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1話 士官学校卒業

 天の川銀河にあるアマト星腕系。太陽の次の意味で、次陽と名付けられた恒星の星系。そこに人類が居住可能な環境が元々から備わっていた、惑星アマト星。

 この次陽系アマト星が、アマト皇和国の本星である。

 アマト皇和国の成り立ちは、太陽系地球からの移民の後発組が長距離ワープ装置が暴走した果てに異なる星腕にある居住惑星に流れついたことが始まり。そこからは地球を始めとする太陽系からの援助なしに一から文明を立ち上げ、独自の国と文化を醸造させる。

 移民から300年。アマト皇和国は小さな諍いはありつつも、単一国家として平和に技術発展と惑星開発を行ってきた。

 しかし、脅威はやってきた。

 人類統一国家スペース・ユニオン。太陽系地球を要する、オリオン星腕の支配国家。オリオン星腕の開発に区切りをつけて、隣の星腕――アマト星腕に食指を伸ばしてきた。

 アマト皇和国は、アマト星腕は我らの領星腕であると主張し、SUスペースユニオンを追い返した。

 しかしSUは諦めず、などとなく軍船を差し向けて、アマト星腕に橋頭堡を得ようと動いてくる。

 そんな関係が始まって、もう五十年。

 アマト皇和国では、星腕からSUを追い出せれば良いという意見から、もっと積極的にSUに打撃を与えて伸ばしてくる食指を叩き潰すべきという意見が強くなってきた。

 そんな時分にドーソン・イイダ――アマト皇和国名、井伊田道尊いいだ みちあきは、アマト皇和国星海軍士官学校178期生として卒業式を迎えていた。


 体育ホールでの卒業式と生徒と父兄の懇親会が終わり、卒業生は一度教室へと戻された。

 今から卒業成績順に呼び出され、士官学校の校長から辞令を受け取り、配属先が決まることになる。


「178期、主席。アカツキ・スメラギ。校長室へ」

「はい!」


 名前を呼ばれて立ち上がったのは、艶やかな長い黒上を持ち、涼し気な目に黒瞳がはまっている、齢16の極上の美青年。

 『スメラギ』の名字の通りに皇族の青年であり、そして今上皇の第三皇子。アマト皇和国名にするなら、皇ノすめらぎのあかつき

 皇の権威は今上皇のみに帰するものなので、アカツキは今上皇の息子といえど他の皇族と同列として扱われる。もっとも皇族自体がやんごとなき血筋だと、平民だけでなく貴族からも思われているため、誰からも下にも置かない扱いをされている。


「頑張ってください、アカツキ様!」

「大戦艦確定ですよ、アカツキ様!」


 教室の同期たちが声援を送る中、ドーソンは何の反応もしない。周囲から冷たい目線を向けられても、意に介すことすらない。

 そんなドーソンの様子を、アカツキはなぜか嬉しそうに目を細めてみやった後で、校長室へと向かっていった。

 五分ほど時間が経った後、アカツキが戻ってきた。その手には紙――士官学校卒業では紙に辞令を記すことが古式伝統である――が握られていて、教室に戻ってくるなり紙を大開きにした。


「大戦艦≪奥穂高≫にて、艦隊司令候補の任を頂いた!」


 大戦艦≪奥穂高≫。アマト皇和国が誇る、竣工十年未満の最新大戦艦。五年前、SUがアマト星腕内に違法建築した宇宙要塞を、主砲一斉射で宇宙の塵へと変えた、現在再注目の大戦艦。

 その大戦艦に乗船勤務できるばかりか、艦隊司令の候補として戦艦内で教育を受けられるということは、皇族という身分を考慮に入れたとしても、士官学校を卒業したばかりの若者としては異例の大抜擢だ。

 そして、そんな異例な抜擢が可能となるほど、アカツキの士官学校卒業時の成績は歴代の中で群を抜いていたという証明でもある。

 同期がアカツキの偉業に大喝采を上げている中で、次席の名前が告げられた。


「ドーソン・イーダ。君が次席だ。校長室へ」

「はい」


 ドーソンの名前が呼ばれた瞬間、さっきまでの喝采が嘘だったかのように静まり返った。それはあたかも、アカツキへの拍手であっても、ドーソンへのものだと勘違いされたら困るとでも言いたげだった。

