27話 ブリーフィング/襲撃
対巡宙艦用運搬戦闘機付き対艦魚雷が完成したところで、ドーソンは早速運用してみようと決めた。
狙うに最適な獲物を、前に集めた情報から探っていく。
「獲物とは関係ない話だが、戦闘機付きの対艦魚雷って、名前が長いな。通称を付けた方が呼びやすいよな」
『矢のような形ですから、それにちなんだ名前がいいですね』
「矢か。そうなると、軍艦を破壊する矢だから『破艦矢』か?」
『その名前だとアマト皇和国の色が強すぎますね。ここはSU支配宙域ですから、誰かに聞かれてもいいように、もっとこう横文字な感じにしては?』
「横文字ねえ。なら単純に『アローボム』でいいな」
新兵器にアローボムと名付け終えると同時に、情報のある程度の精査が終わった。
「巡宙艦1隻で巡回していはいないか」
『最低でも2隻編成ですね。しかし2隻編成のものだと、両方とも巡宙艦以上の軍艦です』
「他の候補は、巡宙艦1に駆逐艦2の編成か、巡宙艦1に掃宙艇4の編成かだな」
『襲える場所にも違いがありますよ。駆逐艦2の編成は、星系外へ巡る順路をとります。掃宙艇の方は、星系内を巡回するようです』
「増援が来るまでの時間的余裕を作りやすいのは、駆逐艦の方。取り巻きが弱くて倒しやすいのは、掃宙艇の方ってことか」
ドーソンは、脳内でシミュレーションしてみて、掃宙艇の方は襲えないと結論付ける。
「荷電重粒子砲で2隻の掃宙艇を、アローボムで巡宙艦を倒せても、まだ掃宙艇が2隻残る。その2隻を、増援が来る前に倒しきることは難しい」
『倒せなかったら、逃げればいいのでは?』
「目的を思い出せ。俺は巡宙艦の大砲が欲しいんだ。巡宙艦を倒せても、持ち運べなかったら意味がないだろうに」
『そうでした。アローボムの運用実績を作る方に考えが向きすぎてました。てへっ♪』
久しぶりのウザったい言い方での誤魔化しに、ドーソンはイラっときた。しかし怒声を吐くことなく心を落ち着かせ、作戦のことについての考えを続ける。
「それでもだ、駆逐艦2隻を荷電重粒子砲一発ずつで倒さないと、逃げるしかなくなるんだよな」
『倒せない可能性があるのなら、急いては事を仕損じるとも言いますし、今回はアローボムの動作確認と安全をとるためにも、掃宙艇の方にしておいてはどうです?』
「新兵器は初見が一番効果が高い。2回目だと対策される恐れもある。だからこの1回目で巡宙艦を手に入れておきたい」
『それでは、他の海賊に手助けを求めてみてはどうです?』
「巡宙艦1隻と駆逐艦2隻を倒すから手伝えって? 俺みたいな移籍してきたばかりの無名な駆け出しを手伝ってやろう、なんて奇特ヤツは居ないだろうさ」
『ドーソンには、前に駆逐艦1隻を鹵獲した実績がありますよ?』
「だからと巡宙艦に共に挑もうなんて考えないだろ。巡宙艦と駆逐艦じゃ、脅威度が段違いなんだからな」
海賊の手助けを得るには、その脅威度に見合った実績――今回の場合だと、巡宙艦を倒して鹵獲した実績が必要があると、ドーソンは考える。
そんな考えのドーソンに、オイネは呆れ声を向ける。
『ドーソンって、人間不信の気がありますよね』
「……その意見について、否定はしない。手放しに人を信用できるような、そんな生まれ育ちじゃないんでね」
ドーソンは、生まれが孤児だというだけで、どれだけ周囲から嫌な目にあわされてきたか。関りのある中で良い人もいないではなかったが、その人たちを基準に物事を考えられるほど、悪意を持って接してくる人の数は少なくはない。
それに自己防衛の観点からしても、先に人を信用するのではなく、その人の行動を見て信用できるかを判断することが、ドーソンが安全に生活するには必須だったのだ。
