23話 次の海賊拠点
偽装艦から逃げ切った後、ドーソンは次の海賊拠点へ向けて、宇宙空間を航行していた。
操縦しながら考えることは、ハマノオンナでの自分の活動についてだった。
「偽装艦があの隕石地帯に現れたってことは、≪ヘビィハンマー≫一派から情報が漏れたということ。つまり、偽装艦にやられたって考える方が自然だ」
『≪ヘビィハンマー≫にSU宇宙軍への内通者がいたら、あのタイミングで偽装艦がやってくるのは変ですからね』
「ともあれ、≪ヘビィハンマー≫一派が壊滅しているのなら、俺がハマノオンナでやった海賊仕事の大半は意味を失ったことになる」
『星腕宙道での物資運搬船の奪取の仕方を披露し、その方法を他の海賊が真似して後に続けば、長くSUの経済に混乱が起こせる、って考えだったんですよね』
「途中まで上手く行っていたが、SU宇宙軍の軍艦が出張ってくると、やっぱり海賊の戦力じゃ力不足だった」
『SUの物といっても、軍艦です。海賊にやられてしまうようでは、面目丸つぶれですよ』
「その分かっていたことへの対策を先延ばしにした結果、有用な海賊≪ヘビィハンマー≫が討ち取られてしまった。これは明らかに俺の失策だ」
ドーソンが悔いるが、オイネの感想は違っていた。
『失策とまでは言えないでしょう。ドーソンの任務である、SUの経済に打撃と混乱を与えることには成功しています。いま軍が海賊を撃ち滅ぼしたと表明しても、星腕宙道の安全神話が崩れてしまっています。これからも多くの商船は、より安全を求めて、傭兵を雇ったり宇宙軍の巡回に付いていくはずです。傭兵を雇えば雇用費が運搬する物資に上乗せされますし、宇宙軍の巡回を選べば物流の停滞と軍艦艇に余計な労力を裂かせることになります。これは十二分の成果です!』
事実の列挙ではあるが、どこか慰めようとしている声色があることに、ドーソンは気づく。
「俺が思いつめていないか心配してくれていることは、ありがとう。でも、そういう一定の戦果があることは、俺も分かっているんだ。その上で、もう少し上手くやれたんじゃないかと、その可能性を探っているわけなんだ」
『あっ、そうだったんですね』
オイネは要らない忠告をしたことを恥じる声の後、うーんと考える声を発してから続きを話す。
『ですが、いまドーソンが持つ限られた戦力では、SU軍艦を倒すのは至難ですよ?』
「装甲厚を考えたら、≪大顎≫号の砲じゃ、至近距離で放たないと貫徹出来なさそうだからなぁ……」
『近くに至るまでに、銃座からの銃撃でやられてしまうのがオチですよ?』
「遠距離からでも貫徹できる、もっと強い砲身に換装すれば解決だが、換装していいものかは悩みどころだ」
『アマト皇和国で船を建造した際、いま≪大顎≫号に搭載されている砲身が上限度でしたからね。これ以上の砲を積んだ海賊船は、駆け出しの海賊としては不自然過ぎましたから』
「一応の実績を積んだ今なら、より強い砲に換装してもいいと?」
『特務行動は、当事者の裁量に全て任されています。ドーソンがそうしたいと思うのなら、そうすればいいんです。でも問題がありますよ』
「これ以上の砲身が手に入るかだな」
≪大顎≫号の砲は、駆逐艦用かつ数世代前の型落ち品とはいえ、SU宇宙軍の正式採用品。これ以上となると、現行採用されている砲身か、より大型軍艦のとなる。
そんな砲は、そうそう出回るものじゃない。
「ハマノオンナが売っていた武器のリストに、巡宙艦以上の砲が載っていたか?」
『いいえ、載ってませんでした。闇商人に言えば都合をつけてくれたかもしれませんが、どれほどのお金を支払えば手に入るか、そして品質に問題がないかは未知数ですね』
「一番手っ取り早くて品質の保証もある方法は、SU軍艦を襲って倒して砲塔を奪い取ることなんだろうが」
『倒すために必要な砲を先に手に入れないといけないので、本末転倒ですね』
ドーソンがままならなさに苦悩していると、オイネがある提案をしてきた。
『砲で倒すのではなく、他の方法で倒すのなら、出来ないことはないかもしれません』
「他の方法とは?」
『宇宙戦闘機を用いたカミカゼです。対艦用の爆雷を抱えさせて突っ込ませれば、重巡艦級までは一撃です』
「なるほど、成功するなら良い手だが、迎撃用の銃座を潜り抜けるのは難しいだろ」
