40話 休暇中
休暇を取ることになり、ドーソンは≪チキンボール≫の中を探索することにした。
海賊拠点≪チキンボール≫は小型衛星を改造して作られていて、遠くへ行くには電車を利用することになる。
5路線あり、そのどれもが環状に≪チキンボール≫の中を走っている。
チキンボールの赤道付近を円環する真横線。その上下に並行して走る、上横線と下横線。北極を始点に衛星内部を斜めに円環する北線と、逆に南極を始点に奈々枝に円環しているる南線である。
ドーソンは真横線に乗り、もう通いなれてしまった飲食店区画へと向かった。
区域の中には海賊がチラホラといて、そのどの顔も不景気そう。
≪チキンボール≫を拠点に海賊活動できる範囲内、そこに存在する全ての艦船が攻撃不可のマークを掲げている。そんな現状では、海賊たちが不景気な顔になるのも仕方がないことだ。
海賊たちは思い思いに食事をしながら、覇気のない声で会話をしている。
「はぁ~。≪チキンボール≫での活動は潮時かもな。≪ハマノオンナ≫の方は景気が良いらしいから、あっちに行ってみるか?」
「あっちはあっちで、SUとTRの戦場になりそうって噂がある。戦争に参加する気がないのなら、行くのは止めた方がいいと思うぞ」
「戦争か。SUの補給部隊を襲う方で参加するのも悪くないかもな」
「逆にだ、攻撃不可のマークを背負って、ここら辺の宙域で一般市民相手の小規模な荷運び仕事に鞍替えしてもいいんじゃないか?」
「そっちもありだな。なににせよ、≪チキンボール≫に居続けるのは仕事にならんからなぁ」
不景気な会話を耳にしながら、ドーソンは区画の奥にある隠遁酒場へ向かった。
酒場の中に入ってカウンターに座ると、何時も相手してくれるバーテンダーが近寄ってきた。
「今日は何をお飲みに?」
「さっぱりするものを頼む」
バーテンダーはグラスに、アルコールと香料に着色料を入れ、バースプーン軽くかき回して混ぜる。その後で炭酸水を注ぎ入れた。
「ミントクーラーです」
ドーソンがカクテルを受け取って一口飲むと、炭酸の刺激と清涼感のある味わいが口に広がった。
「確かにさっぱりするな」
ドーソンはカクテルを半分飲んでから、バーテンダーとの会話に入る。
「SUとTRが戦争を始めそうというのが本当か知っているか?」
「SUとTRは休戦中なだけで、いまでも戦争状態ですよ――と、通り一遍な受け答えは望んでいらっしゃらないでしょうね」
バーテンダーはグラスを布巾で拭いながら続ける。
「≪ハマノオンナ≫の活動宙域で、海賊の活動が活発になっておりまして。SUのお偉方が、宇宙軍の艦隊を派遣することを決定したのです」
「俺からすると、対応が遅く感じるが?」
「海賊の討伐なんて、選挙の票数にも権力の増大にも繋がらない仕事を、お偉方はやりたがらないものですよ。むしろ、重すぎる腰を上げざるを得なくなってしまうほど、≪ハマノオンナ≫の海賊たちは大活躍し過ぎていると言った方が正確かと」
SUの政府や軍の内情は、それぞれの思惑と権力とで硬直しているようだと、ドーソンは確信した。
「渋々と宇宙軍艦隊を派遣するということは分かった。それでTRはどこで関わってくる?」
「SUの艦隊がTRの勢力圏近くまで来るんです。海賊を討伐した後で足を伸ばさないとも限らないでしょう。用心のために、TRも艦隊を出さざるを得ないわけです」
「両陣営の艦隊が近くで展開し合う形になるから、戦争が起こってもおかしくないということだな」
「戦争になったら、≪チキンボール≫付近の宙域にある企業は大忙しになるでしょうね」
「SUの艦隊に物資を売りつける方でか? それともSUから独立するための準備でか?」
「物資の方でしょう。独立するには準備が不十分でしょうからね。もっとも、TRが大勝ちした場合は、その限りではないと予想しますが」
バーテンダーの中々の情報通ぶりに、ドーソンは感心する。
そしてドーソンが情報の見返りに酒を頼もうとすると、バーテンダーの方から質問が飛んできた。
「お客様は、なにやら面白い玩具をジェネラル・カーネルから貰ったと聞きましたが、それは本当でしょうか?」
玩具が何を指しているか、ドーソンは人工知能3人のことだと直ぐに理解した。
「自分で考えて喋る玩具のことを言っているのなら、その通りだ。それがどうかしたか?」
「あんな危険な玩具を手元におくなんて豪儀なことであり、なにやら人工知能と良い関係を築けているらしいとのことで、感心しているのです。どうやって手懐けているのか、お教えいただくことは可能でしょうか?」
ドーソンはカクテルの残りを鑿ながら考える。人工知能のことを教えていいものか。バーテンダーの思惑はどこになるのか。
それらを考えた末に、詳しい話はしないことに決め、当たり障りのない情報だけを開示することにした。
「人工知能の手懐け方か。簡単な話だ。異星人を相手にしていると考えて接すればいい」
「異星人、ですか?」
「自分と完全に価値観の違う人間だと思って会話しろ、ってことだ。生まれも育ちも違う女性を相手にしていると、そう言い換えてもいいかもしれない」
「なるほど。全く価値観の違う相手だと思えと」
バーテンダーは仕切りに納得している様子だが、ドーソンは本当に理解しているのかと怪しんでいる。
相手の考えを理解したり、相手の欲しい物を与えることは、人間同士でも難しいもの。
価値観が全く違う相手の場合、真に理解することや欲しい報酬を渡すことの難易度は自然と高くなる。
ドーソンと人工知能3人の場合、海賊仕事の上司と部下という関係が下敷きにあるため、訓練や仕事を通じて信頼関係を構築できた。
その関係構築のないままに人工知能を相手にした場合、人間と人工知能の関りはうまくいくのか。
ドーソンですら、その結果予想は難しい。
ドーソンが仮面の内側で半目で見ていると、バーテンダーは新たな質問をしてきた。
「仮に玩具を新たに増やすようお願いされたら、お客様は引き受けますか?」
「勘弁してほしい。いまある玩具で手一杯だ。もし本当に増やせというのなら、いまある玩具に新規の相手を任せるかもしれないな」
「それは……大丈夫なのでしょうか?」
バーテンダーが何を危惧しているかは分かる。
人工知能が人工知能を教育した場合、どんな人工知能が育つか未知数だ。
それこそ、SUの歴史にあるような、人間を皆殺しにしようとする人工知能が再び生まれる可能性がある。
ドーソンも、アマト皇和国の人工知能ならあり得ない話でも、SU製の人工知能ならあり得るかもしれないという危惧がある。
「ともあれ、新しい玩具は必要としていないってことだ。俺以外で、欲しがる海賊はいるだろうから、そっちに渡せば良いんじゃないか?」
「別の海賊にですか。それはそれで……」
考え込むバーテンダーの意識を戻すべく、ドーソンは空になったカクテルのグラスを指で弾いて音を奏でた。
「少し甘めのものを頼む」
「はい、甘めですね。少々お待ちを」
バーテンダーが白い液体を取り出すのを見ながら、ドーソンは新たなカクテルの味に思いを馳せることにした。