34話 戦闘不可マーク
ドーソンが獲物として目をつけていた、SUの駆逐艦小隊10組。
その10組を襲撃したものの、そのうちの3組に≪チキンボール≫が設定した『攻撃不可』のマークがついていた。そのため、その3組は見逃さざるを得なかった。
10組中3組――都合3割の宇宙軍艦艇にマークがついていることに、ドーソンは通信で≪チキンボール≫に文句を付けることにした。
「なあ、おい。『攻撃不可』のマークは商船だけにあるんじゃないのか? SU宇宙軍の艦艇にもあるなんて、聞いていないんだが?」
ドーソンが仮面の奥からイライラとした声を放つと、対応するオペレーターの男性が愛想笑いを返してきた。
『その件について、周知できていなかった点は詫びましょう』
「詫びなんていらん。説明しろ」
『宇宙軍の艦にマークがついている理由は、なにも≪チキンボール≫が軍に組しているからというわけではないのです。企業のお偉いさんの親心なのです』
「親心? マークの軍艦には、お偉いさんとやらの子供でも乗っているってのか?」
『まさにその通りです。昨今の≪大顎≫号の活躍で、企業が宇宙軍に要請を出したのです。子供が乗る軍艦を沈められたくないから、マークを艦体に入れてくれと』
「……事情はわかったが、よくもまあ宇宙軍は受け入れたもんだな。艦体にマークを入れるってことは、実質的に海賊相手に白旗を上げるようなもんだろ」
『軍の上層部はそうは考えていないようです。企業からの要請を受けるという形で、企業へ貸しを作ることができる。そのうえ、マークのある艦は海賊に狙われなくなるため、艦を喪失したり士官や兵士が死亡することもなくなる。これは一挙両得だと喜んでいるのではないでしょうか』
「宇宙軍にプライドはないのか?」
『ないでしょう。SUの高官は、政治でも軍事でも汚職が評判です。プライドよりも権力やお金に執着しているでしょうからね』
ドーソンは説明に納得できたので、オペレーターとの通信を切断する。
そして≪大顎≫号の操縦席に背を預けて脱力した。
「艦艇にマークがある事情を早くに知っておくべきだったな。後で知れば良いと、狩りを続行したことは悪手でしかないな」
『そうなのですか?』
「SU宇宙軍は、例のマークがあれば襲われないことを、俺がマークのない艦艇だけを襲撃した事実から確信したはずだ。軍の艦艇の全部にマークが付く日は、そう遠くないはずだ」
『そうでしょうか。あのマークは、企業に所属する者の縁者が乗っていない艦には入らないということだったはずでは?』
「そうでもない。その企業の縁者とやらを、短い期間で配置転換すればいい。マークのある艦からマークのない艦ヘとな」
『配置転換した際に艦体にマークを入れ、縁者が離れた艦のマークは消さずにおく、ということですか。なんとも小狡いことを考えますね』
「その小狡さで艦を守れるのなら、SU宇宙軍はやるだろうさ。なにせプライドがないと評判らしいからな」
ドーソンは背をひと伸びさせたあとで、顎杖をついた。
「艦艇全てにマークが入るのなら、海賊仕事のやり方を変えなきゃならないな」
『軍の艦艇が狙えないとなると、商船に切り替えますか?』
「別の拠点に移動するって方法もある。あくまでマークのある艦船が攻撃不可なのは、≪チキンボール≫が海賊を統括している宙域だけの話だからな。別の場所なら気にしなくていい」
『では、もっとSUの本拠に近い海賊拠点に移動しますか? それとも≪ハマノオンナ≫に戻ります?』
次の方針をどうしようかと、ドーソンは悩む。
しかし何かを決定する前に、通信が入ってきた。
『通信先は『ジェネラル・カーネル』です。繋ぎますか?』
「何の用かを聞くぐらいはしようか」
ドーソンが仮面を被りなおして通信を繋げると、相変わらず表情が演技臭い中年男性の顔がモニターに大写しになった。
『どーもどーも、ドーソン船長。多数の駆逐艦を集めてきてくれて、とても助かっているよ』
「お礼を良いに来ただけなら、通信を切っていいか?」
『おっと、君は前置きが嫌いだったね。もちろん用件は、謝礼を伝えるだけではないとも』
ジェネラル・カーネルは、感情のこもっていない笑みを浮かべながら話を続ける。
『≪チキンボール≫を支援して頂いている方から、詫びが来たのだよ。宇宙軍が勝手に艦艇にマークをつけてしまったことで、海賊の仕事に影響が出ていることを憂慮しているとのことでね』
「企業が悪いって言ってきているんだ、つけ込んで援助を大量にもぎ取ればいいだろ」
ドーソンの悪態に、ジェネラル・カーネルは咳払いする。
