50話 ≪チキンボール≫攻略準備中
ドーソンの≪チキンボール≫乗っ取り案は、定時連絡の際にアマト皇和国へと伝えられた。
そして返信は、驚くべき内容で返された。
『ドーソンがした要求が全て通ったようです。人工知能を積んだ工兵ロボットを1万個も寄越してくれるそうですよ』
「千個も来れば御の字だと思って頼んだ数だったが、船一隻を買うなり作るなりよりかは安く済むといっても、1万個の製造予算がよく下りたもんだ。もしかしたら、後方作戦室が自由に使える予算を全てつぎ込んでくれたかもしれないな」
『ドーソンの作戦が上手く行けば、前人未踏の大戦果です。船一隻分ぐらいの予算で成功したら大金星も良いところでしょうから、大博打に出たのかもしれませんね』
製造と運搬で少し日数が必要だが、その後は直ぐにSU宇宙軍の輸送艦に偽装した艦を3隻がかりで送ってくれるという。
もちろん、その3隻の艦にも人工知能が搭載される。
「ここまで来たら、どのルートで制圧していくのが最も手早いかをシミュレーションしないとな」
『電車が通っているので、線路を利用すれば侵攻ルートの作成は楽ですね』
「問題は拠点の隔壁だ。異常事態を察知されて下ろされると、攻略に時間がかかる」
『そこに関してはいい手があります。事前に隔壁の制御場所を押えてしまえばいいんです』
「押えるって、どうやって?」
『エイダ、ベーラ、コリィに事情を話して、手伝ってもらいましょう。あの子たちは専用の躯体を持ってますから、≪チキンボール≫の中を歩るくことが出来ますから』
「あの3人に、俺の正体を教えるのか?」
『特務少尉であることを教える必要はないかと。単純にドーソンが≪チキンボール≫を手中に収めたくなったとでも言っておけば大丈夫ですよ』
「だがアマト皇和国から工兵ロボットが来たら、正体を隠し続けるのも難しくなる。事前に伝えておいた方が軋轢が少なく済むんじゃないか?」
『事前に伝えた場合、あの3人が造反する可能性が高まりますよ。特にエイダは生真面目な気質ですから、ドーソンが別星腕から来た人間と知ったら、宇宙人だったのかって反発する可能性が大きいと思います』
「あー、あり得るな。逆にコリィの方は『そう、ですか』で終わらせそうだよな」
伝えるべきか、伝えないべきか。
ドーソンは悩んだが、結局は持論を貫いて伝える方を選んだ。伝えても、そう悪いことにはならないんじゃないかという予感も込みで。
「――というわけで、お前たち3人に協力してもらいたい」
≪チキンボール≫の湾内で、ドーソンがエイダたち3人と通信を繋いで事情を説明し終えると、まず沈黙が返ってきた。
そして口火を切ったのは、エイダだった。
『ドーソン船長は、別宇宙の存在なのでありますか?』
「別宇宙ではなく、別の星腕だ。祖先を辿れば地球人に至るのは、俺もTRの人間も同じだ」
『≪チキンボール≫を占領する目的は、オリオン星腕の乗っ取りでありますが?』
「言わなかったか? SU宇宙軍が俺の出身の星腕に無断侵入してくるから、それを止めさせたい。その政策の拠点に≪チキンボール≫をしたいだけで、オリオン星腕を占領する目的はない。いまのところは、だけどな」
『小職らに、その企みの片棒を担げと言うのでありますね?』
「その通り。不満か?」
ドーソンの問い返しに、エイダは少しの間口ごもった。
『状況が小職の想像の埒外すぎて、考えがまとまらないでありますよ……』
エイダは知恵熱を出しそうな声色だ。
一方でベーラは、気楽な声を通信に乗せてきた。
『ベーラは、ドーソン様に従うわ~。オリオン星腕を征服する気だったら、ちょっと反対だったけど、そうじゃないんでしょ~?』
「ああ。人が各地で溢れているオリオン星腕を占領支配するなんて面倒事、俺の祖国は嫌うだろうからな」
『人がいる方が、占領支配するのに都合がいいと思うけど~?』
