25話 SU艦船・小隊
ドーソンは≪大顎≫号に戻り、≪チキンボール≫を拠点にした活動をどうするのか、オイネと話し合いを始めた。
「撃破するだけでクレジットが入るのなら、SUの艦船を狙うことを主眼にする方が良い。俺の任務にも合致する行動だからな」
『ですが、≪大顎≫号の強化――より大型の砲を積むことは難しいのでしたよね。なら倒せる艦船は、最大で駆逐艦になりますよ?』
「そこが問題だ。駆逐艦以下を狩ることを目的にするか、巡宙艦をも狙うようにするか。SUへの混乱を手早く増やしたいのなら、巡宙艦を狙う方が効果的ではある」
『しかし≪大顎≫号の装備では、巡宙艦に被害を与えることは難しいのですよね』
「だから装備の更新か、新装備の購入を検討しなきゃならない」
ドーソンの巡宙艦を狙う姿勢に、オイネは呆れ声だ。
『別に駆逐艦以下を倒すことでも、十二分に功績になると思いますよ。アマト皇和国の軍人で、駆逐艦の撃破をしたことがある人なんて、ごく少数なんですから』
「それは、アマト皇和国での宇宙戦は、基本的に居住惑星を滅ぼしかねない隕石だったり、海賊とかの犯罪者たちが相手だからだろ。本格的な功績を上げるようになったのは、SUの艦船が攻め入ってくるようになってからなんだからな」
『だからこそ、ドーソンが駆逐艦で撃破数を伸ばせば、呼び戻されて表彰されること請け合いです。最年少中尉も夢じゃないですよ』
「給料が上がる以外のことで、階級に興味はない。それにだ、巡宙艦を狙う理由は他にある」
『他の理由ですか?』
「巡宙艦を1隻でも仕留められれば、その装備で≪大顎≫号を強化できる。砲の移植が出来れば、巡宙艦を効率的に狩れるようになるし、より上の艦とも戦える」
『撃破した船から強奪して、自分の船を強化する。まさに海賊の所業ですね』
しかし言うは易くも、行うは難い現実がある。
「一通り≪チキンボール≫で買えそうな装備を見てみたが、あまり良いのがないな。巡宙艦を撃破できそうなのは、宇宙魚雷ぐらいなもんだ」
『炸薬の威力は十二分ですが、足が遅すぎます。その足の遅さをカバーするために、軍艦のレーダーに捕捉されないように欺瞞装置を組み込んだ物にすると、とても高額になります』
「金は問題じゃないが、欺瞞装備の有効範囲がダメだな。近づけば近づくほどに敵軍艦に察知されやすくなるっていうのなら、あっても意味がない」
『魚雷の炸薬弾頭だけを買い、高速戦闘機に組み込んだ方が、まだ効果が見込めます』
「カミカゼ特攻機だな。しかし体当たりするまで、生き延びられるかが問題だ」
『軍艦の弾幕は濃いですからね。1機だけでは、易々と撃破されてしまうでえしょう』
「≪大顎≫号の積載量は限られている。戦闘機なら、2機を外付けで運ぶのが限界だ」
『2機で巡宙艦に飛び込んでも、有効とは言えません』
「中々に難しい問題だな」
ドーソンは頭を悩ませて、一先ず巡宙艦を襲う選択を諦めることにした。
「倒せる道筋を思いつくまで、倒せる相手を倒していくことにしよう」
『掃宙艇と駆逐艦を狙うんですね。それなら≪大顎≫号で撃破可能なので、面倒な予想は要りません』
「両方とも魚雷装備な事が多いからな。運よく手に入れば、魚雷の弾頭を買わずに済むという狙いもある」
『では、この宙域にある星腕宙道と星間脇道の情報を買いましょう。ハマノオンナとは違い、≪チキンボール≫では情報屋に頼らなくても正規情報を適正クレジットで売ってくれますので』
「こういうところでも、拠点の特色差があるのか」
オイネに口座を任せて、必要だと思える情報を一通り購入した。
その情報を元に、戦いやすそうな相手を選出する作業に、ドーソンとオイネは入っていった。
