24話 海賊衛星≪チキンボール≫
海賊衛星≪チキンボール≫。
その名前のように、表面にある多数の砲塔や銃座の下には、茶褐色色の鉱物が星全体を覆っている丸い天体衛星である。
では中はどうなっているかというと、ドーソンがエアロックを潜った先にある光景を見て、目を瞬かせる。
「ここ、海賊の拠点だよな。廊下からして、ハマノオンナと違うんだが……」
人工重力がかかった廊下は、電灯の明かりに照らされた白い床と壁が真っ直ぐに伸びている。
ハマノオンナにはあった、壁や床の落書きや、酔いつぶれて倒れる海賊の姿は、一つもない。
廊下を歩いていて出くわした海賊も、やはり違っている。
仲間内で仕事の話を朗らかにしていて、顔色も良い。それこそ酒や薬とは縁遠い印象があり、特徴的なペイントがある宇宙服を着崩していなければ、普通の衛星職員かと勘違いしたことだろう。
たまたま出会った海賊がまともそうだっただけかと思いきや、衛星内を移動する電車に乗ると、ほぼそういう海賊しか車両に乗り合わせていない。
「いや、まだ可能性はある」
ドーソンは酒場街に行くことを決め――しかし酒場はなく、飲食店街はあったのでそちらに行ってみることにした。
電車を降りて訪れてみると、海賊が屯している衛星とは思えないほど、広くて綺麗で清潔な飲食店区画があった。
ドーソンが呆然としていると、宇宙服のヘルメットにあるカメラからの映像を見たらしき、オイネが感想を行ってきた。
『入口近くにある店は、SUで有名なジャンクフードのチェーン店ですね。その他の店も、有名どころばかりです。酒の提供は区画の奥にまとめられていて、子供でも安全に使用できる飲食店区画になってますね』
「ここは本当に海賊の拠点なのか?」
見れば見るほど、ごく普通の衛星内建築物で、海賊とは無縁の場所のようである。
しかし利用客の姿を見ると、宇宙服に威圧的な意匠を盛り込んでいたり、体の一部を機械化させていたりと、普通とは縁遠い見た目ばかり。
そんな一種怖い見た目の人たちがだ、銀色の義手でハンバーガーを掴んでいたり、ピザから垂れた赤いソースが意匠が凝った宇宙服についてしまって顔を顰めていたり、首から下が大型の躯体の男が背を丸めて紙パックに入った料理をちまちま食べていたりする。
「映画の悪役俳優が、撮影の合間に飲食店区画に集まったかのようだ」
『言い得て妙ですが、まさしくその通りな光景ですね』
海賊に抱くイメージとはかけ離れた光景の中に、ドーソンは足を踏み入れる。どうせだから何か食べて行こうと思って。
飲食店を見ると、従業員は全て電脳躯体だった。海賊からの注文を的確にこなし、素早く配膳している。この提供スピードがあるからこそ、気が短いはずの海賊たちが余計な苛立ちを抱かずに済むのかもしれない。
ドーソンは普通の飲食店の場所からさらに奥に入り、酒の提供も行っている店がある場所へと入る。
酒が入れば海賊の態度が違ってくるかと思いきや、ここでも海賊たちは節度を守って酒を楽しんでいる。道に転がる酔っ払いの姿など、普通の場所でも当たり前に見られるはずなのに、ここでは一つも見当たらない。
そうなっている理由の一つが、酒のある店の場所に立ち並んでいる、警備ロボットたち。
ロボットは消化栓のような赤い円筒形をしているが、その両脇には大仰な暴徒鎮圧用な装備がくっ付いている。恐らくは、強力なスタンガンや大口径のゴム弾を発射する機構だと思われる。
そのロボットたちが、酔客にカメラを向けて、何かを測定している素振りをしている。
『あれは、人間が吐き出す呼気にあるアルコール分を判別しているんでしょうね』
「ああして見ただけで、どれぐらい酔っているか分かるものか?」
『見てわかるほどに呼気にアルコールが混ざっていると、警告を出すようになっているんだと思います』
ともあれ、監視の目があるため、海賊たちは節度を守って酒を楽しんでいるようだ。
こんな自由を制限するようなロボットたちの存在を、海賊たちは許しているのだろうかと疑いたくなる。
