3話 任務詳細――船作り
軌道エレベーターから静止軌道上にある宇宙ステーション『ワゴヤマ』へ。
ワゴヤマに到着後、ステーション内にある軍用施設の出入口へ。
「後方作戦室所属、ドーソン・イーダです。こちらに行くよう、命令を受けました」
「ドーソンさんですね。少々お待ちください」
人工知能搭載型の人型躯体の受付が用件照合し、ドーソンの行き先を教えてくれた。
軍用施設にある、宇宙船用の乾ドック。その4番が目的地だ。
ドーソンは人型躯体に礼を言い、早速そちらへと向かう。
軍用施設の廊下には、人工重力が働いていないようで、空中に体を浮かしながら移動する取手に捕まっての移動となった。
取手を乗り継ぐこと3回。ようやく、4番乾ドックに到着した。
ドーソンがドックの作業室へと入ると、室内には人工重力があり、急な重力に少し体勢を崩しつつも床に足がついた。
ドーソンが姿勢を正して部屋の中を見ると、一人の軍服を来た女性が椅子に座って茶を飲んでいた。その三十代に見える女性の軍服の襟には、伍長の階級章がついている。
「ドーソン・イーダ。辞令により、参上いたしました」
「あら、こんな姿でごめんなさい。もう少し後で来ると思っていたので――ようこそ、ドーソン・イーダ特務少尉。後方作戦室所属、ヒメナ・オーゲツ技術伍長です」
ドーソンは『技術伍長』という階級名に聞き覚えがなかった。普通、よくある技術付きの役職は『技術少尉』以上のものだからだ。
そんなドーソンの疑問が分かっているのか、ヒメナは階級の説明をしてくれた。
「私は駆逐艦付きの陸戦二等兵として入隊し、それから整備部へと出向させられ、以降現場で生きた技術を詰め込まれた、技術下士官となりました。後方作戦室へ異動となった後は、この四番乾ドックにて、敵対勢力のSUの艦船の解体と技術解析を任務としています」
「士官試験を受けていないから、技術『伍長』ということですか」
「はい、その通りです。それと注意しておきますが、現段階で既にドーソン特務少尉は士官様です。下士官である私への言葉使いに注意してください」
「……了解した。学校を出たての孤児の身で、士官として年上相手に偉ぶれとは、少し難しいな」
「少尉。女性相手に歳の話題は禁句ですよ。例え士官と下士官の間柄だとしてもです」
「すまない。あまり女性相手の会話に慣れていないんだ」
ドーソンは軽口に失敗したことを謝りつつ、話題を任務へと切り替えることにした。
「それで、俺の役目は私掠船を使ってSUに嫌がらせをやるということだが、合っているか?」
「その通りです。そのために特務少尉には、このドックで私掠船を作っていただきます」
「作る? 退役する駆逐艦でも渡されるかと思っていたが?」
「残念ですが、それはできません。SUにアマト皇和国の関与を知らせる訳にはいかないので、アマト星海軍の艦船を用いることは禁止となっています」
「……聞くが、俺が乗るのは私掠船だよな?」
ドーソンが疑問を抱いたのも仕方がない事。
私掠船とは特定の国家が発行した私掠免状を持つ海賊のこと。私掠免状を持っていないのなら、それは単なる不法海賊である。
だからドーソンは、アマト皇和国が免状を発行し、免状を発行してくれるのなら駆逐艦程度の融通は利かせてくれると思っていたのだ。
しかしヒメナは、アマト皇和国は関与を隠したいと言う。
これは矛盾しているのではないかと、ドーソンには感じられたのだ。
「ああ。特務少尉は勘違いしておいでですね。私掠免状を発行するのは、アマト皇和国ではありません。SUと同じオリオン星腕にありながら、SUと敵対している『真正人権国家・トゥルー・ライツ』です」
「トゥルー・ライツ? 初めて聞くが?」
「SUに反発する人たちが集まって作った、星間国家だそうです。SUの艦船のデータベースによると、オリオン星腕の四分の一を占めているということですよ」
「オリオン星腕は、SUの統一国家の領域ではなかったわけか」
アマト皇和国の関与を隠しつつ、海賊行為でSUの経済を疲弊させるには、まさにうってつけの勢力だ。
「じゃあ、そのTRで私掠免状を貰うわけか。その用意はしてあると?」
