21話 嫌な予感
≪大顎≫号と≪ヘビィハンマー≫一派が勢ぞろいしての海賊仕事は、あと一度で終わりとなると決定された。
仕事が終われば≪大顎≫号は別の海賊母艦へと移動する。≪ヘビィハンマー≫は若手の仲間だけを引き連れた上で、新たな仲間を集めて星間脇道に活動場所を戻す。
そして他の≪ヘビィハンマー≫一派の船たちは、あのネズミ顔男の下に集って星腕宙道での襲撃を続けることが決まった。
そうした未来の展望があるため、最後の仕事の仕切りは、ネズミ顔男の船が旗艦となって行うこととなった。
『おい≪大顎≫! 最後の最後に、ヘマすんじゃねえぞ!』
海賊一派の親分風を吹かしてくる、ネズミ顔男。
ドーソンは仮面の奥にある目で、物理モニターの中にあるその顔を見下した。
「俺はお前の手下じゃない。口の叩き方に気を付けろ」
『んだと、テメエ! オレっち様の命令が聞けねえってのか!』
「事前に立てた作戦には従ってやる。だが命令に従う気はない。従う理由もない」
『テメエの船の周りを、オレっち様の手下が囲っているってのに、いい度胸だ!』
ネズミ顔男の激昂するが、ドーソンは冷ややかな反応を続ける。
「こちらに武器を向けたら、問答無用で撃沈する。撃沈される覚悟を持ってから、啖呵を切るんだな」
『そっちこそ、ハッタリを言うのなら、もっと考えて口にするこったな! ≪大顎≫の砲撃は確かに強力だが、単発式だ。こっちは襲撃で得た金で戦力を増やしに増やして、いまや30隻の大所帯! どっちが勝つか、子供でもわかるってもんだ!』
数を頼みにする言葉に対して、ドーソンの返答は冷笑だった。
「たった30隻で倒せると思っているのなら、お目出度い。戦い方を教えてやるから、かかってこい」
『んだとお! 前々から気に入らねえと思っていたが、今日はとびっきりだ!』
一色触発の雰囲気が流れるが、白熱しているのはネズミ顔男だけ。彼の手下となる海賊船の反応は、とても鈍い。
恐らく、海賊仕事の直前で仲間割れしている場合じゃないだろうという気持ちがあるうえに、≪大顎≫号と敵対するなど損をするだけだという意識が強いからだろう。
そうして同調者がいないままなネズミ顔男に、≪ヘビィハンマー≫船長が通信を入れてきた。
『口喧嘩はそこまでにしておけ! 最後の最後にケチがついてはつまらんだろう!』
気炎を伴う叱責に、ネズミ顔男の表情が卑屈になる。
『へへっ、すいませんね、オヤビン。どうも≪大顎≫の野郎が小生意気でしてね』
一方でドーソンは、冷たい態度を崩さない。
「俺は俺の仕事をやる。その他のことで文句をつけられる云われはない」
『んだと≪大顎≫! オヤビンが折角とりなしてくれているってのに!』
「何度も言うが、俺は≪ヘビィハンマー≫一派の仲間でも手下でもなく、同業の海賊だ。指図に従うか否かは、俺が決める」
ドーソンの態度が変わらないことに、≪ヘビィハンマー≫船長が折れた。
『≪大顎≫よ。そこまでにしてくれ。仕事をしてくれりゃいい。それ以上は望まん』
「それでいい。時間まで、通信は切ったままにする。またぞろ変な難癖をつけられてはたまらない」
『変な難癖だ――』
ドーソンは通信を切ると、顔から仮面を取った。その顔には苛立ちがある。
『ドーソン、どうしたんです? 今日はなにやら、カリカリしてますけど?』
オイネの心配そうな言葉に、ドーソンは深呼吸を一度行ってから返答する。
「ふー。なんだか、嫌な予感がしているんだ。正直、共同仕事じゃなかったら、今日はハマノオンナに帰って一日休みを取りたいぐらいだ」
『ドーソンらしくなく弱気ですね。体調が悪いんじゃないですか?』
「ヘルスチェックを走らせてみたが、体は健康体そのものだ。むしろ健康体だからこそ、この嫌な予感に苛立って仕方がないんだ」
『人工知能だから予感という感覚は分かりませんが、ドーソンが懸念しそうな要因は発見できませんよ。ネズミ顔男の作戦も順当ですし、SU艦船の運行状況も把握してあり、獲物である商船団の船種と傭兵の数も判明しています』
