閑話 大艦隊戦
大戦艦≪奥穂高≫の艦長ササク・アルマ少将は9万隻ほどの艦隊を引き連れて、15万隻のSU宇宙軍の艦隊と向き合う羽目になっていた。
「ドーソンの野郎。面倒くさいこと押し付けやがって」
ドーソンと海賊の動きに注目している宇宙軍の背後を決戦砲で撃つこと。宇宙軍が艦隊を分けた後、ドーソン側に残った艦隊にある超大型戦艦を決戦砲で狙撃すること。
そして、10万隻近い艦隊を率いて、15万隻の宇宙軍と戦うこと。
これらの無茶な要求の連続に、アルマ少将は面白くない気分を抱えていた。
「ドーソンの野郎が今作戦の責任者ってんなら、ヤツが大艦隊を率いるべきだろ。なんで囮の方に行ってんだ」
「あちらはあちらで、5倍の敵と戦っているんです。むしろ危険な役目を自分自身に負ったことを褒めるべきでは?」
「わーってるよ、そんなことは!」
苦言する副長のチクイチ・リンゲ准将に言い返しつつも、アルマ少将は表情で『面倒くさい』と語る。
「味方の海賊どもの動きが悪い。こんな奴らが我が軍にいたら、集中特訓コースにぶち込むぐらいに酷い」
変に血気盛んな海賊もいれば、逆にすぐに逃げようとする腰抜けもいる。
新造艦に乗る海賊は良いが、その他の海賊艦や海賊船は装備の強さもまちまち。
そんな運用に気を遣う艦が10万隻近くある。
それらを指揮するため、アルマ少将は不必要な負担が増えていた。
「ドーソン特務中尉は、上手く使っているようですが?」
「その点も気に入らねえ!」
特務とはいえ、一介の中尉に能力が負けている気がして、アルマ少将は不機嫌になる。
もちろん本当に能力が負けているわけじゃない。
ドーソンは海賊として活動してきた経験から、海賊連中の性格や装備の扱い方を把握している。しかしアルマ少将は、そうではない。
単純にその差が、運用の巧みさに現れているだけのこと。
そうは分かっているが、アルマ少将も年若くして大戦艦の艦長まで駆け上がった人物。己の才能の豊かさには自信がある。その自信が、海賊を上手く扱えていないという現実を受け入れるのに邪魔をする。
「チッ、ともあれだ。海賊艦が信用ならないってんなら、海賊艦全てを小破艦と考えて運用すればいい。能力と艦船の性能を考えれば打倒な判断になるはずだ」
「そう考えこと自体は構いませんが、計算上の戦力が目減りしますが?」
「仕方がねえ。それに、こんな扱い難い連中を、他の大戦艦の艦長やミイコ・ネイコジ大佐には任せられねえからな」
≪奥穂高≫は恒星近くに陣取った側の海賊艦隊の総旗艦となっている。その下に、他の大戦艦やミイコ大佐が乗る≪あふぇくと≫が各隊の旗艦に任じられている。
この並びは作戦責任者であるドーソンが命じたものなので、役職や任期基準だと役割が前後している部分は無視されている。
しかし少しは軋轢はあるものなので、アルマ少将は扱いやすい人工知能艦を大戦艦と≪あふぇくと≫へ多く回した。
この選択はご機嫌伺いもあるが、アルマ少将が手を焼いている海賊の扱いを、大戦艦と≪あふぇくと≫が上手くやれるという確信がなかったからでもある。
「人工知能艦を多く渡したんだ、あっちに戦闘の比重をかけてもバチは当たらんはずだ」
信用ならない海賊戦力を取りまとめて、アルマ少将はSU宇宙軍との本格的な決戦に突入した。
SU宇宙軍は決戦砲持ちの超大型戦艦を多数失った。
ドーソンの事前予想からすると、残りは1隻か、あっても2、3隻。
アルマ少将の側には3隻の大戦艦があることを考えると、決戦砲の数では同等か勝っている状況になっている。
しかし宇宙軍側には、アルマ少将側にはない強みがある。
それはバリア艦が多数展開している点だ。
「チッ。やっぱりあの手の艦は、通常の艦体装備じゃ撃ち抜けないか」
「決戦砲、放ちます」
荷電重粒子砲を弾くバリア艦へと、≪奥穂高≫が決戦砲を撃ち込む。他2隻の大戦艦も、同じように決戦砲を放つ。
敵バリア艦に3発が直撃し、少なくない数が破壊される。
しかし予備はまだまだあると言いたげに、沈んだバリア艦の穴を他のバリア艦が塞ぐ。
そしてやられた艦のお返しだとばかりに、多数の荷電重粒子砲が反撃でやってくる。
「こちらが背にしている恒星の、表面フレアの状況は?」
「活発で、強く恒星風を放ってます。敵荷電重粒子砲の威力は強くされることでしょう」
現状の宇宙軍側からの砲撃は、例えるなら向かい風の中で矢を放つようなもの。強い風に吹かれて矢が押し返されるように、荷電された重粒子の光も恒星からの『太陽風』によって吹き留められてしまう。
その現象が疑似的なバリアとなって、アルマ少将が率いる海賊艦隊を守っている。
「敵の砲撃による損傷は軽微。運悪い艦が小破しただけに留まっています」
「なら攻撃続行だ。大戦艦は決戦砲を撃つことを主軸に、他の艦は敵のバリア艦を1隻ずつ集中砲火で仕留めていけ」
宇宙軍のバリア艦は、ドーソンが拿捕したものの中枢部品をアマト皇和国へと運んだこともあり、その性能が判明している。
荷電重粒子砲を弾く機能はあるが、多数の砲撃にさらされると処理飽和を起こして機関が停止してしまうことも掴んでいた。
だからこその、集中攻撃の指示である。
しかし人工知能艦は良いとしても、海賊たちの練度と装備はまちまちに過ぎるため、その集中攻撃すらおぼつかない。
「それでも、何事も怪我の功名というものはあるものだがな」
アルマ少将が率いている海賊たちの攻撃が弱いことを、宇宙軍も悟ったのだろう。敵軍の前線に均等に配置されていたバリア艦が、アルマ少将の正面の側が薄くなり、他の場所を厚くするよう配置転換が行われている。
消費が激しい場所に余剰を回すことは当然の措置であるため、宇宙軍の行動は基本に則った行動といえる。
基本だから手堅いが、基本だからこそ熟練者には読まれやすい手法でもある。
「これを待っていた。少しずつ艦隊を前に出すぞ。こんな有効射程ギリギリじゃ、ケリがつかないからな」
「味方にすら気取られないように、ですね」
「そうだ。馬鹿な海賊どもを、ヤツらでも弾が当てられる距離まで、知らない内に敵に接近させる」
「バリア艦という盾が薄くなった場所になら、練度の低い海賊でも戦果が期待できますね」
アルマ少将は緻密に艦隊を操作し、徐々に徐々に前へと進ませる。
こういった、じわりじわりとした変化を人間は気づきにくい。
特にSU宇宙軍は艦隊運用を、電脳の補助はあるものの、人力で行っているため誤魔化されやすい性質がある。
だからアルマ少将が企んだ通りに、いつの間にか砲撃の命中率が高い位置にまで両者が接近する事態となっていた。
「さあ、ここからが本番だ。全力射撃、始め!」
アルマ少将が号令を出したところで、ようやく海賊たちは自分がキルゾーンの真っ只中にいることに気付いた。そして鉄火場に放り込まれた自覚がでたことで、腰が引けていた海賊すらも腹を決めた砲撃を開始したのだった。