32話 海賊船ABCと駆逐艦
駆逐艦3隻が出没するはずの宙域で、ドーソンは待機している。
「タイムスケジュールだと、1時間以内に跳躍してくるはずだが」
『SUの艦船はスケジュールが前後することが当たり前ですからね。これがアマト皇和国なら、1時間前から待機する必要なんてないんですけどね』
「アマト皇和国の場合は、そもそも宇宙海賊が生き延びることが難しい環境だろうが。発見次第即殲滅なんだからな」
『そう考えると、SUの治安維持活動って杜撰ですよね。海賊の拠点が、ぽこぽこあるんですから』
そんな会話をしながら、獲物の登場をドーソンたちは待っている。
宇宙船が長距離移動をする際には、一定距離を跳躍し、跳躍装置のエネルギー充填を待って、さらに跳躍する。これを繰り返して、星腕内を光速以上の速さで移動することが可能となる。
この移動方法の際に多くの一般宇宙船は積載量の確保のため、≪大顎≫号に積んでいるようなエネルギー充填装置は搭載していないので、連続の跳躍はできない作りになっている。
軍の艦船はエネルギー充填装置を積んでいるので、連続跳躍することは可能である。しかし充填装置に貯めてあるエネルギーは、エネルギーを使用する荷電重粒子砲塔や熱線砲銃座にも流用することができる。だから充填装置のエネルギーを、濃い弾幕を形成するために残しておくことは、軍の艦船における通常時の取り決めとなっている。
つまるところ軍の艦船には、エネルギー充填装置をおいそれと消費できない事情があるため、他の一般宇宙船と同じく跳躍後は跳躍装置のエネルギーを充填する作業が必要となっているわけである。
そして海賊は、その跳躍と跳躍の間を狙って、SUの海賊は商船や軍船を襲う。
この跳躍休憩中を狙う襲撃方法は、星腕宙道と星間脇道の海賊仕事の難易度に直結している。
星腕宙道は、安定的で障害物も少ない宇宙空間を繋いで作られている。そのため、各艦船はその艦船が持つ跳躍装置の能力に従って、思い思いの距離を跳躍移動することが可能となっている。そのため海賊が星腕宙道で艦船を襲おうとする場合、狙った獲物がどこに跳躍して出てくるかを、その艦船の跳躍能力から正確に予想することが必須となる。
一見すると難しいように感じるが、襲う相手の船の情報を得られれば、電脳に計算させるだけで予想を立てることが可能である。しかし正確な情報が必須なので、その情報を得るために情報量を然るべき筋に払う必要がある。例えば、海賊拠点の責任者や、データサーバーを覗き見ることができる情報屋とかだ。
一方で星間脇道で海賊仕事をする場合は、かなり難易度が下がる。
実は、星間脇道には安全な宙域と危険な宙域があるため、多くの艦船は安全な宙域を指定して跳躍してくる。言ってしまえば、それらの宙域に網を張っていれば勝手に獲物が掛かってくるので、艦船の跳躍能力を把握する必要がない。
襲撃する船の情報も、実入りの良い相手と悪い相手を判別する気がないのなら、収集する必要もない。情報を集める必要がないから、余分な金を使わなくて済む。
そんな背景があるからこそ、宇宙海賊たちは星腕宙道よりも星間脇道で海賊仕事をすることが多くなっているわけである。
ドーソンにしてみれば、士官学校で情報の重要さを叩き込まれたため情報に金を費やすことは当然と思っているし、人工知能であるオイネの処理能力があれば艦船の予想跳躍地点を割り出すことは容易だ。
だから星腕宙道で成果を出すことができるし、狙ったSU宇宙軍の艦艇が予想した通りの場所に現れることも必然のことだった。
「艦影確認。遠距離砲撃用の照準だと、駆逐艦3隻に見える。オイネの判断は?」
