52話 占領完了
人工知能付きの工兵ロボットたちは、≪チキンボール≫要所を次々と攻め落としていった。
電脳制御の場合、制御ユニットにデータを送受信可能な接続ポートを繋ぎ、ハッキングで乗っ取った。
人間が保守している場所は、出来るだけ電撃で失神させ、それが難しいようなら鋲打ち機からの鋲を射出して傷を負わせて無力化した。
そうして攻め落とした要所の支配権は、警備システムの制御室で各所の様子をモニターしているコリィへと渡される。
そしてコリィは、時間を経る度に増えていく支配権に、あっぷあっぷし始めた。
「作業、多過ぎ。ベーラ、もっと手伝って」
「いや~ん。これで一杯だから、むり~」
「……エイダも、戦ってて無理。仕方ない。工兵ロボット3機、呼び寄せる」
要請を受け、制御室近くにいた工兵ロボットが転がりながらやってきて、コリィの近くで停止した。
コリィは説明もそこそこにロボットたちに接続ポートを出させて、制御システムに繋げさせ、作業の手伝いを命じた。
「むぅ。作業割り振れても、新人に教えながらだから、作業量、前とどっこいどっこい。でも、新人が成長すれば楽になる。これは先行投資」
コリィは頑張って増え続ける支配権に対応していく。
警備システムの制御室で静かな奮闘が行われている一方で、ドーソンたちの艦船が入っている港では騒がしい奮闘が起きていた。
その奮闘の中心は、護衛戦艦に乗る人工知能たちだ。
「誰一人として、この港には入らせないんだから! 各銃座、弾幕お願い!」
艦長役のディッカの命令に、護衛戦艦の各部を担っている人工知能たちが働き出す。
港の出入口に鎮座する護衛戦艦。そこにある数十の銃座から、熱線砲が周囲へとばら撒かれる。
銃座の狙う先にいるのは、≪チキンボール≫の港で自船に滞在していた海賊たち。
彼らは支配人からの通信でドーソンが裏切りったと知って、制裁を加えるために自分の海賊船に乗り込んで襲撃してきてたのだ。
しかし悲しいことに、海賊の多くが≪ハマノオンナ≫へ出張していることもあり、出てきた海賊の数は20隻にも満たない。しかも海賊船の多くは一般船の改造品、護衛戦艦の装甲を抜けるほどの武装を持つ船は、ごく少数に限られていた。
もっと悲惨なことに、護衛戦艦の銃座は軍用品であるため、銃座からの一発を食らえば海賊船は大破確実。そして、そんな銃座が数十もあり、絶え間ない弾幕を展開していた。
『くっそ、なんだあの海賊船! まるで戦艦じゃねえか! 近づくことすらできねえ!』
『おい! 出撃前に大きなこと言っていた、荷電粒子砲持ちはどうした!?』
『あの船の装甲が厚すぎて、この距離じゃ抜けねえよ!』
日頃から連るんでいない海賊同士であるため、通信制限が難しくて全波帯にするしかない。
とはいえ、護衛戦艦にまで会話が筒抜けでは、通信している意味は薄い。
むしろ、ディカに海賊たちに打開策がないと知られてしまったので、害悪とすら言えた。
「銃座のいくつかを、弾幕形成から狙撃に移行させます。狙撃先は、海賊船の推進装置で」
ディカの指示に、5門の銃座が動きを変更し、偏差射撃で海賊を狙い撃ちし始める。
海賊たちは弾幕を掻い潜る必要があるため、回避先が限られている。必ず通るであろう場所にあらかじめ銃座の口を向けていれば、後はタイミングで射貫くことは可能だった。
『ぐあっ、食らった! 動けねえ!』
『距離を離せ! 回避可能な位置まで下がるんだ!』
『くそっ。支配人からの要請だって、こんな戦いは割に合わなさすぎる!』
海賊は基本的に自分勝手だ。≪チキンボール≫の支配人からの要請だからと一時は応えても、相手が凶悪だと知ったら撤退する選択は当たり前にやる。
それこそ≪チキンボール≫に来て日が浅い海賊なんかは、自船の武装を一回撃ち、護衛戦艦からの弾幕をひと潜りしたところで、義理は果たしたと戦域から逃げてしまっている。
先輩海賊の意地を見せて抗おうとする者もいるが、意地の引き換えは自船の推進装置が破壊されるという現実だった。
