47話 護衛戦艦、習熟中
護衛戦艦に人工知能の新人たちを乗せ、ドーソンは隕石地帯で習熟訓練を行うことにした。
ちなみにエイダたち3人は、新人教育の疲れを癒すためという名目で、休暇を取らせている。
「折角3門も回転砲塔があるんだ。それぞれ別個の標的を百発百中させられるようになるまで、訓練は終わらないと思え」
ドーソンが通信で檄を飛ばすと、護衛戦艦の人工知能たちからバラバラと抗議のメールが送られてきた。全てを一まとめにモニターに映してざっと読み下すと、どれも出来ないだの無茶だのとの愚痴ばかりだった。
ドーソンは溜息をぐっと堪えると、標的にする隕石を3つ選び、護衛戦艦へと通達した。
「あれらが標的だ。一斉射撃で全部のど真ん中に当てろ。文句はそれが出来てから聞く」
ドーソンの宣言に、明らかに渋々従っていると分かる動きで、護衛戦艦の回転砲塔が標的へと向く。
しかし標的は宇宙を漂う隕石だ。加速も減速もしないが、ゆったりと動き続けてはいる。
そして動く標的をどう狙えばいいのか分かっていないのか、回転砲塔の狙いがいつまでたっても定まらない。
恐らくは、隕石の真ん中に照準が合わないことが理由だ。
隕石の真ん中に照準を合わせつつ荷電重粒子砲を撃とうとするも、撃つ直前は砲塔の回転を止める必要がある。砲撃しようと砲塔の回転が止めると、標的の真ん中から狙いが外れてしまう。そしてドーソンからど真ん中に命中させる以外は認めないと宣言されていることもあり、ど真ん中に当てなければと再照準する。
そんな行動が繰り返されることで、回転砲塔の動きが止められず、砲撃がいつまでたっても出来ない理由になっているに違いなかった。
ドーソンは一度通信を切ると、苦笑交じりの愚痴を漏らす。
「士官学校の同期の射撃練習を見ていたときを思い出す」
『あの子たちと同じことを、ドーソンの級友もしていたんですか?』
オイネの問いかけに、ドーソンは頷く。
「平民出身で、要領があまり良くなかったが真面目なヤツだ。あいつも、標的が定まらないと、仮想砲口をさ迷わせていたな」
『その方は、練習を熟せたのですか?』
「初日はダメだったが、その次からは出来るようになったよ。単純に知識不足が理由だったから、軽く教えたらできるようになった」
『ドーソンが教えたんですか?』
「なんで意外そうに言うんだ。俺が同期に教えるのは変だって言いたいのか?」
『そう言うわけじゃないですけど、ドーソンって目の敵にされていたって情報がありましたよ?』
「それは教官や貴族の子供にはだ。平民出身者からは、なにかと重宝がられていたぞ、俺は」
『ええ~、本当ですか?』
「本当だ。成績の優秀さで、いけ好かない貴族の子供の面子を潰す。どんな課題も突破してみせて、貴族に媚びを売り平民には高圧的な態度をとる教官の鼻を明かす。仕舞いには、貴族の子供と教官どもの逆恨みが、まとめて俺に向かうからな。平民の同期たちは、平穏に士官学校生活を満喫できるってわけだ」
『それって、体の良い風よけに使われていたってことでは?』
「俺は望んで、馬鹿貴族と無能教官を相手に立ち回ったんだ。恨みを買う事を前提でな。その状況を同期たちがそれを有効活用しても、勝手しているだけの俺に文句を言う資格はないだろ。まあ、貴族や教官に俺を売るような真似をした、勘違いクズはキッチリと制裁してやったがな」
ドーソンがどんな仕返しをしたのか、オイネは聞かなかった。いまは興味がないし、将来興味が出ても調べればわかるとの判断からだった。
『その同期に教えた砲撃のコツを、あの子たちには教えないんですか?』
「本来は、自分で気づくことが重要なんだぞ。あっさりと教えて良いもんじゃない」
『それは人間の理屈ですよ。人工知能は、学んだことを状況に合わせて実行する能力はあっても、蓄えた知識から新たな発想に繋げる能力は低いんです。まさに、教えられていないことはできないんですから、いつまでたっても『気づき』なんて起きませんよ?』
「……それは、あいつらがSU製だからか?」
『いえ、アマト皇和国製でもです。このオイネも、なにかを発明するということは大変難しいと思っていますので』
ドーソンはオイネの言葉に納得しかけたが、エイダたちのことを思い出した。
「ちょっと待て。そもそもエイダたちは、俺が教えなくても出来ていたようだったが?」