『ううんッ。支援者が企業だとは言っていないぞ。でもだ、支援者から援助をより多く貰えるようになったことは、その通りだ』
「別に隠すほどの事じゃないだろ。あのマークを付けるように言ったのは企業だって、オペレーターが話していたからな」
『建前があるのだよ。企業が海賊と繋がっているなどと知られては、宇宙軍がつけ込む隙となる』
「宇宙軍も分かっていると思うが?」
『SUは建前上でも法治国家だ。確たる証拠がない場合、軍であろうと追求できないのさ。特に金が有り余っている企業が相手の場合はね』
「弁護士、根回し、裏工作と、裁判に勝てるよう金を使い放題だからか?」
ジェネラル・カーネルは、『この話は横に置くとしよう』とジェスチャーを入れた。
『ともあれだ。これから先、軍の艦艇を仕留めて係留してくることは難しくなると予想される。こちらがドーソン船長に役目を頼んだ手前、仕事のアフターフォローは必要だと思ったのだよ』
「艦艇を襲えなくなるのなら、別の獲物を狙ったり、別の宙域に移動すればいいだけでは?」
『確かにその通りだが、腕の良い海賊をみすみす手放すのも大きな損失だ。≪チキンボール≫に繋ぎ止める努力は必要だとは思わないかな?』
ここでオイネが『ドーソンの力量を認めてくれているみたいですね』と、モニターの端に文字を浮かばせた。
ドーソンは心の中で『海賊の親玉に評価されてもな』と、あまり嬉しい感じはなかった。
「それで、そのアフタフォローとやらはなんだ?」
『君に船を上げようと思ってね。受け取ってはくれないかな?』
「≪大顎≫号で満足している。必用ないが?」
『勘違いしないで欲しい。ドーソン船長に船を捨てろと言っているわけではない。君に配下をあげようと言っているのだよ』
「俺に、海賊の手下を船付きでやると?」
『うーん。海賊と言っていいかどうかはわからないが――まあ、資料を送ろう。それを見て、受け取るかどうかを判断してくれたまえ』
ジェネラル・カーネルが指を一振りすると、≪大顎≫号にデータが送られてきた。
オイネが何も言わずにモニター上にデータを展開すると、それは船に関する資料だった。
「掃海艇を対艦用に改造したものだな。銃座を減らし、空けた場所に駆逐艦用の砲塔を載せている」
『ドーソン船長には、その艇が合っていると思うが、こういう船もある』
さらにジェネラル・カーネルがデータを送ってきて、それを展開すると、今度は空母のような船の資料が現れた。
それは物資運搬船を改造した超大型船で、船内に50機の戦闘機を抱えている。詰め込めば100機入ると、資料の欄外に特記されていた。
そして、その戦闘機をよくよく見てみると、以前にドーソンが使用した『カミカゼ機』だった。
「こんな船を運用させようなんて、破産させる気か?」
『はっはっは。この船の設計図は、金が余りに余っている支援者に渡すものだよ。金さえあれば、かなり有効な兵器だからね。スペック上は、当たりさえすれば戦艦すら落とせるのだからね』
「運用実績のある俺から言うのもなんだが、この戦闘機は欠陥品だ。あまりに遠くから発進させると、容易く軍の艦艇にやられるぞ」
『その辺は心配いらない。この大型船は、戦闘機を守る盾だ。船首装甲は重巡艦の砲撃に何発か耐えられる設計をしている』
「宇宙軍の艦艇に舳先を向けて特攻して、確実に戦闘機が命中する距離まで運ぶってわけか。まさか大型船までも特攻仕様とはな。本当に金がいくらあっても足りないぞ」
『金だけが問題なら、支援者は気にしないさ。むしろ、金をばらまく機会が出来て喜ぶだろうね』
そんな会話をしていると、モニターに文字列が表示された。オイネが声なく言葉を綴っているのだ。
ドーソンはその文字列を読み下して、驚愕で仮面の内にある目を見開いた。
「おい、この船――掃宙艇も大型船も、無人仕様ってのは本当か? これらの船を運用するには、無人格電脳では無理だと思うが?」
『おっと。ようやく、そこに食いついてくれたね。実はその通り。これらの船は無人使用であり、電脳以外の方法で運用することを目的としている』
「電脳以外で無人となると、大昔のコミックムービーよろしく、培養した人の脳でも浮かべる気か?」
『はっはっはー、ナイスジョーク。いや、その手もなくはないけれども、有機脳は処理能力に揺らぎがあって不具合が出ることが多いから、使えないんだ』
「じゃあ、どうやるってんだ?」
『無論、無人格でダメなら人格を入れて運用するのさ』
それがどういう意味か、ドーソンは直ぐに察知した。
