156話 釣り出し
海賊側の戦力が充足したところで、ドーソンはSU宇宙軍を決戦場までおびき寄せる行動を行うことにした。
その方法は単純で、SU宇宙軍を突いて怒らせて後を追わせるだけ。
しかし相手は20万隻。
突けば、それこそ蜂の巣を突いたときのような、盛大な反撃を食らうことになる。
「一斉射した後で即撤退だ。逃げ足は、なにがあろうと止めるなよ!」
ドーソンは率いている艦隊に命令し、SU宇宙軍へと一斉砲撃を行う。
今回連れてきている艦隊の内訳は、≪雀鷹≫と艦隊戦の経験がない人工知能艦と宇宙軍を舐めている態度だった海賊艦たちだ。
総勢2千隻の所帯だが、20万隻の宇宙軍を前にすると小集団としか思えない規模だ。
さてドーソンたちが砲撃を行うと、すぐにSU宇宙軍は反撃してきた。撃たれた方向から推察した荒い反撃だが、20万隻からの砲撃の圧力は宇宙空間を押しつぶさんばかりの迫力がある。
砲撃後はすぐに移動を開始したため、ドーソンたちが宇宙軍からの砲撃に当たることはないが、しかし圧のある光景に怖気づく者もいないわけではない。
『なんだよ、アレ! あんなのと戦うのかよ! 無理だって!』
『生き残れる気がしねえ! けど、戦わなきゃ結局殺される! どうすりゃいいんだ!』
舐めた態度だった海賊たちは、宇宙軍の威容を目の当たりにして認識を改めたようだ。
心が折れないかという心配もなくもないが、折れたら折れたで良い。
なにせドーソンたちが戦いで負けたのなら、海賊には宇宙軍に滅ぼされる未来しかないのだ。その事実が分かっていながら逃げだすような輩は、戦場に連れて行っても邪魔になるだけ。
そんな存在に決戦中に足を引っ張られたら致命傷になるが、その前段階で消えてくれたのなら作戦を修正するだけでいい。むしろ心折れて去ってくれた方が有意義とすら言える。
「SU宇宙軍から足の速い艦艇が接近中!」
キワカの報告に、ドーソンは意識を切り替える。
「撤退は続けながら、後部砲塔で追跡艦へ砲撃しろ。足を鈍らせるだけで構わない」
ドーソンの指示に、≪雀鷹≫と人工知能艦は即座に反応し、海賊たちは少し遅れてから砲撃を始める。
「SU宇宙軍の追跡艦、距離を保ちながら後を追ってきてま――発砲を確認!」
キワカの報告の直後、≪雀鷹≫の横を敵からの荷電重粒子砲が駆け抜けていった。
間近を通ったように見えたが、ここは宇宙空間で放たれたのは軍艦級の砲撃だ。実際は見た目以上に距離がある。
しかし腰抜け海賊を恐怖させるには、覿面な光景でもあった。
『ひいい! 至近弾だ! 回避だ、回避!』
『増速しろ! もしくは跳躍だ!』
回避運動を始めたり、推進装置を盛大に吹かせたりする、海賊が乗った艦艇たち。
ドーソンはその姿を冷ややかに見ながら、一応は指揮官だしと通信を送ることにした。
「慌てるな。俺の指示通りに動けば、安全に逃げられる」
『もう既に安全じゃねえだろうが!』
『お前の指示なんて聞いてられるか!』
いま連れてきている海賊たちは、ドーソンと初めて行動を共にしている。だから信用できないのも無理はない。
そしてドーソンも、殊更に彼らを説得しようとは考えていない。
以上の2つの理由から、海賊の中から離脱者が現れる。それは艦に回避行動を取らせたことで速度が鈍ったことだったり、勝手な判断で逃げる方向を決めたりで、ドーソンの一団から離れてしまうことになる。
ドーソンは海賊たちに繋げていた通信を切ると、溜息交じりに呟く。
「どちらも悪手だというのに」
ドーソンが呟いた通りに、状況はすすむ。
