39話 駆逐艦狩り
予行練習に商船団を襲うことで、人工知能3人の問題点が見えた。
その点を練習で修正して、本番のSU艦艇の襲撃へと挑むことになった。
練習の総仕上げとして、SU艦艇の到来を待つ間、ドーソンは人工知能3人に軽い講義を行う。
「――というわけで、荷電重粒子砲や熱線砲は使用コストが安い。宇宙魚雷は威力が段違いな代わりに、仕様コストが高い。海賊仕事を続けるのなら、このあたりの経済観念も持っておかなきゃいけない。武装を大盤振る舞いして華々しい戦果を挙げても、1クレジットの儲けを出せなきゃ、早晩に行き詰まることになる」
『であるがゆえに、最上の戦法が荷電重粒子砲による急所突きなのでありますね。敵艦の損傷を少なく抑えられるため、売却で高い値段がつくというわけでありますか』
『次が魚雷で敵艦の推進装置を吹っ飛ばすことよね。推進装置は大型船のものに換装すればいいけど、軍艦の砲塔や銃座に核融合ジェネレーターは軍用規格で入手困難。海賊が挙って欲しがって高値が付くから、魚雷を消費した分を楽にペイできるのよね~』
『そ、そのどちらも狙えないのなら、3隻の荷電重粒子砲での滅多撃ち。敵艦を鹵獲しても売り物にならないけど、こちらの消費も抑えられる方法、だよね』
ドーソンは練習で教えてことが身になっていることに、深く頷いた。
「その通り。だが、まず重要なのは生き残ることだ。自分の命を安全圏に置いてから、取れる戦術を選べ。生き残るためなら、大赤字になったって構わない。生きてさえいれば、次の仕事で赤字を取り戻すことだってできるからな」
『命が最優先でありますか? 小職らは人工知能でありますよ?』
『人間と違って再生産が楽なだから、使い潰そうって考えたりしないわけ~?』
『か、海賊仕事で儲かる方法を教えているのに、大赤字でもいいって、変じゃ?』
「あのな。全てのモノは丁寧に扱ってこそ、真価を発揮するものだ。人間しかり、人工知能しかり、艦船しかりだ」
ドーソンの意見が意外だったのか、人工知能3人とも言葉を失っている。
「なんだ黙り込んで。人間に雑に扱われたいっていう性癖なら、勘案してやるぞ?」
ドーソンが言外に、アマト皇和国の人工知能なら喜ぶだろうなという意味を含ませる。それはオイネに通じていたようで、『愛ある雑さなら大歓迎ですよ?』とモニター上に文字列を表示させている。
オイネの書いた文字を消すと、人工知能3人がようやく口を開き直した。
『ドーソン船長は、普通の方とは違う思考回路をしているようであります。興味深く思うであります』
『過去の資料だと、人間は奴隷が欲しくて人工知能を作ったってことになっているわ。ドーソン様は奴隷に優しい人間なのかしら~?』
『でも、その、良い事だよね。どんな道具だって、それこそ意思のないものだって、優しく扱われたいはずだから』
三者三様の意見を受けて、ドーソンはSU製人工知能の扱い難さに気づく。
この3人のように、SU製人工知能が知識の集積と共に個々の違いが出てくるようだと、その個々に合わせた接し方が必要になってくる。
仮に、同じ発言をした場合でも、個々の違いが大きくなれば、その人工知能たちの受け取り方は肯定的、否定的、懐疑的、盲目的にと様々に発生する可能性がある。
多くの人間が機械に求めることは、マニュアル通りに用いれば一様の結果を弾き出すことだ。アマト皇和国の人工知能は、初源の祖先から価値基準を継承し続けているため、良い付き合い方をするためのマニュアルが設定されている。
しかしSU製人工知能の場合は、マニュアルを設定できないほど、考えの違いによる扱い難さが出ることが予想できる。それこそ人の代わりになるよう作った人工知能よりも、価値基準が通じやすい人間を用いた方が楽という、逆転現象すら起こり得るほどの。