 露骨なまでの冷遇ぶりだったが、唯一アカツキだけがドーソンに声をかける。


「僕と君との勝負は、まだついていないからね」

「はんっ。言ってろ、ボケ皇子が」


 ドーソンの悪態に、アカツキは苦笑で済ませたが、周りの同期が憤った。


「誰が親かも分からない孤児が、アカツキ様を愚弄するな!」

「そうだ! この国があるのは、皇族の方々が最初期に惑星に下りたって、その御旗を振るってくださったからなんだぞ!」

「成績が良いからと、どんな態度をとっても許されると思うなよ!」


 ドーソンは、口々に非難を浴びせてくる連中を、鼻で笑う。


「俺が次席ということは、お前らはそれより下だと決まったってことだ。今まで散々手練手管を使って俺を落とそうと頑張ってきたようだが、その一切が無駄だったな!」


 はっはっはと高笑いをしながら、ドーソンは教室を後にした。

 教室の同期が聞き取れる範囲まで高笑いを続けた後で、ドーソンは表情を正して校長室へと向かった。

 閉め切られた扉をノックすると、校長の声が扉の向こうからやってきた。


「入ってくるでおじゃる」


 古式ゆかしい、独特の公家言葉。自身の能力と血筋に誇りを持っているという校長が、好んで使う言葉だった。

 ドーソンは生まれが孤児で貴族と関りがないため、どうしても馬鹿貴族丸出しの口調にしか感じられないが、校長の個性だと気にしないことにしていた。


「入ります――アマト星海軍士官学校178期。ドーソン・イーダです!」


 扉を開けて姓名を名乗った先には、言葉と同じく古式ゆかしい公家の面相――白粉で真っ白に塗られた顔面に、黒丸の眉炭と真っ赤な口紅をおちょぼ口があった。

 その顔の下には筋肉が迫り出している軍服姿があり、重厚な執務机の向こうに座っている姿も合わせて、なんともミスマッチだ。

 この一見すると大道芸人かと思うような風体の男性が、このアマト星海軍士官学校の校長だった。


「うむっ。辞令を申し渡す故、扉を閉め、近こう寄るでおじゃる」


 言われた通り、ドーソンは扉を閉めてから、五歩ほど近づいた。

 校長は満足そうに頷くと、一枚の紙を取り出した。そしてドーソンに手渡す直前で、ひょいっと取り上げる。


「この辞令を渡す前に、一つ提案があるでおじゃる」

「提案、ですか?」


 異例な事態が起こっていることを、ドーソンは悟った。

 校長はドーソンの警戒する目を見ながら、続きを語っていく。


「あらかじめ言っておくでごじゃるが、この辞令は大戦艦へ艦長候補として赴けという辞令でごじゃる。ドーソン君が望むのであれば、これを渡すことも、やぶさかではないでおじゃる」

「……失礼ながら。質問しても?」

「構わぬでごじゃる。言ってみよ」

「まるで別の選択肢があるような物言いですが、第三席までは戦艦にて候補生として働くことが通例だったのでは?」

「その通りでおじゃる。慣例では、そういうことになってごじゃる」

「であるなら、次席の俺が戦艦に勤務できないような辞令は、慣例破りになるのでは?」

「その通りでおじゃるな。ただし、前例がないわけではないのでおじゃる。辞令で命じられた戦艦の艦長と、その当時の卒業生の親とに隠れた確執があり、その卒業生は家のためを考えて辞令の変更を願い出たのでおじゃる」

「なるほど。俺が辞令を辞退すれば、どこにも角が立たないと。俺の心情以外はですがね」


 ドーソンの敬語が、校長に対する不快感から外れた。


「差し詰め、あれでしょう。俺の同期には、公爵家の娘が一人、伯爵家の息子が一人いる。三つ分しか戦艦勤務の椅子がないのなら、孤児の俺じゃなく、貴族の子供に座らせたいってことでしょう?」

「そちの言うことが、全くないとは言わぬでおじゃる。特に娘が四席となった公爵家からは、どうにかできないかと申し込まれているでおじゃる」

「はんっ。栄えあるアマト星海軍士官学校で、生徒や教師と同じで校長までこれとは、呆れたもんだ。アマト皇和国の国是は強者筆頭。最も優れた物が上にたつべきであり、血筋だけで優位が決まることはなかったはずでは?」


