49話 次の段階へ
鹵獲した重巡艦をの砲塔を護衛戦艦に乗せ換え、隕石地帯で照準合わせを行った。
その後、早速次の獲物を狙いに、星腕宙道へと繰り出した。
「まあ、結果がこうなるってのは分かり切っていたけどな」
ドーソンが思わず言葉を零したように、あっという間の決着だった。
もちろん、ドーソンの平然とした態度からも分かるように、ドーソンたちの圧勝だ。
『こちらの護衛戦艦は、重巡艦用の荷電重粒子砲に戦艦級の装甲ですからね。狙いさえ確りつけられるのなら、重巡艦以下が相手なら一方的にタコ殴りにできますし』
オイネの評価通りに、標的にした重巡艦2隻と巡宙艦2隻に駆逐艦4隻の中隊規模の艦隊を、護衛戦艦の砲撃で半壊させた。撃ち漏らしもあったが、それは掃宙艇3隻が接近しての魚雷で倒してしまっている。
まったく危なげのない勝利は、ドーソンが乗る≪大顎≫号が活躍する場面すらなかったほどだった。
「初手不意打ちとはいえ、出来過ぎだな。というか、護衛戦艦の威力に、≪大顎≫号と掃宙艇は付いていけてないな」
『まだ掃宙艇には魚雷がありますけど、≪大顎≫号は巡宙艦用の荷電重粒子砲だけが攻撃手段ですからね』
「正直、巡宙艦以上の相手をするには、≪大顎≫号だと荷が勝ち過ぎているんだよなぁ」
この問題を解決する一番早い方法はある。
その方法を語る前に、ドーソンたちは鹵獲した艦隊を≪チキンボール≫へと跳躍させ、ドーソンと人工知能たちも≪チキンボール≫へと向かって跳躍した。
4次元の壁沿いを進む跳躍空間の中で、ドーソンとオイネの会話は再開となる。
『巡宙艦か駆逐艦に乗り換えます?』
「問題はそこなんだよな。≪大顎≫号や掃宙艇のような小型艇なら、人工知能1人でも運用が可能だ。でも処理能力の関係で、駆逐艦以上だと複数人が必須になる」
『このオイネとドーソン2人でなら、駆逐艦への乗り換えは可能ですけどね。エイダたちなら、3人で巡宙艦を動かすようにすれば実現可能では?』
「俺たちの駆逐艦の乗り換えは良いとしても、あの3人で一緒の艦を動かすのは難しいだろ」
『どうしてそう思うんです?』
「あの3人は、人格形成が出来ていない頃から船を一人で動かしてきたんだぞ。それが集まって1隻の艦を動かすなんて、逆に難しいだろ」
『船頭多ければ船は山に至る、ってヤツですね。それは確かにあり得る話です』
「だろ。だから艦種を乗り換える際の最適解は、あの3人を艦長に据えて配下を持たせることだ」
『でも、その配下の当てはないんですよね』
「だから困ってんだろうに」
大戦果を挙げての贅沢な悩みではあるものの、ドーソンはどうするべきか頭を悩ませる。
「下手に海賊を雇い入れるわけにはいかない。人工知能の下に付けと言って、オリオン星腕の人間が従うはずもないしな」
『無人格電脳は通常運行程度の作業はできますけど、艦隊戦での状況変化についていけるかは怪しいですね』
「やっぱり、人工知能を新たに入手するしかないよな」
『それが一番の対処法ですけど、手に入れられますか?』
「『キャリーシュ』に人工知能が入ったままだったら出来たんだろうが、俺らがその人工知能を外して勝手に用いているのを知られたのか、新規購入した方は電脳に置き換えられているんだよな」
『海賊を支援する企業側からしたら、下手に人格付きの人工知能を増やして欲しくはないんでしょうね。過去の暴走事件の二の舞は嫌でしょうしね』
「そう考えている割にエイダたちのデータは吸い出しているあたり、企業が人工知能に期待を寄せているのも確かなんだろうけどな」
八方塞に見える状況に、ドーソンは考えの転換を行うことにした。
「オリオン星腕で人手を確保できないのなら、アマト皇和国から取り寄せるって手もあるな」
『アマト皇和国製の人工知能を用いると?』
「いや。SU製の人工知能の設計図を渡して、新規作成してもらおうかなとな。仮に捕獲される事態になっても、それならアマト皇和国の存在は隠せる。まあ、中身はアマト皇和国製になるんだろうけどな」
設計図は、『キャリーシュ』から人工知能を取り外した際に、どういう姿形かを描き起こしてあるため、直ぐに作成可能な状態にある。
そしてドーソンが語った内容は、上手い手段のように聞こえる。
だが、オイネは懸念を抱いた。
『多数の人工知能を抱えれば、どこで入手したんだという疑いは、どうしても出ますよ?』
「そこで、俺が前に話した≪チキンボール≫をアマト皇和国の出先拠点にしようって話に繋がるんだ」
『どういうことです?』
「簡単な話だ。新規作成した人工知能たちを使って、≪チキンボール≫を乗っ取るのさ。既に多くの電脳が≪チキンボール≫で働いているのは確認済み。それを人工知能に置き換えれば、支配することは可能なはずだ」
『……なんとも壮大な話ですね。艦船の乗り替わりの話だったはずですよね?』
