163話 決戦・背面強襲
星の破片を使った作戦によって、ドーソンは宇宙軍の片方を撃滅することに成功した。
敵が混乱していたこともあり、数の差を覆したうえに被害もさほど出さずに勝つことができていた。
「こちらの被害は千隻ほどか?」
「欲をかいた魚雷持ちが撃破されてしまったのは仕方ないですけど、破れかぶれになった宇宙軍艦艇の逆襲で沈められてしまいましたね」
オイネの報告に、ドーソンは回避できない損害だったと納得する。
「生き残っている中にいる魚雷を失った艦船たちには、この場で撃破した宇宙軍艦艇の回収をやってもらう。砲撃戦に連れて行くには、魚雷がない分だけ装備不足になるしな」
「破片に巻いたまま健在な『キャリーシュ』を使って運搬するわけですね。でも、いいんですか?」
「いいって、なにがだ?」
「戦いで減った戦力を、さらに減らすことになりますよ?」
そのことかと、ドーソンは理解した。
「さっきも言ったが、この後の砲撃戦に連れて行くには装備不足だ。それに、こちらは敵の背後を突くことが目的だからな。あまり戦力は必要ない」
「こちら側は援護であり、主役はあくまでアルマ少将と率いている艦隊であると?」
「そういうことだ。6千隻もあれば、その目的には十二分の戦力があるはずだ」
ドーソンは、破壊した宇宙軍艦艇の回収部隊を残し、その他の艦隊を引き連れ、アルマ少将と戦っている方の宇宙軍艦隊へと向かうことにした。
アルマ少将と宇宙軍の戦いは、見るからに派手な様子だった。
荷電重粒子砲が常に万の数が飛び交い、分刻みで百隻近い艦艇が爆沈し、隊列は生き物の蠕動運動のように常に変化する。そして海賊側からは3つの、宇宙軍側からは2つの極太の光――決戦砲による砲撃が、一定頻度で交換されている。
まさに大規模な艦隊戦といえる光景に、援軍として艦隊を近づけさせつつ、ドーソンは苦笑いする。
「アマト皇和国じゃ、これほどの艦隊戦は電子戦略盤でしかできないな」
「これほどの大規模な艦隊を持つ海賊なんて、アマト星腕にはいませんしね」
オイネの言葉に、キワカとヒトカネも同意で頷く。
そんな3人の反応に、ドーソンの苦笑いの度合いが強まる。
「恐らくアルマ少将も、今後は二度と体験できないだろう艦隊戦だからと、目一杯楽しんでいる様子だ」
「出さざるを得ない被害を海賊艦船に押し付けながら、嬉々として戦ってますね」
「アマト皇和国とは直接関係のない戦力だからと、気兼ねなく消費するのは困るんだがな」
そんな戦場見物をしている間に、ドーソンが率いている艦隊の射程距離間際まで宇宙軍に接近していた。
「よしっ、やるぞ。全艦、各個に砲撃。敵の目を少しだけ引き付けるだけでいい。撃破は考えるな」
ドーソンの号令に、海賊たちが荷電重粒子砲を放っていく。
有効射程ギリギリかやや足りない位置からの砲撃は、宇宙軍に到達はしたものの、大部分は命中せずに終わり、少数が直撃したもののせいぜいが小破判定しか得られない結果となる。
しかし目的は、ドーソンたちの側に注意を引くことで、アルマ少将の艦隊への集中を切れさせること。
その目的を考えると、宇宙軍の最後衛が慌てて反転して反撃してくる様子は、ドーソンの願ったり叶ったりだった。
「よし、敵はこちらに食いついた。有効射程ギリギリを保ちつつ、敵に嫌がらせをし続けろ」
ドーソンは自艦隊の隊列を横へ薄く広がるものへと変更しながら、宇宙軍へと砲撃を続ける。
背後に現れた海賊からの、無視してもあまり痛くはないが、無視し続けることは出来ない危険度がある砲撃。
これに宇宙軍艦隊は、正面の戦いに集中するべきか、それとも背後にある少数の敵を先に片付けるかで、少しの間迷う素振りをする。
そして選んだのは、ドーソンの側へと一斉反転しての突撃だった。
この行動に、ドーソンは面食らった。
「敵の指揮官は優秀な馬鹿なのか!? こんな真似をしたら、アルマ少将が率いる大艦隊から背後を撃たれるんだぞ!」
ドーソンは慌てながら状況への対処として、自艦隊へ高速後退を命じる。
現在、ドーソン艦隊と宇宙軍艦隊の距離は、荷電重粒子砲の有効射程ギリギリまで開いている。
高速で後退しさえすれば、ある程度の時間は安全に過ごせる。
ドーソンが急いで指示を飛ばしていると、オイネが首を傾げながら質問してきた。
「どうして敵は、こちらに一斉攻撃を仕掛けようとしているんでしょうか? いえ。数が少ない方を全力で叩くこと自体は、戦術理論に則った行動だとは分かっていますが」
その疑問の答えを、ドーソンはおおよそ把握していた。