ドーソンとオイネが獲物として目を付けたのは、駆逐艦1隻と掃宙艇2隻の小隊だった。
とある星系の中を巡回して、星系の治安を守る、警邏小隊である。
駆逐艦も掃宙艇も、海宙船にとっては侮れない相手である。
駆逐艦は最小とはいえ軍艦であり、数門の砲塔と対船銃座を装備する、立派な戦闘艦だ。
海宙船は、名前が船だけあって、海賊船とあまり大差はない。しかし軍用の魚雷の威力と推進装置の速度は驚異的で、大型船であろうと小型船であろうと、海賊が逃げ切ることは至難な相手だ。
そしてこの2種の艦船の組み合わせは、凶悪な連携を可能している。
駆逐艦が銃撃で海賊の行動を制限し、海宙船が速度で海賊の逃げ場所を封じ、攻撃の機会が訪れれば直ぐに駆逐艦の砲や掃宙船の魚雷を打ち込む。
まるで猟師と猟犬のような役割で、狙った相手を仕留める組み合わせだ。
そんな小隊を、ドーソンとオイネが選んだのには理由がある。
まず≪大顎≫号で倒せるであろう艦船であること。そして数が3隻以下であること。
その条件に当てはめると、どうしても駆逐艦1隻と掃宙艇2隻の小隊が、一番戦い易い相手だった。
「初っ端の2撃で掃宙艇を撃破できなかったら、即逃げるぞ。さあ、もう少しで射程圏内だ」
ドーソンは≪大顎≫号のブリッジで、照準でじっくりと狙いをつけている。
放つ荷電重粒子砲の収束率は最大値。有効射程圏内ならば、当てれば確実に掃宙艇なら撃破できる設定だ。
そうして、SU艦船の小隊が射程に入った瞬間に、ドーソンは操縦桿の引き金を絞り、荷電重粒子砲の長距離射撃を行った。
「再照準、連続発射!」
荷電粒子を放った砲身が冷める前に、さらなる砲撃が放たれた。
最初の一撃は、片方の掃宙艇の胴体を貫通し、腹の中に抱えていた魚雷に命中して大爆発を起こした。
次撃は、もう片方の掃宙艇に向かい、至近で起きた大爆発の衝撃で射線が歪んだものの、確りと命中して装甲を大きく抉り飛ばした。
「砲身の冷却とエネルギー充填開始。あの2隻目、生きていると思うか?」
『胴体部分の10分の1が消失していますから、中破判定といったところですね』
「生きていても、それほどの傷じゃ、高速戦闘はできないな。駆逐艦に専念して問題はなさそうだ」
ドーソンとオイネの分析の最中、敵の駆逐艦が反撃に動き出した。
2度の砲撃で≪大顎≫号の位置を割り出したのだろう、砲塔が旋回して狙いを合わせようと動いている。
このまま留まっていては良い的であると、ドーソンは≪大顎≫号を急発進させる。もちろん最大船側でだ。
「さて、旋回砲塔持ちに、固定砲塔の利点を教えてやるとしようか!」
ドーソンは気炎を吐きながら、操縦桿で自船を操っていく。
駆逐艦の銃座からの射撃が来るが、どの熱線砲も、高速移動をする≪大顎≫号の後ろを通過していく。
予測偏差射撃が上手く行っていない相手を見て、ドーソンの顔には獰猛な笑みが浮かぶ。
「下手くそめ! そら、こっちの照準が合ってしまったぞ!」
操縦桿の操作で≪大顎≫号の側面から横噴射が入り、進行方向へ横滑りするような体勢へ。
まるで操縦ミスのような姿だが、船底に装備されている駆逐艦用の荷電重粒子砲の砲口は、ピッタリと敵駆逐艦へと向いていた。そして既に、エネルギー充填は完了している。
駆逐艦が持つ旋回式の砲塔は、高速で逃げ回っていた≪大顎≫号を捉えられていない。銃座が慌てて弾幕を張るが、狙いが散り過ぎていて、微妙な目くらまし以上の効果はなかった。
≪大顎≫号の荷電重粒子砲が放たれ、砲口から一直線に伸びていく荷電粒子の白い棒は、駆逐艦の左側面を滑り削るように命中した。
ドーソンは当たった場所を見て、舌打ちする。
