165話 宴会
宇宙軍を撃退し、海賊は大盛り上がりだ。
それは帰還した先の≪チキンボール≫においても、そうだった。
「思い知ったか、SU政府のヤツらめ!」
「宇宙軍なんぞ、紙貼りの船だらけだ!」
飲食店区画で、決戦に参加した海賊たちが食べて飲んで騒いでいる。
今日ばかりはお祝いということもあり、飲食物は全て無料。一部区画でしか販売していない酒類を、一般区画でも配布する。まさに大盤振る舞いだ。
この宴会の音頭を取るのは、≪チキンボール≫の支配人であるゴウドだ。
「皆、よくやってくれた。遠慮なく、腹がはち切れるほどに飲んで食べてくれたまえ」
「いよ、支配人の太っ腹!」
「遠慮せずに楽しませてもらいまさー!」
ぎゃははと笑い声を上げて、海賊たちは宴会で盛り上がる。
先の決戦で知り合いや仲間を失った者もいるだろうが、そんな素振りは欠片もない姿で、全員が宴会を楽しんでいる。
そんな中、ドーソンは仮面を被った状態で、アルマ少将と横並びで目立つ席に座らされていた。
決戦の功労者だからと、宴会の強制参加と、席次の強制決定がされた結果だ。
ドーソンが仮面をズラして黙々と料理と酒を口にし、アルマ少将は称えられて当然といった顔でふんぞり返って座っている。
そんな対極的な2人の姿に、海賊たちは面白がって称える声をかけていく。
「無茶な作戦ばっかり立てやがる、命知らずのドーソンに!」
「危険に率先して飛び込む、勇気あるドーソンに!」
「大艦隊を前にして怯まない、恐れ知らずのアルマに!」
「味方を嬉々として窮地に置く、苛烈なアルマに!」
ドーソンは文句にハイハイと手を振って適当に返事し、アルマ少将はもっと言えと手振りで要求する。
そんな違った態度も酒の肴になるのだろう、海賊たちは笑顔で杯を空けて次を注いでいる。
海賊たちの浮かれ燥いている様子に、ドーソンは仮面の内側で呆れ顔だ。
ここでアルマ少将が、ドーソンに顔を寄せて内緒話をしてくる。
「仮面なぞ外して、素顔を晒した方が良いんじゃないか?」
「この仮面は、海賊の中じゃ俺のトレードマークだ。外す意味がないな」
「とか言って、実は素顔を晒す気がないだけだろ。今後の展開のためにも」
「……分かっているのなら、聞かなくてもいいんじゃないか?」
「いやいや。ドーソンがどう考えているのか、本人の口から聞きたいもんだな」
ドーソンは仮面越しに、アルマ少将に半目を向ける。
「そっちも予想しているだろうが、これから海賊主体の国を作る。犯罪国家の樹立だ」
「先の決戦で、海賊は宇宙軍を撃退できる力量があると示したからな。その力があれば、国の1つぐらい建たせることはできるな」
「そうなったらオリオン星腕内はSU一強から、SUとTRと海賊国家に独立企業が群雄する時代になる」
「人が3人いれば派閥が出来る。ましてや国家間ならなおさらということだな」
「国同士で手を組んだり裏切ったりで、オリオン星腕内は荒れ続ける。そうなったら、アマト星腕へ進出する余裕がSUにはなくなる」
「そういった事象でもって、お前は任務の達成となるってわけだろ」
「海賊国家として交渉して、SUに別星腕への棄民を永遠に止めさせることを締結したら完璧だ」
現段階では絵空事に近い話ではあるが、実現可能であることは確実。
あとはドーソンが実行すればいいだけ。
アルマ少将は話を聞いた後で、さらに質問する。
「それで。任務を達成したら、お前はどうするんだ?」
「海賊を続けるのか、それとも星海軍へ戻るのかって話か?」
「そうだ。お前の望みを言ってみろ」
少将という立場から後押ししてやると言っているも同然の言葉に、ドーソンは仮面の中で鼻白んだ。
「望みなんて、給料を上げてくれぐらいしかない。進路は後方作戦室の辞令に従う気でいるしな」
「……はぁ?! こんな大任務を成功目前で、要求が給料を上げろだぁ!?」
「そんな驚くことじゃないだろ。どうせ抜け目なさそうなアンタのことだ、俺が孤児だってことは知っているだろ。それと軍人になった理由もだ」
「生きるための給料の稼ぎ先と、孤児院への仕送りのためだろ」
「だから生きるのに十分かつ仕送り可能な給料が貰えれば、俺はそれで満足だ。給料が上がらないのなら、階級を上げる興味だってない」
「軍人にありがちな、大戦艦に乗りたいだの、大量の部下に傅かれたいとかは考えてないってのか?」
「当たり前だ。軍艦は任務達成のための道具で憧れの対象じゃないし、部下が大量に居たところで管理が大変なだけだろうに」
「おいおい。大戦艦の艦長に向かって放つ言葉か? まあ、部下の管理が大変な点には同意だがな」
アルマ少将は、ここでドーソンの性格を大まかに理解した。
独自の価値観を持ちつつも、道理を大切にしているという、その性格を。
「じゃあ、なんだ。建てる海賊国家の役職にも、お前は興味ないってわけだよな?」
「ない。国家主席になったやつが勝手にすればいい」
「お前は海賊にとって、軍事部門の柱のような存在だぞ。それでいいのか?」
「この仮面を、全身躯体の人工知能に渡し、その人工知能に『海賊ドーソン』を演じさせればいい。有能な海賊がでてくれば、自ずと置換されるはずだ」
「本当に地位や役職には興味なしか」
「そもそも、俺はアマト皇和国の軍人だ。オリオン星腕内で高い地位につくには問題がある」
「その言葉、ゴウド准将に言ったらどうだ?」
「…………ゴウド准将は、海賊の親玉が天職のようなもんだから良いんだ」
アマト星海軍では実戦能力が重視される傾向が強いため、戦いの才能がないゴウドの手腕は下に見られていた。
しかしゴウドは、物流の確保や拠点内の運営管理に海賊のいざこざの仲裁といった、後方での下支えに能力が特化している存在だ。
その能力の生かし先を考えたら、アマト星海軍よりも海賊の親玉の方が適しているのは間違いなかった。
「じゃあ、海賊国家の初代主席はゴウド准将にするってことでいいのか?」
「上手くやるだろうからな。俺よりも、よっぽどに」
「ははっ。お前は逆に戦闘に特化しているようだからな。人を統べる立場は肌に合わないってことか」
「人を戦闘狂のように言うな。必要以外の暴力は振るったことはない」
「士官学校時代に教官に噛みつきまくっていた。そんな噂が方々から流れている人物のクセにか?」
「無能でクソな教官を叩き潰すためには、必要な暴力だった」
ドーソンが憮然とした声で言い放つ姿に、アルマ少将は忍び笑いを漏らした。
そんな2人の様子を知ってか知らずか、海賊たちの宴会は盛り上がり続けていくのだった。