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閑話 偽装艦≪ヘルメース≫

 SU宇宙軍所属の偽装重巡艦≪ヘルメース≫は、他の偽装艦2艦と共に星腕宙道を航行していた。その3艦の周りには、護衛の傭兵を模した張り子の宇宙船が、等間隔を保って自動追従している。

 この3艦の目的は、昨今に星腕宙道を騒がせている海賊集団の殲滅である。

 通常なら、海賊集団を殲滅するのに、偽装艦などという特殊な艦を3つと張り子とはいえ宇宙船を30隻も使うことはない。海賊殲滅という利益に対して、費用が掛かり過ぎるからだ。

 しかし今回は、その費用対効果を度外視してまで、SU宇宙軍は部隊編成を行った。

 そう決定せざるを得ないほど、この宙域の星腕宙道の安全性が失墜してしまっているからだった。

 偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は、この現実に嘆息する。


「星腕宙道で物資運搬船を襲う海賊が現れ出したときに対処していれば、こんな無駄金を使う必要はなかったというのに」


 真っ当な意見ではあるが、この艦長の言葉は後だしだからこそできるだけだ。


 星腕宙道で物資運搬船が狙われ、コクーンを2つ奪われるという事件は、当初はあまり重要視されていなかった。被害がたった2つのコクーンであったし、いつかは巡回艦ないしは傭兵が討伐するだろうと、誰もが高を括っていたのだ。

 しかし時間が経つに従って、2個だった被害が10個に増え、10個が100個になり、やがては1隻まるまるの被害になった。

 被害船から脱出した乗組員が助けられると、彼ら彼女らは口々に非難した。

 星腕宙道は宇宙軍が守っているから安全なのではなかったのか。であればどうして船は奪われたのかと。

 被害者の言葉は、多くの人たちから同情を集めた。そして、宇宙軍が怠慢だから海賊が跋扈するのだと、世間から激しい非難が噴出した。

 これが単なる市民運動なら、SU宇宙軍はおざなりな対応で誤魔化しただろう。それがSUの常だった。

 しかし、事はそれで収まらなかった。

 被害にあった物資運搬船が、とある巨大複合企業の所有だったことが大問題に発展した。


「星腕宙道の安定は、オリオン星腕全体の経済の安定に必要不可欠。その安定が損なわれている現状、このまま海賊によって物資運搬船が奪われ続けるようなことがあれば、政府に責任を問うことになるだろう」


 企業代表者の宣言に、SU政府の政治家と高官は震え上がった。

 たかが一企業の言葉に、広大な支配宙域を持つSU政府が恐れるはずがないじゃないかと、知らない人は思うことだろう。

 しかし現状のSU宙域で権力を持つものは、政治家でも高官でもなく、大企業のトップたちである。

 大企業はオリオン星腕の全域に渡って商売を行っているだけあり、その資金力は政府並みもあり、企業が占有している星も多数ある。

 金と支配地を持つ企業がどれほど恐ろしいかというと、対政府集団であるTRトゥルー・ライツの前身が、SU政府と他の企業達に圧力を加えられた大企業だったと示せば想像できることだろう。

 SU政府と宇宙軍は、ようやく重い腰を上げて、星腕宙道の安全確保に乗り出した。

 宇宙軍の艦船の余剰を総動員して警戒に当たらせ、その上で新星腕への進出計画に使うために集めていた艦艇を解散して、それらの艦艇を星腕宙道を通る大企業の船の護衛につけたほどに、対応に力を入れた。

 しかし星腕宙道の治安維持に力を入れた直後から、海賊たちの襲撃が苛烈になった。

 海賊の多くは、宇宙軍がいない商船団を狙って襲撃してきた。その襲撃の大半は傭兵が追い返したが、奪取された輸送船が出たのも事実だった。

 海賊の中には宇宙軍が居てもお構いなしに襲ってくる者もいて、掃宙艇や装甲の薄い古い艦に被害が出た。

 輸送船が奪われたことと、軍艦に被害が出たことで、いよいよ人々の宇宙軍への怒りが抑えきれなくなってきた。

 その時分に、超強力な海賊集団が現れ、物資運搬船が2隻も奪われるという事件が起こった。そしてそれ以降、頻繁に物資運搬船が奪われ続けることが起こり続けた。

 もう人々の怒りは止められなくなった。


「宇宙軍は無能に過ぎる! 軍の舵取りもできない政治家どももだ!」「高い税金を奪っていくのなら、ちゃんと仕事しろ!」「政治や利権の抗争をやるのなら、宇宙の安全を守ってからやってくれ!」