「こういう雰囲気が肌に合わないと思った海賊は、別の海賊拠点に行けばいい。そうやって≪チキンボール≫に残るのは、お行儀の良い海賊ってわけか」
ドーソンは、自分自身はハマノオンナと≪チキンボール≫の、どっちの雰囲気があっていたかを考える。
ハマノオンナの中は、これぞ海賊という光景の宝庫だった。大変に目新しい場所だったものの、違法薬物や暴力などの危険が多くあった。
≪チキンボール≫の中は、それこそ極一般的な居住衛星と変わらない。治安は一定以上を保っていて住みやすそうだが、新たな刺激は欠片もない。
アトラクション的な面白さならハマノオンナで、日常的な会敵さなら≪チキンボール≫と、甲乙がつけがたい。
ドーソンは優劣をつけることを止めると、店と店の間に隠れるように建っている隠他酒場を見つける。
「あそこで≪チキンボール≫の情報を集めてみるか」
酒場は情報が集まる場所という、古典映画のワンシーンを思い出しつつ、ドーソンは酒場の重厚な扉を開けて入っていった。
隠他酒場のカウンターに座ると、ベスト姿のバーテンダーがドーソンを見て微笑みを浮かべた。
「お初のお客様ですね。お酒はどれほど嗜まれますか?」
「正直、あまり飲んだことはない。強くはないから、軽めのを多く飲みたい」
「軽いものですね。では、こちらに私掠免状のカードをお置きください」
カウンターは木目調で、ドーソンに近い場所の一部が四角く色が濃くなっている。その濃い部分に私掠免状カードを置くと、ドーソンの口座にある金額が一瞬浮かび、消えた。
これほど一瞬では、誰でもどれだけの金が入っているかを認識することは難しい。つまり、客がちゃんと金を持っていることがわかれば、それでいい仕組みなのだろう。
「それでは、まず一杯目――ダージリンクーラーです」
ドーソンの前に出されたのは、トールグラスに入った赤茶色のカクテル。天井からのライトを、グラスとその中にある氷が照り返し、カクテルの赤茶の液体に煌めきを与えている。
ドーソンが仮面の口元を開いて、カクテルを一口。
甘い果実的な酸味と、生姜の辛味、炭酸が舌を刺激する。刺激で味蕾が活発になったところに、紅茶の味と軽い渋み、柑橘類のさわやかな味わい。アルコールの感じは極弱い。
海賊衛星という場所の中で生の原料を使えるはずもないので、どれも合成食材のはずだが、合成特有のわざとらしさは感じられない。
「上手いな、酒の作り方が」
「お褒め頂いたのだと、受け取ります」
ドーソンはグラス半分ほどカクテルを飲んだ後、仮面の口元を閉じて、バーテンダーへと顔を向ける。
「この衛星に来た初日なんだ。色々とこの場所について教えて欲しい」
「それは一般的な知識で、構いませんか?」
「ああ。ここの海賊が知っていることを、俺は知りたい」
ドーソンの求めに、バーテンダーは静かな声色で応じる。
「では、簡単に衛星の生い立ちから語っていきましょう」
バーテンダーが言うには、海賊衛星≪チキンボール≫の最初期は、TRが侵攻拠点にするために天然衛星を改造し始めたことだという。
「TRは、SUの社会に不満を持った知識人層が集まってできた組織です。そのためSU支配宙域の只中に孤立する形でも、確りとした拠点さえ作り上げれば、賛同者が現れると思っていた。そして賛同者が集まれば、前線に集まるSU艦船を後ろから叩けるという目算があったようです」
「SUは、この衛星が改造されていくのを、黙って見ていたのか?」
「当時はTRとSUが激しく前線で戦い合っていた時期です。SUの首脳陣も軍務関係も、SU支配宙域の只中にTRが拠点を作るなんてことは盲点だったようです」
しかしここで、TRの誤算があった。
衛星を武装拠点化したまでは良かったが、考えたほどには賛同者が現れなかったのだ。
「ここら辺の宙域に人が入植して、当時で既に150年。人の代替わりは5、6代目となり、搾取下環境しか体験したことのない人たちは、それが当たり前と感じていて、反抗する考えを持っていなかったのです。言うなれば、奴隷根性が骨身にまで染みついてしまっていました」
