16話 新たな海賊≪ヘビィハンマー≫
ドーソンは、私掠船≪ヘビィハンマー≫を首魁とする海賊一派と活動を共にすることになった。この≪ヘビィハンマー≫が、ハマノオンナの港からドーソンに通信を送ってきた相手である。
『≪ヘビィハンマー≫を中心に、10隻前後の中型船以上の大きさのみの海賊船で組織された、武闘派と名高い海賊です。活動場所は星間脇道の全域に渡り、纏まって移動する商船団を狙い、海賊船に備えた圧倒的な攻撃力でもって船を破壊した後に物資を強奪する、まさに典型的な宇宙海賊といった人たちですね』
そんなオイネの説明に、ドーソンは肩をすくめる。
「いままさに、その海賊たちと肩を並べて宇宙を進んでいるっていうのに、いまさらの説明は必要ないだろ」
『説明を聞いていなかったんですか。≪ヘビィハンマー≫の一派は、中型船以上の船で構成されているんです。小型船の≪大顎≫号に声をかけるだなんて、怪しいじゃないですか』
「その点だけみればな。打撃力で商船を襲うって部分なら、≪大顎≫号もやってきたことだ。仲間に誘われて、不思議とは思わないな」
『むぅー。それにですよ、どうしてドーソンが≪ヘビィハンマー≫の下についているんですか。直近の海賊行為で得た収入じゃ、ドーソンが上なんですから。お前らが俺のしたにつけ、って言ったってよかったじゃないですかー』
オイネの不満そうな声を聞いて、ドーソンは遅まきながらに理解した。
「オイネは、俺が海賊にこき使われるのが嫌なのか」
『その通りです~。操船技術も射撃技術も、それこそ海賊行為の腕だって、ドーソンの方が上です。なのになんで』
オイネのブツブツと文句を続ける声に、ドーソンはつい笑みを漏らしてしまう。
「オイネには悪いが。俺は別に、誰かの下につくことを嫌がる性格はしてないぞ?」
『……えっ、それ本気で言ってます? 知ってるんですよ。ドーソンが士官学校時代に、同級生だけでなく上級生や教師にまで噛みついていたって。それなのに??』
「アマト皇和国の国是が強者筆頭だからだ。国是に従えば、脳なしが上の役職にいるなんて、許されるはずがない」
『でも、この宙域はSUだから、脳なしが上にいても構わないとでも?』
「少なくとも≪ヘビィハンマー≫の連中は脳なしではないな。ハマノオンナの港の使用を認められているし、多数の海賊船をまとめた上で海賊稼業で生き残り続けている。それだけで、一先ずは下で働いても良いって気にはなる」
『……そうですね。本当に無能なら、いまごろは傭兵やSU艦船にやられて、宇宙の藻屑と成り果てているはずですもんね』
オイネもようやく理解出来たようで、不満の声を上げなくなった。
ドーソンが機嫌が直って何よりだと感じていると、≪ヘビィハンマー≫から通信が来た。白黒仮面はつけたままだったので、すぐに通信を繋げた。
「こちら≪大顎≫号。なにか用か?」
ドーソンがぶっきら棒な口調で問いかけると、物理モニターに映る海賊――≪ヘビィハンマー≫の船長の四角い輪郭の顔が破顔する。
『ぐははははっ! 若者らしい威勢だな、≪大顎≫の坊主。その調子でちゃんと働いてくれりゃ、何の文句もない!』
音量調整に失敗しているのかと思うほどの大声に、ドーソンは仮面の内側で顔を顰めた。
「俺に仕事の手伝いを申し出たのは、俺の胆力を褒めるためじゃないはずだ。用件を言え」
『おっと、悪い悪い。もうそろそろ狩場に到着だ。用意ができているかの確認をしようと思ったのだ』
「用意はできている。今すぐに撃てと言われても、撃てるようになっている」
『それなら要らぬ心配だったな。では、初めて組んでの仕事だ。成功させて、ハマノオンナで宴会するぞ』
≪ヘビィハンマー≫船長は、言うだけ言って通信を切った。
その通信内容に、オイネが不思議そうな感想を言う。
『なんだか、こちらのことを心配して通信してきたようですね。まさに海賊って怖い顔つきの人なのに、意外です』
「士官学校の校外実習の教官よりも、気を配ってくれているぞ。海賊というより、幼年学校の先生のような心配ぶりだったな」
二人して感想を言い合っていると、また通信がやってきた。今度は≪ヘビィハンマー≫ではなく、その僚船からだった。
『へっ。オヤビンが温厚だからって、気の抜けた仕事をしやがったら、オレっちがタダじゃ置かねえからなあ!』
ネズミ顔の僚船の船長は、自分の言いたいことだけ言って、通信を切った。
この通信にもまた、オイネが感想をつける。
『こちらは見た目に則した、典型的な腰巾着な台詞ですね。少しは捻りが欲しかったかなーと』
「≪ヘビィハンマー≫の船長が下に慕われているっていう良い例じゃないか」
そんなことを喋っている間に、狩場に到着。
その場所から少し先には、この狩場に近づいてきている商船団の姿があった。
≪大顎≫号の超長距離狙撃用の照準機器で捉えたため、おそらく商船団側から≪ヘビィハンマー≫一派の姿を補足できていない。
ドーソンはすぐに≪ヘビィハンマー≫船長へ通信を繋げた。
「狙いの商船団らしき一団を確認した。正確な距離と大まかな獲物の配置を教えるぞ」
『おっ、早速役に立ってくれたな。助かる。俺らの船は、中近距離戦と物資収集向けにフルチューンしているからな。遠くを見る目がなくて困ってたところなんだ。正確な情報は有り難い』
