18話 物資運搬船団 襲撃作戦
≪ヘビィハンマー≫との宴を行った翌日。
ドーソンは≪大顎≫号1隻で、星腕宙道にやってきた。
今回は商船やSU艦船に被害を出すためではなく、運行状況を見るための偵察だ。
「あのジジイから買った情報に間違いはない。惜しむらくは、SU宇宙軍の艦船の情報に乏しい点があることだな」
『ドーソンが暴れ回ったせいで経済に混乱が起きたことで、SUの行政府が色々な方策を立てることになり、その中に宇宙軍に情報統制の徹底を行わせたようですよ』
「政府が軍に釘を刺したってことか。そういう知った後だと、その割に情報が漏れているように感じるが?」
『人の口に戸は立てられないと言います。それに海賊の協力者が、SU宇宙軍に居ないとも限りませんし』
「海賊の協力者が入り込んでいるっていうのか?」
『あくまで予測ではです。そうじゃなきゃ、ハマノオンナのメインサーバーに、商船だけでなくSU艦船の運行情報が入ってくる理由に説明が尽きませんから』
「それにしても、海賊に協力して、その協力者に何の得があるのやら」
『SUでは、アマト皇和国の貴族と平民以上に、生まれた家や場所によって格差があるんです。軍の人員にも、その弊害が現れているというわけです』
「無能者が良い目を見ていることに我慢ならないのは、なにも俺だけじゃないってことだな」
『ドーソンのように覚悟が決まっている人は少数だと思いますよ。不満の解消とお小遣い稼ぎに、大して問題になりなさそうな情報をちょこっと流していると、協力者本人は思っているはずです』
「海賊は、ちょこっとずつ出てくる情報を集めて繋ぎ合わせることで、大きな図式を作り上げているってことだな」
ドーソンとオイネは会話を続けながら、星腕宙道のいくつかの宙域を跳躍して巡り、偵察を続けていく。
『それにしても、意外でした』
「意外って、なにがだ?」
『≪ヘビィハンマー≫が星腕宙道の物資運搬船を襲おうと考えていたことがです』
ドーソンは、その事かと納得した。
「そんなに意外がることはないだろ。海賊がより実入りを多くしようと考えたら、星腕宙道を航行する船を狙うことは、自然の成り行きだ。それを行う手段があると思えば、試したくもなるだろう」
『その手段とは?』
「以前の星腕宙道なら、≪大顎≫号がまさに適任だった。多くの船が無警戒に航行していたから、大威力の攻撃で相手を降伏させて物資を強奪することができたからな」
『いまの状況だと違うのですか?』
「いまは多数の商船が集まり、SU艦船や雇った傭兵に護衛させ、商船団になっている。そういう布陣をされると、海賊側も高威力の武器だけじゃなく、襲撃するにも戦術が必要になってくる。そして戦術を立てるには、行動への指針が必須だ。商船一隻を狙うのか、全てを狙うのか。護衛を引き離すのか、撃破するのか。襲った後、どうやって物資を強奪して運ぶのか。考えることが山とある」
『それだけ複雑なことを考える頭は、海賊にはなさそうですね』
「だから俺は、新しい海賊が声をかけるのを待っていたんだ。多数の味方と共に商船を襲撃する事に慣れている、そんな海賊を」
『それが≪ヘビィハンマー≫一派だった、ということですね。彼らはドーソンのお眼鏡に適いましたか?』
「及第点だな。複雑な作戦には使えないが、単純な戦術なら十二分に役立つ。仮想軍事演習機で与えられる間抜けな味方以上の働きはしてくれるだろう」
『演習機に組み込まれている人工知能の弁護をしますけど、間抜けな味方を演じているだけで、本人はかなり優秀なはずですからね』
「それは分かっているよ。仮想的として出てくる相手は、かなり強敵ばかりだったしな」
数々の宙域の情報を収集して、ドーソンとオイネはハマノオンナに戻ることにした。
ドーソンが集めた情報を元に、物資運搬船を含む商船団の襲撃計画が立てられた。