『あの子たちは、輸送艦ABCの時にドーソンの射撃を何度か観測していましたからね。そのデータがあったからこそですよ』
オイネは一度言葉を切ると、護衛戦艦に乗せた人工知能の現状を語り出す。
『隕石の大きさ、浮遊移動の速度、砲塔の回転と砲塔の照準速度。そこら辺の情報は把握しているでしょうね。でも、この情報だけでは、標的のど真ん中に照準させることはできても、砲撃をど真ん中に命中させることは出来ない。それ以外の要員が必要だと、ドーソンも分かっているでしょう?』
「なるほどな。その欠けた要因を、人間は試行錯誤の果てに発想することができるが、人工知能の場合は教えられるまで埋められないってわけか」
ドーソンは知らなかった人工知能の一面を知り、新人人工知能たちの教育の仕方を変えることにした。
ドーソンは護衛戦艦に通信を繋ぐ。
「いいか、これから俺の言う位置に、それぞれの砲塔の照準を合わせろ。そして俺の号令と同時に砲撃しろ、良いな」
ドーソンは人工知能たちの返事を待たず、3つの位置を告げる。
護衛戦艦の砲塔は、すぐさまその位置へと砲口の先を向けたが、そこには標的とした隕石はない。
固まったように動かなくなった護衛戦艦の姿は、戦艦を操る人工知能たちの困惑を表しているようだった。
しかしドーソンは慌てず、通信を継続する。
「そのまま照準を続けろよ。まだ、まだ――いま砲撃しろ」
ドーソンの号令から寸暇を置かずに、護衛戦艦が射撃した。3門の砲塔から直進した荷電重粒子の光の奔流は、ドーソンが標的に指定した3つ全ての隕石のど真ん中を撃ち抜いた。
砲で狙いを付けたときには居なかった隕石だったが、時間を置くと、ドーソンが指定した地点にゆっくりと移動してきた、その結果で砲撃が命中した。
「標的が移動する先に、あらかじめ照準を置いておく。これが偏差射撃の基礎だ。基礎が分かれば、応用はできるな?」
ドーソンは教えることは教えたとばかりに、新たな隕石を3つ選んで標的として指定した。
護衛戦艦は急いで3つの隕石に、別々に砲塔を向ける。最初は先ほどと同じように、標的の真ん中に照準してしまっていたが、少し時間を置くと隕石のゆっくりと動く先へと砲口の位置がずれていく。
それから間もなく、護衛戦艦は砲撃した。見事、3つの隕石のど真ん中を射貫いてみせた。
その結果に、ドーソンは教え方を変えた甲斐があったと胸をなでおろした。
「では、次の段階に進む。いまは艦体を静止させた状態だったが、次は動きながらの砲撃で当ててもらう。偏差射撃の基礎は同じだが、艦と標的との相対距離と速度を計算に入れろ。そうすれば難しいことじゃない」
移動しながらの砲撃を成功させたら、次は速度が速い標的を移動しながら狙わせる。
それも成功したら、数十ある熱線砲銃座からの射撃での弾幕の張り方、弾幕に隙を作って敵艦船を誘導する方法、誘導した艦船を荷電重粒子砲で仕留める手順を順々に熟させていく。
ここら辺は掃宙艇でもやったようなことだが、ここからは護衛戦艦の特色に合わせた戦い方を教えていく。
「正面の大型隕石に、全力砲撃を行いながら最大速で吶喊しろ。砲撃で隕石を溶かしながら突き進め。敵の艦隊や戦線を突破する際に、その護衛戦艦の装甲を仲間の艦の盾にする練習だ」
護衛戦艦は舳先を前へ向けて突き進み、前方2門の荷電重粒子砲と熱線砲銃座を連射して、通行に邪魔な隕石を溶解破壊しながら前へ前へと突破していく。
「強敵相手では、仲間を守りながら後退することになる。艦体を斜めにして、装甲の被弾傾斜を強める。その状態で牽制砲撃を行いつつ、全力後退しろ。砲撃を食らう部分は、なるべく重要機関がない部分を選ぶように気を付けろ」
護衛戦艦を舳先を標的から斜めに外した状態で、バック走を始める。遅々とした進みの中、少しでも敵艦の足を止める作用を期待して、砲塔砲撃と銃座射撃をばら撒く。
「戦艦は巨体だ。旋回するのに時間がかかる。その隙を埋めるために、敵艦へ砲撃しながら旋回するように心掛けろ。荷電重粒子砲は実体弾を撃つ砲よりも反動は少ないが、ないわけじゃない。下手な操艦で艦体の姿勢を崩すなよ」
護衛戦艦は、後部1門で砲撃を行いながら旋回を始め、旋回度合いで前方2門でも標的を狙えるようになれば、全砲塔での砲撃を仮想敵艦である隕石へと放っていく。
