51話 ≪チキンボール≫占領作戦・開始
≪チキンボール≫占領作戦の準備が整うまで、ドーソンは≪大顎≫号と護衛戦艦だけでSU宇宙軍の艦艇を狩り続けた。
艦艇を鹵獲して≪チキンボール≫に持ち帰れば、支配人が修復した鹵獲艦艇に海賊を乗せて≪ハマノオンナ≫へ送り出してくれる。鹵獲の数を増やせば増やすほどに、≪チキンボール≫の中にいる海賊の数は減っていく。その効果を見越しての、艦艇狩りだ。
≪大顎≫号と護衛戦艦だけで海賊仕事をする理由は、表向きは必要十分の戦力だからであり、裏向きにはエイダたちには他の仕事を任せているからだ。
エイダたちは、それぞれが入手したアンドロイド躯体を使って≪チキンボール≫の中を徘徊し、作戦開始時に制圧する重要な場所の下調べをしている。
ベーラはファッションショー用の外見を様々に変化できる躯体で、コリィはほぼ人と変わらない見た目の躯体なので、ぱっと見では人間と区別がつかない外見だ。エイダは戦闘用アンドロイドの外見なので、ベーラとコリィの護衛という形に偽っている。
そんな見た目の3人なので、他の海賊に見られても、新人の海賊だと思われることはあっても人工知能だとは誰もが思わない。
ちなみにエイダたちの人工知能ユニットは、掃宙艇からアンドロイド躯体へと移されている。企業に自動送信されるデータの方は、オイネが掃宙艇のシステム部分を改造して偽装データを送るように改造してあったりもする。
占領するための下準備が順調に進んでいき、とうとうアマト皇和国から人工知能が詰まった輸送艦がやってくる日にちとなった。
「準備は万端。人工知能を満載した輸送艦3隻も時刻通りに指定宙域に到着。あとは仕上げを御覧じろってところだな」
『護衛戦艦に通信を送っておいた方が良いですよ。ディカたちは占領作戦のことを知らないんですから、輸送艦に荷電重粒子砲を撃ち込むかもしれません』
「そう言えばそうだった。万が一離反した際、護衛戦艦の打撃力が脅威だと考えて、あえて伝えてなかったんだった」
ドーソンはディッカに通信を送り、降伏勧告を送るから攻撃は待つようにと伝えた。
そしてドーソンが輸送艦に勧告を送ると、間を置かずに降伏するとの返事が来た。続いて、艦から脱出ポットが放出されていく。このポットの放出は、この場面を誰かに見られていたときのための偽装なので、もちろんポットは無人だ。
ポットが放出し終わったのを見計らって、ドーソンは護衛戦艦に『キャリーシュ』を巻き付けるように指示を出す。
何時もの狩りのときと同じように作業が進み、輸送艦を≪チキンボール≫へ運ぶ準備が終わった。
跳躍終了で、≪大顎≫号と護衛戦艦に3隻の輸送艦が≪チキンボール≫の間近に出現した。
輸送艦が『キャリーシュ』に運ばれて、先に≪チキンボール≫の港へと入っていく。
この段になって、ドーソンはディカに今回の作戦を伝えることにした。
「――というわけだ。今まで内緒にしていたことは謝るが、作戦を終える手助けをしてほしい」
ドーソンは、ディカがどういう反応するかを、緊張と共に待った。
可能性としては、ここで護衛戦艦が砲塔を≪大顎≫号に向けてくることもあり得る。
ドーソンが気をもんでいると、ディカから返答がきた。
『艦内の意見がまとまりました。私たちに作戦を伝えなかった事情はわかるけど、信用されなかったようで悲しい、です』
「……それだけか?」
『より詳しく言うのなら。私たち12人のうち、海賊仕事に同道する護衛戦艦に話す必要性が認められないとか、ドーソンさんの考えは理解出来るとした者が大半です。相談されなかったことに拗ねた者と、事前に相談されていたエイダさんたちを羨ましがる者が若干名です』
「≪チキンボール≫を占領しようとしていることに対して、何か意見は出なかったのか?」
『特には。私たちはドーソンさんには御恩がありますけど、≪チキンボール≫やその支配人に対して恩義は感じてませんので』
