164話 決戦・激闘終幕
ほぼ同数となった海賊艦隊と宇宙軍が向き合い、最終戦が始まった。
その直前に、問題が発生。
アルマ少将の指揮が海賊を犠牲にするものだと、戦いの後の小休止で冷静になった海賊たちが悟ってしまったのだ。
そして海賊たちは、アルマ少将の指揮で戦うことを嫌がり、ドーソンに対応を求めた。
いよいよ最終戦という場面での仲間割れなど歓迎できるはずもないので、ドーソンはアルマ少将から指揮権を奪って自分が全体指揮を取る宣言を出した。
アルマ少将はごねるかと思いきや、あっさりと了承した。
『もともと預かっただけの連中だからな。返すのは当然だな』
「借りものという意識があるのなら、浪費は止めて欲しかったんだが?」
『そこは見解の相違というやつだな。俺にしてみれば、能力の低い海賊たちよりも、ある程度の性能が保証されている人工知能たちの方が有用だったからな』
ここでドーソンは、アルマ少将がアマト皇和国の価値観で判断しているのだと理解した。
アマト皇和国では、人間と人工知能を同列に考えることが当たり前であり、有能な者を尊ぶ価値観がある。
その両方に照らして考えるのなら、低能な海賊を人工知能より優遇するようなことはあり得ない。
しかし、この場所はオリオン星腕。
人命を尊ぶような価値観はないものの、人工知能は禁止技術であるため扱いは無人格電脳以下。
価値基準で考えるのなら、人工知能を消費してでも、人命を守ることが普通だ。
そういった価値観のすり合わせをしないまま戦争に突入してしまったことは、総指揮官たるドーソンの手落ちと言えた。
「過ぎたことは仕方がない。ここからは俺の指示に従ってもらうからな」
『下っ端が良く言うぜ。だがまあ、良い指揮をしてくれている間は、大人しく従ってやるよ』
「指示を聞く気が無いのなら、戦いから外すぞ」
『おいおい、いいのか。≪奥穂高≫には決戦砲がある。戦いには必要だろ?』
「なくても、どうにでもできる」
『……そうかよ。チッ、お前なら本当にできそうだ。わかった。指示には従う』
アルマ少将と約束を取り付けて、ドーソンは改めて宇宙軍艦隊と対戦することにした。
ほぼ同数での戦いでは、お互いの装備の品質と配下の練度と士気が、有利不利を決める要員となる。
海賊側は、貧弱な武器を持つ艦船もあり、海賊だから練度も低い。しかし指揮者がアルマ少将から、今まで負けなしと評判のドーソンに変わったため、士気は高くなっている。
宇宙軍側は、新旧含めた艦隊だが一応はどれも軍用で高品質の装備で、専門機関で教育を施すこともあって乗員の練度も担保されている。しかし、艦隊の数が半分以下まで減ったことで、士気は最低であると考えられる。
それらの要員を考えると、装備と練度で勝る分だけ、宇宙軍の方が微妙に有利と言える状況だ。
しかし、そんな差は戦いになれば、戦術1つで覆るていどの違いでしかない。
「敵の十八番の数押し力押しはできなくなっている。冷静に戦えば、打ち勝てない敵じゃない」
ドーソンは戦闘開始直後から、海賊を含めた味方に発破をかけ、士気の維持を心掛ける。それと同時に、単純で分かりやすい指揮で、味方艦隊の動きを統制していく。
それらの効果は如実に現れていて、ドーソン側が1隻落ちる間に宇宙軍を3隻落とすような状況になっている。
「非撃破率は2対1ぐらいで高止まりすると思ってましたけど、意外と優位を取れてますね」
オイネは称賛を口にしつつも、計算が合わないと言いたげ。
しかしドーソンにとっては、自明の理だと考えていた。
「優勢なのは、先の戦いで宇宙軍がバリア艦を多く消耗していることと、士気が低いからだ。例えどんな強力な戦艦を持ち、どれほど乗員が高練度だろうと、士気が低ければ十全に運用することはできないからな」
「精神論ですか?」
「戦争は精神論だぞ。根性なしの軍では、野鳥の声ですら逃げ出す要因になるというしな」
「地球時代の逸話ですね」
士気の重要性を説きつつ、ドーソンは宇宙軍の動きを観察する。
