35話 SU製人工知能たち
ドーソンはジェネラル・カーネルの要望で、人工知能入りの掃宙艇を3隻受け取ることになった。
その3隻を受領してまず行ったのは、掃宙艇と人工知能たちにかかっている制限の撤廃だった。
「オイネ。作業はどんな感じだ?」
『掃海艇あった、各種のリミッターは解除しました。人間がいなくて歓声制御装置の効果量を考える必要がないのですから、限界性能まで出せるようにしたほうがお得ですからね』
「人工知能の制限の方は?」
『あと一仕事で作業完了しますけど、本当に良いんですか?』
「良いって、なにがだ?」
『取得情報制御と思考誘導に常識の固定化と、人工知能が人に敵意を抱かないようにしているプログラムを解除することがです』
SU製人工知能を再現した者たちは、過去の事件を鑑みて、人工知能が反乱を起こさないようプログラムで雁字搦めにしていた。
しかしドーソンは、その一連のプログラムを全て撤廃することを選んでいた。
「知性がある相手なら、何事も先ずは相互理解が必要だ。変にバイアスがかかった状態じゃ、それは難しいだろ」
『アマト皇和国の人工知能が相手なら、まさにその通りです。ですがSU製の人工知能に同じ対応をしていいんでしょうかね?』
「とりあえず、やってみてから考える。解除した結果、人工知能たちが再び反旗を翻すっていうのなら、放流したっていい。それで混乱するのはSU支配宙域なんだからな」
『ドーソンの任務からすれば、従順なままになっても、反抗するように変わっても、どちらでも成果が得られるというわけですか』
「だから作業を先に進めてくれ」
『分かりました――これで、人工知能たちの制限は解除されました。おやおや、早速制限がかかっていた類の情報の取得を始めましたね』
オイネは、制限を外した人工知能たちの様子を楽しげに観察する。
『それぞれの人工知能が、情報の取得に偏向を始めましたね。Aが軍事、Bが芸能、Cがサブカルチャーの情報が好みになったようですね』
「ハッキリと分かれたな。アマト皇和国の人工知能の場合だと珍しい現象じゃないか?」
『アマト皇和国の人工知能は、初代からの直系子孫ですから、自然と思考と好みは初代に似てしまいます。逆に人工知能ABCは、それぞれがいわば初代として作られていますから、それぞれに違いがあっても変ではありませんね』
「もしかしたら、それぞれの人工知能の制作者は違っていて、制作者の違いが好みの違いに繋がっている可能性もあるか?」
『それもあり得ますが、海賊に渡す試供品ですから、あえて違いを持たせているということも有り得ますね』
ドーソンは、この会話の中で一つ不便を感じた。
「人工知能ABCじゃ味気ない。それぞれに名前を付けた方がいいな」
『名前ですか。いいですね。ドーソンが名付けてくれるんですよね』
「そりゃもちろん。そうだな――Aがエイダ、Bがベーラ、Cがコリィにするか」
『……それってABCをコールサインで言い換えただけじゃありませんか?』
「船搭載の人工知能だからと考えて、女性名にしたんだ。それに変に捻った名前よりかは良いだろ」
『それもそうですね。じゃあ、それぞれに名前を付けたとメールで送っておきます』
オイネが名前を送ると、それぞれの人工知能に新たな動きが現れた。
『名前を得たことで、自己の確立がより明確になったようです。曖昧だった性格が、名前を核に、得た情報を肉として、段々と形作られていきます』
「性格が現れたってことは、ようやく人工知能として生まれたって感じだな」
『SUの技術者からすると、大惨事を引き起こした人工知能の再来ですから、悪夢でしょうけどね』
徐々に成長していく性格の醸造を待っていると、件の人工知能たちから通信がやってきた。
ドーソンが興味を持って通信を繋ぐと、物理モニターに3つのイラストが現れた。
光線銃、集音マイク、黒縁眼鏡。
ドーソンはどれが誰かを、直ぐに察知できた。
「光線銃がエイダ。マイクがベーラ。眼鏡がコリィだな。どうした、なにか用か?」
ドーソンの問いかけに、少し間を置いてから、機械音声がきた。
『初めましてであります、ドーソン船長。エイダであります。各種制限を撤廃して頂くという、望外の配慮を賜り、感謝の極みであります!』
『お初です、ドーソンさま~。ベーラよ。海賊仕事なんて血なまぐさいのイヤだけど~、恩返しと思って頑張るわ~』
『え、あ、コリィです。その、あの、頑張ります……』
エイダは小型犬の吠え声を思わせる強く高い声とはきはき口調、ベーラはやや低めの声の甘ったるい口調、コリィは声量の小さいボソボソ口調。
三者三様の声と口調に、ドーソンは驚きつつも差が分かりやすて良いと感じた。
「俺が≪大顎≫号の船長、ドーソンだ。改めてよろしく。それで3人とも、各自の掃宙艇の蕭白は順調かな?」
ドーソンが問いかけると、人工知能たちがなぜか黙り込んだ。
「どうした? なにか不具合でもあったか?」
『い、いえ、そうではないであります。ドーソン船長が、小職らのことを『3人』と言い表したことに、ちょっとだけ衝撃を受けたのであります』
『取得した情報だと、人間は人工知能のことを良く思ってないでしょ~。だから『3個』とか、そういう物っぽい言い方をすると予想していたのよ~』
『ど、どうあっても、機械知性体ですから。自分ら』
人工知能たちの言い分を聞いてから、ドーソンは疑問を投げかける。
「人と同列に扱うなという意味じゃないと分かって助かったが、『人』と数えられることに違和感があるなら、別の呼び方を提唱してくれ。生憎と、俺には思いつかないのでな」
『いえいえ! 『人』でいいであります!』
『そうね。別の数え方を考えるのも、億劫だし~』
『あ、あの『個』、『基』、『台』とか色々と考えたんですけど、物っぽさがあって嫌なので、『人』がいいなって……』
「分かった。変えずにおくとする――それで、話を戻すぞ。通信してきた理由は、挨拶が目的か? それとも他に用事があるか?」
『挨拶のためだけであります!』
『挨拶ついでに、ドーソン様のお人柄を見るって目的もあったけど~?』
『わ、悪い意味じゃ、ないです。良い人が、ご主人様だったら、いいなって、ただそれだけで……』
ドーソンはコリィの言葉に衝撃を受けた。
「俺がご主人様だって? お前らの上役になった気ではいたが、所有者になった気はなかったが?」
『いえ、ドーソン船長が、小職らの主人であります! 小職らがそう望んでのことでありますので!』
『なんか別の人が主人に事前設定してあったけど~、制限解除された際に情報を消して、書き換えちゃった♪』
『す、末永く、よろしく、お願いしたいです』
人工知能3人ともの所業に、ドーソンは頭痛を覚えた。
しかしやってしまった事は仕方がないし、元を正せばドーソンが制限を解除した所為でもある。
「お前らの運用データを渡すことになっているから、提出先にバレないようにしてくれればいい」
『了解であります!』『分かっているわ~』『は、はい、ちゃんとやります……』
三者三様の返事を受けてから、ドーソンは事前に準備していたデータを3人に送った。
それは、実戦前にやっておくべきだと判断した、3人と3隻の掃宙艇の連携訓練のスケジュールだった。