20話 次への展望
≪大顎≫号と≪ヘビィハンマー≫一派の共同作業は続き、とうとう先ほどの海賊働きで物資運搬船の奪取数が合計で10隻となった。
≪大顎≫号は変わらないが、≪ヘビィハンマー≫一派の船の種類と武装は変わった。
ドーソンが参加する前は、大型未満の輸送船と傭兵の武装船が相手だったこともあり、ほぼ全てが中近距離での戦いに適合する船と武装だった。
しかし星腕宙道で超大型の物資運搬船を狙うようになり、一撃で運搬船の足を止めることが出来ない武装の貧弱さが目立つようになった。
そこで≪ヘビィハンマー≫一派は、所属する船の一部を改修し、SUの掃宙艇の武装を取り付けた。速射鉄鋼榴弾砲と対大型艦用の宇宙魚雷をだ。
速射鉄鋼榴弾砲とは、命中時に爆発する弾を撃ち出す実弾砲で、射程はさほど長くはないものの、当たれば軍の巡宙艦でも撃破できる威力をもつ。
宇宙魚雷の方は、宇宙を推進機で進むミサイルに、電子的な欺瞞装置を取り付けたものを指す。その威力はとても大きく、当たり所がよければ戦艦すら沈めるほど。欺瞞装置があるため発見も難しく、魚雷が放たれたと知った敵艦は周囲に弾幕を張ってまぐれ当たりを願うとされている。
そんな大威力の武装を備えたことで、≪ヘビィハンマー≫一派はより確実に商船団を襲えるようになり、連戦連勝を果たしている。
あまりに勝ち続きなものだから、≪ヘビィハンマー≫が仕事に出ると必ず大物を連れて戻ってくる、なんて噂がハマノオンナに流れる始末。
海賊と取り引きする闇商人なんかは、≪ヘビィハンマー≫の出発と帰還の際には、御用商人よろしくお見送りとお出迎えまでしてくる。
今回も物資運搬船を2隻連れて戻ってくると、物資運搬船を1隻まるごと買い取りたいと申し出る闇商人が、≪ヘビィハンマー≫に接触してきた。
『丸ごと一括で支払いますので、どうかお願いしたく』
低姿勢の闇商人の対応は、ネズミ顔男の役目だ。
『中々に良い値付けだがよお、ハマノオンナに売ってオークションにかけたほうが、もっと金が入りそうでなあ』
『それは確かにあり得ることでしょうけれども、この値段よりも下にくるという可能性もないわけではないかと』
『確定した良い値で売るか、勝つか負けるかのオークションに出すか、これは考えどころだなあ……』
ネズミ顔男が交渉を引き延ばそうとしていると、≪ヘビィハンマー≫船長が交渉を打ち切る言葉を放つ。
『面倒だ。欲しいと言うのだから、商人に売ってやれ』
『ええー! オヤビン、そりゃないですぜ!』
『流石は一派を束ねる船長! 話が速くて助かります!』
破顔する闇商人だったが、≪ヘビィハンマー≫船長に画面越しに睨まれていると知って、少し怯えた表情になる。
闇商人が怯んだと見てか、≪ヘビィハンマー≫船長が重々しい声を出す。
『俺らを虚仮にしやがったら、テメエがどこの誰に繋がってようと、必ず報復する。そのことを忘れんじゃねえぞ、分かってんな?』
『い、いやですねえ。海賊たちと取り引きしていて、そのことを理解していない商人などいませんとも』
『物の価値を知らねえ馬鹿海賊を手玉にとった、なんて風潮しやがったら、その首が物理的に消し飛ぶと分かっていて、そう言ってんだよな、オイ?』
≪ヘビィハンマー≫船長の言葉に、闇商人の表情が一瞬だけ固まった。恐らくは、注意されたような言葉を口にした経験があったためだろう。
闇商人は固まった表情を無理気味に動かして、通常の笑顔を保った。
『それはもう分かっておりますとも。この取り引きは≪ヘビィハンマー≫の方々にとって、悪いものではありません。それはこの商人としての魂にかけて、保証いたします』
『……分かった。そこまで言うなら信じてやろう。お前が騙していたと分かる日が待ち遠しい気分だ』
『ははっ、嫌ですねえ。騙したりなんてしませんとも、ええ』
闇商人は少しだけ顔色が悪くなりながらも、≪ヘビィハンマー≫との交渉を終えた。
この一連のやり取りを、ドーソンは≪大顎≫号の物理モニターで見ていて、オイネに声をかける。
「商人の提示額が適正価格だと思うか?」
『適正とは言い切れませんが、悪い方に逸脱しているとも言い切れない、絶妙な額ですね。コクーンの中身が上振れれば大儲けですし、中身が下に振れれば損をしますから』
ドーソンはそんなものかと納得した後で、ここ最近抱いていた気持ちが固まった。
「ハマノオンナのいる宙域は、≪ヘビィハンマー≫の連中に任せて、俺は別の海賊拠点のある宙域へ行くべきだな」
『どうしたんですか、いきなり?』
オイネの疑問声に、ドーソンは背もたれに体重を預けながら返答する。
「≪ヘビィハンマー≫一派は、物資運搬船の狩り方を確立した。後は俺がいなくても大丈夫だし、連中に任せれば、この宙域の星腕宙道の混乱は長く続くはずだ」
『ドーソンは、ここでの役割は終わったという判断したわけですか?』
