33話 企業
≪大顎≫号と海賊船ABCは、駆逐艦を中心に狙って撃破し、撃破した艦船を曳航して≪チキンボール≫に持っていく日々を送っていた。
「これで、駆逐艦は何隻納入したことになる?」
『今回で丁度10隻ですね。そして掃宙艇が13隻です』
「意外と駆逐艦が少なくて、掃宙艇が多いな」
『襲えそうな位置にくる駆逐艦3隻の小隊が少なかったのが原因ですね。その代わり、駆逐艦1と掃宙艇2の小隊が多く倒しましたからね』
「小隊の構成艦種もそうだが、最近のSU宇宙軍の小隊は遠距離射撃を受けたと分かった瞬間に逃げだすからな。3隻全てを仕留めるのが稀になったのも、納入数が伸びない原因になっているな」
『海賊相手に逃げだすなんて、軍の面子丸つぶれですけどね。≪チキンボール≫のある宙域の企業なんて、怒り心頭の様子ですよ』
オイネが物理モニターに映像を流す。過日にあった、この宙域を牛耳っている企業連合体のトップが会見した際の録画映像だ。
高そうな衣服を着た老人が、皺のある顔を顰めながら語っている。
『我々は大変に憂慮している。昨今、宇宙海賊が強く蠢動しだしたことで、星間脇道だけでなく星腕宙道までもの治安が如実に悪化していることをだ。宇宙軍は海賊討伐に力を入れていると嘯いている。だが、それは明確な嘘であることを、我々は知っている。海賊船に多くの軍艦が討ち取られ、その討ち取られた艦は海賊の手によって修復され、新たな襲撃の戦力として活用されていることを』
SU宇宙軍が隠したいであろうことを白日の下に晒しながら、老人は言葉を続ける。
『宇宙軍の力が信用できない今、我々は我々の財産を守るための術を打たなければならなくなった。海賊に金品を事前に渡し、どうか我々の船は襲わないで欲しいと下手に出て交渉するという行動をだ。犯罪者に願うなど、血涙を流し腸がねじ切れるかの如き業腹ではある。だが、我々の財産を守り、ひいては宙域全ての人々の暮らしを守るためには、そうするより道はなかった』
その血を吐くような悲痛な声色は、聞く者の同情心を煽る。それこそドーソンも、この老人の演説は演技だと理解していても、つい親身になりかけるほどだ。
しかしここで、老人の態度が変調する。
悲哀の顔から、憤怒の顔へ。
『我々が余計な金を使い、下げたくもない頭を下げねばならないのは、全て宇宙軍の怠慢と政治屋たちの無能さによるもの! 宇宙の治安が悪化した状態が長く続いた場合、我々は政府に対して損害賠償を求める裁判を起こすことを、ここに宣言する! なにも海賊を根絶やしにせよという気はない! 最低限、全ての船が安全に星腕宙道を行き来できるという、以前ならば当たり前にできていた段階まで治安を戻して欲しい、ただそれだけを欲しているのだ! 宇宙軍および政府には、一刻も早い対応を願うばかりだ!』
怒声を放ち突けて老体に障ったのか、荒い息を吐く様子を見せながら老人は演説台から去り、代わりに広報の責任者らしき中年女性が壇上へ。
ここで録画映像は途切れた。
「企業のトップが政府と軍を非難する声明をだすなんて、いよいよ極まってきたな――と言いたいところだがな」
『これは一般市民へのパフォーマンスですね。本気で宇宙軍や政府、そして海賊に盾突く気はないでしょうね』
「宇宙軍や政府には演説内容を事前に見せる根回ししておく。海賊には金品を援助して、傘下企業の船を襲わないように要請しておく。宇宙軍が海賊を殲滅しても、海賊が跳梁跋扈を続けようと、企業に損はないわけだ」
『前々から海賊と繋がっていたはずですけどね。≪大顎≫号が≪チキンボール≫に来たときに言われましたしね、特定のマークが入った船は手出し無用って』
「以前はコソコソと繋がっていたが、この会見で大手を振って海賊と繋がれる。案外、企業の狙いは、こっちが主体なのかもしれないな」
『どうして、そう思うんです?』
「企業としちゃ、自分らの上に政府なんてないほうが良いにきまっているからだ。どうして自分たちが汗水垂らして稼いだ金を、大して役立ちもしない相手に上納しなきゃいけないって思っているに違いないからな」
『政府に税金を納めなくてよくなるように、目指せ第二のTR。ってことですね』
予想に予想を重ねる勝手な会話をしていると、通信が入ってきた。
それはメールで、ドーソンが曳航してきた獲物を、≪チキンボール≫のどこに持って行けばいいかを報せるものだった。
そこまではいつも通りだったが、さらに下に続きの文章があることは初めてだった。
『例のマークのある船は絶対に襲うなって、再度の周知徹底だそうです』
「ご丁寧なことだな。まあ海賊相手に決まりを守らせようと思ったら、事あるごとに言うぐらいで丁度いいのかもしれないが」