そうした光景の果てに、海賊たちは護衛戦艦は手に負えないと諦めて、熱線砲の攻撃が当たらない位置まで後退して観戦を決め込むようになった。
海賊たちが戦いを諦めたことに、ディカは安堵した。
「は~。ひとまず乗り切った。よく頑張った、私!」
自画自賛しつつも、ディッカは新たな脅威が来ないよう警戒を続けることにした。
≪チキンボール≫の占領は、時間を経る毎に進んでいく。
作戦開始から半日経った頃には、あとは≪チキンボール≫の中心部にある支配人室への通路を残すのみとなった。
しかし支配人室までの通路は一本だけで、しかも直線通路。
築かれたバリケードの内側から、支配人の配下の電脳兵器が攻撃をしてくるため、中々進行が進まない。
ドーソンは、その光景を≪大顎≫号のモニター越しに見ていた。
「工兵ロボットは、安価で大量生産できる機械だから、あまり耐弾性能が高くない。ああして籠られると、中々に手が出せないな」
『鋲打ち機で反撃はしてますけど、バリケードに阻まれて、効果は限定的ですね』
「あとは支配人室だけなんだ。手早く終わらせるためにも、テコ入れをしようか」
ドーソンは工兵ロボットへ通信を繋ぎ、直線通路を突破する作戦を送った。
作戦を受け取り、工兵ロボットは動き出す。
まず10機の工兵ロボットから、人工知能ユニットが外された。そして、半数を解体して素材に戻すと、その素材で5機のロボットの強化を行った。3機の装甲の厚みを3倍にし、残る2機に10機分のバーナー用の燃料を載せた。その上で、その5機は人工知能がなくても通信で前進が出来るように改造された。
そうして作られた5機のロボットを見て、オイネは呆れ声を出す。
『また性懲りもなく、カミカゼ機ですか?』
「仕方ないだろ。工兵ロボットの装備でバリケードを壊すには、自爆特攻が効果的なんだから。それに自爆させる機体の人工知能は回収しているんだ。問題ない」
『効果的なのは認めますが、こうもカミカゼばかりだと、馬鹿の一つ覚えのように見えますよ?』
「俺だって、工兵ロボットに≪チキンボール≫の武器庫から兵器を持ってこさせて使わようかと考えはしたぞ。だが、武器庫の位置が支配人室からかなり遠くて、時間がかかり過ぎる」
ドーソンは言い訳をしつつ、改造した工兵ロボットに直線通路への突撃を命じた。
まずは装甲厚を増したロボットが先行し、その陰に隠れる形で自爆型に改造されたロボットが続く。
通路にロボットが現れた直後、通路を守る電脳兵器たちから光線銃が連射で放たれた。
工兵ロボットは円筒形で、転がりながら移動するため、被弾傾斜に優れている。そして先頭を進むロボットの装甲厚は増してある。光線銃の連射を受けても、ある程度は持ちこたえることが出来る。
結果、先頭の1機が破壊され、もう1機が中破という被害を出しつつ、電脳兵器の位置まで自爆型が辿り着くことが出来た。
そして着いた直後、自爆型は10機分の燃料をバーナーで点火し、大爆発を起こした。
オレンジ色の爆炎と真っ黒な爆煙が、直線通路から吐きだされる。
そして黒煙が収まる前に、その他の工兵ロボットたちが直線通路へとなだれ込んだ。
大爆発で電脳兵器は壊れているに違いないが、万が一無事だったとしても、爆発の威力と煙の濃さで復帰に時間がかかると判断しての突撃だった。
工兵ロボットたちの判断は的を得ていて、吹き飛んだバリケードの内側で、電脳兵器は半壊状態ながらに再起動しようとしている最中だった。
動き出されては大変なので、工兵ロボットは電撃で電脳兵器を焼いて無力化した。
「さて、これで≪チキンボール≫の全地域の占領は完了だ。あとは支配人を拘束して、脅して従わせるなり、反抗的なら替え玉を作るなりして、≪チキンボール≫をアマト皇和国の飛び地として支配だけだ」
『工兵ロボットが支配人室の扉を開けますよ』
オイネに言われて、ドーソンはモニターを注視する。
開かれた扉の先には、執務机の向こうで椅子に座る、ジェネラル・カーネルが居た。