そういった考えが、人間不信的だと言われれば、ドーソンは『その通り』と肯定するしかない。
「ともかく。襲撃と拿捕が失敗するにしても、巡宙艦だけはアローボムで倒す。アローボムで倒せると分かれば、協力する海賊も集めやすくなる」
『まったくもう。分かりました。駆逐艦を一撃で倒せる場所を、先に鹵獲した艦の構造から割り出してみます。≪大顎≫号1隻で巡宙艦1に駆逐艦2を倒せたのなら、それはそれで大戦果ですし』
オイネは『仕方ない』という気持ちを乗せた声の後、物理モニターにSU駆逐艦のデータを映す。そして≪大顎≫号の荷電重粒子砲で一発轟沈を狙える場所の候補を上げていった。
ドーソンは、≪大顎≫号1隻で出来る準備を全て整えてから、SU艦隊の巡宙艦1と駆逐艦2の編成を倒しに向かった。
行う戦法は、ほぼ今までと同じ。
超長距離の砲撃で、駆逐艦2隻を先に倒す。その後で、巡宙艦と戦う。
『≪大顎≫号の船体左右に一機ずつアローボムがくっ付いてますので、運動性が下がっていることを留意してね』
「足が少し遅くなる上に、操縦性も悪化しているってことだろ。分かっている」
ドーソンは待ち伏せ場所で、3隻編成がやってくるのを待った。
小一時間ほど待ったところで、通常空間に跳躍してくる艦船が現れる。巡宙艦1と駆逐艦2の編成だ。跳躍後の編隊のバラつきを整えるため、ゆっくりと操船している。
『予想地点に獲物が登場です。ドーソン、あちら側は完璧に油断してますよ』
「普通、軍艦3隻編成を襲おうなんて考える海賊は、滅多にいるもんじゃないからな。連中は襲われたりしないと高をくくっているからこそ、ああしてチンタラと再編成をしている」
ドーソンは駆逐艦の片方に照準を合わせ、荷電重粒子砲を放った。荷電粒子の白い光は、狙った先の駆逐艦の真ん中からやや後方に横から着弾し、駆逐艦の装甲を裏まで貫通した。
駆逐艦は、荷電粒子に貫かれた直後、青白い光と放電に包まれる。ジェネレーターを撃ち貫かれ、その内のエネルギーが奔流となってあふれ出し、艦の中を焼いたのだ。
続けての荷電重粒子砲2発目も、もう片方の駆逐艦の胴体に着弾。やや艦体が斜めな部分に当たったが、荷電粒子は外装を貫いた。しかし貫通は出来なかったようで、駆逐艦の向こうへと飛び出る白い光は確認できなかった。
『荷電重粒子砲からの攻撃は、通り抜けちゃった方が人員の被害が少ないんですよね。下手に対面の装甲で押し止めちゃうと、行き場を失った荷電粒子が艦内を駆け巡って灼熱地獄になっちゃいますから』
「今回の場合は、関係ないだろ。ジェネレーターを撃ってエネルギーを溢れださせ、そのエネルギーで乗組員を全て焼くんだからな」
狙いすました2撃で、駆逐艦2隻を無力化した。
これで残るは巡宙艦1隻。
しかし僚艦を失っての、巡宙艦の反撃は苛烈だった。
『いやー、銃座からの弾幕が濃いですね。安全地帯の算出が追いつきません』
「不自然に弾幕が薄いところは、キルゾーンに追い込むための餌だからな。引っかかるなよ!」
『分かってます。分かっているからこそ、算出が難しいんですってば』
≪大顎≫号のブリッジで、ドーソンとオイネは言い合いをしている。
これは余裕から生まれる掛けあいではなく、切羽詰まった状態から来るストレスを会話で緩和しようとしているのだ。
『この距離だと、アローボムは敵艦に当たる前に落とされてしまいますね。もうちょっと近づかないと』
「軽く言ってくれるなよ! こちとら必死なんだぞ! くそっ、アローボムが重すぎる!」
