」
しかしジェネラル・カーネルの正体は、人格をエミュレートしていた電脳であり、体は宣伝用の躯体だった。
電脳は自発炎上してしまったが、躯体の方は初期消火が早く済んで燃えずに残っている。
その躯体を利用し、ジェネラル・カーネルの発言をでっち上げることにした。
工兵ロボットをジェネラル・カーネルの躯体に接続し、広報カメラの画角に入る背景を整えてから、緊急放送を行わせる。
≪チキンボール≫内で工兵ロボットに制圧された者、海賊船に乗って≪チキンボール≫の外で漂う者へ、放送が届けられていく。
『唐突に申し訳ない。今回、≪チキンボール≫を襲った事態について、説明の必要性を感じ、緊急放送を行うことにした』
工兵ロボットがジェネラル・カーネルの躯体を動かし、カメラを通じて≪チキンボール≫の中へ向けて言葉を伝えていく。
ドーソンが原稿を書き、工兵ロボットが動作させているため、ジェネラル・カーネルの口調が普段とは少し違っているが、そこはどうしようもなかった。
『今回の騒動は全て、この『ジェネラル・カーネル』の不徳が原因である。事の発端は私掠船≪大顎≫号に、数多くの依頼を行わせたこと。そしてその依頼料について、折り合いをつけきれなかったことにある』
ここまでは真っ赤な大噓の理由だが、これから根拠として示すドーソンが≪チキンボール≫に収めた艦艇の一覧は本物だ。
掃宙艇に始まり、巡宙艦に物資輸送艦、果ては重巡艦。
並みの海賊では仕留められない軍用艦船の数々が、一覧となってずらりと列挙される。
『――以上が≪大顎≫号より売却された艦となる。これほどの戦果を上げられる手腕を遊ばせておくのは惜しく、そして軍用艦艇を多く入手することは海賊の益になると考え、多くの依頼を頼むこととなった』
そんな度重なる依頼の果てに、軋轢が生まれたのだと躯体に語らせた。
『艦の売却代金をもっと上げるようにとの要請があった。それが認められないのなら、より良い武器や艦船を都合しろと。それも認められないのなら、襲う獲物を掃宙艇に限らせてくれと。その全てを、ジェネラル・カーネルは却下した。理由は様々あるが、大きくは利益に目が眩んでのことだ』
ジェネラル・カーネルの躯体は、過去を悔いるように目を伏せ気味にしながら、喋り続ける。
『そして今日、無理難題の連続に、とうとう≪大顎≫号の船長ならびに仲間たちは怒りをもって、状況を打開することを選んだ。そうなるであろうことは、このジェネラル・カーネルは分かっていた。分かっていて、あえて暴発するよう仕向けた。反抗を抑えきれば、≪大顎≫号を意のままに操る大義名分が手に入ると思ってのことだ』
この状況が起こる原因と、怒り得るのに放置していた理由を、ジェネラル・カーネルへと集約させる言葉。
そしてジェネラル・カーネルが、自分自身を無能だと語る言葉がさらに続く。
『しかし≪大顎≫号の船長と仲間たちの怒りの度合い、そして所持する戦力を見誤っていた。まさか電脳と簡単な工作機械の組み合わせを大量に用意できたこと、そして少い人数で≪チキンボール≫の重要施設を占拠してみせるなど、考慮していなかったのだ』
ドーソンは今の段階では人工知能の情報を伏せることにした。SUないしはTRで生まれ育った人間が、禁忌とされている人工知能の存在を知って、どう行動するかが未知数だったからだ。
『そうして相手を甘く見た結果が、この≪チキンボール≫の有り様となった。まさに自業自得としか言い訳できない』
ジェネラル・カーネルは伏せ気味の目をカメラに向け直し、真摯な顔つきとなる。