計画の骨子はドーソンが作り、≪ヘビィハンマー≫船長との協議で肉付けを行い、軽い事前訓練でブラッシュアップを行った。
そうしてとうとう、襲撃を決行する日になった。
『おーし、お前ら。手筈は分かってるな! ヘマ打つんじゃねーぞ!』
『『『おうさ! オヤビン!』』』
≪ヘビィハンマー≫一派の士気は高い。
これなら作戦が上手く行くだろうと、ドーソンが楽観する。そう楽観はしていても、気は抜かない。
ドーソンは、物理モニターに表示されている時計に、目を向ける。
あと5分少々で、作戦開始時間。
ドーソンは超長距離射撃用の照準器で、今日の獲物と定めた商船団を見る。
超巨大な物資運搬船が2隻。大型商船が5隻。護衛は傭兵ばかりが30機。
かなりの大所帯だが、ドーソンは情報を掴んでいた。
昨今、護衛役の傭兵の需要は鰻登りで、人手が足りていない状況になっている。
しかしこれは、傭兵の人数が足りないという意味ではなく、商船団を守ることができる腕前を持つ者が払底しているという意味である。
つまり質さえ問わなければ、傭兵は余っているということでもある。
そういう背景があるため、腕の良い傭兵を確保できなかった商船団は、仕方なく余り物の傭兵を多数雇って張り子の虎を仕立てる。外からの見た目では、傭兵の強弱など分かりようもないため、張り子の虎でも海賊を寄せ付けない役ぐらいはできると踏んでだ。
事実、ドーソンが多数の護衛が狙う商船団にいると情報を告げた際、≪ヘビィハンマー≫のネズミ顔男を筆頭に非難が出た。そんなに護衛がいたのでは危険すぎると。
ベテラン海賊の手下で、この反応だ。並みの海賊なら、襲うことすら考えないのは自明の理だ。
しかしドーソンと≪ヘビィハンマー≫船長は違った。
護衛の腕前と船の武装の質が悪いことが情報から確定すると、むしろ良い餌だとしか考えなかった。
腕前がない多数の護衛など、混乱を起こすだけで烏合の衆と化す重荷でしかない。その重荷で商船団の足が鈍れば、仕留めるチャンスも増える。襲わない手はない相手でしかない。
「そう説明したってのに、さらに余計な一手を作戦に加えないとネズミ顔男と手下たちが納得してくれなかったのは、誤算だった」
『彼らも命懸けですからね。より安全な方法が立てられるのなら、立てておくべきだと思いますよ?』
「金のかかる一手だから海賊なら拒否すると思って、あえて削除した方法だったんだがな」
『≪ヘビィハンマー≫船長が、金で自分と手下の安全が買えるのならって、簡単に承諾しちゃいましたよね』
「指揮を取る人物の生格も考えて作戦は立てるべき、っていう良い例だった。後に生かすとするさ」
ドーソンがオイネと会話を楽しんでいると、≪大顎≫号のブリッジが『ピピー』と警戒音を発した。
ドーソンは初めて耳にする音だが、知識上では知っていた。
「救難信号だな。海賊に襲われているってSU艦船へ送るタイプの」
『はい、確認しました。我々がいる宙域から先――居住惑星にほど近い場所からの信号です。ドーソンの作戦通りですね』
「雇った他の海賊が、ちゃんと仕事をしてくれていたらしいな。まあ、ハマノオンナで買い付けた充填装置付きの砲台を指定地点に運ぶだけの仕事だ。やってくれてなかったら、殺しに行っただろうな。≪ヘビィハンマー≫ないしはその手下たちがな」
『その砲台には他に照準器と電脳を組み込んで、特定の時間に付近を通過する5隻以上の商船団を狙って撃てと命令させた上でですね』
「使い捨てだから照準器も電脳も安物で済ませたが、こうして救難信号がでているからには、役目を果たして自爆してくれたことだろうな」
こうしてドーソンとオイネがノンビリと雑談を交わしているのには理由がある。
救難信号は、付近の宙域にいる船全てに警戒音を発しさせる、強制力がある。
つまり≪大顎≫号で聞いたのと同じ音が、≪ヘビィハンマー≫一派の海賊船と、傭兵で身を固めた商船団にも鳴ったということ。