「作戦成功しないはずがないっていうのは、俺だって同じ意見だ。だが、なにかを見落としているような、嫌な感じが拭えないのさ」
ドーソン自身、自分の予感を持て余していた。
しかし予感だけであっても証拠がなければ、今回の仕事の中止を呼びかけることは難しい。
それが分かっているからこそ、ドーソンはままならない状況に陥っていることを自覚して、その状況に対して苛立ちを覚えているのだ。
そして往々にして、予感に従っていれば良かったと思うのが、人の世の常というものである。
ドーソンと≪ヘビィハンマー≫一派が狙う商船団は、超大型物資運搬船が3隻に、それを守る傭兵船が20隻の集まりだ。
事前情報ではそうなっていたし、≪大顎≫号の超長距離射撃用の照準装置で捉えた像からもそう見える。
しかし獲物の姿を見たことで、ドーソンの嫌な予感がさらに膨れ上がった。
「なんだ。俺は何から嫌な予感を感じているんだ」
ドーソンは自分自身に問いかけながら、じっくりと商船団の姿を観察する。
観察と思考を続け、やがてドーソンは商船団に違和感があるのだと悟った。
物資運搬船が3隻だけで、他の商船がいないことに違和感を覚えているのか。否、物資運搬船だけの商船団がいないわけではない。
傭兵船に脅威を覚えているのか。否、どの船の装備も標準的だし、20隻の傭兵なら取るに足りない相手だ。
それ以外に何の要因があるのかと見続けて、ようやく商船団の隊列と物資運搬船に違和感があると理解した。
「隊列が整い過ぎている。それとあの運搬船の形、今まで見たことがないような……」
ドーソンが気づいた、商船団の隊列。
物資運搬船3隻が安全距離を保った状態で縦列に並び、その周りを等間隔に20隻の傭兵が護衛している。
一見すると何の不思議もない隊列ではあるが、その隊列に乱れが無いことが驚くべきことだった。
宇宙船は、ジェネレーター出力と推進装置で、出る速度が決まる。そのため微速で前進を行っても、船ごとに出す速度はバラバラだ。
もちろん速度計は宇宙船にも装備されているが、その単位は惑星間や恒星間を基準に設定されているため、同じ速度をだしているつもりでも大小の差がでてくる。
地上で例えると、操縦者が車を時速50km/hで走行させている場合、それが時速50km/hピッタリにはならないものだ。人間がやることなので、前後1km/hで増減するだろうし、そもそもメートル以下の数値は速度計に反映されていない。そのため速度計で50km/hだと見ながら前後に並んで走っていても、時間が長く経つに従って二つの車が近づいたり離れたりすることが起こり得る。
量産品の車でもこうなるのだから、改造を施す傭兵船だと、より速度の統一が難しいことは分かるだろう。
つまるところ普通の傭兵船なら、商船団の周りを護衛するとき、他の船に近づいたり離れたりを繰り返し、隊列が等間隔であることは少ない。
しかし、いまモニターに映る商船団の傭兵船たちは、まるでピン止めされているかのように、互いに一定距離を保ったまま宇宙空間を進んでいる。
これはあり得ないことだと、ドーソンの目には映った。
「これほど等間隔を維持し続けているとなると。凄腕の傭兵ばかりなのか、システム的な仕組みがあるのか」
『人工知能が操縦しているって可能性もありかもしれませんよ。人工知能が載っているアマト皇和国の船なら、あのぐらいの隊列の維持は簡単な仕事です』
「SUでは人工知能は禁止なんだろ。傭兵が持っているはずがない」
『人工知能でないのなら、電脳ではどうでしょう。等間隔で行動しろと命令すればできるぐらいの知能はありますよ』
「電脳が操船しているってことになると、あれは無人機ってことか。しかし電脳じゃ、戦闘のような複雑な行動は難しいはずだ」
『そうですね。単純な命令ならできますけど、状況を察して臨機応変に動くことは難しいですね』
「ともあれ、凄腕傭兵であろうと、システム的な仕組みがあろうと、電脳無人機であろうと、今までの相手とは違うことは確定した」