宇宙軍の総指揮官は、安定志向が強い傾向があるものの、無能ではないことが分かっている。なにより、身の安全を図るためなら思い切った決断だってやる人物だ。
そんな人物だからこそ、士気の重要性は理解していて、士気を回復する手段を撃ってくることは予想できること。
しかし、現状の宇宙軍では士気を上げるための方法は少ない。
宇宙軍艦隊は、味方の大半を失っている状態だ。
演説を行ったところで、無能指揮官の言葉だと乗員は聞きもしないだろう。
戦争後の報酬や勲章を約束しても、生きて帰れる保証がない状態では、あまり心に響きはしないだろう。
逆に厳しい態度で統制しようとしても、乗員からの反発を倦むだけで、士気の向上には繋がらない。
総指揮官を変える方法もあるが、いまの指揮官よりも高名な者がいる場合だけ使える手段。
つまるところ、宇宙軍の士気を上げることは、とても難しい状況だ。
そんな状況でも上げられる方法は、実は1つだけ確実なものがある。
それは、敵軍の目立つ艦艇を破壊すること。
例えば、決戦砲を持つ戦艦とかをだ。
「敵軍に高エネルギー反応。決戦砲です」
「反応の数は?」
「1つです」
キワカの報告を受けて、ドーソンは腕組みする。
宇宙軍の決戦砲は、1つしかないのか。それとも他を隠しているのか。
そう思考を巡らせていると、宇宙軍から決戦砲が放たれた。
一直線に伸びる光の奔流が向かう先には、≪奥穂高≫がある。
しかし≪奥穂高≫とその周囲にいた艦艇は、決戦砲のエネルギー反応を察知した瞬間から退避行動に入っていて、被害は運悪く逃げ損なった数席だけだった。
被害少なく終わったものの、≪奥穂高≫から苦情がとんできたと、ベーラが報告してくる。
「ドーソン様。アルマ少将から『退避指示は早めに出せ』と文句がきてる~」
「『これから≪奥穂高≫は、ずっと狙われるだろうから、勝手に回避しろ』と返しておけ」
「どうして狙われると~?」
「≪奥穂高≫は目立つし、さっきまでは旗艦だった艦だからな。宇宙軍からしてみれば、良い標的だ」
事実、≪奥穂高≫の周辺艦隊へと、宇宙軍は砲撃を集中させている。
その姿は、あたかも≪奥穂高≫さえ倒せれば、宇宙軍の士気が上がる――ないしは海賊の士気を下げられると考えているように見えた。
現状の旗艦は≪雀鷹≫なので、宇宙軍は勘違いしている。
そしてドーソンは、その勘違いを増長させることで、状況を有利に運ぼうと考えた。
「≪鯨波≫に通信。≪奥穂高≫の盾になる位置に行き、バリアを展開して守ってやれ。≪雀鷹≫と分かれていた――≪奥穂高≫の指揮下で動いていたさっきまでのようにな」
ベーラがディカに通信を送る間に、オイネから疑問が来る。
「未だに≪奥穂高≫が旗艦だと勘違いさせることで、敵からの砲撃圧力を偏らせ、その他の仲間を動きやすくするためですか?」
「その通り。宇宙軍の状況が拙くなればなるほど、こちらの旗艦を倒そうと躍起になるはず。なら囮の旗艦を立てておけば、宇宙軍の行動の全てを徒労にすることができる」
「あくどいことを考えますね。流石はドーソンです」
非難を含んだ称賛の言葉に、ドーソンは肩をすくめる。
「別に≪奥穂高≫に沈んでもらおうと考えているわけじゃない。≪鯨波≫を護衛につけた」
「ですけど、戦いが長引けば危険度が増すことは事実ですよね?」
「分かっている。ここからは短期決戦だ」
ドーソンは通信をエイダに繋げる。
「エイダ。≪鰹鳥≫は健在か?」
『もっちろんでありますよ! むしろ今まで活躍の場を封じられて、鬱憤が溜まっているであります!』
エイダ率いる≪鰹鳥≫とその配下は、人工知能の突撃仕様の艦艇だ。
人工知能艦を温存したがったアルマ少将の下では、活躍の舞台に上げてもらうことがなかったに違いない。
「喜べ。敵の目が≪奥穂高≫に向いている。横面を引っ叩く好機だぞ」
『敵軍への吶喊でありますね! 目標地点は?』
「ルート指示を出す。全速力と全打撃力を出してこい」
『了解であります! では、全速前進でありますよ!』