 人々の抗議の声に乗っかる形で、複数の大企業が連名で声明を発表した。


「由々しき事態と政府の失政の連続に、我々は強い懸念を持っている。このまま事態が推移するのならば、我々は与党へ不信任を突きつけなければならなくなる。そしてその不信任が受け入れられない場合、我々は独自歩調を進むことを躊躇わない」


 現政府の刷新を求めつつ、SU経済からの離脱を匂わす声明に、SUの全宙域が驚いた。

 そして誰もが、このままでは第二のTRが生まれるかもしれないという懸念を抱いた。

 その懸念は、SU政府が宇宙軍に採算度外視の作戦を行わせるのに足る恐怖を孕んでいた。

 恐怖で狂奔したSU政府によって、偽装艦の3艦編成という、絶対に海賊を罠にかけてやるという布陣が出来上がったわけだった。



 この政府の選択は、今回ばかりは上手く事が運んだ。3艦の偽装艦に、海賊集団が攻めてきたのだ。

 偽装重巡艦≪ヘルメース≫のブリッジで、観測手が叫ぶ。


「左前方に確認していた船団より、砲撃を感知! 実体弾です!」


 報告直後に、艦が被弾によって揺れた。しかしその揺れは小さく、大した被害がないことを伺わせた。

 それでも艦長は、攻撃を受けたときのマニュアルに従った命令を出した。


「ダメージチェック! 張り子の船を襲撃者の予想位置の方面へ集結させろ! それとあの船団を海賊と認定する!」

「ダメージチェック、第1次装甲健在、被害ゼロ!」

「無人船、移動させます。海賊船団へ牽制射を開始!」


 無人船が貧弱な武装を放ち始める。数多くの熱線砲が放たれたが、海賊船団がいる場所までは距離があるため、途中むなしく宇宙の闇の中へと消えていく。

 艦長は光景を見やりながら、更なる命令を発した。


「ここまでの戦い方は、例の海賊と同じだ。本物だったら、海賊船が転移して突っ込んでくるぞ! 迎撃準備!」

「迎撃準備。偽装装甲板、移動準備。砲塔および銃座へのエネルギー供給を最大へ」 

「海賊船、転移してきました。当艦の右後方、数は10。更に転移感知。2番艦の左方に20! 無人船が次々と撃破されていっています!」

「海賊船、発砲してきます。偽装装甲に爆発感知。徹甲榴弾砲を使用してきています!」

「慌てるな。全艦に通達! 偽装を解除し、海賊船を殲滅する! 砲塔は海賊の大型船を、銃座は中型以下の船を狙え! 照準が合い次第、各自、自由射撃!」


 艦長の命令で3隻の偽装艦が武装を開放していく。

 物資運搬船の見た目から、砲と銃座が突き出す姿への変身に、海賊たちは面食らったようで行動が疎かになる。

 動きが鈍った海賊船に、偽装艦の照準が合う。合った瞬間、砲撃と射撃が始まった。


「全艦、艦砲第一射。大型海賊船3隻、大破確認。銃座射撃で、中型海賊船2隻、中破――追撃で撃沈です」

「手を緩めるな。ここで全滅させる。本拠地の情報は、生き残りがいたら聞く程度でいい」

「了解――いえ、2番艦が射出アンカーで海賊船を一隻拿捕したようです。捕まえた船に、陸戦隊出撃。各部の制圧を開始とのことです」

「よしっ。なら他の海賊船を残す意味はなくなった。全力射撃で撃ち滅ぼせ!」


 偽装艦の砲塔と銃座からの攻撃で、海賊船が1隻また1隻と落ちていく。

 海賊たちも罠だと気づいて逃げだそうとしているが、上手く行ってはいないように見える。生き残りの多くが集まる集団と、少数集まる集団とで別れてしまっている。


「一まとめに集まってくれれば、掃除しやすいというのに。大集団の方へ攻撃を集中。小集団には銃座のあまりで牽制射だ。どちらも逃がすなよ」

「海賊の大集団へ、全艦、艦砲斉射。撃破多数」

「大集団、逃走を中止し、こちらへと突っ込んできます。抑止射撃、開始します」

「小集団、逃走継続。大型船一隻を盾にして、銃座の射撃を防御しています」

「大集団への攻撃は継続しろ。小集団へ、砲塔を一つ向け、艦砲射撃を行い、大型船を取り除け」


 艦長の命令は即座に実行され、海賊の大集団に甚大な被害を与え、小集団の大型船を爆散させた。

 大集団は残りが少なくなり、組織的な動きができなくなったようで、バラバラに逃げようとする。しかし、偽装艦からの的確な射撃で、一つ一つ落されていく。

 小集団の方は、大型艦の爆発に乗じて、空間跳躍を果たして逃げたようだった。


「チッ。少し逃げられたか。2番艦に連絡を繋げ。海賊の本拠地がどこにあるか、調べさせろ」

