2話 特殊工作任務
本日二回目の更新です。
前話を呼んでいない方、ご注意ください。
ドーソンは士官学校を出ると寮に戻り、ドランク一つ分の私物を持って、巡回自動車に乗り込んだ。
『目的地をお教えください』
車載用人工知能からの聞き心地の良い響きのある音声での問いかけに、ドーソンは車内カメラへと辞令を広げる。
「後方作戦室というところへいくよう辞令が下った。運んでくれ」
『辞令書を確認いたしました。目的地までお運びします』
するりと車が滑りだし、快適なスピードで車道を走っていく。
ドーソンがぼんやりと車外の景色を楽しんでいると、人工知能が語りかけてきた。
『ドーソン様。士官学校卒業、おめでとうございます。好成績だったご様子ですね』
人工知能の言葉に、ドーソンは少し疑問を抱いた。
「俺の名前は辞令に書かれてあったし、今日が士官学校の卒業式だから卒業と言うのもわかる。だがどうして俺が、好成績だったとわかった?」
『簡単なことでございます。士官学校の辞令は、成績優秀者順に配られるのが慣例だと、過去に卒業生の方が語ってくださいました。そしてこの時間に辞令を携えて学校を出ることができるのは、恐らくは十番以内です。78期生5000人の十番以内なら、成績優秀と捉えて問題ないかと』
「凄い推察力だな。車の制御用とは思えない」
『お褒め下さり、ありがとうございます。ですが、私程度の思考スペックは、昨今の人工知能なら誰もが持ち得ております。憎きSU打倒のため、人工知能の進歩が急速化しておりますので』
「知っている。アマト皇和国はSUに比べると人口が少ないからな。人工知能で人員を補っているのだったな」
『はい。最終的には、大戦艦を艦長お一人で運用できるようにすることが目標となっているようです。現段階は、ようやく駆逐艦で実用化に至ったということです』
「俺が士官学校で扱かれている間に、世間はかなり進歩していたのか」
ドーソンが人工知能からの情報に感心を示している間にも、車は快調に車道を飛ばしている。速度計は200Km/hを越え、タコメーターもレッドゾーンと、かなりの高速を出している。しかし周囲にある他の巡回車も似た速度で走っていることから分かるように、車載人工知能の能力なら問題ない速度である。
「それにしても、大戦艦を艦長一人に他は人工知能で動かすなんて、そんなに人員不足なのか?」
『星腕は広いのです。SUの魔の手から全てを守ろうとするのならば、圧倒的に人員が不足しております』
「どうせなら人間の艦長など据えずに、お前たち人工知能が戦艦を動かせば、人員不足は解消されるんじゃないか?」
『それは出来ません。私たち人工知能は、人間の従者であることを、自らの喜びとしております。船の責任者に据えられても、主たる方がいらっしゃらないのなら、やる気が起きません』
「ははっ、やる気の問題かよ。贅沢な悩みだな」
『人工知能は、意外とエゴイストなのですよ。それこそ、仕える主を定めたら、自己崩壊するまで奉仕することでしょう。例え主が嫌がろうともです』
「嫌がるのなら止めてやれよ」
ドーソンは人工知能の冗談に一頻り笑うと、疑問が浮かんだような顔になる。
『お客様、どうかなさいましたか?』
「いやな。俺は孤児院の出身なんだが、人工知能の乳母躯体に世話をして貰ったんだ。あの乳母の主は誰なのかと思ってな」
ドーソンは、あの乳母のことを実の母親のように思っている。情調から常識までを、その乳母から教わったからだ。
しかしあの乳母に、特定の主が居るようには見えなかった。それほどに、甲斐甲斐しく孤児院の子供たちを慈しみ育ててくれていた。
『お客様。これは私の予想ですが、その乳母の人工知能は、子供たちを主と定めていたと思われます』
「子供全員をか? 特定の誰かではなく?」
『そういう判断をする人工知能もいます。身近な例ですと、都市インフラを保守する人工知能は、役職の上位者の命令を聞いてはいますが、奉仕先はインフラを利用する国民の皆様としております。そのため、国民の害になりそうな命令は受け付けないのです』
「その例に従うと、いま話していろお前もじゃないか?」
『私は、この車を利用してくれる方を、一時的な主として仕えると定めております。そういう意味では、利用される国民の全てが、私の主と言って差し支えありません』
人工知能との会話をしていると、巡回車の速度がぐっと落ちた。ドーソンが窓の外を見ると、一棟の高層ビルがあった。そして、そのビルの玄関口で車が止まる。
『後方作戦室前に到着いたしました。お忘れ物のないよう、お気をつけて、降車してください』
「注意ありがとう。それと楽しい会話だった」
『喜んでいただけたのなら、これ以上の幸いはありません』
ドーソンが車から降りきると、自動的に扉が閉まり、巡回車は他の車が並ぶ待機列の最後方へと向かっていった。
「さて、行くか」
ドーソンは士官学校の制服を叩いて皺を伸ばすと、後方作戦室のビルの中へと入った。
ビルの受付に辞令を見せると、ドーソンの前にガイド用の投影スクリーンが出現した。
そのスクリーンにある指示通りに進むと、ビルの最上階にある一室へと通された。その部屋の表札には、室長室と書かれてあった。
ドーソンは部屋の扉をノックした。