『しかし≪大顎≫号の船長は、慈悲深くも賠償金で今回の問題を解決すると約束してくれた。このジェネラル・カーネルの命令によって、今回の騒動で不利益を被った海賊の皆にも、賠償金の支払いを約束する。大変に申し訳なかった。そして恥の上塗りかつ身勝手な願いと承知しているが、これからも、このジェネラル・カーネルに≪チキンボール≫の支配人を任せては貰えないだろうか。以後は適正に運用することを確約する』
ジェネラル・カーネルは真摯かつ丁寧な謝罪を行い、放送を終了させた。
ドーソンは原稿通りの文言を聞き終えて、≪チキンボール≫にいる海賊たちは、この放送を聞いてどう思うかを考える。
「真っ当に信じる海賊は、半分も居ないだろうな。大半が、俺が無理難題にキレて押し入り、ジェネラル・カーネルに無理矢理に謝罪させていると思うはずだ」
『しかし海賊たちは問題だと考えないと、ドーソンは踏んでいるんですよね?』
「俺が≪チキンボール≫に納めた艦艇の一覧と、港に押し入ろうとした海賊を撃退してみせたという証拠がある。≪チキンボール≫の支配人に大口を叩けるだけの腕前がある証明には十二分だ」
『海賊は無法者。道理や仕来りではなく、力ある者に従う性質がある。そうドーソンは考えるわけですね』
「それもある。俺に従わない海賊だって居るだろうが、そういう手合いは≪チキンボール≫から出ていくだろう。なにせ俺は支配人を脅しつけることが出来る存在だ。俺に睨まれたら≪チキンボール≫で活動できないと考え、他所の海賊拠点に移るはずだ」
『喧嘩を売ってくる海賊がいるかもしれませんよ?』
「そのときは買うまでだ。しかしそうなる心配はないと思うけどな」
『それはどうしてです?』
「≪チキンボール≫にある電脳は、全てこちらの支配下だ。なにか企んでいる様子が見えれば、すぐに察知できる」
『喧嘩を売られる前に制圧可能ってわけですか。何とも抜け目ないですね』
「≪チキンボール≫を占領すると決めたときに、そのあとの事まで考えて作戦は立てておくもんだ。士官学校ではいの一番に、戦争の始める前から終わらせた後までの行動を学ばされたぞ」
『どんな教えだったんです?』
「簡単に言えば――勝てるように十二分に事前準備を済ませ、勝った後は敗者の気持ちを汲む方策をたてろ。仮に自身が負ける場合は、被害を最小限になるように動け――って感じだな」
士官学校のことはいいと身振りして、ドーソンは話題を切り上げた。
「ともあれだ、これでアマト皇和国のSU支配宙域における出張拠点ができた。SUに対する工作は、更にやり易くなった」
『拠点制圧と奪取という大戦果です。ドーソンの階級も上がるのではありませんか?』
「特務中尉になるかもしれないってことか?』
『衛星拠点の長は、将官位からですよ。この拠点がドーソンのものになるなら、階級もそれに見合ったものになるのでは?』
「それは、完全にあり得ない。俺は士官学校を出て一年未満の新米だぞ。特務中尉への昇進だって異例中の異例になる。せいぜい階級は特務少尉に据え置いて、年金が付く勲章をくれるぐらいだろ」
ドーソンはあっけらかんと言い放ち、≪大顎≫号のブリッジの席の背もたれに体重を預ける。
その様子に、オイネは不満を口にする。
『ドーソンは階級を上げようという意欲がないんですか?』
「実を言うと、あんまりないな。俺の実力に見合った階級まで自然に上がれば良いなとは思うが、実力以上の階級まで登ろうとは思わない」
『そういう割には、士官学校で上位者に噛みついてばかりのようでしたけど?』
「なら訂正しよう。実力に見合わない地位にいる奴らを似合いの場所まで引きずり降ろしてやりたいとは思うが、俺がその後釜に座ろうとは考えない。俺が嫌う種類の人間に、俺自身がなる気はない」
手前勝手な告白にオイネは、ドーソンは難儀な性格をしていると呆れたのだった。