28話 商談
ドーソンは≪チキンボール≫に戻って直ぐに、連れてきた巡宙艦から荷電重粒子砲の砲身と発射機構を一式入手した。修復用の予備として艦内に保管されていたものがあったので、そちらを選んだ。
これで≪大顎≫号のパワーアップの準備は整ったが、ドーソンは悩んでいた。
「問題は、≪大顎≫号の改造の仕方だな。駆逐艦用のものから巡宙艦のものに変えるだけと、言うだけなら簡単だが……」
『≪チキンボール≫の港の施設なら改造は出来るでしょう。問題は、おいそれと他人に改造を任せるわけにはいかないという点です。信用できませんし、こちらの素性がバレる心配もありますから』
「そうなると、いっそ拿捕した巡宙艦を直して使った方が良いまでありそうだな」
『その巡宙艦について、≪チキンボール≫の支配人と名乗る方から、連絡が入ってますよ』
オイネが物理モニターにメッセージを表示する。
差し出し人は『ジェネラル・カーネル』とやらで、内容は拿捕してきた巡宙艦を売ってくれとのこと。売却代はかなりの高額に設定されていて、普通の海賊ならば諸手を上げて売り払うであろう満足なものだ。
ドーソンはじっくりと考えて、売り払うことに決めた。
『いいんですか、ドーソン?』
「いいさ。俺には≪大顎≫号があるから、殊更に巡宙艦を必要としていない。それに、買い取った後で巡宙艦をどう使うのかに興味がある。他の海賊に使わせるのか、≪チキンボール≫の護衛専用にするのか、はたまた俺が思いつかない使い方をするのか、楽しみだからな」
巡宙艦の売却を決定する旨を返信すると、それから直ぐに新たなメールが、ジェネラル・カーネルから送られてきた。
「なになに。『素早い決定、ありがとう。そして新たな要求ですまないが、≪大顎≫号が作った戦闘機を改造した新兵器について、その設計図を売ってはくれないだろうか。売ってくれるのならば、値段は――』ほうほう」
ドーソンは、かなりの値段に、思わずえびす顔になる。
「どう思う、オイネ」
『≪チキンボール≫で手に入るものだけで作ったものですから、設計図を売って良いと思いますよ。それに≪大顎≫号に巡宙艦の砲身を乗せたら、無用の長物になりますから』
「運用の仕方によっては、あのカミカゼ特攻機は重巡艦や戦艦にも使えるぞ?」
『巡宙艦以上の弾幕を張れる艦種に対して、本当に通用すると思いますか?』
「有効射程圏まで船で運べれば通用するだろうが――そこまで運ぶ事を考えるとゾッとするな」
正直、ドーソンは巡宙艦相手でも死を覚悟する必要があった。それこそ、≪大顎≫号に熱線砲を掠らせながら接近するという無茶をやったほどだ。
あの巡洋艦以上の弾幕が来ると考えると、重巡艦や戦艦相手だと、とても現実的な方法とは言い難かった。
「そういうことなら、設計図を売ってしまうことにしよう」
『でも、すぐに売ってしまうのではなく、ちょっとだけ売り渋りしましょう』
「それはどういう意図でだ?」
『≪大顎≫号を改造する際に、他の海賊に見られないような配慮を確約してもらえたら万々歳だな、と思いまして』
「相手は≪チキンボール≫の支配人らしいからな。そのぐらいの権力はあると睨んだわけか」
『こちらにとってカミカゼ機は、場当たり的に作った兵器でしかありません。しかし他の海賊からしてみれば、運用次第で巡宙艦を倒せる兵器です。そんな、とっておきの切り札に見える設計図を売るのですから、付帯条件を要求するぐらいは通るはず』
オイネの助言に従い、ドーソンは返信でカミカゼ機を売ることを了承しつつ売り渋る様子を出しつつ、≪大顎≫号の改造に配慮を求める文章を付けた。
すると、どうやらジェネラル・カーネルはカミカゼ機のことを高く評価しているらしく、即決で配慮することを確約してくれた。
「誰も近寄らせないことと、ある程度の日数内なら港と施設の使用料の無料にすると確約しつつ、『他の人に見られてないのであれば、作業員を貸すこともできないが、それで構わないだろうか』と念を押してくるあたり、かなりのやり手だな」
『少ない日数のうちにお前一人で改造しろよ、ってことですね。普通なら困るでしょうね。普通ならば、ですけど』
「幸いなことに、どう改造すればいいかは分かっているし、俺が港の施設を、オイネが修復用ロボットを操作すれば、それほど作業に困ることはないだろう」
ドーソンは条件を了承して、ジェネラル・カーネルへとカミカゼ機の設計図を売り払った。
