157話 短い休憩
跳躍先で味方を戦闘経験のない者たちに入れ替えて、再びSU宇宙軍の大軍を攻撃し、また別の逃走先へと引き連れていく
そんな行動を都合5回行った頃には、ドーソンの表情に疲れが色濃く出ていた。
疲労を感じているのはドーソンだけではない。≪雀鷹≫の乗員のうち、人間であるキワカとヒトカネもだ。この2人は、レーダー観測手とジェネレーター監視員という戦闘では必須の部署だったため、逃走先で人員を入れ替える時間しか休憩が取れなかったのだ。
ドーソンは自分と2人の調子を見て、引き時だと判断した。
「オイネ。次は戦闘せずに、そのまま次の地点へと跳躍する。ここで休憩を取らないと、大変な事態を引き起こしそうだからな」
「お疲れ様です、ドーソン。艦の運航はお任せください」
「ああ、頼む。キワカ、ヒトカネも、自室で就寝含みの休憩に入ってくれ」
ドーソンの指示に、キワカは歓喜と安堵の表情を浮かべ、ヒトカネは隠していた濃い疲労を顔に出す。
そのまま2人は、ブリッジから自室へと引き上げた。
しかしドーソンは自室に引き上げたりはせずに、艦長席を少し倒すと仮面を被る。
その様子を、オイネは不思議そうに見る。
「艦長室で休まないのですか?」
「不測の事態に備えて、ここで寝る。問題が起こったら、迷わず起こしてくれ」
ドーソンは仮面で暗くなった視界の中、目を瞑る。
途端に眠気が襲ってきて、すっと寝入ってしまう。
しかしSU宇宙軍から逃げている最中という緊張があるのだろう、眠りながらもブリッジ内の話し声が少しだけ耳に入ってくる。
「全く、ドーソンは――撤退通達、完了。次の地点へ――」
「ドーソン様って意外と――周囲状況に問題なし~」
「ご主人の寝息は貴重――反乱者はいないね――」
オイネ、ベーラ、コリィの声が、時系列が滅茶苦茶な状態で、ドーソンの寝ぼけている頭に残る。
その後、ドーソンは自身の疲労感が抜けた自覚と共に目を開ける。空間投影型のモニターを出して時間を確認すると、5時間という仮眠にしては長すぎる時が経過していた。
「すまん。いまの状況は?」
ドーソンが艦長席のリクライニングを戻しながら尋ねると、すぐにオイネが返答してくれた。
「少し勝手とは思いましたが、計画を切り上げて、こちらの本隊が待つ宙域へと飛んでいます」
「……なにか不都合が起こったか?」
「いえ。ドーソンが、この釣り出し劇で求めていたことは実現できたと判断しただけですよ」
ドーソンが自らSU宇宙軍の釣りながら逃走している目的は、実戦経験のないものに実戦を体験させるためと、SU宇宙軍を狙った場所まで連れてくること。
その目的を思い返しながら、ドーソンは改めてモニターで状況を確認し、オイネの意見に同意する。
「そうだな。人工知能艦と腰抜けな海賊の多くに実戦を経験させてある。それに、この地点の宙域まで宇宙軍を引っ張ってこれたのなら、道程的に目的地まで来てくれるだろうな」
問題ないという判断に、オイネは安心したようだった。
「現在は跳躍空間を航行中ですし、ドーソンもまだ眠っていていいんですよ?」
「いや。疲れも眠気もないからな。このまま起きておく」
ドーソンは眠気の残滓を頭を振って追い出すと、意識して思考を巡らせていく。
「オイネ。想定場所での、海賊艦隊の本隊の状況は?」
「既に展開済みで、後は宇宙軍がやってくるのを待つだけだそうです」
「ベーラ。海賊たちの士気はどの程度ある?」
「うーんと~。まあまあだね~。SU宇宙軍の多さを怖がっているけど、戦うことは出来るって意気込んでもいる~」
「コリィ。SU宇宙軍の砲の威力の測定はできているか?」
「も、もちろん。い、威力も射程も、こちらと、大差ない」
士気も悪くなく、艦艇の装備も互角。差があるのは艦の数だけ。
「劣勢ではあるが、好条件だな。これなら巻き返しも可能だ」
ドーソンは自信を漲らせるが、オイネは不安を口にする。
「しかしドーソンは、10万隻の艦艇を操った経験はないですよね。本当に大丈夫なんですか?」
「確かに実戦ではそうだな。この規模の大艦隊の操作は、電子戦略盤でしかやったことがない」
「それは『素人童貞』ってことでは?」
「その言葉の選び方に悪意を感じざるを得ないが――心配しなくても上手くやる。自分1人で操れる程度を越えているからには、他人の手を借りることに躊躇いはないからな」
「他人とは、誰のことです?」
「ミイコ大佐と、アルマ少将を始めとする大戦艦の艦長たちのことだ。彼女と彼らは、その階級に見合った体験を持っているはず――大軍を指揮した経験があるはずだからな」
「では10万隻の海賊艦隊の何割かずつを任せると?」
「彼女と彼らだけじゃない。エイダにもディカにも、ある程度の数の艦を任せることになる。ある種の専門分野では、この2人は俺に匹敵するからな」
自分より優れていると言わない当たりに、ドーソンの性格が現れている。
「ではドーソンは全体指揮を担当し、細やかな対応はいま言った人たちに任せるというわけですね?」
「次の決戦に勝つために一番有効な手段だからな」
「ミイコ大佐や大戦艦の艦長たちに功績を譲ることになりますが?」
「俺の目的は任務の達成だ。その他のことについては考慮しない」
「ブレませんね、ドーソンは」
目先の利益や多少の功績を気にするのではなく、常に目標を見据えた手を打ち続ける。
ドーソンにとっては当たり前のことだろうが、それができる人間や人工知能がどれほどいるだろうかと、オイネは感心せずにはいられなかった。