「命令、送りました。海賊への尋問と、船にあるデータを調べるとの返信です」


 この宙域に残っている海賊船を掃討し終えたところで、2番艦から海賊の本拠地のデータが送られてきた。


「この座標は、隕石地帯の中か。こんなところに隠れていたとはな。よし、この場所へ跳躍し、残りの海賊も片付ける!」

「艦長。2番艦と3番艦は、すぐに跳躍できません。跳躍分のエネルギーも武装に回していたので、充填に時間がかかります」

「あの2艦は、退役間近のロートル巡宙艦を改造したもので、各種装置が古いのだったか。それでは仕方がない。当艦だけで、先に海賊の本拠地へ向かう。急がなければ、逃げられてしまう」

「了解です。2番3番艦へ命令通達。後から追うとの返信です」

「よーし。重巡艦≪ヘルメース≫、跳躍準備。目的地は、海賊から聞き出した本拠地だ!」


 意気込み勇んで、偽装重巡艦≪ヘルメース≫は単艦で、隕石地帯の中にあるという海賊の本拠地へと転移した。

 しかし艦長の目論見とは裏腹に、そこに拠点らしい物を見ることはできなかった。多数の海賊船があることを考えると、拠点へ向かうための中継地点だと思われた。


「データに本拠地の場所を残したままでいるほど、海賊共も馬鹿ではないということか」

「宙域にある海賊船、逃走を開始。隕石に紛れて逃げ切ろうとしています」

「捕まえて本拠地の場所を吐かせたかったが、捕まえきれなさそうだな。仕方がない、この場にいる海賊たちを撃滅する。砲塔および銃座、全力稼働!」

「海賊船への照準、完了。射撃実行します」


 偽装重巡艦≪ヘルメース≫の攻撃により、海賊船が再びバタバタと落ちていく。

 何度か、隕石爆弾が来たり肝が据わった海賊からの攻撃があったが、重巡艦の装甲は貫けなかった。


「推進装置を狙って荷電重粒子砲を撃ってきたヤツが、一番ヒヤッとさせられたが、問題はないのだったな?」

「第一装甲は脱落しましたが、第二装甲は健在で、被害は軽微。帰投後に整備確認は必須ですが、戦闘行動に問題はありません」

「それならよし。海賊の撃破状況は?」

「周囲に隕石が多数漂っているため、撃破率は高くありません。60%ほどです」

「4割に逃げられたってことか。海賊に一泡吹かせたこと間違いないだろうが、大戦果とは言い難いのが難点だな」


 偽装重巡艦≪ヘルメース≫の任務は、海賊を排除して星腕宙道に平和を取り戻すこと。

 昨今の話題になっていた物資運搬船を狙う強力な海賊集団については、偽装艦3艦の攻撃で撃滅できた。少数の生き残りが転移して逃げたが、あれだけの被害を受ければ、二度と星腕宙道で活動しようとは思わなくなるはずだ。

 しかし、海賊の本拠地を叩けなかったことと、この隕石地帯に屯していた海賊の4割を逃がしてしまったことは、手放しに喜べない事態でもある。


「多くの海賊を倒したことよりも、本拠地を叩けなかったことを吊るし上げられるだろうな……」


 偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は、一縷の望みをかけて、撃破した海賊船からデータをサルベージしようと試みた。

 しかし、重巡艦の砲撃と射撃は海賊船には威力が高過ぎたようで、ほぼ全てのデータが焼失してしまっていた。

 それなら追跡装置で情報が取れないかと頑張ってみたが、宙域に漂う隕石に含まれる物質が装置に干渉してくるようで、上手く情報を引き出せない。

 結果、多くの海賊を倒しただけという戦果で、≪ヘルメース≫は満足するしかなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうか、SUの統治形態は独裁制でもなければ中央集権制でもなく、企業連合・・・いわゆる暗黒メガコーポだったのか(暗黒はいらない) [気になる点] 偽装巡洋艦「ヘルメース」、「大顎」号のライバ…
[一言] >新星腕への進出計画に使うために集めていた艦艇を解散 単独でこれは勲章ものの働きだと思うんですけど、それに加えて分離独立機運を煽って国家運営の危機までおこしてしまいましたか。 絶対に表に出せ…
[良い点] 駆逐艦級の主砲ではまあ重巡の装甲貫徹は無理よね。この時空にあるのか知らんけど魚雷が欲しくなりそう
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