回避行動で逃げる速度が鈍った海賊艦は、宇宙軍の追跡隊に接近されつつある。そして接近されれば、距離が短くなった分だけ、砲撃が当たりやすくなる。結果的に、先ほどよりも近い場所を敵からの砲撃が通っている。
勝手な方向へ逃げた海賊は、確かにこの場は切り抜けることが出来るだろう。しかし逃げ帰った先で、他の海賊から総スカンを食らう未来が待っている。なにせ彼らは、艦隊の統率役の指示を聞かず、さらには海賊仲間すら見捨てて逃げだした腰抜けだ。そんな玉無し野郎を信頼するほど、海賊だって馬鹿じゃない。
「潰走中での行動なら、話は違うんだがな」
「危険な状況から逃げ切ってみせたことは、海賊では評価に繋がりますからね」
逃げだそうとしている海賊たちは、恐らく逃げた先で危ない状況だったと嘘を吐くだろう。
しかしそんな嘘はすぐバレる。
なにせドーソンの指示に従う海賊たちも現状でいるのだ。その海賊たちから真実が伝えられるに違いないのだから。
「腰抜けのことはいい。宇宙軍の追跡隊と本隊の様子は?」
「追跡隊は、遅れだした海賊艦に狙いを絞った動きをしています。本隊の方も、僕たちが逃げている方へと近づきつつあります」
20万隻という巨群だ。動き出すのにも時間がかかる。
完璧に釣れたと判断できるまで逃走劇は続けるべきだと、ドーソンは判断した。
「追跡隊の方は腰抜け海賊に任せる。全艦、後部砲塔を敵本隊へ向けろ。大まかにでも狙いが定まったら、各個に砲撃開始」
ドーソンの艦隊から砲撃が再開され、追跡隊の横を通過して本隊へと向かう。もちろん距離が離れすぎているため効果はない。
しかし敵の反応をより引き出すには十二分な行動でもある。
効果のない砲撃を見て、ドーソンたちのことを侮ってくれたのなら万々歳。効果のなくても攻撃を受けたことで追跡の手を強めてくれるのなら、決戦地への誘引という仕事がし易くなる。
果たして宇宙軍本隊の行動はどうなったかというと、その巨群を完全にドーソンたちが逃げている方向へ向け、そして全艦で追い始めた。
「これは完全に釣れたな。もう少ししたら、跳躍する」
「跳躍場所の通知は、跳躍する直前にするのですよね?」
「ああ。海賊の中に宇宙軍の内通者がいないとも限らないからな」
事前に通達してあると内通者からの情報で、跳躍先で宇宙軍に待ち構えられてしまう恐れがある。そんな危険を極力減らすための措置だ。
もっとも副次的な目的として、急なドーソンの指示にどれだけ対応できるかを見るという内容もあるが。
「跳躍先を配布。直後に跳躍だ」
「配布します。そして跳躍準備しますね」
ドーソンの指示を受けて、真っ先に反応したのは人工知能艦たち。むしろ跳躍装置を事前に準備させていたようで、≪雀鷹≫よりもコンマ数秒早く跳躍してみせた艦もあったほど。
≪雀鷹≫が跳躍を行い、跳躍空間へ。同じ場所で跳躍した艦については光学機器で確認可能なため、ドーソンは周囲を確認する。
「人工知能艦は全艦跳躍したな。海賊艦も少し遅れたものの来てはいるようだ」
しかし海賊の中には、ドーソンたちとは別方向へと跳んでいく艦もある。
跳躍先の座標を打ち間違えたのか、それともドーソンたちと離れるためにあえて別座標を設定したのか。
ドーソンは離れていく海賊を思考から除外し、宇宙軍の誘引についてだけを考えることにした。
「跳躍後は、艦隊を入れ替えて、もう一度同じことをやるわけだが、やっぱり手間だな」
「仕方ありません。使える海賊の選別は、決戦の前にやっておかなければいけないんでから」
「それと、人工知能と海賊に艦隊運用の経験を積ませるためにもだな」
思うように他人を動かす苦労を、ドーソンは今更ながらに感じていた。