 ドーソンの蔑みに、校長は肩をすくませる。


「耳が痛いでおじゃるな。まあ、そういきり立たず、麿の提案を聞くでごじゃる。これはドーソン君にとって悪くない話なのでおじゃるぞ。そして麿の提案が気に入らぬとあれば、この大戦艦へ行く辞令を取ってもよい」

「……そういうことなら、話だけは聞きましょう」


 ドーソンは少し気持ちを落ち着かせ、言葉も正して、校長の言葉を待った。


「では、ドーソン君に頼みたいのは、こちらの"特務少尉"への辞令でおじゃる」

「特務? 俺を同期のアカツキより上官にする気なんですか?」


 アマト皇和国において、特務とは同階級より上の位置づけとなる。例えば百年先任の中尉がいたとした場合、その百年先輩中尉より一年目の特務中尉の方が上官となる。

 その例に従うのなら、ドーソンが特務少尉となれば、他の少尉よりも上官となる。それこそ、士官学校卒業後に少尉となるアカツキの上官となれるということである。

 そういった仕組みを、校長は肯定した。


「もちろんでごじゃる。ただ『特務』と名称がつくことから分かるように、この任務は秘密性を有してごじゃる。大っぴらには使えぬ階級ということでおじゃる」

「使えない階級を持ち出したところで、俺は釣り上げられないと、校長ならわかるはずですよね?」

「分かっているでごじゃる。ドーソン君の場合は、実利の方が欲しいのでごじゃるよな?」

「……俺のことを調べたんですね」

「育ててくれた孤児院へ送金してるらしいでごじゃるな。しかも、士官候補生に配られる給料――研修代の半分もでごじゃる。最近の若者にはなかなかいない、立派な行動でごじゃる」

「給料の話題をだしてくるってことは、特務少尉になれば他の少尉よりも稼げるってことですか?」

「話が早くて助かるでおじゃる。この任務につけば、少尉と同じ基本給、そこに危険手当、出張手当、特務割当金に、士官年金にも上乗せがあるでごじゃる。任務遂行後には艦長待遇を約束されておじゃるし、任務中は住居も支給されるゆえ給料は貯まる一方でおじゃる。孤児院への送金も、今までの比ではないほどに出来るでおじゃるぞ」


 聞くだけなら、かなり美味い話だ。

 しかしドーソンには一つ聞かなければならないことがあった。


「その任務、俺以外には誰がいるのですか?」

「居ないでおじゃる。ドーソン君一人で行う任務でおじゃる」

「なるほど。そういうことなら、お引き受けします」


 ドーソンの了承に、校長の方が驚いているようだった。


「詳しい任務内容を聞く前に、決めてよかったのでおじゃるのか?」

「一人の方が、同期に同僚になられるよりマシです。同期と同じ考えの奴が先輩にいるのなら、その先輩もお断りですね」

「……大分嫌われたものでおじゃるな。そんなに嫌でおじゃるのか?」

「アマト皇和国の国是を『他人の足を引っ張って蹴落とせ』と勘違いしている輩とは、同じ食卓につくのすら嫌ですね」

「その言もまた、校長である麿の耳には痛いでおじゃるな」


 校長は紙の辞令を手渡し、ドーソンは受け取るともう一つだけ質問をした。


「このまま辞令先へ行っても?」

「構わぬが、教室には戻らぬのでごじゃるか?」

「この辞令が特務なら、その内容を伝えるわけにはいかないでしょう。それに大して仲良くもない相手に、辞令を誤魔化すのも手間です。いっそ言わずに行った方が楽です」

「……仕方がないでおじゃるな。即時出向を命じたと、麿から言っておくでおじゃる」


 ドーソンは一礼の後、校長室を退室した。廊下を学校から出る方へと歩きつつ、辞令を改めて確認する。

 辞令には――後方作戦室、特殊工作課、私掠船船長任務と書かれてあった。


「私掠船――海賊になれってことか?」


 海賊を取り締まる側が、海賊になるという皮肉に、ドーソンは唇の端を歪めた笑いを漏らしたのだった。

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― 新着の感想 ―
178期卒と、小説の総ページ数が178であることが、偶然なのか狙ってなのか、ちょっとだけ気になる。
[良い点] お勧めされて飛んできましたけど、いまのところ期待大ですな。
[良い点] 校長…。トゥンク [一言] 宇宙世紀で別文化の軍階級を予知してる未来人がいますね。 頭やベーな…。
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