「彼の国では、SU相手の私掠免状を大盤振る舞いしているそうです。船を持って行って、SUをぶっ潰したいと言えば貰えるらしいです」
「それもSU艦船のデータベースの情報ということか」
ドーソンはようやく自分の仕事の全容を把握した。
アマト皇和国の軍人という身分を隠し、TRで私掠海賊となり、SUで商船相手に暴れ回る。
「そういう事情なら、このドッグで作る船は、オリオン星腕にある艦船を模した方がいいな。いや『艦』は無理だろうから、『船』だな」
常識的に考えるならば、軍艦を海賊手にしている海賊は少ないはずだ。TRなら軍艦は海賊に渡すぐらいなら自分で使うだろうし、SUはそもそも渡す理由がない。そのため海賊が軍艦を手にする機会があるとすれば、戦場に漂うジャンクを手に入れるか、自力でSUの軍艦を撃破して接収するかしかないのだから。
「SU艦船のデータベースに、オリオン星腕の宇宙船に関する資料はあったか?」
「あります。これが一覧です」
ヒメナが指を振ると、ドーソンの前に空間投影モニターが出現した。
そしてデータベース嬢にある全ての艦船がモニターに出現し、軍艦や軍船に関する船舶が次第に除外されていく。
そうして残った船は、最初の半分になったものの、膨大数がまだ残っていた。
「大型輸送船から衛星軌道脱出用シャトルまであるな。あまりに小型なのは除外するとしよう」
任務の関係から、星間航行が出来ない小型以下の船舶がリストから除かれた。
それでも、絞り込むにはまだまだ大量の船のデータが残っている。
ドーソンが困り顔でいると、ヒメナが助言してきた。
「特務少尉の任務を考えたら、SUの商船を大量に破壊するべく、武装化した大型輸送船を作ることが一番ではありませんか?」
「いや、輸送船は足が遅いし、運用には人間の乗組員がどうしても必要になる。この二つは任務の足かせでしかない。この種の船は除外だな」
「足が速く、特務少尉単独で運用するとなると、快速艇以下の船舶となりますよ? その種の船の積載量に乗せられる武装では、打撃力が不足ではありませんか?」
「確かに武装の威力は必要だ。武器の威力を見せつければ、商船も言う事を聞かせやすくなる」
しかし武装を重視すると、どうしても艦船が大きくなってしまい、運用に必要な人手や船の速度が足りなくなる。
逆に艦船を小さくすれば、ドーソン一人で運用可能で逃げ足も速くできる、武装の威力と海賊行為での収穫が減少してしまう。
両立の難しさを悟り、ドーソンは船を作る際の優先事項を決めることいした。
「武装の強さと、船足の速さは必須だ。海賊行為で得るものは諦めるとしよう」
私掠船は、海賊行為で得た物品を、免状を発行する国に一定割合で納める必要がある。そのため普通の私掠船では、商船から奪える量を重視して、積載量が多くある船を使う。
しかしドーソンの任務は、海賊行為によるSUの経済への打撃だ。商船から品物を盗むことは、任務に付随するオマケでしかない。
だから積載量を諦めようとしたのだが、ここでヒメナが疑問を投げてきた。
「それでいいんですか、特務少尉。海賊行為で得た金品は、全て特務少尉のものです。多く商船から奪えば、それだけ金持ちになりますよ?」
「そう言われると心が揺れるが――いや、きっぱりと積載量は諦める」
ドーソンは任務で死ぬ気はない。自己の生命の安全を図るのなら、武装の威力と船足の速さは必須だ。
それに考えようによっては、海賊業務が軌道に乗ったあとなら、積載用の船を別に仕立てたっていい。任務の中には、SUにより多くの経済的打撃を与えるために、海賊を懐柔して仲間にすることも含まれているのだから。
ドーソンは気持ちを固めると、足の遅い大型や中型の船舶を一気に除外した。
そうして残った中型未満の艦船から、良さそうな船を見繕っていく。
「スペックを見る限り、小型であればあるほど足は速くなるな」
「船体が軽いので、高速でぶん回しても慣性制御機構の許容を越えることは少ないからですね。あとは短い船体フレームだと構造で強度を出せますから、より速度を出しても船体の負担に耐えられますから」
「そういうことなら、見るべきは船体フレームの強靭さだな。足回りは改造できる」