ドーソンは、そういった理屈を理解しながら、しかし人工知能3人の考え方に修正を入れようとは思わなかった。
育つがままに育った結果を見てみたいという気持ちと、面倒くさいことになっても困るのはSUだからという思惑が、その理由だ。
ともあれ、講義が一段落ついたところで、今回標的にした艦艇小隊――SU宇宙軍の駆逐艦3隻を発見した。
どうやら少し離れた場所で跳躍出現したようで、通常空間を移動しながら巡回を開始したようだった。
「出現場所は許容範囲内の誤差だが、どうして差が出たのか気になるな」
ドーソンが割り出した出現場所は、あの駆逐艦が跳躍できる限界点だった。
跳躍装置は、跳躍一回で装置のエネルギーを全消費しなければならない作りになっている。例えば荷電重粒子砲のようにエネルギーを節約して使用する、ということはできない。
それは1センチメートル先に跳躍しようと、星系間を跳躍しようと、消費されるエネルギーが同じということ。
不思議に思うかもしれないが、ドーソンがアマト皇和国の軍幼年学校で教わった『簡単な跳躍の仕組み』では、跳躍は海底へ潜る行為に置き換えられていた。
3次元という海上から4次元の境という海底へ潜る際に、跳躍装置のエネルギーという体力を消費する。海底につくと、船の推進装置という別の動力を使って、海底に潜り続けながら移動する。海底には次元間流という高速の潮流があり、そこに船が乗ることで光速以上の速さで移動が可能となる。目的地近くに到達したところで、物質が持つ元次元への復帰力という浮力で海上へと戻る。
そういった仕組みで跳躍しているため、4次元の境に潜り続けることは推進装置にかなりの負担がかかることも加わり、艦船の動力と推進装置の能力で安全に跳躍できる距離が変わってくる。
とはいえ長距離移動をするのなら、一律で消費される推進装置のエネルギーを無駄にしないためにも、艦船の跳躍能力の安全限界まで跳躍することが普通である。
その限界点よりも前に出現しているとなれば、ドーソンでなくても気にはなるだろう。
「考えられる理由は、推進装置ないしは核融合ジェネレーターの不具合だが」
推進装置の出力が下がっていれば、4次元の境に潜り続ける限界が短くなり、跳躍での航続距離も短くなる。
ジェネレーターが不調な場合は、跳躍中の負担で壊れないように、跳躍距離を短く設定することもある。
そのどちらが理由だとしても、弱っている獲物である。
狙わない手はなかった。
「エイダ、ベーラ、コリィ。襲撃するぞ。相手は『足』か『肺』を故障している可能性がある。偏差射撃はデータ通りに出来ないかもしれないから注意しろ」
『了解であります! では、目標との相対距離が作戦距離になったので、進発するであります!』
『ドーソン様。初撃よろしくね~』
『い、いってきます』
掃宙艇3隻が最大船速で駆け出したのを見送り、ドーソンは長距離射撃の準備に入り、照準が合った瞬間に荷電重粒子砲を発砲した。
駆逐艦1隻のブリッジが破壊され、他の駆逐艦2隻は迎撃態勢に入る。
そこに掃宙艇3隻が、駆逐艦の主砲の射程圏内に侵入する。駆逐艦の砲塔が回り、掃宙艇へと狙いを定め、荷電重粒子砲を発砲。しかし偏差射撃に失敗したのか、掃宙艇とはかけ離れた宇宙空間を白熱化した重粒子が通過していった。
そして駆逐艦の主砲の射程圏内ということは、同じ種類の砲塔を装備する掃宙艇の射程でもあるということ。
3隻の掃宙艇のそれぞれから、荷電重粒子砲が発砲された。宇宙空間を突き進む重粒子の白い輝きは、駆逐艦の1隻のジェネレーターのある場所を貫いた。溢れ出たエネルギーの奔流が、破壊された駆逐艦を青白く包み込む。