「つまり人工知能ってことか? 禁忌の技術だったはずでは?」
『技術に禁忌はなく、あるのは成功か失敗だけ、っていうのが支援者の持論だそうだよ』
「人口知能の顛末を思い出せば、成功するとは思えないが?」
『人口知能が暴走した原因は、人間のエゴだよ。そのエゴから切り離して扱えば、人工知能は人の役に立つ存在になるはずだ。少なくとも、支援者はそう考えて研究をしている』
胡乱な話に、ドーソンだけでなくオイネも鼻白んでいる。
『人工知能に対して、なにか重大な見落としをしてそうですよね』とオイネの筆談が来た。ドーソンも同意見だ。
しかしドーソンは、自分が気にする案件ではないなと考え直す。
ドーソンの任務は『SU経済に混乱を起こすこと』である。もし仮に復活した人工知能が大暴れしても、その任務に合致する事案でしかない
「人工知能の研究があるのは分かった。そして、人工知能を乗せた無人船を俺に運用して欲しいって点も理解した。要は、船を使ってみて得たデータを渡して欲しいってことだろ?」
『その通り! 表に出せない技術だから、裏稼業の海賊で実地での運用実績が欲しいというわけなのさ』
「事情は分かった。それで掃宙艇はいつ貰える。宇宙軍の全艦にマークが入りきる前に、実戦を経験させたい」
『船自体はもうできているから、あとは人工知能の乗せ換えだけだ。あまり時間はかからないさ』
ジェネラル・カーネルの言葉に、ドーソンは疑問を感じた。
「乗せ換えってことは、もう既に運用していたってことか?」
『運用していたとも。それもドーソン船長に使ってもらう形でね』
「俺が使っていた?」
ドーソンは一瞬理解できなかったが、直ぐに思い当たる節に気づいた。
「まさか、海賊船≪Aキール≫、≪Bウイング≫、≪Cレッグ≫は」
『あれは人工知能による無人船のプロトタイプだったのだよ。気づかなかったかな?』
その正体を明かされてみると、なるほどと思う点が海賊船ABCにはいくつかあった。
まず連絡はメールの送受信のみで、他の通信回線が閉じていた点。
ドーソンとオイネは、≪大顎≫号のハッキングから海賊船ABCを守るためだと思っていた。
しかし実際は、自由な通信を制限することで人工知能同士の意見交換や結託を防ぎ、メールという形が残る通信方法を取らせることで何を話していたかを後で見れるようにしたのだと分かる。
武装が全くない四角柱型の老朽船だったのも、人工知能が暴走した際に撃沈を容易にするための措置。
船名の頭にABCがついていて味気ないのも、試験船と考えれば当たり前の名付け方だった。
ドーソンは、まんまとデータ取りに利用されてしまっていたことに、今更ながらに恥じた。
しかし直ぐに、無用なプライドからくる羞恥だと判断し、感情の切り離しを行った。
「念のために聞くが、≪チキンボール≫の運用には電脳が用いられていると噂があるが、実際は人工知能だったりするのか?」
『今は電脳だよ。ドーソン船長の手腕とデータいかんによっては、後々は人工知能にするかもしれないけれどもね』
本当にそうかは疑わしいものの、仮に人工知能が使われていたとしても、今の今まで平気だったのだから大丈夫だろうと、ドーソンは楽観視することにした。
「事情は理解した。無人掃宙艇を3隻、手下として迎え入れる。だが使い方は俺の自由にさせて貰うぞ。喪失しても文句はいうな」
『分かっているとも。でもドーソン船長は、無意味に船を失うような真似はしない御仁だと、そう思っているからね。期待しているよ』
「それは暗に、他の海賊だと人工知能を私刑しかねないと言っているのか?」
『はっはっはー、想像にお任せするとも。では、ドーソン船長の今後の海賊働きに期待しているよ』
ジェネラル・カーネルからの通信が切れ、ドーソンは再び操縦席の椅子に背を持たれかけさせた。
「SUまで来て、人工知能の掃宙艇が手下かよ。アマト皇和国の新米駆逐艦の艦長と同じ道じゃねえか」
ドーソンが思わず愚痴を口に出すと、オイネが気分が上昇している様子で話しかけてきた。
『いいじゃないですか。後輩が出来るなんて、オイネは大歓迎です。どう教育するか、今から楽しみで仕方ありません!』
「おいおい、相手は人工知能たって、SU産だぞ。アマト皇和国の人工知能とは別個だろ。犬と猫ぐらいの違いがあると考えた方がいいんじゃないか?」
『犬でも猫でも、躾けが一番重要なのは変わりません。飴と鞭を使い分けて、個性は残しながらも従順に仕上げなくては!』
勢い込むオイネの様子に、ドーソンは始末におえないと諦めることにした。