≪ヘビィハンマー≫一派は音が鳴る事を知っていたので混乱はないが、では商船団の方はどうだろうか。
ここで商船団が取る方法は2通り。
1つは、信号の発信元から離れるべく、道を引き返す。
もう一つは、事態が落ち着くまで、その場で待機する。
ドーソンたちが狙っている獲物は、後者――航行を止めることを選んだ。
その反応を見取って直ぐに、ドーソンは≪ヘビィハンマー≫に通信を入れた。
「連中は間抜けだ。傭兵を周囲に展開してすらいない。絶好の獲物だ。襲い掛かるぞ」
『狙いは2隻の超大型の運搬船だ。残りはオマケだ。≪大顎≫は運搬船の頭を貫いてくれ』
「任された。なに、止まっている相手だ。食堂に出る虫を踏みつぶすより簡単だ」
『任した。お前が砲撃をした瞬間に、こちらは転移襲撃する。予想では、SU艦船が来襲するまで30分はかかる見立てだったが、その予想は今でも変わらんか?』
「多くの艦船が救難信号に引き寄せられただろうから、予想は変わらない。それでも仕事を急いでくれればくれるだけ良い事なのは変わりはない」
『分かった。ではお互いに、仕事に入るとしよう』
≪ヘビィハンマー≫から通信が切れた瞬間、ドーソンは物資運搬船の1隻へ初撃を放った。最高率で収束された荷電重粒子砲は、運行を止めていた運搬船のブリッジを貫き、運行クルーと操縦装置を全滅させた。
間を置かず、続いての次撃でもう1隻の運搬船のブリッジを貫き――ここで≪ヘビィハンマー≫一派の船が≪大顎≫号の近くから跳躍し、商船団の付近へと出現した。
その姿を見やりながら、ドーソンはブリッジを潰した運搬船2隻へと全波帯通信で録画映像による警告を送った。
『こちらは、私掠船≪大顎≫号、船長のドーソン。物資運搬船に搭乗中の人たちに告げる。今すぐに脱出ポットで船を降りろ。我々は脱出ポットに手は出さない。しかし我々がその船を奪取した際、船に残っている者たちの人権は保証しない。繰り返す――』
ドーソンがこんな警告をしているのは、なにも人権意識に目覚めたからではない。
物資運搬船に人が残っていると、略奪後の運搬中に騒動を起こされる危険がある。その危険を排除するため。
そして船の周囲に脱出ポットが浮遊する状況を作れば、傭兵たちは海賊からの攻撃で脱出ポットに被害を出さないよう船から離れて戦闘しなければいけなくなる。
その2点の効果を狙って行動だ。
ドーソンの目論見は当たり、次々に物資運搬船から脱出ポットが飛び出してきて、船の周囲に漂い始める。すると傭兵たちは、渋々だとわかる操船で前に出て、海賊との戦闘を行う。
「さて、傭兵たちはどう動く? あくまで海賊と戦い続けるか、それとも生き残りの商船団を守るように動くか」
30隻いた傭兵たちは、海賊の急襲で5隻、続く戦闘で3隻を失い、残りは22隻。未だに≪ヘビィハンマー≫と戦い続けるには十二分の戦力がある。
しかし、ドーソンが睨んだ通り、その22隻は寄せ集めの烏合の衆でしかない。≪ヘビィハンマー≫一派の連携した攻撃に、また1隻1隻と落とされていく。
『おらおらおら! おれ達の狙いは、2隻の物資運搬船だ! 邪魔しなきゃ、逃がしてやるぜ、オラ!』
『ひゃっはー! 死にたい傭兵は前に出てきな! 蜂の巣にしてやんぜ!』
オープンチャンネルでの海賊の雄叫びと、次々に落とされていく仲間たちに、傭兵の操船が尻込みし始めている。
傭兵の数が15隻まで減じたところで、大型商船5隻が戦域から後退を始める。
≪ヘビィハンマー≫一派が、雄叫びの中で宣言していた通りに、その大型商船を追わずに傭兵と戦い続ける。
すると傭兵たちは、残った商船を守る方が重要と判断したのか、それとも生き残るには商船の護衛という建前で引くべきと考えたのか、急いで海賊との戦闘を切り上げて逃げ始めた。
≪ヘビィハンマー≫一派は、傭兵と大型商船が完全に戦域を離れるまで牽制射を行ったが、完全に離れてからは攻撃を止めた。