「賛同者が得られないのなら、的中深くにある拠点を維持する意味はないな」
「改造にかけた資金は膨大です。放棄するのも躊躇われました。そこで、TRは私掠免状を作り、自支配宙域の荒くれ者を集め、この衛星に送り込みました。TRにとって貴重な軍人を衛星から回収する代わりの、衛星の保管要員として」
「その背景からすると、この衛星は海賊の発祥の地ってことか?」
「発祥とまではいかないでしょうが、最古の海賊拠点の一つであることは間違いないかと」
「最も古いというが、どこもかしこも綺麗で、古さなど微塵も感じなかったが?」
「その理由は、先ほど語った中にある、最初期に衛星を改造する任務を言い渡された、TRの軍人です。その軍人は、軍籍を離れたうえで私掠免状を貰い、衛星の初代ボスになりました。その軍人が集まった海賊の手綱を握ったことで、この衛星は海賊拠点でありながら、ある程度の軍人的な規律が保たれました。その規律は、今でも続いています」
「軍人の規律で衛星を運用しているから、各部の掃除は行き届いていると?」
「規律の他の要因としては、無人格電脳を多く活用している点でしょう。この海賊衛星は、少人数でも管理運営できるよう、色々な部分に電脳を組み込んでいます。その電脳の一つに、掃除ロボットを専用で操るものがあると、そんな噂があります」
「掃除用ロボットね。そういえば、この区画の中にもロボットがいたな。あれも電脳か?」
「そうです。あれは、この区画の安全性を向上させる目的のロボットです。元は暴徒鎮圧用で、その払下げ品なのだそうです」
ドーソンは衛星の生い立ちを聞き終えたところで、カクテルの残りを飲み切る。そして新しいカクテルをオーダーした。
「続いては、レッドワインクーラー。層になっているのを混ぜてご賞味ください」
ドーソンは言われた通り、軽く混ぜて一口。人工ワイン特有の渋みとブドウの匂い、そして醸造アルコール。それを人工甘味料のシロップと香料の強いオレンジジュースの味が遅れて包み込んでくる。
ドーソンは少し眉をしかめ、今度はよく混ぜてから一口。先ほど感じた素材の人工臭さはなりを顰め、ワインの渋みとブドウの匂いは残しつつ、アルコール感は減少し、甘味が増したオレンジジュースの爽やかな匂いと味が全体を纏めている。
「混ぜ方一つで違うもんだな」
「軽く混ぜたぐらいのケミカルさが残る味を、好む方もいらっしゃいますよ。体に悪い味がするため、お酒を飲んでいるって気になるのだそうです」
「倒錯的な好みだな」
ドーソンは更に一口飲んだ後で、バーテンダーに新たな状況を求めた。
「ここでの海賊の仕事は、どんなものだ? 商船狙いでいいのか?」
「はい。特定のマークを持っていない船なら、どれを襲っても構わないでしょう。しかしマークのある船を襲った際は、重い罰則が与えられます。軽くて無料奉仕、重くは船の取り上げや銃殺刑です」
「それは怖い。マークのある船は襲わないようにしよう。SUの艦船に喧嘩を売ることは、構わないのか?」
「構わないどころか、推奨しています。撃破した証拠を提示するだけで、クレジットが支払われます」
「撃破だけでか。それはいい。俺の船は積載量がないから、商船を襲うのは割に合わなかったんだ」
カクテルを一口分だけ残して、ドーソンは最後の質問をバーテンダーへ。
「高威力武装は買えるのか?」
「どの程度かによります」
「SUの巡宙艦以上の軍艦を倒せるぐらいのだ」
「……それは難しいでしょう。基本的に軍艦は、同級以上の艦砲でないと倒せない造りだと聞きます。巡宙艦の主砲は、この衛星の防衛強化に使われていて、余剰分はないと思います」
「そうか。仕方ない」
ドーソンはカクテルを飲み干すと、カウンターに置いていた自身の私掠免状を取り上げる。その際に口座の残金が一瞬だけ映ったが、先ほど映ったときより、ほんの少しだけクレジットが減っていた。
「またのお越しを、お待ちしております」
「酒が飲みたくなったら、またくる」
ドーソンは重たい扉を開けて外に出て、アルコールの作用による足元の浮遊感と共に歩き出した。