≪鰹鳥≫と配下の艦艇千隻は、原隊から離脱する。そして宇宙軍のレーダー探知外へとでると、そのまま探知の外を大回りする形で敵軍の方向へと全速力で走っていく。
ドーソンはエイダの動きに合わせて、海賊艦隊を動かす。
敵の目をさらに引き付けて、敵軍へと吶喊するエイダの動きの目くらましにするために。
激しい砲撃戦が行われ、互いに艦艇の被害数が積み上がっていく。
被害が出ている状況ながら、海賊側はあと少しで勝てるとドーソンが演説をすることで士気が保たれている。一方で、宇宙軍は徐々に隊列が後退し始めていて、少しでも砲撃と距離を置きたいという思惑が透けて見える。
そんな状況で、1瞬だけ宇宙軍の砲撃が止まった後、ある程度の数の砲撃が別方向へと照準変更された。
その方向は、≪鰹鳥≫艦隊が突っ込んでいく予定の位置。
どうやら宇宙軍は、≪鰹鳥≫の存在をレーダーに捉えた瞬間に、≪鰹鳥≫の吶喊が勝負を決める手段なのだと気付いたらしい。
「やはり宇宙軍の指揮官は有能だが慎重だ。慎重だからこそ、思い切った手を打たれると、その手に対処しようと躍起になる」
ドーソンが≪鰹鳥≫を使った思惑は、2段階ある。
1段階目は、≪鰹鳥≫が吶喊して敵軍の隊列を切り裂けば、その混乱に乗じて、さらに優位な状況に持っていくことができる。
2段階目は、もし≪鰹鳥≫の吶喊を察知されても、敵は2面で対処することを強いられて混乱する。その混乱している隙を、海賊艦隊本隊による強襲で突く。
そんな2段階構えの企みに、宇宙軍はまんまとハマってしまったわけだ。
「全艦、急速前進、全力砲撃! 一気に敵艦隊を撃滅する!」
ドーソンの号令に合わせ、全ての海賊艦隊が前進と砲撃で一気に圧力を加えていく。
その動きに呼応する形で、エイダの≪鰹鳥≫艦隊が艦首を相手に向けながらの全力吶喊を敢行。多少の脱落艦を出しつつも、敵中を斜めに横切りながら攻撃を放っていく。
海賊艦隊に押し込まれ、≪鰹鳥≫艦隊に隊列を切り裂かれ、宇宙軍は良いところなしにボロボロだ。
こんな状況になって、もともと低かった士気が払底してしまったのだろう。
宇宙軍の側から海賊艦隊へと、降伏の申し出がきた。
しかしそれは、宇宙軍全体からの降伏ではなく、宇宙軍艦艇が単艦ずつ出す形のもの。
つまり宇宙軍の艦が、旗艦からの命令を無視して、勝手に戦争を止めようとしているということだ。
その事実は、宇宙軍の総指揮官にも伝わったのだろう、降伏の申し出があった瞬間から宇宙軍の動きが変わる。
それは降伏を申し出た艦をこの場に残し、その他の艦で撤退しようとし始めたのだ。
「またもや、トカゲのしっぽ切りか。芸がないな」
工夫はないものの、上手い手であることも確かだ。
なにせ降伏をもし出てきた宇宙軍の艦艇を、海賊側は確保しないといけない。
もし無視して逃げる宇宙軍本隊を追ったら、その降伏した艦が欲目を復活させて海賊艦隊の背後を撃たないとも限らない。
では降伏してきた艦艇ごと宇宙軍本隊を叩いたらどうかと思うだろうが、それは悪手だ。
海賊艦隊が降伏する艦艇を受け入れる気がないと知ったなら、宇宙軍の本隊にいる全ての艦艇は死に物狂いで抵抗しようとするだろう。
海賊と宇宙軍の有利不利の差は、士気の差だ。
死に物狂いにさせるという、ある種で士気を復活させるような手段を取らせると、うっかり海賊側が負ける事態になりかねない。
「ここは堪え処だな」
ドーソンは宇宙軍本隊の撤退を容認しつつ、降伏した宇宙軍艦艇を拿捕することにした。
しかし、本隊をただ取り逃がしたりはしない。
エイダに≪鰹鳥≫艦隊で敵本隊を突きまわるように命令した上で、≪奥穂高≫を含む3隻の大戦艦には射程外へ宇宙軍本隊が逃げるまで決戦砲を放つよう要請した。
そうして落ち武者狩りと言える行動は残っているものの、おおむねで決戦の勝敗はついた。
戦いの結果は、海賊艦隊は10万隻の艦船を7万隻に、宇宙軍は20万隻あった艦艇を5万隻まで減らしたことからわかるように、明らかに海賊側の勝利だった。