傭兵という護衛を排除し、SU艦船も囮で近くの宙域から引き離している。
後は悠々自適にブリッジを潰した物資運搬船2隻を持ち帰るだけだ。
「前は獲った運搬船が1隻しかなかったから使えなかったが、2隻あれば跳躍に欺瞞がかけられる」
跳躍先を追跡する装置は、跳躍した船の質量によって捕捉精度が上がる仕組みである。
では、大質量の船が2隻、ほぼ同一の座標から別々の宙域へと長距離跳躍した場合、追跡装置の判定はどうなるのか。
答えは、転移先の候補が計測不能と出るか、2ヶ所表示されるかになる。
『計測不能では追えなくても仕方がないが、2ヶ所表示される方なら追えるんじゃないか』
そう誰もが思うところだが、SU艦船にしてみれば計測不能と出てくれた方がマシで、2ヶ所のほうだと頭を抱えることになる。
なにせ判明した2ヶ所へ艦船を派遣して終わりではない。その2ヶ所で奪取された運搬船の行き先を探し回る必要がある。奪われた船の姿が見えればまだマシで、姿がなかったら、通常空間で移動しているのか、再度跳躍したのかを確認しないといけなくなる。再跳躍したと判明したら、また追跡装置にかけ、更に転移先を探っていかなければいけない。その先でも同じ事を行い、必要ならまた次も、その次もとやる必要がある。
それに追跡装置も万能ではない。船が跳躍した直後の計測なら確実に追えるが、時間が経てば経つほどに追跡は難しくなる。12時間も経てば、どんな大質量の船が転移しても、結果が計測不可能と出てしまうほど。
だから海賊の欺瞞行動で捜査の手間が重なりに重なると、制限時間をオーバーしてしまい、それ以上の追跡は出来なくなってしまうことに繋がる。
つまり要すると、大質量の船2隻が同一座標から別々の場所に空間跳躍したら、それだけでSU艦船は追いきれない可能性が高いということ。
「さてさて、俺たちも運搬船の片方を運ぶ必要があるからな。急いで跳躍するとしよう」
『エネルギー充填装置は満杯になりました。連続して跳躍が可能ですよ、ドーソン』
「了解。またオイネには、運搬船のシステムにハッキングしてもらうことになるから、頼むぞ」
『任せてください。以前の体験で、運搬船に使われているシステムは把握済みです。前よりも、ぱぱっと権限を奪取してみせますよ!』
そう意気込んだ通りに、≪大顎≫号が物資運搬船の一隻に横づけすると、オイネは瞬く間に運搬船の全システムを掌握してみせた。
ドーソンはオイネを褒めちぎってから、≪ヘビィハンマー≫へ通信を入れた。
「こっちは準備完了だ。そっちは?」
『いま特殊運搬船を外壁に接続し終えた。跳躍可能だ』
ドーソンが物理モニターで確認すると、≪ヘビィハンマー≫所有の大型輸送船が2隻、物資運搬船を左右から挟む形でくっ付いている。
≪ヘビィハンマー≫船長の言葉によると、あの2隻の大型船が同時に跳躍装置を使い、物資運搬船を巻き込む形で空間跳躍するのだそう。なんとも力技だった。
「よしっ、それじゃあ事前の打ち合わせ通りに」
『おう。ここからは別行動だな。そっちの護衛に手下をつけるのは構わないのだったな?』
「俺が持ち逃げしないか心配なんだろ。あのネズミ顔の男が」
『はっはっは。見抜かれていたか。ま、あいつは心配性なだけで、悪い奴じゃないんだ。気を悪くしてくれるなよ』
「こちらとしては分け前さえ、ちゃんと貰えるのなら構わん。まあ≪ヘビィハンマー≫ほどの海賊が、物資運搬船2隻という大成果を納めて、払いを渋るとな思ってないがな」
『そこは期待してくれ。次のためにも、≪大顎≫にはたんまりと分け前を弾んでやるとも!』
≪ヘビィハンマー≫船長の威勢の良い言葉の後、互いに合図を行い、別々の方向へ長距離跳躍した。
追跡を難しくするため、更に2度ほど長距離跳躍した後、≪大顎≫号と物資運搬船に、護衛と監視としてついてきた≪ヘビィハンマー≫一派の数隻と共に、ハマノオンナへ向けて長距離跳躍した。