ディカのドライな返答に、ドーソンは腑に落ち切らない思いを抱く。
しかし、ディカたちが悪感情を抱いていないと分かったので、ドーソンは作戦に護衛戦艦を組み込むことにした。
「ディカ。輸送艦が入った港が外から攻撃されないよう、出入口を護衛戦艦で塞いでくれ。海賊たちが襲ってきたら、迷わず砲撃していい」
『先に攻撃させてから、でしょうか?』
「護衛戦艦の装甲なら、海賊船の武器なんて屁でもないだろうが、あえて攻撃を受けることもない。砲口ないしは銃口が向けられたら、即撃墜して構わない」
『分かりました。ちゃんと護ってあげましょう』
ディカが気合を入れて、護衛戦艦を前に進ませる。
ドーソンも≪大顎≫号を進発させて、≪チキンボール≫へ入港した。
≪大顎≫号が港に入ると、輸送艦からゾロゾロと工兵ロボットが出てきて、≪チキンボール≫の中へと入っていく。
アマト皇和国製の工兵ロボットは、1メートルほどの太めの円筒形をしている。その丸さを生かすため回転しながらの移動を採用し、接地面に電磁石でくっ付く装置もあるので天井や壁などお構いなしに進める。そして工作箇所に到着後は内臓された工具で工作を行うよう、設計されている。
工具の中には、溶解用のバーナーや電源供出用の射出ポートや装甲を留める鋲打ち機があり、それらを用いての対人戦もやろうと思えばできる。
そして今用いている工作ロボット全てに、人工知能が搭載されている。
作戦に沿っての行動はもとより、状況に合わせた高度な判断もお手の物。電子制御されている相手ならハッキングで味方にしてしまうし、協力することで手早く工作を終わらせることもできる。
まさに、電脳を多く使って運営している≪チキンボール≫には、天敵と言えるロボットたちだ。
それが1万個の数、≪チキンボール≫の通路へとなだれ込み、事前にドーソンが渡した地図に従って、占領するために必要な場所へと迷いなく進んでいく。
「なん――ぎゃわ!」
とある海賊は、工兵ロボットと運悪く遭遇し、電源ポートからの電撃で失神させられた。
危険物だと判断して戦闘行動を取ろうとした海賊もいたが、腰から抜いた光線銃を鋲打ち機で撃ち落とされた上で電撃を浴びせられ、昏倒した。
これほど工兵ロボットが我が物顔で跋扈しているのに、≪チキンボール≫の中で警報が鳴らないし、隔壁も降りてこない。
その理由は、≪チキンボール≫の警備システムを制御する部屋に、エイダたちが入り込んで制圧しているからだ。
「はっはっはー! 治安維持用のロボットが、軍用の戦闘用アンドロイドに敵うわけないでありますよ!」
エイダは光刃斧で、制御室を取り戻そうと迫ってくる電脳ロボットたちを、ばっさばっさと切り捨てる。特撮の改造怪人のような見た目もあり、ロボットの残骸の中で高笑いする姿は、悪の尖兵かダークヒーローかといった感じだ。
制御室の出入り口をエイダが押さえているので、ベーラとコリィは安心して制御室のシステムの乗っ取りが出来ている。
「はいはーい。邪魔な海賊を隔離よ~」
「侵攻ルート、確定。電車の運行システム、侵入。味方のロボット、電車で運搬開始」
二人は簡単に言っているが、首から伸びたコードで電脳をハッキングし、指でコンソールを叩くことで認証決定するという面倒な事を行っている。
これは電脳と人間との二重チェックで制御システムが運用されているため、どうしても必須な面倒さだった。
「コリィちゃん。隠し通路の方に、工兵ロボットは入った~?」
「偽装されていた港の出入口、バーナーで焼き切った。支配人室まで、逆走中。罠発見。解除開始」
「じゃあ、その罠をシステムから解除できないか探ってみる~」
「はっはっはー! さあ斧のサビになりたいロボットは、もっと来るでありますよ!」
エイダの上機嫌な声を後ろに、ベーラとコリィは着実に攻略の手を進ませていった。