「俺たちは海賊だ。海賊は倒した獲物から収入を得ないといけない。倒した艦船の回収作業の練習として、隕石に『キャリーシュ』を巻く練習をする。その艦の中には作業機械を入れてある。それを使っての作業だ」
護衛戦艦の後部甲板の一部が展開し、そこから人間大の昆虫に似た作業機械が複数飛び出した。その脚には『キャリーシュ』が手分けして保持されていて、作業機械たちはいそいそと手分けして隕石に巻いていく。
その他、必要だと思える訓練を、ドーソンは次から次へと行わせる。オイネから『人工知能は知らないことはできない』と教えられたため、知らないことを極力なくしてやろうとの心遣いでだ。
そして、一日で詰め込めるだけ訓練を詰め込み追えて、ドーソンが満足感を得ていたとき、護衛戦艦から通信が入った。
ドーソンが通信を繋ぐと、モニター画面には12個の六角形の集合体がマークとして描かれていた。ハニカム構造は、蜂の巣の層のように見える。
ドーソンは、このマークの意味を不思議に思いつつ、通信に応じる。
「こちら≪大顎≫号、船長のドーソンだ。意見具申か?」
問いかけから数秒間を置いて、とても緊張している声がモニターから出てきた。
『ドーソンさんに、挨拶しますです! この私が、艦を預からせていただきました人工知能の統括になりましたです! これから先の命令は、私を通して欲しいと思っているのです!』
なぜか、庇護欲をそそられる類の幼い印象の声で、人工知能が喋っている。
ドーソンは、その声自体も気にはなったが、通信相手の発言が自分から言っているのではない声色だと感じた。
「一応聞いておく。お前が総括者ってことだが、お前自身は納得しているのか? その立場を周りに押し付けられたにせよだ」
ドーソンの指摘に、通信相手である人工知能が黙り込む。
ドーソンには聞こえていないものの、図星を指摘された人工知能たちが、弁明を相談し合っていているのと推察できた。
1分間ほど時間が空いてから、同じ人工知能が喋り始める。
『私が統括者なのは納得したですし、他の皆も私の下につくと宣言したのです』
「それならいい。だが一応、どうして君が統括者として選ばれたのか、理由を聞かせてくれ」
『それは、その――恥ずかしい話で、12人の人工知能の中で、全ての能力が一番平均的だったからなのです』
「平均的だから、統括者になれたと?」
『そうではないのです。順を追って説明しますですと、私たち12人の人工知能は艦体各部の責任者に、最初になったです。それでドーソンさんの訓練で、適正に合わせた配置に順次変更になったわけなのです。それで私は能力が平均的なので、能力が先鋭している人に席を譲って、次から次に変更になった結果、統括者の椅子しか残らなかったのです』
その理由を聞いて、ドーソンは面白みを感じた。
「人間なら誰もが真っ先になりたい艦長の席が、人工知能の間では椅子取りゲームに負けた者の席とはな」
『あのー、怒りましたですか?』
「いいや、価値観の違いが面白かっただけだ。まあいい、君が統括者だと理解した。これからは俺は君に命令し、君は他11人の人工知能へ命令を下す。それでいいんだな?」
『はい。よろしくお願いしますです』
「ああ、よろしく。それで、君の名前は?」
『えーっと、エイダ姉さんたちから貰ってないので、ないですよ?』
「護衛戦艦を任せる統括者なら、名前がないと不便だ。俺が付けてもいいか?」
『構わないです。でも、変な名前だったら、拒否するですよ』
ドーソンは考える。
エイダたちの名前は、ABCから取った。その流れからすると、護衛戦艦の統括役の人工知能にはDにまつわる名前が良い。そして12人の人工知能の長なのだから、12にまつわる単語も良い。
ドーソンは考えに考えて、化学で学んだある単語を思い出した。
「12を表す単語に『ドデカイ』があったが、これだとゴロが悪いな。少し変えて――『ディカ』にしようと思う。どうだ、気に入らないか?」
ドーソンの問いかけに、護衛戦艦の人工知能は喜色溢れる声で返す。
『ディカなのです! 私はディカなのですよ!』
「喜んでもらえたようで、なによりだ」
名付けが終わったところで、この日は終わりとして、熟していない訓練は次の日に持ち越すことにしたのだった。