2つのアローボムの重さで、≪大顎≫号の運動性能は1割り減になっている。
たった1割と思うかもしれないが、足の速さを生かして攻撃を回避する≪大顎≫号にとって、その1割は巡宙艦と戦うための安全マージンが作り出すのに必要不可欠なもの。
現にいま、巡宙艦からの艦砲射撃があったが、≪大顎≫号の推進装置のすぐ後ろを通過していて余裕が全くなかった。
「片方をさっさと撃ち出すことはできないのか!? 重りが一つでもなくなれば、回避に余裕ができる!」
『ダメです。下手に投棄して巡宙艦に魚雷だとバレれば、爆弾を近づかせまいと、より攻撃が苛烈になるでしょう。そうなれば、近づくことすら難しくなります』
「チッ。仕方ない。腹を括るしかない」
このまま手をこまねいていても、ドーソンの集中力が削れていく一方だし、やがてはSUの増援が来てしまう。
多少の博打は仕方がないと諦めて、アローボムを巡宙艦に打ち込むべき場面だと、ドーソンは決心した。
「よし、行くぞ。航路サポート頼む!」
『了解です! アローボムも有効射程範囲に入るための順路をモニターに映しますね』
ドーソンはその順路に従い、≪大顎≫号を動かしていく。
オイネが出してくれたのは、あくまで到達できる可能性が高い順路でしかない。目的の場所までたどり着くには、ドーソンが全能力をふり絞って操船する必要がある。
ドーソンは自分の技量を一杯に使い、紙一重で銃座からの銃撃を避けて進んでいく。すると鉄鍋でチャーハンを作っているような、ジャッジャッという音が、ドーソンの耳に入った。
「船に熱戦砲が掠る音がしてやがる!」
『掠ってはいますが、装甲が溶けるほどの熱量は受けていません。このまま行きましょう!』
「船の装甲ならだろ。アローボムに掠りでもしたら、一発でお陀仏だってのになあ!」
そうは口で言っても、アローボムに掠らせるような操船を、ドーソンはしていない。
そして、≪大顎≫号を振り回したり急減速したりを繰り返した果てに、とうとうアローボムの有効射程圏内に到達した。
しかしアローボムは射出されず、ブリッジのモニターに追加の航路が表示される
『ドーソン、あともう少しだけ踏ん張ってください。ここまで行ったら、確実に巡宙艦を倒せます』
「無茶言いやがって。だが、やってやらあ!」
ドーソンは脳内アドレナリンで高揚した気分で操縦桿を巧みに操り、≪大顎≫号に追加の順路を走らせる。
しかし巡宙艦に迫れば迫るほどに、弾幕は濃くなり、逃げ場所も少なくなる。
『船体に銃撃を掠らせ過ぎです。装甲が熱をもち、船内温度が上昇しています』
「うるさい! あと少しで――到着だ! オイネ!」
『はい! アローボムのカミカゼ電脳起動! 船体より射出します! 』
≪大顎≫号から、アローボムが2機とも射出され、巡宙艦へと直進していく。
アローボムは人が乗ることを計算に入れない設計だからか、高速船の部類である≪大顎≫号の倍以上の速度を叩き出している。
しかし巡宙艦とて軍艦だ。アローボムが驚異的な武器だと、直ぐに察したらしい。
全銃座の銃撃を≪大顎≫号から外してまで、アローボムへと熱戦砲を集中させている。
このままでは撃ち砕かれてしまうと危惧したところで、アローボム2機が前後縦列になり横回転を始めた。まるで本物の矢のような回転の仕方だ。
熱戦砲からの銃撃は弾幕になるが、その弾幕を回転しながら切り裂くように、アローボムが突き進む。よく見れば、アローボムの先端が、その斜面装甲と回転の力で、熱戦を弾き飛ばし、熱戦の貫徹を防いでいるようだった。
しかし防ぐにも限界はある。