「居住惑星や人工衛星における人が暮らす基準が違い過ぎる。俺の祖国が満足する水準まで生活基準を引き上げるには、住民の反対を受けながらのテコ入れが必須になる。そんな手間をかけるぐらいなら、無人の星を開拓する方が楽だ」
『そういうもの~?』
ベーラが不思議そうながらに納得した後で、コリィがおずおずと聞いて来た。
『ご主人の国に、映像作品は、ありますか?』
「あるぞ。実写よりもアニメの方が多いけどな」
『アニメ! SU支配宙域ではマイナーな作品群が、ご主人の国では主流ですと!?』
「事情があって、映画で役者を立てるよりも、絵を動かすアニメの方が政策が楽なんだよ。俺の祖国は」
映画だと、役者で人間や人工知能搭載の躯体を用意し、演技指導し、機材で撮影する必要がある。
しかしアニメなら、監督に絵と絵コンテの才能は必須だが、動画の絵を描く作業を人工知能に仮想空間上で任せることができる。それこそ絵の筆が速い人が監督なら、1ヶ月で90分のアニメ映画を1つ作れてしまうほどだと言われている。
そんな背景があるからこそ、アマト皇和国の動画制作志望者の多くがアニメを作るようになり、年々アニメの数が増えていっている。
もっとも、個人で製作が作れてしまう背景があるからこそ、長編作品が途中で更新が止まる――所謂エタる作品も多くあったりするという負の側面もあったりもするが。
「コリィの見たことのない作品が多くあることは確約できるな」
『その映像作品たちを、見ることは?』
「≪チキンボール≫が俺の祖国の支配下になれば、自ずと見ることが出来るようになるだろ。なんなら俺の権限で輸入したっていいわけだしな」
『むふー。自分、ご主人が≪チキンボール≫を取れるよう、手助けする。全力で』
興奮するコリィの様子に、ドーソンは苦笑いしつつ、会話相手をエイダに戻す。
「2人は賛成のようだが、エイダはどうする?」
『……ここで拒否したら、小職が大変なことになるのは目に見えているでありますよ』
「そうだな。もしそう決断したら、とりあえずエイダの電源を作戦が終わるまで落とすしかないな」
『むしろ拒否した瞬間、コリィに小職の人工知能を破壊されるでありますよ。掃宙艇の荷電重粒子砲でであります』
『当然。新たな映像作品を、見れる。邪魔するなら、排除』
『あら~、コリィちゃんてば怖い~』
選択肢はないと、エイダは消極的ながらも、ドーソンの作戦に参加を表明した。
しかしその後で、エイダは疑問を投げかけてきた。
『しかし、小職らに教えて良かったでありますか? 小職らの人工知能のユニットには、製造場所へ自動的に情報を通知する機能があるであります。今の話も、筒抜けかもしれないでありますよ?』
「その点は心配しなくてもいい。エイダたちのユニットと、ディッカたちのユニットとを比べたことで、不必要な部分の把握はできている。自動送信機能を逆用して、当たり障りのない情報を送るよう、掃宙艇の通信機器に改造が施してある」
『えっ。そんな作業、いつの間にやっていたでありますか?』
エイダの疑問は当然だろう。掃宙艇でそんな作業をしている様子など、今の今までなかったのだから。
その答えは、ドーソンではなく、オイネが行った。
『ドーソンが貴方たちに通信を繋げる直前に、≪大顎≫号から修復用ロボットを発進させ、掃宙艇の通信機器の改造を行いました。湾内ということもあって、警戒度が低くて改造作業がやりやすかったですよ』
『え、誰でありますか!?』
今の今まで通信すらしてこなかったオイネの初音声に、エイダが慌てている。
その様子が面白いのか、オイネの声色に揶揄いの色が入る。
『おっと、紹介が遅れましたね。こちらは別の星腕で作成されました、貴方たちとは別種の人工知能です。名称はオイネと申します。≪大顎≫号の中で、ドーソンと共に暮らしております』
『うえぇ、人工知能でありますか! しかも、別の宇宙の!?』
「別の星腕だって言ってんだろうが」
ドーソンのツッコミも、混乱の極地であるエイダの耳には入っていないようだった。