15話 状況変化
物資運搬船の売却益が入り、それを隻数で頭割に分配した後、ドーソンは≪ゴールドラッシュ≫を始めとする荷物持ち海賊たちから離脱した。
荷物持ち海賊たちはこの後も組んだままで、得た金で船の武装を強化してから星間脇道で活動するらしい。
ドーソンは離脱した後、一隻で本来の任務である商船破壊による経済の混乱を起こすべく、星腕宙道へ向かった。
「金に余裕ができたから、ちょっとだけ趣味の時間ってな」
『ドーソンの趣味で船を沈められる方は、たまったもんじゃないですけどね』
ドーソンがやり始めたのは、商船に対する嫌がらせだ。
ある日は、商船を護衛する傭兵たちの内の2隻を砲撃で航行不能にした。その後は、さっさと空間跳躍で逃げて雲隠れだ。
またある日は、SU艦船の一種である掃宙艇という、惑星付近の宙域を守るための船の推進装置を狙撃した。全波帯通信で、SUの艦船が救助を求めるという悲痛な珍事が、その日のニュースに取り上げられた。
また別の日には、単純に脅すだけの目的で、商船の鼻先を掠るように荷電重粒子砲を撃ち込んだ。護衛の傭兵たちが、砲撃してきた海賊を探そうと周辺地域を飛び回るが、すでに≪大顎≫号は別の場所へと跳躍していて、そこでもまた別の商船に掠るように砲撃を放っていた。
また違う日には、SUの巡宙艦に全力の砲撃を行ってみて、超長距離からの砲撃じゃ装甲に穴を開けられないことを理解して、さっさと逃げた。その日のニュースでは、その巡宙艦の艦長とやらが『海賊の攻撃など、この艦には効かぬ!』と大見栄をきっているシーンが映し出されていた。
ドーソンは連日に渡って嫌がらせを行っていたが、この行動がどういう意図なのかを海賊母船ハマノオンナへ伝える言い訳もちゃんと用意していた。
「こちら≪大顎≫号。ハマノオンナ、接舷許可を貰いたい」
『確認しました≪大顎≫号。今日も成果はゼロでしょうか?』
「また星腕宙道で試してみたが、やっぱり警戒が強すぎて、船を撃破できても物資を奪うまでは行けそうになかった」
『現在、星腕宙道は高度警戒中です。≪大顎≫号も星間脇道に活動の場を移してはどうでしょう?』
「星間脇道だと、≪大顎≫号の長所が生かせない。まだ金はあるから、もう少し試してみたい」
『そうですか。では、桟橋の245番の空きが確認できましたので、そちらへ接舷してください』
ハマノオンナとの通信を切り、ドーソンは指定された桟橋に≪大顎≫号を着けた。
ハマノオンナの酒場街にて、ドーソンは何時ものヌードル屋で飯を食べ、虹色卵を購入する。卵の数は10個。ヌードル屋の店主は、いよいよドーソンの事を末期患者を見るような目を向けるようになっていた。ドーソンが虹色卵を使っているわけではないのだが、仮面をかぶっている理由が虹色卵の中毒症状を隠すためだと誤解されている節があった。
ともあれ、なぜ虹色卵の購入数が増えているかというと、裏小道にいる老情報屋がいよいよダメになってきたからだ。
今までは卵1個を入れれば目覚めていたのに、今では2個必要になった上に3個目を与えないとまともに情報を引き出せないようになっていた。
明らかに、もう先がない様子だ。そのためドーソンは、今日は手向けの意味を込めて、確実に過剰になる量の虹色卵を差し入れることにした。情報を与え続けてくれたお礼に、いい夢を見ながら死ねるようにと。
その老情報屋から星腕宙道の航行情報を入手し、≪大顎≫号に戻ってオイネと共に精査する。
ドーソンが派手に暴れ回った所為で、以前とは船の運行状況が大変わりしていた。
まず、星腕宙道の利用料が跳ねあがった。
この利用料は、船の運航会社にかけられるものなので、連鎖的に物資の運搬費が値上がり、市場価格の上昇にも繋がってもいると見ることができる。
次に、多数の船がまとまって移動するようになった。
今までは安全だからと、一隻だけで移動するものだった。しかし≪大顎≫号という脅威が現れたことで、物資を安全に運搬するには、SU艦船の巡回に合わせたスケジュールを立てるか、傭兵を雇うかしなければいけなくなった。巡回に合わせると、どうしても同じ思惑の船が集まる。傭兵を雇う場合は、数社が合同で船団を作り、その会社たちで護衛費を分割すれば、結果的に経費が安く済む。つまり、船団として纏まった方が利点が多いわけだ。
しかし船団を作るという事は、その船団の中で一番足の遅い船に移動速度を合わせるという事でもある。
その結果、物流に粗密が現れるようになり、色々な場所で何日かに一度は物資不足が起こるようになっている。
物資不足にならないよう、急便を星間脇道で送る会社もある。だが、いまの星間脇道は海賊の坩堝だ。無事に通り抜けられるには、運と護衛が必須になっている。
最後に、SU艦船の稼働状況について。
いままでは、半数が稼働し、もう半数が休憩や補給や整備を行っていた。だが今は、整備が必要な船以外は、全て稼働している状況になっている。
その増発した艦船は、全て星腕宙道へと投入されている。
特に、ドーソンが巡宙艦に砲撃して逃走したときを境に、巡回が更にひっきりなしになった。恐らくは、海賊ごときに攻撃を食らった上に逃げられて、SU宇宙軍の面目が丸つぶれになり、その失地を回復するために躍起になっているためだろう。
そうして過剰勤務の状態が影響したのか、SU艦船の練度が低い船が商船に対し、憂さ晴らしの臨検を行って『見逃し料』の徴収――つまりは無実な商船から賄賂を受け取っていると、不確実なニュースが流れている。
『いやー。ドーソン1人の嫌がらせで、こうも大騒ぎになるなんて思いもしませんでした。これはドーソンの任務にも、一定の評価が与えられてしかるべき成果ではないですか?』
「どうだろうな。俺と≪大顎≫号の行動は些末なものだ。これほど大騒ぎになっているのは、今までの方法だと星腕宙道の安全神話が崩壊しかねないと危惧が出て、SU艦船が躍起になって安全神話の再構築をしようと頑張っているからだ。このまま何もせず放置していれば、簡単に騒動は収まる」
『じゃあドーソンは嫌がらせを続けるわけですか?』
「それもどうかな。≪大顎≫号が一隻で出来る行動には限りがある。似たようなことを繰り返せば、SU艦船側も慣れてくる。状況に慣れてしまえば、混乱も起きなくなる。そうなったらもう手詰まりだな」
『では、どうするんです?』
「俺の予想では、もうそろそろ通信がやって来ても良い頃だとおもうんだがな……」
ドーソンが呟くと、直後にオイネから報告が入った。
『ドーソンに通信です。発進元はハマノオンナの内側――港からですね。ベテラン海賊のお出ましのようですよ』
「この通信を待っていた。オイネ、通信を繋いでくれ」
ドーソンは仮面をかぶり、通信を寄越してきた海賊と話し合うことにした。