先頭を走るアローボムの先端が、熱線に炙られ過ぎて発熱し、備えられていた爆発ボルトが暴発した。戦闘機を改造した機体が、装甲と共にバラバラに宇宙へ放出された。
これで1機目は壊れてしまった――というわけではない。
爆発して飛び地った破片が、熱戦砲の射撃をほんの数瞬だけ受け止める壁になったのだ。
そして、爆発したのは改造された戦闘機部分だけ。つまり内に抱えていた魚雷は無事だ。
運搬用の機体を脱ぎ捨てた魚雷は、自身が持つ推進機を最大点火させて直進し、瞬く間に残り少なくなっていた巡宙艦との距離をゼロにした。
魚雷が巡宙艦に触れ、大爆発。まるで艦体に太陽が生まれたかと思うほど、丸く明るい大きな光だった。
その光に飛び込む形で、2機目のアローボムが突き進んだ。そして魚雷が穴から艦体へと潜り込み、そこで先の魚雷に負けない大爆発を起こした。
その僅か3秒ほどの一連の光景を、ドーソンは緊張でかいた汗を拭いながら物理モニターで見ていた。
「だはー。あんな危険な目にあったのに、2機同時射出でどうにかって感じだな」
『でも、目的は達成しましたよ。見てください、巡宙艦は半壊ですよ』
オイネが言った通り、巡宙艦は艦の左舷下半分が吹き飛んでいた。その吹き飛んだ場所から、SUの軍人らしき乗組員が次から次へと吐きだされていく。空いた穴から空気が流出し、その空気の勢いで出だされてしまうのだ。
「あれで大半の乗組員は死ぬだろうが。オイネ、巡宙艦をハッキングして、中の様子を確認してくれ」
『簡単に言ってくれますね。巡宙艦相手だと、ちょっと時間がかかりますよ』
オイネが巡宙艦をハッキングするのは初めてのこと。宣言通りに、5分ほど時間がかかった。
『ふぃー。流石は巡宙艦です。システムのプロテクトも、軍艦だと思わせる硬さでした。これで保守要員が生き残っていて、手仕事で邪魔されたら、もっと時間がかかるところですよ。まぁ、脆弱性とバックドアが判明したので、同じシステムを使っているのなら、次の相手からはもっと早くハッキング完了できそうですけどね』
「お疲れ様。それで巡宙艦の中は、どんな感じだ?」
『エネルギーパイプが破損して、戦闘と航行が不能な状態です。なので生き残りに退艦指示がでています。ブリッジ要員も脱出準備してますね。あっ、データを消すために、ブリッジとデータサーバーを物理的に破壊していますね。止めさせますか?』
「いや、俺の目的は巡宙艦の砲だ。他のものはどうでもいい。作業の邪魔して退艦が遅れるより、放置して退艦を促した方が、目的に合致する」
『そういうことなら、見逃しましょう。じゃあ、壊れた巡宙艦の移送準備に入りましょうか』
「巡宙艦の推進装置は動きそうか?」
『≪大顎≫号からバイパスすれば動きます。既に作業手順は作成済みで、修理ロボットを動かす準備も出来てますよ!』
「それは頼もしいことで。じゃあ≪大顎≫号を巡宙艦の船尾に移動させるぞ」
≪大顎≫号は、巡宙艦の推進装置の間近にいくと、吸着アンカーで接舷した。ここで≪大顎≫号のハッチが開き、カニのような見た目の修復ロボットがワラワラとでてきて、手にしていたバイパス管を繋いで≪大顎≫号のジェネレーターと巡宙艦の推進機とのエネルギー供給路を確立する。
巡宙艦を動かせるようにした後、オイネは艦内に未だに残っていた人員を、隔壁の操作と空気の流出を使って、全員を艦外へと追い出した。
巡宙艦の生き残った乗組員は、宇宙服姿で、全員が撃破された駆逐艦へと泳ぎ渡ろうとしている。
その姿を見つつ、ドーソンは≪大顎≫号と巡宙艦を発進させ、海賊衛星≪チキンボール≫へ帰還する順路をとることにした。