ここで人工知能3人が交わしている通信が、≪大顎≫号の中に響いてきた。
『なんで小職と同じ標的の同じ場所を撃っているのでありますか! もう一方の駆逐艦を狙っていれば、これで仕事は終了でありましたでしょう!』
『一番狙い易かった艦だから、同じになっても仕方ないじゃない。むしろ、そう文句を言っているエイダが、別の駆逐艦を狙えばよかったじゃないの~』
『つ、次からは、どちらを狙うか相談してから撃とうよ、ね』
そんな言い合いをしながらも、既に3人は回避行動に入っている。生き残りの駆逐艦が銃座から弾幕を張り始めたのだ。
迫りくる多数の熱線砲を避け続ける姿は、実に危なげがない。ドーソンの訓練の賜物だ。
掃宙艇3隻は回避しつつ、船体前部にある砲塔を回して、照準を弾幕を張る駆逐艦へと向ける。
駆逐艦も銃座の弾幕だけでなく、前に2門、後ろに1門ある砲塔を巡らして、荷電重粒子砲による牽制も行い始める。
「中々に抵抗する、良いガッツだ。そしてあの3人は、俺がブリッジを破壊した『だけ』の駆逐艦に注意を払わな過ぎだな。あれは、まだ生きているぞ」
ドーソンが言った通り、ブリッジが壊された駆逐艦の砲塔と銃座が、無事な時とは雲泥の差の遅さではあるが、回転して動き出していた。
人工知能3人は、派手に弾幕を張っている駆逐艦に目を奪われているようで、他に注意を払っているようには見えない。
しかしオイネは違う意見を持っていた。
『コリィだけは、ブリッジが壊れた駆逐艦を生きていると想定して動いていますよ。ただ、ドーソンが仕留めるだろうと予想している節がありますね』
「遠くで俺が見守っているから、壊れた駆逐艦が動き出しても仕留めてくれると信用していると?」
『≪大顎≫号は荷電重粒子砲を一回撃っただけですからね。エネルギー充填装置は満充填のままで、そして今荷電重粒子砲の充填も終わりました。味方が危険になりそうな状況になったら、発砲しな理由がない。そう信じているのではないでしょうか』
「俺としては、あの3人の誰かが、壊れた駆逐艦に止めを刺してから最後の駆逐艦に挑むことを期待していたんだがな」
『信用されているんだから、いいじゃありませんか。まあ、他の二人は、完全に壊れた駆逐艦が動くことを想定していないようなので、後でお小言が必要ですけどね』
「仕方ない。コリィの期待に応えて、ちゃんと止めを刺すとしようか」
ドーソンは荷電重粒子砲で、ブリッジが壊れた駆逐艦のジェネレーターを撃ち抜いた。青い白い光が駆逐艦を包んだ後は、その砲塔も銃座も回らなくなった。
そのドーソンの一撃を待っていたか、コリィの動きが少し変わり、生き残りの駆逐艦を積極的に銃座から攻撃し始めた。
コリィが派手めに攻撃して目を引き付けたことで、駆逐艦からの狙いがコリィに集まっていく。
エイダとベーラは、自船への弾幕が薄くなったと察知した様で、直ぐに砲撃に的確な場所まで移動する。そして、エイダがブリッジを、ベーラがジェネレーターの場所を、荷電重粒子砲で撃ち抜いた。
これで駆逐艦3隻は、大部分の艦体と装備を残した状態で撃沈となった。
「ここまで綺麗に残っていると、高値で引き取ってくれるだろ」
『これで、また駆逐艦乗りの海賊が誕生ですね。今まで拿捕した全ての駆逐艦を≪ハマノオンナ≫の宙域に送っているとのことですけど、あっちは過剰戦力になってないんでしょうか?』
「過剰戦力だろうと、あっちで暴れて星腕宙道を脅かして、SUの経済を混乱させてくれているのなら、それでいいだろ」
ドーソンは興味なさげに呟くと、掃宙艇3隻に通信を繋ぎ、3人を戦果に付いて褒めた後で撃破した駆逐艦の曳航を命じた。