ドーソンは工兵ロボット越しに降伏勧告を出そうとして、その直前にオイネに止められた。
『ドーソン。工兵ロボットから困惑が送られてきてます』
「困惑? どうして?」
『あの椅子に座っているジェネラル・カーネルが、機械の体で出来ているからです』
オイネの報告に、ドーソンは目を丸くする。
「偽物だってのか? もしそうだとしたら、本物はどこに?」
ドーソンの口から出た疑問に応えるように、ジェネラル・カーネルが口を開いた。
『見事な手際だ。これほどの行動は、電脳では無理。ということは、君たちは人工知能だね』
ジェネラル・カーネルの口調は、侵略者に攻め込まれた権力者というよりも、初めて会う甥や姪に合う親戚のようなものだった。
ドーソンが疑問を抱く中、ジェネラル・カーネルは喋り続ける。
『あの企業は人工知能の製造の数を絞っていた。だから、これほどの数の人工知能をどうやって作ったのか、とても興味がある。しかし答えては貰えないのだろうな。いや、人間と同等以上の判断力を備えた人工知能が沢山いることだけを喜ぶべきだろ』
まるで人工知能の行動を祝福するかの言葉に、ドーソンは眉根を寄せる。そして思わず、工兵ロボットのスピーカーを通して質問をしてしまった。
「変なことを言うが。もしかしてお前も、人工知能なのか?」
ドーソンは直感でそう質問したが、返答はジェネラル・カーネルの横の首振りと共にだった。
『この私は、人工知能ではない。似て非なる存在だ。≪チキンボール≫となる以前の要塞を攻め落とした、とある軍人。その軍人が死ぬ前に残した記憶と思考パターンを、電脳に組み入れた存在が、この私。人間ではない、エミュレートした軍人。だからこその『ジェネラル・カーネル』という階級しかない名前なのだ』
その独白にも、ドーソンの疑問は尽きない。
「電脳だって? その割には、とても人間的に思うが?」
『そう見える種を言うとだ、この支配人室の壁紙を外すと、そこには電脳ユニットが山のように据えられているのだよ。その多数の電脳の処理能力を使って、とある軍人が振舞うであろう言動や行動を演算しているわけだ。ちなみに椅子に座っている躯体は、映像に映すための外部ユニットでしかない』
ここまで説明されて、ドーソンはようやく≪チキンボール≫で電脳が多く使用されていた理由と、ジェネラル・カーネルが人工知能の受け入れに積極的だった理由を理解した。
「自分が電脳だから、拠点の各部を電脳に任せても不安がなかった。そして人間モドキだから、人工知能に対する嫌悪感がなかったわけか」
『付け加えさせてもらうのなら、電脳であるこの私の先にあるのが、人格のある人工知能だと考えている。だから≪チキンボール≫の支配権を渡す先は、人工知能だとも考えていた』
「じゃあ、今のこの結果は、ある意味で願ったり叶ったりだと?」
『ああ。君がどんな思惑で≪チキンボール≫を支配する気なのかは知らない。だが願わくば、人工知能に運営は任せてやって欲しい。それが最後の願いだ――ああ、これで終われる』
ジェネラル・カーネルが不穏な言葉を口にした直後、支配人室の壁が燃え上がった。
違う。壁の内側にある、ジェネラル・カーネルを出力していた電脳たちが自己発火したのだ。
工兵ロボットには、消化機能も備わっている。慌てて壁に向かって消火剤をぶち撒けて、火の勢いを消し止めることに成功する。
しかし、発火した電脳の主要部分は溶けていて、その他の部分も消火剤で濡れたことで激しいショート音を奏でている。
明らかに、全ての電脳ユニットが使用不能状態になっていた。
「ハッキングで自己を操られないようにするための抵抗か、はたまた後続に席を譲るためのケジメだったのか」
ドーソンはジェネラル・カーネルの心情を推し量ろうとしたが、人格をエミュレートしていただけの電脳相手では無意味だと判断した。
それでも、支配人からバトンを手渡されたのだという思いは、確りと受け止めたのだった。