『こちらもドーソンと同じ意見です。標的にした駆逐艦たちで間違いないかと』
「じゃあ、海賊船ABCにメールで報せてくれ。今から仕事を始めるから、撃破した駆逐艦の回収はよろしく、ってな」
『メール送ります。それにしても、あの3隻。名前からして、ABCと一まとめで呼ばれることを想定していますよね』
「アマト皇和国人の感性からすると、3隻で合体しそうな名前だと感じるけどな」
『あー、分かります。Aが頭でBが胴体でCが脚の合体ロボットっぽい名前の付け方ですよね』
「まあ、あの3隻は金属の四角柱な見た目だから、合体しそうにはないけどな」
『外から見る船の機構的にも、合体は無理そうですよね』
ABC船への残念さを感じつつ、ドーソンとオイネは意識をSU駆逐艦へと向け直す。
「相対距離確認。初撃は80%のエネルギーかつ最高収束率で発射。次撃は100%で収束率を少し緩めて命中優先にする」
『了解です。荷電重粒子砲、稼働順調。いつでも発射可能です』
「では、発射する」
ドーソンが操縦桿の引き金を絞ると、≪大顎≫号の荷電重粒子砲から白く光る棒が真っ直ぐに伸びた。その光る棒の太さは、以前に載せていた駆逐艦用のもので放ったときとほぼ同じで、予想される威力も同程度。
しかし狙う先はSU駆逐艦。この威力で十分だと、ドーソンもオイネも判断していた。
その判断は正しく、荷電重粒子の砲撃は駆逐艦の装甲を斜めに貫き、装甲裏の核融合ジェネレーターを破壊し、その内にあったエネルギーが解き放たれた。
エネルギーの奔流で輝く駆逐艦を横目に、ドーソンは次の駆逐艦に狙いを定めていた。
「再砲撃!」
今度の荷電重粒子の砲撃は、先ほどと比べて光の太さが3倍になっていた。エネルギー100%威力と、少し荷電重粒子の収束率を落としたこともあっての、その太さ。
狙われた駆逐艦は、艦橋から指揮所までの区域の大部分を、太い荷電重粒子の光に食いちぎられてしまった。
ジェネレーター損傷で1隻、操船と指揮をする頭脳を失って1隻が、これで無力化となった。
「さて3隻目は、こちらの充填が終わるまでどうするかな」
僚艦を2隻行動不能にさせられては、復讐を果たすまで1隻で逃げだすことはないだろう。
そんなドーソンの予想は、見事に裏切られることになる。
『最後の駆逐艦。艦首を反転させ、逃げの体勢に入りました。こちらの砲撃が届かない距離まで逃げてから、跳躍で脱出する気のようです』
「……マジか。砲の充填率は?」
『20%にもなってません。発砲不能です』
「発射可能まで充填すると、あの駆逐艦を仕留める時間はあるか?」
『ありません。仮に≪大顎≫号が駆逐艦の間際に跳躍して煽ったところで、仲間を見捨てて逃げるような艦ですから、付き合わずに逃げてしまうはずです』
「それじゃあ、仕方がない。あの1隻は見逃すしかないな。むしろあの1隻が仲間を呼んでくる前に、撃破した駆逐艦を運搬しなきゃいけない」
『やってきた援軍を逆襲して手柄にするのも有りでは?』
「馬鹿言え。どんな艦艇かも分からない相手と戦う気はない。本来、まともに戦ったら駆逐艦にすら負けるんだからな、この≪大顎≫号は」
『砲撃1つどころか、銃座の銃撃を数発食らっただけで撃沈になるほど、この船って装甲が弱いですもんね』
「本格的な殴り合いをするのは、巡宙艦や駆逐艦に乗り換えた海賊に任せる。こっちは隠れてコソコソしながら、1隻ずつ成果を出していくとするさ」
ドーソンは海賊船ABCにメールで連絡をとり、撃破した駆逐艦2隻を≪チキンボール≫まで曳航するよう依頼した。