「今回はお試しだって話だからな。少しは役に立つと思ってくれたのなら良い」
『役に立つと思ったとも。さてっと――中型輸送船が5隻を中心に、10隻の傭兵船が周りを囲んでいると。傭兵の中には、武装が強そうなのが3隻いるようだ』
強力な武装のある傭兵の存在に、≪ヘビィハンマー≫の船長の口調に苦さが現れている。
余計なお世話だとは分かりつつも、ドーソンは助け船を出す意味も込めての確認をする。
「当初の予定だと、≪大顎≫号は商船の先頭を狙って足止めすることになっていたが、予定は変更か?」
『そうさなあ……。≪大顎≫よぉ、この強そうな傭兵を先に当てられるか?』
「3隻を一度には無理だ。不意打ち気味に2隻、時間を置いて1隻なら、やれないこともない。その船の傭兵が超凄腕だったり超能力が使えない限りはな」
『ぐははははっ! 超能力が使える人間など、コミックブックの中の存在だ。つまり、強そうな傭兵を2隻、お前さんに沈めてもらうからな?』
「了解だ。それで≪大顎≫号の武器は荷電粒子砲なんだが、焼き加減はどの程度を希望する?」
『芯まで良く焼いてくれ。生焼けで腹を壊してはいけないからな』
「ウェルダンだな。了解」
狙撃する傭兵船を確実に仕留めろとの注文に、ドーソンは素直に従うことにした。
「砲の2連続発射の直後に、短距離転移で商船団を襲ってくれ」
『そこらへんの勘所は任せておけ。だてに港の使用を許されていないってところ、見せつけてやるよ』
『オヤビン! 全船の襲撃準備、整いましたぜ!』
『ようしっ。≪大顎≫やってくれ』
「了解――撃つぞ」
通信を繋いだまま、ドーソンは≪大顎≫号の荷電重粒子砲を最高収束率で発射し、直後にもう一度発射した。
超長距離射撃用の照準器が捉えた映像では、不意を打たれた傭兵の船の1隻が回避行動もとれずに荷電粒子で溶解し、仲間が襲われた混乱の中で2隻目は回避行動をとろうと頑張っていたが砲撃が直撃して溶けた。
「狙った傭兵は2隻ともウェルダンの仕上がりだ。あれで生きていたら、ゾンビどころか吸血鬼だな」
『よっしゃ、よくやった。チャンネル、フルオープン!――行くぞ野郎ども! 海賊≪ヘビィハンマー≫一派の勇士を、間抜けな傭兵と商船どもに見せてやれ!』
『『『いーーーはああ!』』』
≪ヘビィハンマー≫率いる海賊たちが、次から次へと短距離跳躍していく。彼らは商船団の付近の宙域に出現するや否や、装備した高火力武装を放ち始め、商船団とその護衛の傭兵に被害を与えていく。
その様子を、ドーソンは照準器の映像で見て、オイネは全通信帯で発信されている通信から聴いていた。
「傭兵は弾幕で原型がなくなるまで殴りつけ、商船はブリッジとジェネレーターと推進装置がある場所を重点的に狙っている。なるほど、言うだけあって、慣れているな」
『海賊たちは傭兵の連続撃破で歓声を上げてますが、商船団の方は阿鼻叫喚ですね。商船団長とやらが克服の申し入れをしましたが、無視して攻撃してます』
「ここが星間脇道だといっても、下手に仏心をだして生かしておいたら、こっそりとSU艦船に救助信号を発進される危険性があるからな。確実に安全を確保するためには、降伏を受け入れることはできないな」
ドーソンたちが戦況を見ていると、商船団が増速して逃げようとしている。
≪ヘビィハンマー≫は商船団のやや後方へ跳躍出現してから襲ったため、商船団は本来の進行方向へと加速して逃げようとしている。
その進行方向とは、つまるところ≪大顎≫号がいる場所のことだ。
「猟犬が獲物の背中を追い立てて、待ち伏せる猟師の前に獲物を運んでくる図式――しかしこっちは、単発込めの大砲しか武器がないから、何頭も獲物が来られると困るんだが」
『まったく、ダメな猟犬どもですね。数多く追い立てるのなら、獲物足を怪我させるなりして、猟師の負担を軽減させないと』
「この状況にした意図は分かる。生意気にも、猟師の腕前の程を猟犬が確かめようとしているってことだ」
では確かめられるだけの腕前を披露してやろうと、ドーソンは意気込んで照準を定める。
2連射して溜まった荷電重粒子砲の砲身の熱は、もう静まっている。熱融合型ジェネレーターからのエネルギ供給も順調。砲を撃つことが可能な状態だ。
ドーソンは狙いを、逃げてくる商船団の先頭に確りと定め、荷電重粒子砲の収束率を調節し、当たるという確信を抱きながら砲撃した。
低収束率で放たれた荷電重粒子砲は、砲の先から光る円錐形が末広がりに伸びていき、そして先頭で逃げていた商船にぶつかった。
砲撃が命中した商船は、荷電粒子に外装を溶かされていくのに加えて、まるで巨人が手で掴んで揺すったかのように、受けた砲撃の衝撃でガタガタと大きく揺れた。その激しい揺れでエネルギーパイプでも切れたのか、推進装置が発していた光が消え、安全装置が働いて自動的に制動が掛かった。
逃げていた先頭が急停止したことで、後続の商船も速度を緩めなければならなくなった。
そうして逃げ脚を緩めてしまったことで、傭兵船全部倒し終わった海賊たちが、商船の後ろに襲いかかる絶好の機会を与えてしまう。
もうこの状況になったら、商船団に生き残る道はない。後は獲物として美味しく頂かれるしか、未来の選択肢はないのだった。