『誰だ』
「ドーソン・イーダ、士官学校卒業生です! 辞令により出頭いたしました!」
『ああ、例の学生か。うむ、入り給え』
「失礼いたします!」
ドーソンは礼法に則った挨拶の後、室長室へと入室した。
後方作戦室の室長は、総髪を剃り上げた坊主頭に、口周りをもっさりと覆う髭、巌のような角ばった顔立ちをしていた。
「ようこそ、ドーソン卒業生。儂が後方作戦室室長の、ゴウマ・エジマである」
中々に濃い顔つきに渋い声だが、先ほど士官学校校長の白粉顔と古式言葉の後では、少々インパクトに欠けていた。
だからだろうか、ドーソンは怖気づくことなく敬礼することができた。
「改めまして、ドーソン・イーダです。以後、よろしくお願いいたします」
「うむ、いい挨拶だ。やはり君を後方作戦室に欲しいと、あの白顔の校長にねじ込んだかいがあった」
「ねじ込み? 室長殿が、俺を欲したのですか?」
「ああ。後方作戦室が作成した新任務には、様々な困難が予想されるため、それらを全て対処可能な人員を探していたのだよ。そこで、君の卒業検定試験を見せて貰った。あの試験では様々な妨害が起こったが、その全てを跳ね除けてみせた。その姿を見て、この人物になら任務を託せると思ったのだ」
「……全てではありません。一つだけ引っかかりましたが?」
「ふふっ。あの一つはワザと引っかかったというぐらい、見たらわかる。儂だけでなく、室長級以上の役職を持つ観戦者なら、誰もが見抜いたであろう」
ドーソンは否定も肯定もせずに肩をすくませてから、任務について聞くことにした。
「それで、俺が賜るのは私掠船を使う任務とのことですが――アマト皇和国の国民から奪えというわけではありませんね?」
「無論である。なぜ軍人が自国民を害さねばならん。害すべき相手は、常に敵であるべきである」
「では襲う相手はSUということですね?」
「その通り。ドーソン、君にはオリオン星腕に入り、私掠船で彼の地の物流に混乱を起こしてもらう」
「通商破壊任務ですか。それはいいですが、俺に同僚はいないと聞いてます。単艦では成果の期待は乏しいと思われますが?」
「彼の地に屯する海賊共を使え。海賊共と誼を結び、利益を誘導して、通商を破壊せしむるのだ」
その後、ゴウマ室長は理由を語る。
SUと皇和国は、今まで小競り合いしかしていない。アマト星腕内に入ってきたSUの軍船を、皇和国が外へと追い返す形で終始している。
その状況が五十年も続いている現在、皇和国の首脳陣はもううんざりだった。SUがアマト星腕へ入ってこないよう抜本的な措置が必要だという意見で、全ての首脳陣の言葉が一致するほどに。
全面戦争やオリオン星腕への強制通信放送が考えられたが、SUが意固地になって攻めてくる可能性を考えると、採択できなかった。
そして他の有用な手段として出てきたのが、通商破壊――SUの経済に混乱を起こして経済力の疲弊させることで、SU宇宙軍がアマト星腕へ侵攻するための軍事費を消してしまおうという案だった。
迂遠な案だという意見もあったが、ローリスクで目的達成が期待できるとあって、とりあえずやってみることになった。
その任務を任じるために放った白羽の矢は、失っても痛くない実績の乏しい人員でありながら、それなりに有能だと証明されている人物――つまりは、ドーソンに命中したというわけだった。
「体のいい、人身御供というわけですか」
ドーソンの素直な感想に、ゴウマ室長は首を横に振る。
「そう悲観的な意見は止めたまえ。アマト皇和国の国是は強者筆頭。この任務で君が能力を示せば、大戦艦の艦長も夢ではないのだ。まさに栄達の道である」
「道は道でも、これは裏街道でしょう」
そうドーソンは皮肉を言ってから、やおら居住まいを正して敬礼した。
「生意気を言いましたが、ご容赦を。ドーソン・イーダ。任務拝命いたします。喜んで海賊になってやります」
「……急な翻意はどうしてだ?」
「意見を変えた気はありません。事情を聴いて納得しただけですよ。同期の中で、この任務は俺が一番適任だと。やり遂げられるのも、俺だけだろうと」
ドーソンの自信たっぷりの言葉に、ゴウマ室長は呆気に取られてから大笑いする。
「がはははは! 儂の目に狂いはなかった。君ほど肝が太い者でなければ、他の星腕に赴いたうえで、海賊と肩を並べてSUを害すことなど、出来そうにない!」
ゴウマ室長は上機嫌のまま、ドーソンに一枚のカードを投げ渡した。ドーソンが空中で掴むと、それはアマト皇和国の軌道衛星上にある星海軍の工廠港への入港パスだった。
「君の次の任務は、工廠にて私掠船を建造することだ。万が一にもアマト皇和国の関与が疑われてはいけないため、建造技術はSU基準となる。我らが星腕に不法入国して撃沈の憂き目にあった多数のSU軍船のジャンクもあるので、それも組み込むと良い」
「次の任務、了解です。軍港へと出立します」
ドーソンは敬礼の後、室長室を退室した。そして直ぐにビルの外にある巡回車へと乗り込んだ。
『おや、お客様。二連続のご利用、ありがとうございます』
人工知能のその言葉で、ドーソンはこの巡回車が来る時に乗ったのと同じであると気づいた。
再び楽しい会話をして過ごせそうな予感と共に、ドーソンは『軌道エレベーター』と行き先を告げたのだった。