26話 大物を討つために
ドーソンは先の襲撃で、SU掃宙艇1隻を拿捕し、≪チキンボール≫に帰還した。
ドーソンが必要なのは掃宙艇の魚雷なので、その他を≪チキンボール≫へと売り払う。掃宙艇の装備は軍用なので、かなり性能が良いため、良い金になった。
「掃宙艇の売却代とSU艦船3隻の撃破で、以前からあるものと合わせて、かなり潤沢なクレジットが手元にある」
『魚雷が4発手に入りましたから、カミカゼ特攻機を用立てても、生活に困ることはなさそうですね』
「しかし作るにしても、適した機体があるか、どうか」
カミカゼ特攻機を作るのなら、素体となる戦闘機は速度と回避能力が必要不可欠。その2つがなければ、巡宙艦からの銃撃で撃ち落とされてしまうのだから。
「候補を上げるとすると、やっぱり軍用の戦闘機になる。回避優先なら、空母の直営にあたる、要撃機。速度なら、格闘性能が高い、制宙闘機になるか」
『純粋な速力なら、民間のドラッグレース用も候補にできますよ。本当に速度だけなら随一ですし』
「その機体は、曲がれないだろ。真っ直ぐ突っ込むしか脳がないのなら、魚雷でいい」
『じゃあ魚雷の推進機を、ドラッグレース用のものに換装するのはどうです?』
「それは良い案だが――直進するだけじゃ、銃撃でやられてお終いになりそうだな」
ドーソンは一度は否定したものの、捨てるには惜しい案であるとも思っていた。
「艦船の迎撃阻止限界点までドラッグレース魚雷を運べれば、必殺の手段になる。だが、それが難しい」
『≪大顎≫号で回避しながら、その地点まで運ぶという作戦はどうです?』
「それは流石に無茶だ。艦船に近づけば近づくほど、迎撃弾幕は濃くなる。俺の腕と≪大顎≫号の速度でも、全ての銃座からは逃げきれない」
『では魚雷を護衛する直掩機はどうでしょう。銃座からの攻撃を受け止めながら、阻止限界点まで運ぶんです』
「重戦闘機ってことか。だがその使い方だと、使い捨てになる。成功しても失敗しても、一度の戦闘で大量のクレジットが吹っ飛ぶな」
『ドーソンは無趣味で、どうせクレジットがあまり気味なんですし、ここでパーッと使ってしまっても困りませんよ?』
「無趣味は余計だ。今まで、余暇に使う金がなかっただけで、興味の先がないわけじゃない」
『例えば、なんです?』
「それは――そのだな……」
『咄嗟に思いつかないってことは、無趣味ってことですよ?』
やり込められてしまい、ドーソンは誤魔化すために戦闘機のカタログを物理モニター上に呼び出した。
「ともかくだ。直掩機に必要なのは、攻撃を受けながらも魚雷を阻止限界点まで運べる性能だ。装甲は銃撃の2、3発貰っても平気な厚さがあり、推進機は可能な限りの高速を叩き出せて、銃撃をある程度は避けれるぐらいの旋回能力があることだ」
『高望みし過ぎですね。カタログの機体を選ぶより、素体構造を買って肉付けした方が良いと思いますね』
「オーダーメイドにしろってことか。クレジットがもっと飛ぶな」
『海賊の口座のお金なんて、持っていてもアマト皇和国では使えないんですから、使えるときに使いきっちゃった方が良いです』
「それはそうだが、どうにも貧乏性でな。支払いを抑えられるものならと思ってしまうんだ」
ドーソンは孤児院育ちであり、軍幼年学校から士官学校で貰えた給料を孤児院に寄附していたこともあり、貧乏生活が長かった。そのため、お金を節約することには長けているが、大金をポンと使う経験に乏しい。
そういう感性だからこそ、長距離砲撃仕様の海賊船という、敵からの攻撃を受けづらくて船の修理費が掛かりにくい船を、積載量を犠牲にしてでも作るに至ったほど。
そのドーソンの感性からすると、大金を払ってオーダーメイドの戦闘機を作り、それを一度で使い捨てにするということは、とても勿体ないと感じて仕方がないのだ。
『これは必要経費ですよ、ドーソン。でも、巡宙艦を倒さなくていいというのなら、必要のない装備ではありますけどね』
オイネの立場を引いた物言いに、ドーソンは悩む。
海賊仕事以外に使い道のないクレジットを惜しんで、得られそうな任務の成果を捨てていいのかと。
「いや、巡宙艦を倒すことは必須だ。1隻さえ倒せてしまえば、その装備で≪大顎≫号を改造できる。その後なら、もう魚雷も戦闘機も必要なくなる」
ドーソンは自分に言い聞かせるようにして、魚雷を運ぶ直掩機の制作をオイネに命じたのだった。
ドーソンの命令を受けて、オイネは張りきった。
それこそ、ドーソンの海賊口座にあるクレジットのうち、直近の生活に使うもの以外の全てを直掩機の制作に充てるほどだ。
取り寄せた素材から、直掩機を≪チキンボール≫の港湾施設で組み上げること5日で、とうとう完成した。
『渾身の出来ですよ!』
自信満々なオイネの報告を受けて、ドーソンは飲食店区画から戻って≪大顎≫号の外観を見る。
≪大顎≫号の船体の左右には吸着アンカーが装備されているのだが、そのどちらの部分にも『介』の字に似た金属がくっ付いていた。
ドーソンが『なんだあれは』という気持ちで見ていると、オイネが自慢げに語り出す。
『重戦闘機≪アローヘッド≫を素体にしてます。装甲は通常装甲の上に軍艦用の装甲の小片を並べて張った、スケイル構造。これで巡宙艦の銃撃なら10発は確実に耐えられます。装甲で機体が重くなった分、ドラッグレース用の大型推進機を2機、増槽付きで搭載することで、速度強化を実現させています。その推進機の間に、高速強化した魚雷を挟む形で固定し、目標まで運搬します。撃破されずに目標に突撃できたのなら、先端が敵艦の内まで入り込む形で、魚雷の信管を作動させてて爆発。もし目標の前で耐性以上の銃撃を受けても、機体を爆発ボルトで四散させてから、ドラッグレース使用の魚雷を撃ち出し、確実に敵艦に命中させます!』
オイネの早口での説明に、ドーソンは若干引き気味だった。
「えーと、つまりだ。この矢のような戦闘機は、巡宙艦を撃沈するには十分な性能と威力があるってことだな?」
『そういうことです! まあ、実証実験は出来ていないので、スペック上はという但し書きが尽きますけれども』
「スペック上で問題がないのなら、それでいい。もし失敗しても、次に生かせばいいんだしな」
『次って、ドーソンの口座は、ほぼ空ですよ?』
「また稼いで、その稼いだ金で造ればいいさ。≪チキンボール≫で活動している間は、SU艦船を撃破するだけで金が貰えるんだ。獲物を引っ張ってくる必要がないから、積載量が少ない≪大顎≫号向きだ」
有効に働くであろう武器を手に入れて、ドーソンはSUの巡宙艦を倒すため、≪大顎≫号のブリッジの中でオイネと共に獲物の選定に入った。