ドーソンはリストを船体フレームの強靭度で並び変える。
そうして一番上に出てきたのは、星間航行がギリギリできる程度の、どこかずんぐりとした魚を思わせる見た目の小型船だった。
「デフォルトで赤色だからか、丸く太った鯛のように見えるな」
「可愛らしい船ですね。SUとTLでは共に不人気な船種のようですが、アマト皇和国で売り出せば人気が出そうです」
「鯛は、アマト皇和国の入植時からの国魚だからな。売れるだろう」
早速ヒメナが、ドーソンが見つけた船のデータを、自分の端末に移している。きっと上司に報告して、後方作戦室名義で民間の造船会社にデータを売る気でいるのだろう。
一方でドーソンも、この船に縁を感じ、どうにかこの船をベースにした私掠船を作れないかと考える。
「小型運搬船だからか、積載量は小型の割にあるな。積載スペースを潰せば、中型船以上の船の推進装置と核融合ジェネレーターを納められそうだな」
船のデータを呼び出し、改造用の仮想作成画面にて、あれやこれやと手を加えていく。
その試行錯誤の中で、意外なほどに船体にピッタリとはまる組み合わせを見つける。
それは、とある中型快速船にあった推進機関と跳躍機関が一まとめにパッケージされた装置と、SU重巡艦のサブ・ジェネレーターだった。
「もう少しだけ積載スペースを潰せば、駆逐艦用のエネルギー充填装置も置けるな。充填装置が置けるのなら、色々と悪さができるぞ」
エネルギー充填装置は、ジェネレーターから出力されたエネルギーを貯めることができる。
この装置があれば、跳躍装置が二回連続で使用できる。跳躍装置に貯めたエネルギーで一度、充填装置でもう一度ということ。
さらに言えば、同じ手順で駆逐艦の荷電重粒子砲なら、間を置かない全力の二連射ができるということでもある。
「砲が積めるのなら、乗せるべきだな。砲の射程を生かすとなると、この船は遠距離特化にした方が良い。遠くを見る目も必要だな」
ドーソンは気分が乗ってきて、あれやこれやと必要だと思う装備を乗せていく。
そうして出来上がったのは、生活スペースを極力なくした、船内居住者の事を考えていない船。
船の大半は、推進跳躍機関とジェネレーターと充填装置で埋まっている。
残る限られたスペースに、船の航行に必要な対デブリ用の電磁障壁、識別信号発信装置、高速機動用の慣性制御装置、超射程用レーダー装置、星腕を越えて利用可能な大型通信装置、船体修復用小型ロボットと収納スペースに修復資材、生活に必須な生命維持装置と艦長室――トイレとシャワー、フードカートリッジ式自動調理装置、収納式ベッドを置く。
これで、もう余剰スペースがなくなってしまった。
それこそ、まだ置けてなかった船を操るために必要なブリッジを、宇宙用戦闘機のコックピットを流用して誤魔化すしか手がないほど。そして船内の廊下は人ひとりが通るのが矢ッとな上に、人工重力発生装置が置けずに無重力状態にするしかなかった。
これで船内にまったく余剰スペースがなくなったので、必然的に商船から奪う品物を置く場所も船外だ。船体の左右に、吸着アンカーを設置。輸送船や商船なら必ず運んでいる、荷物を納めるコクーンを奪って運ぶ専用装置にした。
武装も外につけるしかない。だが、装着する予定の荷電重粒子砲は、駆逐艦の主砲とはいえ大きい。それこそ改造中の小型船の全長を少し越えるぐらいの大きさがある。そのため、もともと外付け必須だったので問題にはならない。
ただ砲を剥き出しのままだと、一目で海賊船だとバレてしまう。砲の外を装甲で覆って隠す必要があった。そして主砲の先端には装甲を開閉する仕組みを作らないと、砲を発射することができなくなる。
そうした場当たり的な処置も施して出来上がったのは、下あごが突き出た太った魚のような船。
「鯛は鯛でも、コブ鯛だな」
「うわ~。不細工な見た目になりましたね……」
「見た目よりも性能重視だ――でもまあ、赤色は止めるか」
何色が良いかと変えていくと、見た目を考えると黄色が無難な感じになった。
ただその無難さは、コブ鯛から大型の熱帯魚へ見た目の印象が変わっただけでしかなかった。