「仕方ないだろ。問題を解決する方法を探ると、どうしてもこうするしかないんだからな」
確かにドーソンが考える方法が、≪チキンボール≫で活動を続けるには適した方法の一つではあることは確かだ。そして実現性も高い。
しかし別の選択肢を、オイネは気づいている。
『ドーソン。一時帰国してはどうです?』
「帰国って、アマト皇和国にか?」
『はい。ドーソンは見事に、『SU宇宙軍のアマト星腕への侵入を防ぐ』という任務を果たしました。帰国する十二分の理由になります。そして帰国して少しの期間、ゆっくり過ごせばいいんです。SUとTRの戦争が休戦になるまでです』
オイネが語ったように、SU宇宙軍は海賊の跳梁跋扈とTRとの戦闘で、アマト星腕へ進出するどころではなくなった。
これは、何物にも非難されない、ドーソンの手柄である。
この手柄を引っ提げれば、ドーソンの帰国は認められることだろう。
「帰国するにしても、エイダたちはどうするんだ。連れて帰るわけにはいかないぞ」
エイダたちに、ドーソンが実は特務少尉であることや、アマト星腕の中にアマト皇和国がある事実を教えるわけにはいかない。
情報とは知っている者が多ければ多いほど、秘匿する難易度が高くなるもの。
エイダたち可愛さにアマト皇和国のことを伝えてしまうほど、ドーソンは任務に無自覚じゃない。
そのことはオイネも分かっている。
『あの子たちに、自由行動を任せれば良いんですよ。船の乗り換えや、新たな人工知能を入手するための別行動だと言っておけば、ドーソンの離脱を怪しむことはないでしょう』
騙せとのオイネの意見に、ドーソンは鼻白む。
「エイダたちの手綱を手放して放置しろって? その危険性が分かって言っているんだよな?」
『あの子たちは自由意志で、ドーソンに従っています。そして、それは決して人間に従っているわけではない、ということを言いたいわけですよね』
「そうだ。俺がエイダたちを裏切るような真似をすれば、あいつらは人間に反旗を翻す可能性がある」
人間だって裏切られたと知ったら復讐に走る。それと同じ行動を、人工知能が行わないという保証はどこにもない。
しかしオイネは、あっけらかんと言い放つ。
『別にドーソンは裏切るわけじゃないんですから、心配する必要ないんじゃないんですか?』
「俺に裏切る気がなくたって、受け取り側の問題があるだろ」
『あの子たちがドーソンの言葉を信用せず、裏切ったと誤解して暴走したら、それはあの子たちの問題であってドーソンの責任ではないと思いますが?』
オイネの意見も、間違ってはいない。
しかし、その発言の根底にある思いに、ドーソンが気づかないはずはなかった。
「俺の安全を気にして言ってくれているのは分かる。≪チキンボール≫を人工知能で占拠しようなんて、かなりの博打だからな。身の安全を考えるなら、アマト皇和国への一時帰国が最もだって点も確かだろう」
オイネの意見に理解は示したが、しかしドーソンは自分の意見を曲げなかった。
「だが危険を冒すだけの意味が≪チキンボール≫にはある。あれをアマト皇和国の拠点にできれば、SUへの工作はグッと楽になるのは間違いないんだ」
『SU支配地域の中にある、要塞化した小型の自然衛星で防御力は抜群。支配人はSU内で発言力を持つ有力企業との繋がりがあり、その企業は人工知能の製造とSUからの独立を企んでいるという後ろ暗い部分がある。確かに、アマト皇和国が入手できれば、利点の大きい拠点ではありますね』
「俺がここで帰国すれば、その拠点を入手できる可能性は低くなる」
『戦争中のSU宇宙軍を襲撃したり警戒したりで、≪ハマノオンナ≫に多くの海賊が集まっている現状があるからこそ、≪チキンボール≫には海賊が少ない状況がありますからね』
「人の目と手が多くある状況だと、人工知能での乗っ取りは難しい。工作が発覚する可能性が高まるし、乗っ取りが起こった後に人手で奪還される可能性が残る」
『人が少ない状況のいまが、≪チキンボール≫を占拠できる千載一遇の好機ってわけですね』
「今回俺たちが鹵獲した艦隊を修復すれば、あの支配人はより多くの海賊を直した艦に乗せて≪ハマノオンナ≫へ送るはずだ。そして俺たちは、支配人室からの隠し通路も掴んでもいる」
『そうやって人手が最小になったタイミングで、残っている人たちを人工知能を用いて制圧。そのまま≪チキンボール≫を乗っ取るというわけですね』
「問題は、アマト皇和国が動いてくれるかだけどな」
『人工知能の新規製造をしてくれなければ、成り立たない戦法ですからね』
「ま、アマト皇和国が動いてくれなかったり、人工知能の製造が間に合わなかっただけなら、挽回可能な状況で済むけどな」
『単純に、乗り換えが出来ないだけで終わることですからね』
そのオイネの口振りは、アマト皇和国が動いてくれないことを願っているようだった。