そしてドーソンが違和感を抱いているのは、物資運搬船にもだ。
「オイネ。あの物資運搬船、改造されていないか?」
『そう言われて精査してみると、確かに改造されていますね。パッと見でもわかりやすい部分は、推進装置でしょうか』
オイネが比較画像を出すと、確かに推進装置が大型化していた。
「あの物資運搬船は超大型だ。換装できる推進装置に、あまり種類はないと思うが?」
『見た目の形から種類を特定しますが――ダメですね。外見も改造されていて、運搬船に標準装備される推進装置に見た目が誤魔化されています』
推進装置は大型化しているのに、見た目は普通のものだと偽装している。
この一点だけで、ドーソンは嫌な予感が止まらなくなった。
「おい、まさか。あれはSU宇宙軍の偽装艦隊じゃないだろうな。物資運搬船の大きさの艦艇となると、巡宙艦以上の艦種なのが確定だぞ」
『ドーソンもそう懸念します?』
「懸念するも何も、いま判明している材料で考えると、一番可能性が高いだろ」
偽装艦隊――商船団に見た目を偽装することで、襲ってきた海賊を逆襲して仕留める、囮艦隊のこと。
見た目を偽装しているため、真っ当に作られた艦よりも打撃力は劣りがちだが、海賊を掃討するには十二分な火力を秘めている。
それこそ海賊の中ではかなりの高火力である≪大顎≫号の駆逐艦用の荷電重粒子砲ですら、囮艦隊では最低級の砲塔でしかないと知れば、どれほどの攻撃力を持つか想像できるだろう。
もしあの商船団が偽装艦隊だとしたら、突っついただけで負け確だ。
ドーソンは忠告するべきだと考えて、仮面をかぶってから、ネズミ顔男に通信を準備し、その手を途中で止める。ネズミ顔男に話が通じるとは思えないので、通信相手を≪ヘビィハンマー≫船長に変えて繋げた。
「ちょっといいか。あの商船団が偽装艦隊の可能性がある。今日の仕事は止めた方が良い」
ドーソンの提案を、≪ヘビィハンマー≫船長は苦悶の顔で拒否した。
『可能性だけなら、仕事は止められん。それに今日の仕切りは、他に任せている』
「それを分かったうえで、俺があんたに通信を繋げているんだ。理由はわかるだろ」
『警告を飛ばすことはしても良いが、説得まではできん。証拠もないのだからな』
「ああ、警告だけでいい。報せてやってくれ」
ドーソンが頼み込み、≪ヘビィハンマー≫船長が警告文をネズミ顔男に送ってもらった。だが返信は芳しくないものだった。
『≪大顎≫宛てに返信だ。『そんなにこの仕事がしたくないのなら、もう帰っていい』ってことだ。どうする?』
ドーソンは返答を少しだけ迷った。
ここで逃げて名を貶めることを危惧したわけじゃない。
もし偽装艦隊に勝てれば、商船団を襲うよりも大きな経済的な混乱を、SUに巻き起こすことができる。なにせ軍の艦隊が海賊に敗けた場合、SU宇宙軍の武力的な信用は失墜し、力を背景にした抑えつけの効力は減じざるを得なくなる。そんな事態になれば、TRに続く第二の反抗組織が生まれることもあり得る。
そんな特大戦果に繋がる機会が目の前にあれば、ドーソンとしてみれば可能性を探らざるを得ない。
しかしどれだけ考えても、≪ヘビィハンマー≫一派と共闘しても、偽装艦隊に勝つ目が一つもないと判断するしかなかった。
「……チッ。付き合いきれない。帰っていいっていうのなら、帰らせてもらう」
『そうだな。そうしろ』
≪ヘビィハンマー≫船長は通信を切るスイッチに手を伸ばしながら、切る寸前に言葉を残した。
『ハマノオンナに報せてくれ。≪ヘビィハンマー≫が偽装艦隊に手を出したかもしれないと』
一方的に告げて、通信は切れた。
ドーソンは溜息をつくと、≪大顎≫号の行き先をハマノオンナに決定した。
『あの人の言う事を聞き入れるんですか?』
「≪ヘビィハンマー≫の最後の頼みかもしれないんだ。叶えてやるのが人情ってもんだろ」
ドーソンはこれであの商船団が偽装艦隊でなかったのなら、ネズミ顔男が≪大顎≫号を盛大にこき下ろすだろうなと思いつつ、≪大顎≫号単独で宙域より離脱した。