『そうですね。そこが一番の問題点ですが、それさえ突破できれば、高い可能性が算出できます』
「確かに、戦闘機と爆雷は、もの自体は手に入りやすい。SU軍艦の銃座さえ対策できれば、撃破の目はあるな」
光明は見えたものの、立ちはだかる高い壁を打ち壊す方法を、ドーソンもオイネも思いつかないまま、次の海賊拠点へ続く宇宙の道を進んでいった。
ドーソンが次の海賊の拠点がある宙域に着いた。
その拠点は、オリオン星腕の中ごろにあった。
かなりSU支配宙域に入り込んでいる場所なのだが、そうとは思えない場所を、海賊は拠点として使っていた。
「大型惑星を周回する衛星一つを乗っ取り、武装拠点化しているなんて、どうやったんだか」
ドーソンが呟いた感想の通り、太陽系にある月の四半分ほどの天体衛星を、海賊が衛星表面に砲台を内側に居住空間を作ってあるという。
もはや海賊の拠点というより、軍の要塞と言った方が適した表現のようにすら思える場所だった。
『SUとTRが激しくぶつかっていた頃に作られたみたいですから、SU宇宙軍の目が戦争に向けられていたときに、こっそりと作り上げたんだと思いますよ』
「いやいや、海賊だけでこれだけの拠点は無理だ。俺が欲しがった巡宙艦以上の砲が、あの衛星表面にびっしりと生えているんだ。どこぞからの支援が絶対に必要だったはずだ」
『数多の砲身を工面するとなると、支援元は大企業でしょうか。それも軍需産業系の』
「企業に損失を与える海賊を、企業が支援しているのか?」
『あり得ないことではないですよ。例えば、援助の見返りに、海賊たちに敵対企業への嫌がらせを行わせることだってできますから』
「もしオイネの予想が正しいとするなら、あの拠点に世話になっている間は、あまり大きな行動は取れなさそうだな」
『海賊にスポンサー企業があるなら、その企業のご機嫌を損なうような真似はできませんからね』
ドーソンは≪大顎≫号を海賊衛星に近づけつつ、仮面を被ってから、通信を送った。
「こちら私掠船≪大顎≫号、船長のドーソン。私掠免状の確認をしてくれ」
すぐに返信がきて、物理モニターにオペレーターが映った。ハマノオンナとは違い、人間の男性だ。
『私掠免状を確認した。ようこそ衛星≪チキンボール≫へ。歓迎するよ、≪大顎≫のドーソン』
お決まりの挨拶をした後で、男性オペレーターがニヤリと笑う。
『お前さんのこと、知ってるぞ。ハマノオンナの管轄で派手に暴れて、大分稼いでいたそうだな。それなのに、どうしてここに来た?』
ドーソンはどう返すかを一瞬だけ考え、口を開く。
「遠くの物事が耳に入るのなら、ハマノオンナが居場所を変えたことも知ってんだろ。愛用していた狩場が遠くなったから、ちょっと河岸を変えてみようって思っただけだ。邪魔だっていうのなら、別の海賊拠点に移動するが?」
『邪魔なんて思っちゃいないさ。ただ、この場所は掟がある。ハマノオンナのところのような、我が侭な行動は出来ないと思ってくれ』
「掟とは、どんなものだ?」
『いまからデータを送る。≪チキンボール≫に滞在する気なら守れ。守る気がないのなら、別の場所に行ってくれ』
ドーソンが受け取ったデータを確認すると、5つの禁止事項が書かれてあった。
1、衛星内でのSUが指定している違法薬物の禁止。
2、衛星内にある全ての管制室への許可なき侵入の禁止。
3、非常事態下における指示への反抗は禁止。
4、訪れる商人に対して武力での脅しを禁止。
5、あるマークが書かれた船への襲撃は禁止。
「この5つを守る気なら、入っていいわけだな?」
『その通り。その禁止事項以外は、全て自由だ。好きにしてくれていいぞ』
「獲物の指定があることは気に入らないが、しばらく世話になる身だ、大人しくしておくとしよう」
『暴れたいっていうのなら、SUの軍艦にならやりたい放題でいいぞ。≪チキンボール≫の有効射線上まで引っ張ってこれたら、衛星砲で撃沈してやってもいい』
「考えておく。とりあえず今は、どこに行ったらいいかの誘導を頼みたいのだが?」
『おっと、失礼。7番の港口から入って、その先の7-24停留所を使ってくれ。停留所内は人工重力はあるが空気はない、宇宙服は必須だ。停留所から衛星内へは、隔壁式のエアロックで入る。注意してくれ』
ドーソンは指示された通りに移動し、停留所に≪大顎≫号を留めた。