この後、ドーソンは持ってきた獲物を≪チキンボール≫に売却し、海賊船ABCへ等分で分け前を払うと、しばらくの間休息を取ることにした。
ドーソンは≪チキンボール≫の飲食店区画で、SUでメジャーだというチェーン店で食べ物を買った。
大ぶりなパンズの間に、分厚い合成肉のパティと培養生野菜に塩気の強い化学合成ケチャップマスタードが入った、パウンドバーガー。粒子生成デンプンから作られたシューストリングポテト。人工甘味料と色素と炭酸が詰まったコーラ。
まさにジャンクフードといったセットに、ドーソンは手を伸ばす。包み紙を開けて、バーガーを一口。
塩気と酸味のあるソースと、瑞々しい歯ごたえの野菜、若干パサついているものの肉々しさと薫香のあるパティ。ドーソンが口いっぱいに頬張ったというのにパンズの10分の1も削れていないという、圧倒的なボリュームもある。
ポテトは外側がカリッと揚げられていて、中はほくほくしっとり。コーラも飲めば喉の奥が痛くなりそうなほどの極甘の強炭酸。
はっきりとした分かりやすい味で殴りつけてくる。
アマト皇和国にもハンバーガーはあるが、全体的に美味さの調和を整えたものが多い。
このバーガーのような、各部の強い味とボリュームで打ち勝とうとするタイプは、中々に衝撃的だった。
「これはSU宙域で人気になるのもわかる」
ドーソンはガツガツと食べ進めつつ、不意に周囲の光景に目を向けた。
なにか不審な人物がいたわけではない。
むしろ逆で、海賊の姿があまりないような感じがあった。
「出張っているのか?」
ドーソンは≪チキンボール≫から買った艦船運行情報を思い出すが、海賊たちが出払うような美味しい獲物に心当たりがなかった。
たまたま、この場所に海賊がいないだけかもしれない。
ドーソンはそう思いつつも、バーガーセットを食べきってから、この区画の奥にある排他酒場へと向かった。
「海賊の人数が減っていないか、ですか?」
「ああ。心当たりはないか?」
ドーソンの酒を注文がてらの質問に、バーテンダーは首を傾げる。
「そうですねえ。どこかの海賊がSUの軍艦を何隻も奪ってくるので、その軍艦に乗り換える海賊が多い、という噂は耳にしたかもしれません」
「軍艦に乗り換えても、人数が減るわけじゃない」
「その軍艦の多くが、別の宙域に派遣されているようですよ」
「……その宙域って、海賊が乗った巡宙艦が向かったっていう、海賊母船≪ハマノオンナ≫がある場所のことか?」
「そう、その場所です。なんでも、あの宙域の海賊が減ったらしく、戦力の派遣をお願いされたとかで」
「ああ、その辺りは、知っている」
≪ヘビィハンマー≫が偽装艦隊を突いた際、≪ハマノオンナ≫は別の隕石地帯へ移ったが、桟橋から投げ出された多くの海賊船は跳躍してきた偽装艦によって大半が撃破されてしまった。
その減ってしまった海賊たちの穴埋めに、≪チキンボール≫から海賊を都合することは、確かに理には適っていた。
「しかし戦力の穴埋めに海賊だけでなく巡宙艦と駆逐艦を出すなんて、≪チキンボール≫は平気なのか?」
「平気だと思いますよ。基本的に、ここは電脳で大部分が運用可能になってますので」
「電脳で、だと?」
「お客さんも見たでしょ。お酒を提供する区画に、泥酔者検知のロボットが配備されているの。あれも電脳の制御下ですよ」
ドーソンは、その話を前に聞いたことがあった気がした。
「それは、この場所だけの話じゃなかったのか?」
「いいえ、≪チキンボール≫全体の話です。これは流石に嘘だと思いますが、ジェネラル・カーネルさえいれば、≪チキンボール≫の全兵装を動かせるようになっているんだとか」
「じゃあ≪チキンボール≫を維持する人手は、実は必要ないってことか? だから海賊を惜しげもなく他の宙域へ派遣することができると?」
「≪チキンボール≫は要塞で、砲塔も銃座もありますからね。巡宙艦や駆逐艦もあまり必要ないのかもしれません」
そういうものかと、ドーソンは納得しかけて、ハタと思いついたことがあった。
「企業連合体が、海賊に対して船を襲わないようにと懇願したと言っていたな。もしかして、この宙域では獲物が取れなくなるから、海賊を他の場所に移動させたという事はあり得るか?」
「どうでしょう。例のマークを付けた船が増えることは間違いないでしょうが、獲物が全くいないとは言い切れないかと」
ドーソンは思い過ごしだったかと肩をすくめ、新たなカクテルを1杯飲んだあとで、酒場を後にした。
しかし、これが杞憂ではなかったことを、ドーソンは次の海賊仕事で知ることになる。
SU宇宙軍の艦艇に『襲ってはいけいけないマーク』が付いているのを、遠距離砲撃用の照準器越しに確認して。