「宇宙軍の陣形の傾向から、偉いヤツが乗る艦は最後方に配置してあったんだろう。その最後方に、背後から迫った俺たちの艦隊が攻撃した。安全な場所でふんぞり返っていた偉い奴が、背面からの攻撃に慌てふためき、自分の身可愛さで保身を図った。その結果が、この行動だ」
「つまり、戦場から逃げるために、こちら側へと突撃していると?」
「俺たちの艦隊は6千隻ほど。対してあちら側は、激しい戦闘で大量の被害はだしているようだが、未だに10万隻は残っている様子。一点突破を試みるなら、こちら側へ突撃するのが最適だ」
「艦首を反転させての突撃だと、今まで戦っていた相手に背中を向けることになるのにですか?」
「最前線で戦っているのは、宇宙軍から死んでも良いと判断されていた連中のはずだ。背後を見せて逃げても、撃破されるのはその連中だけ。偉いヤツには関係ないと思っているんだろうさ」
ドーソンは返答しつつも、宇宙軍が槍の穂先の陣形で突っ込んでくることに対して歯噛みする。
「チッ。こちらに決戦砲があれば、一撃で大量撃破のチャンスなんだがな」
ないものは仕方がないと諦め、ドーソンは率いている海賊艦隊をどう動かすかに思考を向ける。
射程ギリギリの距離を保っていたうえに、いまは全力で後退もしている。考える時間的猶予は少しだけある。
その猶予を使い切る気で、ドーソンは良い手がないかを探ることに没頭する。
「……数が違い過ぎるから、押し止めることは無理だ。流れを誘導することも難しい。となると、取れる方法は1つしかないか」
ドーソンは不本意という気分を隠さずに、配下の海賊たちに指示を出す。
「敵の進路を空ける。こちらの艦隊を2分して、その真ん中を通すようにする」
ドーソンの指示に、海賊たちからは不満はなかった。
なにせ海賊たちだって、目の前に来つつある大艦隊に対抗できると考えるほど、馬鹿な頭は持っていない。
横に薄く広げていた隊列の真ん中から、ドーソンが率いる艦隊は左右に分かれる。
するとその空いた場所に殺到するように、宇宙軍の艦隊が速度を上げる。そのうえで、空いた場所をさらに空けようとするように、砲撃を集中させて撃ってきた。
ドーソンはその行為に逆らわず、海賊たちに場所を開けさせる。それこそ、宇宙軍の艦隊た素通りできるように、大穴を開けるように。
しかし宇宙軍への攻撃を止めたかというと、それは違っている。
「底のない筒状に海賊艦隊の隊列を変形させる。その筒の中を宇宙軍が通る間に、全力で砲撃するぞ」
海賊艦隊の形が変化していくが、底のない筒ではなく、底が抜けたお椀のような形にしかならない。
海賊の練度不足を考えれば、これでも上等だと判断して、ドーソンは海賊たちに宇宙軍への砲撃を命じる。
お椀状の海賊たちの隊列の中を進むため、宇宙軍は周囲から常に砲撃を受ける形になる。
だが、しょせん6千隻ほどしかない海賊艦隊からの砲撃だ。通過しきるまでに受ける被害は、千隻ほどがせいぜい。10万隻ある宇宙軍艦艇にしてみれば軽傷でしかない。
現状を見れば、誰もがそう判断するであろう状況。
しかしドーソンは、そして思考が似ているアルマ少将も、この一時が絶好の機会だという認識があった。
「さあ頼むぞ。お膳立てをしたらやってくれると、そう信じたんだからな」
ドーソンの意味不明な呟きに応えるように、宇宙軍が逃げてきた方向から3つの眩くも太い光が、宇宙軍艦隊の後方から迫ってきた。
それは≪奥穂高≫をはじめとする3隻の大戦艦の決戦砲。少し前、ドーソン艦隊とアルマ少将艦隊とで分かれて戦っていた際に、ドーソン艦隊が隠れている星を壊していた宇宙軍の超大型戦艦を狙撃してみせた砲撃。
そんな離れた戦場まで届き得た砲撃が、逃げる宇宙軍の艦隊の中に飛び込み、末尾から先頭へ向かって駆け抜けていった。
海賊が空けた穴に飛び込こむべく、槍の穂先のように細長い直線状になっていたことが災いして、宇宙軍艦隊は現状保有戦力の5分の1――およそ2万隻を一撃で失う被害が出た。
この被害で、おおよそ海賊側と宇宙軍側とで差がなくなった。
そして宇宙軍側からの視点で考えるのなら、20万隻から8万隻まで戦力が減っている。
この半数以上を失っている状況は、軍事用語で考えるなら『全滅』や『壊滅』という判定になる。
普通は、これらの判定が下る状況になると、迷いなく撤退するか白旗を上げて降伏するもの。
しかし宇宙軍艦隊は、ドーソン艦隊の穴から脱出した先で、残った艦艇を再編して戦う素振りを見せている。
「宇宙軍の威信を懸けての海賊討伐だからな。負けて逃げましたじゃ、格好がつかないか」
ドーソンは宇宙軍の思惑を的確に見抜きながら、自艦隊に指示を出してアルマ少将の艦隊へ合流する進路を取ることにした。