「SUの星腕宙道は長い。ハマノオンナと所属する海賊が影響する領域は、SUの支配地の一割未満。もっと大きな経済的な混乱を引き起こすのなら、別の宇宙母艦がある宙域で活動するべきだろ?」
『その通りですね。ここでの勇名を持って行けば、移籍先でも優遇してくれるはずです。今すぐに向かいますか?』
「まあ、最後に≪ヘビィハンマー≫と一仕事やってから、次に移るとするか。海賊口座は私掠免状に紐づいているから、TRと海賊の勢力下では使える。金があって困ることはないだろうしな」
『総計を出してみると、かなり稼ぎましたね。それこそ壊れた軍艦ぐらいなら、入手と修復が出来そうなぐらいです』
「そんだけ大きな船なんて持て余すだろ。俺の任務上、海賊の仲間や手下を長く抱えるわけにはいかないしな」
ここでの決断を、ドーソンは≪ヘビィハンマー≫船長に、宴の席で伝えた。表向きには≪ヘビィハンマー≫に≪大顎≫号の力はもう必要ないはずだと、建前を立てて。
ドーソンの語った理由に対し、≪ヘビィハンマー≫船長は少しだけ眉を寄せた。
「手下連中から、もう≪大顎≫の力は必要ねえって意見が出ていることは出ている。余所者に与えるよりも、身内への分け前を増やせともな」
「それは正しい意見だ。こっちも大分稼がせて貰ったからな。その金を手に、新天地で頑張るさ」
ドーソンは気にするなと告げつつも、≪ヘビィハンマー≫船長の周りを見る。
宴に≪ヘビィハンマー≫一派の手下の姿はある。だがいない姿もいる。ネズミ顔男を始めとする、各船の船長級の人員の姿がないのだ。
ドーソンが不思議に思っていると、≪ヘビィハンマー≫船長が理由を語った。
「連中は、港の酒場に行ってんだよ。今頃は、稼いだ金をばら撒いて、良い女と良い酒に溺れてる頃だろうよ」
「苦々しい口調だが、別に悪い事ではないだろう」
「確かに悪い事ではない。あの店を利用するようになった海賊が、遅かれ早かれ破滅するという光景が繰り返されていなければな」
ドーソンはここでようやく、≪ヘビィハンマー≫船長が酒場街なんていう底辺海賊のたまり場を利用しているのかを理解した。数多の海賊が身を持ち崩してきた、高級店の利用を嫌ったためだ。
この判断は正しいだろう。海賊になった連中など、育ちと頭脳のよろしくない輩であることは間違いない。海千山千の商売女の手練手管を持ってすれば、身の丈以上に金を吐きださせることは難しくない。
稼げる以上の金を散財し続ける日々を送っていけば、その海賊が待つ未来は、酒場街の小道にいる慣れの果てしかない。
「連中に注意を言わないのか?」
「必要ない。次への準備を整えていたのは、なにも≪大顎≫だけではないということだ」
「……切り捨てるのか?」
「いや、一派を分かつ。物資運搬船を襲うのは任せ、こっちは元の仕事――星間脇道での海賊仕事に戻る」
意外な宣言に、ドーソンの眉が上がる。
「上手く行っているのに、どうしてだ?」
「上手く行っているからこそだ。十二分に資金は溜まっている。新米共を集めて組織し、星間脇道で働き始めるには、良い時期だ」
「そうか。≪ヘビィハンマー≫、お前が海賊する目的は、金を稼いで享楽に耽ることではなく、集めた仲間と共に仕事をすることなんだな」
「その通り。この酒場街で宴を開き、儲けた損したと語り合うことが生きがいだ」
「そう分かっているのに、どうして俺に声をかけ、物資運搬船を襲う計画を立てた。これが一派を割る選択だと、お前なら分からないわけじゃなかっただろ?」
「分かっていたさ。しかし他にやりようがなかった。オレが主導しているように見せて、手下に物資運搬船を襲う味を覚えさせるしかな」
意味の分からない理由に、ドーソンは首を傾げる。
「なぜ、そんな手間をわざわざかけた?」
「手下の中には、上昇志向が強いヤツだっている。その連中は現状維持を良しとせず、不満を持たせ続けると爆発する可能性もあった。しかし星間脇道での狩りの成果は頭打ちの状態だ。件の部下を満足させる、別の道を模索する必要があった」
「上昇志向を満足させてやるための筋道をつけてやったってことか」
「星腕宙道で大物狩り。海賊仕事の中で、これ以上の仕事はない。良い送り出し先だと自負している」
≪ヘビィハンマー≫船長の語った理由に、ドーソンは仮面の中で困り顔になっていた。
今後も≪ヘビィハンマー≫を筆頭とした一派が星腕宙道を荒らしてくれると期待していたところに、一派が分派すると聞かされれば、こんな顔にもなる。
しかし考えようによっては、有力な海賊が星腕宙道と星間脇道の両方で活動するということ。経済混乱を起こす目的に合致する、良い状態とも言える。
そもそもドーソンが≪ヘビィハンマー≫の選択に口を出す理由がない。≪大顎≫号は外様で、≪ヘビィハンマー≫の手下の一人ではないのだから。