「さてさて、≪大顎≫号の改造に入るとしようか」
『作業工程は既に作成済みです。これに従えば、無料使用期限内に作業が終わる予定です』
ドーソンはオイネの作業表を受け取ると、≪大顎≫号から港の施設を動かす作業所へと場所を移動した。
作業機械を動かし、早速改造を施していく。
≪大顎≫号の船体下部は、砲身を納めるためのケースになっている。特定の場所の接続を解除すれば、簡単に外せるようになっている。
ケースを外した後は、砲身の取り外しだ。
「オイネ。船内の接続は外れたか?」
『修復用ロボットが頑張ってますが、もう少し時間が必要です。作業が終わるまでの間に、ドーソンには通販をお願いします』
「巡宙艦用の砲身に変えると、ケース部分が窮屈になるから、その拡張用の資材がいるんだったな」
ドーソンが通販で資材を購入し終わると、≪大顎≫号の船内と砲身を繋ぐ留め具の解除が終わった。
砲身を取り外し、その砲身が据えられていた場所も手順に従って解体していく。船内にある、荷電重粒子砲の発射機構も取り換える必要があるからだ。
「機構の取り換えは必須だが、船内の余裕はちゃんとあるんだろうな?」
『巡宙艦のものは、駆逐艦用より大型化していますが、2割増しぐらいです。このぐらいであれば、やりくりできなくもありません』
「俺の設計では、余剰分はなかったが?」
『ドーソンの設計は、ソフトウェア頼りに作ったものですから、定型以外のものは作れないんです。ですが人工知能の力をもってすれば、余裕の1つや2つ、捻出しようと思えばできるのです』
「そういえば、ブリッジに余裕はなかったはずなのに、人工知能一式をねじ込む隙間を作り出したことがあったな。あれも、あの港の人工知能の仕事だったわけか」
『そういうことです。でも、これ以上の砲身にする場合は、こんな簡単な改造じゃ無理ですよ。それこそ、船をまるまる一から改造するぐらいじゃないと』
「≪大顎≫号の改造は、これが限界ってことだな。肝に銘じて置くとする」
会話していある間に、≪大顎≫号の船体下部が解体し終わり、荷電重粒子砲の装置の運び出しを行う。
駆逐艦用の荷電重粒子砲を一まとめに港の施設の端に置き、続いて巡宙艦用の荷電重粒子砲への換装を行う。
まずは発射機構を含む装置の搬入だ。
『ドーソン、いいですか。普通に入れたら入りませんので、向きと角度を確認しながら作業してくださいね』
「作業指示が細かいな。なんだよ、入れる途中で右斜め15度傾けるとか、傾けた後で角度は戻しつつも左に回転36分の1とか」
『狭い場所を通すのに、その操作が必須なんです。そうしないと入らないですし、作業を間違えると船内か装置のどちらかが破損しますよ』
「プレッシャーを与えるなよ、手順が狂いそうになるだろ」
ドーソンは作業機械を動かしながら、ゆっくり慎重に作業を進めていく。
「なあ。この部分だけ、オイネに任せることはできないのか。ハッキングすれば出来るんじゃないのか?」
『できなくはないですけど、こちらが怪しまれる情報を残すことは推奨できませんよ?』
「施設の作業履歴に残るかもって危惧なら、消してしまえばいいんじゃないか?」
『消したという証拠が残りますし、改ざんでも人工知能が行うような手早い作業を人間が行えるわけがないので、やっぱり違和感を抱かれてしまいますね』
「こちらの素性がバレないように作業するには、俺が自分の手で動かす方が良いってことか」
『といってもです。SUの駆逐艦や巡宙艦にハッキングしてコントロールを奪取してきましたから、≪大顎≫号にハッキング用のプログラムがあるぐらいは把握されていると思いますけどね』
「……それじゃあ、別に構わないんじゃないのか?」
『艦船用のハッキングと、港湾施設へのハッキングは、SU支配宙域では違うものなんです。こちらには人工知能がないので、専用のプログラムを走らせる電脳しかないので』
「艦船用のハッキングツールがあるとは思われていても、港湾施設用のは持っていないと思われている。それなのに両方ハッキングできることを知られたら、どうやってやっているのかと疑問を持たれることになるってわけか」
『すなわち人工知能を持っている、なんて発想を飛躍できる人間がSU支配宙域にいるとは思えませんが、用心に越したことはないですから』
そんな雑談を交えつつ、ドーソンとオイネは≪大顎≫号の改造を進めていったのだった。