「チッ、無茶な軌道で狙いがズレたか」
操縦桿を操り、≪大顎≫号に回避行動を取らせる。すると直ぐ後方に、駆逐艦の銃座からの熱線が通り過ぎた。
『あちらの狙いが正確になってきています。あまり長時間戦うことは、推奨できません』
「分かってる。次で仕留める」
ドーソンは≪大顎≫号を推進機の出力任せに振り回し、駆逐艦からの照準から避け続ける。
『敵艦、発砲。衝突コースではありません。銃座の照準も狂い始めていますね。攻撃の機会は、もうすぐ出来ますよ』
「分かっている。こちらの砲の充填率は?」
『既に100%です。しかし砲身に熱があり、推奨使用温度まで10秒を要します』
「連続使用の負荷で冷却効率が下がっているのか」
ドーソンは10秒逃げ続けることを決め、そして10秒後からは攻撃の機会を見つける事を意識する。
逃げに逃げて、10秒。
そして、駆逐艦が明後日の方向へ再射撃したのを見て、ここで攻撃することを決めた。
「いけッ!」
≪大顎≫号が四半旋回し、駆逐艦に照準をピタリと合わせる。そして照準をブレさせないままに、荷電重粒子砲が放たれた。
≪大顎≫号の砲撃は、駆逐艦の胴体を貫く。その直後、青白い光と稲光が駆逐艦を包み、そして消えた。
『ジェネレーターに直撃したようですね。あの駆逐艦の中は、漏れ出たエネルギーの奔流が乗組員を焼き尽くしたはずです』
「エネルギーの奔流に焼かれたんじゃ、使い物にならないな」
『残念ですが、戦利品は諦めた方がいいでしょうね』
「あと残るのは、形が残っている掃宙艇だが」
ドーソンがモニターで確認すると、船体の10分の1を吹き飛ばされているのに、抵抗しようという素振りをしている。壊れた船体が折れないように慎重に船体を旋回させながら、船首を≪大顎≫号に向けようとしている。恐らくは魚雷攻撃を狙っている。
ドーソンは魚雷の射線に入らないよう、≪大顎≫号を移動させつつも、生き残りの掃宙艇へ接近する。
「オイネ。ハッキングできるか?」
『やってみます――うーん流石は軍用ですね。難易度は物資運搬船の比じゃありません』
「ダメそうなら、撃沈させるぞ」
『ちょっと待ってください。もうちょっとで、はい、掴みました! 生命維持装置、人工重力をカット。隔壁は全開放で、空いている穴から空気を勢いよく船外へ出るよう誘導します。さあ、船内を駆け巡る気流の勢いに、何人が残れますかー?』
オイネの言葉通り、≪大顎≫号が砲撃で開けた穴から、SUの軍人らしき人たちが次から次へと放出されていく。宇宙服を着ている人はほんの少数で、大半が気密のない軍服姿だ。
「宇宙空間での溺れ死にか。いやな死に方だ」
『宇宙服の大切さがわかる事案ですね。もっとも、宇宙服を着ていたところで、無事な艦船がないんです。助けが来なかったら、全滅する未来しかありません』
「真っ先に溺れ死ぬか、空気がなくなっての窒息死か。自衛兵装での自殺という手もあるか」
ともあれ、SU艦船3隻の撃破は成し遂げた。
ドーソンは≪大顎≫号のアンカーを射出して、形の残る掃宙艇に固定する。そして推進機の出力で引きずるようにして、運搬を開始する。
「中型快速船の推進機と重巡艦のサブジェネレーターという、出力に余裕がある組み合わせだからできる力技だな」
『跳躍の衝撃で掃宙艇が傷口から真っ二つになるかもしれませんが、そうなったら仕方がないと諦めるしかないですね』
「魚雷があるのは船首側のようだから、そこさえ残ってくれればいい」
ドーソンは≪大顎≫号を、掃宙艇を引きずったまま、跳躍装置を作動させた。
≪チキンボール≫がある宙域に跳躍した後に確認してみると、掃宙艇は欠損部が大きくなっていたものの、未だに全体は繋がったままだった。